襲われたり、誘拐されたり、これがお姫様属性ということか
◇ ◇ ◇
「先ほどは危ないところを助けていただき、ありがとうございました。改めて、お礼申し上げます」
ラヴィリア王国にいた時にはお祭りのときなどに見たことがあるだけで、実際には乗ったことのなかった豪奢な馬車に乗せられて草原を移動する。
先の話が本当だとするならば、おそらく本当なのだろうけれど、この目の前の女の子はお姫様で、普通に考えれば護衛の人なんかが大勢いるはずだろう。もちろん、僕の想像だけれど。
それとも、ティエーレさんに対する余程の信頼か。
「いえ、人として当然のことをしたまでです。それに私も1人の男ですから、目の前で危ない目にあっている女性を放っておくことが出来なかっただけですよ」
シャルリア王女。王女ということは、まあ、狙われる理由なんて、それこそ掃いて捨てる程あるのだろう。部外者の僕があまり首を突っ込むことはしない方が良い気がする。
「それで、お探しだというお連れの方ですが、外見など、何か特徴となることを教えていただけますか?」
「そうですね。本当に、あなたによく似ています」
シャルリア王女がびっくりとしたような、それでいて楽しそうな表情を浮かべられる隣で、ティエーレさんが腰のナイフに手を伸ばされる。
「あなた、もしや、姫様を口説いているつもりではないでしょうね」
そうだと答えたらどうなるのだろう。
そう考えると、すこし楽しそうだったけれど、それ以上に怪我では済まないような気配を感じて、僕は「まさか」と首を横に振った。
「それは、姫様に口説くだけの魅力がないとおっしゃるので……?」
ティエーレさんの瞳がさらに険しくなる。
どうやら、どちらを答えても不正解だったらしい。
一体、僕にどうしろと。
「やめなさい、ティエーレ。恩人に無礼があってはなりませんよ」
そんなことより、とシャルリア王女はルビーのような真っ赤な瞳で、僕のことをじっと見つめてきた。
「あなたのおっしゃられていたラヴィリア王国という国についてお聞かせいただきたいのですが」
国についてと言われても、普通に暮らしてゆくうえで、そんな事考えながら過ごしてはいないからなあ。
共用語とか、特産品とか、権力者、つまりは王様の名前とかを話せば良いのだろうか。
とりあえず、思いつく限りのこととを話すと、シャルリア王女はとても楽しそうに、興味津々な様子で、ティエーレさんはかなり疑うような、警戒する瞳で僕を観察していらっしゃった。
「なるほど。詳しくは分かりかねますが、つまり、あなたはこことは異なる世界からいらしたということですね」
軽い! もしかして、お姫様という種族はこんなに簡単に人を信じてしまうような警戒心のないものなのだろうか。
僕自身がまだ混乱しているというのに。
「だって、それ以外に考えられもしないでしょう。あの川の先は海。海の向こうにあるのは学問と芸術の国、ジュレールですから。反対側はずっと山の中で、そこを何日も流されて到底無事に生きていられる方がいらっしゃるとは思えません」
無事に生きてはいられない。
シュエットが仮に流されてしまっていたとしたら? 僕が最後に確認したとき、たしかにシュエットは岸に保護できたはずだけれど、その後、さらにあの怪しい水が襲ってきていたとしたら?
「私、あなたの世界の事にとても興味がわきました。是非、もっとお話しを聞かせてはいただけますか?」
もっとと頼まれても……僕の知っていることなんて、それほどたくさんあるわけではない。
「それに、先程魔力を感じましたが、あなたも魔法をお使いになられるのでしょう? あなたが先程話してくださった中に、魔法を使える人はとても貴重だと――失礼しました、大変珍しいのだとのお話がありましたが、このアンデルセラムでも同じなのです」
そこで、馬車が停車した。
「到着したのでしょうか?」
「いえ、時間を考えますと、もうしばらくかかるはずなのですが」
お城までの距離が分からなかったため尋ねると、ティエーレさんはなにやら引き締まった顔で窓にかけられたカーテンをちらりと開かれた。
「申し上げます! ただいま検閲を行っておりまして、荷物を改めさせていただきます」
「検閲ですか? そのようなお話を伺ってはおりませんが?」
ティエーレさんに顔を向けられたシャルリア王女も、小さく首を横に振られた。
「あなた方はどこの――」
扉を開かれたティエーレさんの身体が、強引に外へと引きずり出される。
「よし、出せ!」
半開きのドアに掴まった男性が声を飛ばすと、馬車は今までよりもずっと早い速度で走り出した。
いきなりのことで、席から飛び出してしまいそうになっていたシャルリア王女を咄嗟に抱きとめる。
「あ、ありがとうございます」
「い、いえ」
乱暴に扉の閉められる音がして、見れば色付きの眼鏡にニットの帽子をかぶった男性が2人、両側の扉から同時に乗り込んできていた。
「よっしゃあ、誘拐成功!」
「情報通りでしたね、アニキ。まったく、こんなにあっさり誘拐できるとは……」
ようやく正面をまともに向いた2人組の男性と目が合う。
おそらくは馬車を操縦している方もいるのだろうから、少なくとも3人以上はいるのだろう。
僕の存在に驚いている様子だったので、とりあえず、笑顔で手でも降っておいた。
「初めまして。私は、アルフリード・フィートと申します」
「は、はあ。これはどうも御親切に。俺たちは――って名乗るわけねえだろ! おい、何だこいつは!」
「しっ、知らないですよー」
黒い帽子の方が、白い帽子の方の胸倉を掴む。
「ええっと、姫様。この方たちはお知り合いでしょうか?」
「いえ。弟と妹はいますが、これほど大きくはありませんし、父と母は滅多に城外へは出ません。父は先代の高齢出産で生まれたため、すでに祖父母は他界しており、家族と言えるのは、お母様を含めて、5人だけで、後はお城に仕えてくれている使用人だけです」
シャルリア王女は平然となさっていて、今ここで「紅茶の準備はまだでしょうか」と言い出されても全くおかしくない雰囲気だった。
「全く、面倒な事です。これでまた外出の際にはお父様にたくさんの護衛をつけられてしまいます」
「今後のことより、今の心配をするんだな、王女様。こいつを始末したら、その時は……」
白い帽子の男がごくりと生唾を飲み込む。
これはあれだな。変態だ。
「おい。お前いつから幼女趣味が……」
黒い帽子の方が少し引き気味になっているけれど、止める様子はない。
まったく、大の大人が何を言っているのだろう。加えて、指の動きが怪しすぎる。もはや、気持ち悪い。
ああ、もとより誘拐犯なのだから、常識は通用しないのか。
「というわけで、お楽しみの前に、お前にはここで消えて貰おう。覚悟――へぶしっ!」
なんだか長ったらしく台詞を紡いでいた男の顔面に蹴りを入れる。
「どなたか存じませんが、子供を、それも女性に対してそういった態度をとられるのは、あまり良い趣味とは言えませんね」
この馬車はお城の持ち物ということでいいんだよね。
だとすると、壊すのと、中で暴れるのはまずいか。
いや、もちろん、普通の、他の馬車であっても中で暴れるのは良くないことなのだけれど。
「シャルリア王女。少しばかり、失礼いたします」
僕はシャルリア王女を抱えると――俗に言う、お姫様抱っこである――扉を蹴り飛ばした。
「は?」
唖然とする誘拐犯の前で、笑顔を浮かべて、僕はシャルリア王女を抱えたまま、馬車から飛び降りた。