22.期末テスト (Ⅳ) ★
午後の授業が終わると終礼が始まり、クラスの中は一気に帰宅ムードが蔓延した。教壇に立つ教師の言葉など知らんぷりで、生徒達は帰り支度を始めたり小声で雑談にいそしんだりしている。やがて最後の挨拶が終わると、皆一斉に席を立った。
期末テストが終わったからか、ここのところ生徒達がいつもより浮かれている気がする。皆、目前に迫る夏季休暇を待ちきれない様子だ。
(夏休み、ねえ……)
クラリスは視線を上に向けて思案する。北校舎に続く渡り廊下は、放課後だからかあまり人がいなかった。物思いに耽っていても、誰かにぶつかる危険はなさそうだ。一階は外に面しているので、すぐ隣に中庭をよく見渡せた。そこから差し込む夕日はまだ高く、いよいよ夏の訪れを感じさせる。
(宿題を早めに片付けて、八月には両親に顔を見せたいわね。ああでも、一ヵ月も実家にいても暇かしら、 家にある本は大方読みつくしてしまったし。それに折角の夏休みなんだから、どこか出かけたい気もするわ。)
一人、来たる休暇に思いを馳せていると、向こうから人が近づいてくる。少し目を凝らせば、それが知った顔であることに気がついた。
(今日はつくづくゲームに縁があるわね。)
クラリスは、少しげんなりした様子で相手の方を見る。どうやらあちらもクラリスに気づいたらしい、フローラは少しばつが悪そうに視線をそらした。
(あら、あちらも私のことを認識しているようね。)
バーリーズカフェの件を覚えているらしい。もしくは天敵カミラの取り巻きとでも思われているのだろうか。クラリス自身は彼女に害をなしたことはないし、おそらく前者だろう。分かりやすく目をそらすあたり、罪の意識はちゃんとあるのかもしれない。
クラリス自身は当事者ではないので、ここで彼女に絡むつもりはない。何事もないままお互いすれ違う、その直後だった。
「あの……っ!!」
ゆっくりと振り返る。そこにはフローラが少し怯えながら、それでも何か言いたげな目でこちらを見ていた。
「何かご用かしら、フローラ=ミアー様?」
少し驚いたものの、努めて冷静に返事をする。威圧したいわけではないが、別に上手くやっていきたいわけでもないので、素っ気ないくらいが丁度よいだろう。
フローラはやはり少し気後れしているようで、しばし言葉を詰まらせていたが、やがて小さく息を吸ってから口を開いた。
「あの……あれは……あの日のことは誤解なんです!!」
紅紫の目が見開く。しかしそれもほんのつかの間、すぐに冷めた表情に戻った。
「誤解……?」
「あの日はちょうど、クラスの皆でテスト勉強をしようっていう話になって、友人のつてでエリオット様も呼んだんです。彼、頭がいいでしょう?だから、分らないところは教えてもらおうって。お昼までは、南校舎の空き教室を借りて勉強していました。それで、昼食の時間になって、皆で食べに行くことになったんです。……あのお店…バーリーズカフェは、席が広いでしょう?六人もいたから、あそこがいいっていう話になって。…………皆さんが来たあの時は、丁度マーゴ…友達がお手洗いに行ってました。他の三人もレジに並んだり、別の席の顔見知りに挨拶しに行ったりしてて、たまたま私達二人が座っていただけなんです!!」
どうやらずっと弁解したかったらしい、言葉が堰を切ったように出てきた。
「貴女の言い分は分りました。でもそれは、私じゃなくてカミラに伝えるべきじゃないかしら?」
「…それは……そう……なんですが……」
「あの女にはおっかなくて言えないよ。」
急に違う声が聞こえ、そちら側に顔を向ける。気がつくと、廊下の先に、見覚えのあるボブヘアーの少女が立っていた。
(なんと、マーゴット様まで。ライバル令嬢との接触は今までずっと望んできたことだけど、さすがにここまで一日に集中すると、すこし怖いわね。)
マーゴット=バーギン。騎士枠担当であるルーク攻略時のライバル令嬢。四人いるライバルキャラの中で、唯一ヒロインに友好的な人物である。(といっても、フローラを明らかに敵対視しているのは、今のところカミラだけだが。)快活で面倒見のいい性格だが、少し向こう見ずなところがあるお転婆娘だ。
「なかなか職員室から帰ってこないから、心配で探しに来ちゃったよ。……でも正解だったみたいだね。」
