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食を拒む少女 21

 ◇ ◇ ◇



「あの、結果としてこちらの考えを押し付けてしまったような感じになってしまいましたが、よろしかったのでしょうか?」


 出発前、クラベルさん達が戻ってこられるまでの間、オリーヌさんにお尋ねした。

 勧めたのはこちらだとはいえ、せっかく再会することのできた親子を引き離すような真似をしてしまって、本当に正しかったのだろうか。

 僕としては、学院で学ぶことの意義は分かっているつもりだ。クラベルさん個人としての経験やスキルのためにも、オリーヌさんとの家族、親子としての今後の生活を考えた場合でも、おふたりのためにはより良い選択だということは理解できる。

 しかし、本当は別れたくなかったのではないか、不安なのではないか、そういった考えを拭い去ることは出来なかった。

 他人の、あるいは他家の事情に深入りし過ぎるのは良くないと分かってはいるけれど。それも、僕が考えていることはおふたりの感情に関する事で、他人にどうこう言われるような事ではない。

 しかし、オリーヌさんは微笑みを漏らされると、逆に「ありがとうございます」とお礼まで言われてしまった。


「あの子の事をそこまで考えてくださる人がいらっしゃるなんて、あの子もきっと嬉しいことと思います」


「いえ、その、考えていると言いますか、責任……いえ、そうですね、たしかに気になります」


 拾った、声をかけた者としての責任です、と答えようとして、それではなんだか失礼な気がして言い直す。それに、全くそれだけが理由という訳でもないことだし。

 もちろん、クラベルさんのことだけではなく、オリーヌさんのことも。

 

「ここ数日で……あの子が帰って来て、一緒にいるようになってから、随分とたくさんの話を聞かせて貰いました。あの子は構わないと言ってくれましたけれど、それは一生、私が償わなくてはいけないことで……アルフリードさんには本当に――もちろん、王子殿下、王女殿下にも――いくら感謝しても足りません」


 ですが言わせてくださいと、頭を下げられてしまった。

 

「もちろん、離れるのが淋しくないと言えば嘘になります。ですが、私はあの子の母親ですから。娘の成長を願わない母親なんていません。あの子が、こんな風にしかできなかった私に希望を述べてくれたことが、とても嬉しかったんです。そして、そんな風にしてくださったのは、アルフリードさんのおかげです」


 それは、人の親になれば分かる感情なのだろうか。

 まだ僕にはぼんやりとしか理解できなかったけれど、本音なのだろうということは、オリーヌさんの眩しそうな笑顔を見ればわかろうというものだった。

 

「こんなことをお頼みできる義理ではないということくらい分かってはいるのですが、クラベルの事、どうかよろしくお願いいたします」


 僕も、学院に関して、もっと言えば、アンデルセラムにだって、ウェントスにだって――流石に、王都くらいは多少は知ってはいるけれど、元々この国の住人でいらっしゃる方とは比べられるようなものではない――この国に関して全然詳しいという訳ではない。食料を得るために、そしてお金を稼ぐためにあちらこちらを飛び回ったこともあるラヴィリアとは、天と地ほども差があると言えるだろう。

 むしろ、アンデルセラムに関しては、お城周り以外のことには疎いと言っても過言ではない。せいぜい、今回のシンクシと、王都であるウェントスくらいのものだ。それだって知っていることは限られている。

 しかし、こんな風に頼まれてしまっては、断るという選択肢などとれるはずもなかった。


「承知いたしました。クラベルさんのことは、お任せ下さい」


 僕としては、クラベルさんの学院に通われている間の、これからの王都での暮らしについて出来る限りの手助けはいたしますという意味だったのだけれど。


「アルフリード。今のは、一体、どういう意味ですか……」


 ぼそりと震える声で呟かれた、冷たい冷たい、氷の礫のような言葉に、びくりとして振り返る。

 いつの間に戻っていらしたのか、肩をわななかせられたシャルリア様が、背後で俯かれていらした。


「どうしたの? お姉様。あっ、わかった! きっとまたアルフリードが何かしたのね!」


 僕が何かを答える前に、アイリーン様が、何故か楽しそうに瞳を煌めかせられながら、僕とシャルリア様を交互に見つめられて、それから僕のことを見上げられる。

 アイリーン様はお姉様が大好きでいらっしゃるけれど、こんな風にシャルリア様が何となく不機嫌に、あるいは怒っていらっしゃるようなときだというのに、このような表情をなさっているということは、僕はまだ致命的な間違いを犯してはいないのではないかという推測は成り立つ。

