食を拒む少女 6
◇ ◇ ◇
クラベルさんの案内のもと、僕たちは一路、元来た道を引き返していた。
とはいえ、シンクシまで戻るのではなく、途中の、クラベルさんが過ごしていらしたお宅のある村までのことだ。
流石に、食事(に盛られた薬)で身体の自由を奪われて、外界の、自分がいる場所に関する情報を得ることが出来ない(それどころではない)状態だったクラベルさんに、その奴隷商までの案内を頼むことは、かなり精神的に無理がある。もちろん、記憶などもないだろうし、辺りの景色や様子から判断するというのも同様だろう。
「クラベルさんがお生まれになった街、もしくは村の名前を伺っても構いませんか?」
そのため、当然といえば当然だけれど、クラベルさんのご生家まで向かうことになる。
案内とはいっても、御者台に座っていただいて、などということではない。
「ノーギイという、小さな村です」
シャラさんが尋ねられると、クラベルさんは小さな声で呟くようにおっしゃられた。
もちろん僕には聞いたことなどない村の名前で、地図を広げられたシャルリア様が指を差されながら補足をしてくださる。
「特産、ということも、これといっては存じていませんが、先程立ち寄った村よりはわずかに、ウェントスからは離れた場所にありますね」
それは位置の関係上のことで、ウェントスからの距離的にはどちらも同じくらいだろう。
ここからだと、馬車でも半日はかからないといったところか。
「クラベル。もっと楽にしていて構わないのよ。あなたはさっきまで倒れていたのだから、そんなに気を張ったままでいたら、また倒れちゃうわよ。あなたのお家まで案内出来るのはあなただけなんだから、むしろ、今は休んでいるくらいじゃないと」
「アイリーンの言う通りなのですよ。ご両親に伝えるべきこと、尋ねるべきことがあるといっても、それは私たちではなく、クラベル自身がしなくてはならないことなのです。もちろん、私たちも最大限出来ることのお手伝いはしますけれど」
背筋を伸ばして、目を見開き、一心に足元を見つめていらしたクラベルさんは、アイリーン様と小雪さんにお声をかけられて、ピクリと肩を揺らされて、むしろ余計に硬直された。
おそらくは異世界から来た、そして歳の離れた異性でもある僕とですら、すぐに今と同じような調子でいらした(もちろん、褒め言葉だ)アイリーン様はもちろんのこと、異国から引っ越していらしてすぐにアイリーン様やシャルリア様とも打ち解けられた小雪さんには分からないのだろうけれど、いきなり王族の、お姫様に対して砕けた態度をとるということは、かなり大変なことなのだ。
第1王子でいらっしゃるカルヴィン様をはじめ、第1王女でいらっしゃるシャルリア様、第2王女でいらっしゃるアイリーン様、そして、その御三方と、少なくとも友好的だという以上の関係にみえる小雪さん、明らかに立場のわかるシャラさん。その上、皆様、美男美女、あるいは美少女でいらっしゃる。初対面どころか、この短時間で、このアンデルセラムにおいても錚々たる方々に囲まれて、緊張するなという方が無理だろう。
先程、シャラさんに対しては、多少なりとも気を緩められたところをお見かけ出来たけれど、それも事務的な会話だった。
姫様方はその辺りに気づいていらっしゃらない、というよりも、そもそも、相手が気にするのだということにすら気づいていらっしゃらないというか。
シャラさんとアイコンタクトをかわし、この中では、比較的小市民的な僕がお相手をつとめる。実際、僕は、やんごとなき世界の方々とは本来無縁の、平凡な家の出自だし。
ただし、それは僕の主観的な意見、見解であり、一般的にお城勤めといえば、かなりの出世組だろう。この場合、僕の特殊過ぎる事情――別の世界から流されて(正確には呼び寄せられて)きて、たまたま最初に出くわした状況が姫様の危機で、たまたまお助けする形になり、とんとん拍子に話が進んでしまったという、自分で言ってみてもまるで信じられないようなこと――は考慮しない。
「アイリーン、小雪さんも。あまり追い詰めるものではない。もちろん、私も、楽にしていて欲しいというのも本音ではあるが、こちらが押し付けるようでは意味がない」
お兄さんであるカルヴィン様が窘められたので、シャルリア様はちらりとアイリーン様へ視線を向けられるだけに留められていらした。
「もちろん、私たちではなく、クラベル自身が伝えるべきだというのは、その通りだと思う。しかし、時間が必要なことだとも思うので、私たちのことを気にしない、ということは無理だろうが、自分のペースでいてくれれば構わない。私たちは今出かけ先から帰るところで、差し迫った事も――あなた以外には――ないのだから。だからといって、余計に気負われたり、気にされても、それはそれで落ち着かないが」
当然、カルヴィン様は「あなた以外には」のところを飲み込まれた。
僕たちは勝手にそう補完したけれど、それは決して悪い意味ではなく、カルヴィン様の人を想うお人柄の素敵なところだと解釈していて、自然と――失礼かもしれないけれど――頬が緩んできていた。




