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シンクシ 20

 降り立った部屋では、カルヴィン様が、仮面をかぶり、ナイフを持った相手と睨み合っていらした。

 背中には、シャルリア様とアイリーン様、小雪さんに加え、ここに捕まっていたと思しき子供たちを庇われているご様子で、僕たちの姿を一瞬だけ確認されても、目の前の相手からの集中を切らされたりはなさらなかった。

 一方、アイリーン様と小雪さんの瞳には、見るからに安堵の色が浮かび、かなり危機に瀕していたのだろうとということが察せられる。


「だ、誰だ! どこから入ってきた!」


 カルヴィン様と相対されていた男は、見るからに動揺された様子で、身体を開き、僕とカルヴィン様に、交互に身体の向きを変えている。


「カルヴィン様。申し上げたはずです。危ないと思われたならば、すぐに撤退するようにと」


 まあ、状況が状況だけに、御自分たちだけで撤退することが出来るという状況ではなかったのだろうというのは、現場を見れば考えるまでもなく分かることだったけれど。

 武器らしきものを握った相手と顔を突き合わせ、背中には捕らえられていたと思しき方を庇われながら、それでもなお、自分の身の安全を優先してこの場を放棄する。

 それでは何のために自分はここまで付いて来たのかと、そういうことになってしまう。

 

「後程、しっかりとお説教はさせていただきます。ですが、ご立派でした。あとは私共にお任せください」


 いくら魔法が使える(自衛の手段がある)とはいっても、武器を持った、大の大人の前に飛び出すというのは、一体、どれほどの勇気のいることだっただろう。

 そう伝えると、カルヴィン様は緊張の糸が切れたかのように、その場にしゃがみ込まれてしまわれた。 


「お兄様!」


 その背中を、アイリーン様が支えられ、代わりに小雪さんが前へと出られた。

 だから、後は任せてくださいと言っているのに、何だってこう――いや、今更問答している場合ではない。


「この場は私にお任せください」


 姫様方に宣言しているように見えるように、僕はカルヴィン様の前へと身体を滑り込ませる。

 もちろん、姫様方を安心させるために宣言した面も大いにあるけれど、今のはシャラさんに対しての宣言だ。

 つまり、姫様方の安全は僕が責任を持つので、こちらのことに気を取られることなく、勤めを果たされてくださいという、一種の保険のようなものだ。

 シャラさんも、返事をなさったりはされない。それではせっかく気付かれないようにやってきたというのに意味がなくなってしまうし、僕が探知の魔法でシャラさんの位置を把握しているのだということを察されたのだろう。シャラさんの反応が、僕たちがいる部屋の上から遠ざかる。


「さて。私達の大切な御方々に、そのような無粋なものを向けるあなたは、一体、どこのどなたなのでしょうか?」


「アルフリード! そいつが敵なのよ!」


 アイリーン様の鋭い声が聞こえる。

 それは見ればすぐに分かりますけれど、そういうことではなく、掴みというか、こちらの準備を整えるまでの間を取っただけだというか。


「敵だなどと。私はただ神への捧げものを用意していたに過ぎません」


 目の前の男は、自分に酔っているかのような態度で滔々と目的らしき事を語りだした。

 穢れなき子羊の血を捧げることが神への奉納になるのだとか、やがて訪れる審判の際に導かれる道のためだとか、つらつらとよく分からない単語を羅列して、何やら神様を崇拝しているようだけれど。


「そのために力無き子どもを手にかけても構わないと?」


 この場だけでは判断できないけれど、部屋の中には小さな子供しかいない。

 大人ならば手にかけて良いということでは全くないけれど、それは子供に害を加える理由にはならない。


「供物として、天に、神の御許に召されるなら、それも本望というものだと」


「他人の幸せの定義を、あなたが勝手に押し付けていい道理はありません。あなたはただの人攫い、暴行罪、傷害罪、つまり犯罪者です。そして、たとえどのような理由があろうとも、私の大切な方に悪意を向ける。それを見過ごすことは出来ません」


 相手の行動を待つまでもない。

 王家の名誉のため、普段であればこちらからの手出しは極力控えることだけれど、今はそうも言っていられない。

 シャラさんの方が気がかりで、早く助けに合流しなくてはということもそうだけれど、人身の売買というのが本当であれば、こんな風に傷つけるような行動は控えるはずで、まだ他にも捕まっている子供たちがいるだろうということは容易に想像できる。

 ここで、この目の前の1人だけに時間を取られ過ぎるわけには行かない。

 これ以上の無意味な問答を続けるつもりは、僕にはなかった。


「仕方のないことです。理想は常に他人から理解されるとは――」


 相手はまだ何か語りたがっていた様子だけれど、僕はそれには聞く耳を持たず、強く踏み込んで相手の懐に潜り込む。

 相手が手にした細長い棒は、先端の部分が熱を持ったように赤白く発光している。

 近くに火種が見えないことから、この男も魔法師ではあるのだろう。今までは気にしていなかったけれど、少し探れば、男からは魔力も感知できる。

 とりあえず、闇雲に振り回されても厄介で、姫様方が怖がられるかもしれない。


「なっ――」


 1歩で男との間合いを詰めると、背後には障壁を展開しつつ、相手の右手を捕まえる。

 たとえわずかにでも、手に触れてさえいれば、収納することが出来る。

 弾き飛ばす方が簡単だけれど、この狭い空間では危険だし、僕は男の持っていた短いバールのようなものを収納した。

 相手からすれば、急に消えたようにも見えただろうけれど、少し考えれば収納したのだということは分かりそうだった。

 しかし、まあ、訓練もしていないような人間に、急に察しろといっても難しいのかもしれない。お城での訓練では、あらゆる事態に対して、動揺する時間をなくすよう言い含められるけれど。

 あっけにとられている相手を眠らせると、そのまま横にして、何故か部屋に置いてあった縄でしっかりと縛りあげて転がした。



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