マーゴットが若草の猫目を細めてクラリスを睨む。その視線は外さないまま、ゆっくりとフローラの隣についた。
なるほど、自分は敵と見なされているらしい。日頃カミラとつるんでいるから当然のことかもしれないが、その不躾な態度には、少し不快感を覚えた。
「マーゴ、言い方……」
「別にいいじゃん。この人、あの女と仲良くしてるんだよ?絶対性格悪いって。今だってフローラに突っかかってきてたじゃん。」
「ち、違うよ、これは…」
「あら、ずいぶんひどい言いがかりね。私は貴女方にそこまで言わしめるほどのことを、何かしてしまったかしら?」
「はあ?あんた、よくもまあぬけぬけと…陰で散々フローラに嫌がらせしてたの、知らないとは言わせないよ!!」
「嫌がらせ、ねえ……申し訳ないですが、私には身に覚えがありませんわ。」
「そんなこと言って、とぼけたって無駄なん…」
「マーゴ!!!!」
急に相方が声を張り上げたので驚いたらしい、マーゴットはその場で固まってている。すかさずフローラが前へ出る。
「どうか、友人の無礼をお許しください。少し向こう見ずなところはあるけど、友達思いの本当に良い子なの。……マーゴ、この方は、私から声をかけたのよ。けしていじめられたりしてないわ。」
「えっ!?」
やっと声が出たらしい。マーゴットは先程以上に驚いて、ただでさえ大きな猫目をまんまるにしている。
「え、ええ…あ、ご、ごめんなさい……あ、あたしてっきりまた、だってよくカミラと……」
頬をみるみる紅潮させ、さっきの威勢は見る影もない程に狼狽えている。しどろもどろな言い訳を聞いていると、なんだか可哀想になってしまった。
「もういいわ。」
クラリスは小さくため息を吐くと、静かにマーゴットを制止した。
「貴女の友達を守りたいという気持ちは、よく伝わってきました。以前のカミラのやり方を考えると、分からなくもないことだわ。そうでなくとも、フローラ様は色々な輩に絡まれやすいでしょうし。……それに、私の態度も感じが悪かったですわね、ごめんなさい。」
「え、ああ…いや……」
「でも、その上で一つ言わせてほしいの。……貴女にとってフローラ様が大事なように、私にとってもカミラは大切な友達よ。色々言いたいのは分かるわ、彼女だって結構なことをしてきてるもの。…でもね、どうか私の前では、彼女を悪く言わないでちょうだい。……ごめんなさいね。」
クラリスはそう言い終えると、ゆっくりと一礼する。マーゴットはこちらを呆気にとらえたが、やがて何か考えるように黙り込むと、ふと顔を上げた。
「そっか、…そうだよね。こっちこそごめんなさい。」
クラリスの言葉が響いたようで、彼女は今度こそしっかりと謝罪の言葉を述べた。なるほど、友達想いなだけあって、こういった話なら通じるらしい。とりあえずほっと一息つく。
「それと、フローラ様。私が口出すのは筋違いも甚だしいとは承知で言うわ。エリオット様は、あれでカミラ様の婚約者でございます。……あまり目立った行動は控えた方が良いと思うわ。」
「そ、そうですね……ごめんなさい。」
「で、でもさ、あれは毎回フローラじゃなくてあの王子様から声かけてきてるんだよ!?会うのだって、本当に偶然なことが多いし!!」
「え、そうでしたの!?」
マーゴットの思いがけない言葉に、クラリスは目を丸くする。どういうことだ、フローラから手を出しているわけではないというのか。
「そうそう。あれ?もしかしてみんな知らないのかな……まあ、王子様に文句は言いづらいしなあ。でも、あれは断じてフローラから行動を起こしてるわけじゃないよ、私が保証する。ていうか、むしろ最近は周りの目を気にして、少し避けてるくらいだもんね。まあ、あの王子は怖いくらい、ばったり遭遇するんだけど。」
「マーゴ、そんな言い方したら怒られちゃうよ。」
「そ、そうでしたのね…私ったらてっきり……やだわ、決めつけなんて恥ずかしい。フローラ様、本当にごめんなさい。先程の言葉は忘れてちょうだい。」
急いで自分の言葉を撤回する。驚いた。多少はフローラから望んで逢瀬を続けていると思っていたのに、まさか全て偶然、もしくはエリオットからアクションをかけていたなんて。
(もしこれが全て偶然だった場合、ゲームの強制力が恐ろしい力で作用しているということよね…)