 だからといって、状況が好転するわけではないのだけれど。

 

「女の子の事を、他の女の子から探るなんて、アルフリード、最低ね」


 何故かシャラさんからは冷ややかな視線を向けられ、姫様方には聞こえないような小さな声で、耳打ちされる。

 一体、僕にどうしろと。

 判断材料がそれくらいしかないのだから、他にやりようもなく、仕方がないと思ってしまってはいけないということなのだろうか?

 というか「また」って、以前にも何かをした記憶はないし、今だって、シャルリア様に関する「何か」に心当たりなんてないのだけれど。


「で、何したの?」


 グイっと詰め寄られて、アイリーン様の麦の穂のようなサラサラの髪から、甘い、良い匂いが香る。


「何もしておりません! ただ、オリーヌさんからクラベルさんが学院へ通われるに際して、王都での暮らしには不慣れだろうからと手助けを頼まれていただけです」


 何故かアイリーン様の視線が鋭くなったような気がして、慌てて言葉を紡ぐ。

 言い訳がましくなってしまったけれど、事実を述べているだけなのだから、他に言いようもない。


「だけなんですか……? 私はてっきり――」


 僕が必死に説明していると、オリーヌさんが少し残念そうに、御自身の頬に手を当てられた。

 アイリーン様とシャルリア様からの視線が厳しくなる。


「あの、オリーヌさん。姫様方は少しばかりマセていらっしゃいますので、そういった発言は少し控えていただけると助かるのですが……」


「それも今するべき発言ではなかったけどね」


 シャラさんに忠告――というより、ため息といった感じだったけれど――していただいたけれど、すでに遅い。


「私たちはちゃんとした淑女よ。訂正しなさい」


 失礼しちゃうわ、と頬を膨らませられるアイリーン様は、どこからどう見てもまだまだ子供だった。


「淑女……?」


「もしかして、淑女という言葉は、雅の国とは違う意味で使われているのですか?」


 カルヴィン様は首を傾げられ、小雪さんは、本気なのか、それともからかっていらっしゃるのか分からない口調で、わずかに首を傾げられた。尋ねられたシャラさんは、困ったような笑みを浮かべていらっしゃる。


「何よ。失礼しちゃうわね」


 アイリーン様はしばらく頬を膨らませていらしたけれど、お昼をふわふわのパンケーキにすることと引き換えにとりあえず機嫌を収めていただいた。

 

「シロップもたっぷりなくちゃ嫌よ?」


「心得ております」


 馬車へ乗り込まれたアイリーン様は「お姉様、早くー」と手を振られる。

 馬車へ向かおうと、シャルリア様へ手を差し出すと、シャルリア様は腕輪をぎゅっと握りしめられながら、

 

「アルフリード。わ、私も今度、お料理を教えて欲しいです……」


「シャルリア様がですか? しかし、以前耳に挟んだ話ですが、シャルリア様はお料理もお出来になると――」


 あれ? また何か僕は怒らせるような真似をしてしまったらしい。

 シャルリア様は小さな唇を尖らせられて「うぅ……」と俯かれてしまった。


「わ、わかりました、シャルリア様。今度、必ず、お教えいたします」


「本当ですか?」


 上目遣いに、ちょっとだけ尖らせられた唇に、どきりとさせられる。

 一体何故、僕は動揺しているのだろう。


「はい。お約束します」


「その、お料理だけではなくて、えっと、これからも、傍にいてくれますか?」


 途切れ途切れに、確認されるように、どこか怯えていらっしゃるとも思えるような口調で紡がれる言葉に。


「はい。シャルリア様に、本当にお味方が出来るまでは、私が1番にお味方いたします」


 何故か胸がもやっとしたけれど、多分、気のせいだろう。


「……ありがとう、ございます」


 そうおっしゃられたシャルリア様のお顔は、心なしか、少しばかり沈んでいらっしゃるようにもお見受けできた。

 僕には、お掛けできる言葉が見つけられなかった。

 いずれ、ちゃんとした方法が分かれば、ラヴィリアへ戻ろうと思っている僕には。



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