途端に背筋が凍りつく。ここまで来ると、もはや抗えない運命ではないか。クラリスは見えない神の手に、また言い表せない畏怖の念を覚えた。
「あ、いたいた!マーゴ!!フローラ様!!」
急に、その場に相応しくない元気な声が響いてきた。声のした方に目を向ければ、中庭の方から大声で駆け寄ってくる者がいる。攻略対象の一人、ルーク=アルバーンだ。それにもう一人、見慣れない少年を連れている。
「あ、ルーク、コリン、ごめーん!!ちょっと色々あって遅くなっちゃった!!」
二人の姿を捉えた途端、マーゴットの顔にパッと花が咲いた。かと思えば、長時間待たせていたことを思い出したのだろう、ひどく焦った顔に変わる。
(あらあら、表情が豊かな子ね。)
いまいちそれに乏しいクラリスはひそかに感心する。一花の記憶を得てからは大分改善された気がするが、それでも、まだいささか不愛想であることには変わらなかった。
それにしても、ルークルートのキャラ二人は、やはり仲が良い。家族ぐるみの付き合いで、昔からの幼馴染とくれば、こういうものなのだろうか。似たような設定なのに、真逆の状況のカミラとエリオットを思い出し、なんだか不憫になってしまった。
「おいおい、もう三十分は待ったぜー。遅れるときは事前に言えよな。」
ルークが頭をかじりながら文句を垂れる。夕日に照らされて赤に近づいた鳶色の髪が綺麗だ。
「急だったからそんな暇なくて、ほんとごめんったら!コリンも、もしかして予定あった?本当にごめんね、今度なんか奢らして!コリンだけ。」
「そこは俺にも奢れよ!!」
「ははは……特に何もなかったよ。それよりマーゴ達がなかなか帰ってこないから、また絡まれちゃったかなって心配したよ。何事もなかったみたいで良かった。」
そう言いながら、コリンと呼ばれた生徒は、ちらりとこちらを見た。
焦げ茶色のもじゃもじゃ頭に、黒縁眼鏡をかけた、よく言えば素朴な、悪く言えば冴えない顔立ちの少年だ。おそらくモブキャラに部類されるのではなかろうか。
こちらを気にしているものの、別段咎めるような視線ではないことから、この状況に察しがついているようだ。少し申し訳なさそうに小さく会釈をしてきた。
(こんな子、学校にいたかしら?)
おそらくその地味な出で立ちから気づかなかったのだろう。ゲームの世界であるせいか、分かりやすくモブらしい生徒は結構いる。しかも彼は、攻略対象の友達や使用人といった、少し特徴のあるタイプではなく、モブ中のモブ、生徒Aタイプの顔立ちだ。自ら下した酷評に多少罪悪感を覚えながらも、クラリスはなぜこの子がルーク達と仲良くしているか不思議であった。
「そんじゃ、クラリス様も、引き止めてすみませんでした。どうせマーゴが突っかかったんでしょ?」
「えっ?」
急に名前を呼ばれ驚いていると、ルークがニヤリと歯を見せて笑った。彼もこの場の様子から事情を察したのだろうか。案外頭がきれるのかもしれない。
「ちょ、ちょっとぉ!?なんで決めつけんのさ!!」
「え?違った?」
「いや、そうなんだけどさぁ……」
「そ、そうなんだね。」
「お前、またフローラ様が絡まれてると勘違いしたんだろ?…あんまり喧嘩っ早くなるなよなー。クラリス様、俺からも謝るから、今日のところは勘弁してもらえねえかな?」
少し困ったような顔で手を合わせるルークに、それ以上は何も言えなくなる。
「え、ええ、そうね。私の方にも非がありましたし、今日はこれで。」
元々ほぼ片はついていたので、これ以上話すこともない。彼に免じてそのまま解散ということになった。ルーク達は何事もなかったように、内輪で話を弾ませながら帰路に着く。その後ろ姿をしばしの間見送ると、やがてクラリスも踵を返し、図書室に向かって歩いていった。
先程まで高かったはずの夕日はもうだいぶ地平線に近づいていた。
昨夜3時ごろにこの原稿の見直しをしていたのですが、驚くほど内容が頭に入りませんでした。睡眠って大事ですね笑
今回はまたキャラがぞろぞろと出てきますね^^;自分の作品は登場人物が多いので読者様の混乱を招いていないか不安です。。なるべく挿絵込みで登場人物紹介に載せようとは思っているんですが(文才無しの逃げの一手)苦笑




