男だったらとりあえず、目の前で襲われている女の子は助けるだろう 2
もしかしたら、この男性には何か理由があって彼女たちを狙っているのかもしれない。
例えば、犯罪者だとか、親兄弟の仇だとか、借金の片だとか。
まあ、最後のものは真っ当とは言い難いけれど、それにしたって、丸腰の女性、それも子供を相手に、複数人で武器を持って迫ることに正当性は見受けられないし、許容することは出来ない。
とはいえ、この人数を相手に僕が1人で何が出来ることだろう。
いや、出来る出来ないじゃない。やるかやらないかだ。
本当は話し合いで引き揚げて貰えれば、客商売をしている関係上、そちらの方が得意なのだけれど、まあ、そういう訳にもゆかないのだろうというのは見ればわかる。
食材の調達のために、野生の動物、魔物と戦ったことはあった。しかし、人間相手は酔った客の相手くらいしかないのだけれど、仕方ない。やるしかない。
とりあえず、空腹で倒れてしまう前に、何とか事態を片付けなければ。
流石に殺すのはまずいだろうし、僕だって人殺しとして捕まりたくはない。
さっき、話が通じそうだったことから考えてみても、それほど興奮しているとか、気が立っているという訳ではなさそうだ。
ならば、眠ってもらうのが平和的かもしれないな。
背後の女の子と女性以外を対象にして、眠気、では流石に弱そうだから、睡眠を誘発させる魔法を使う。
1人を残して、他の男性が同時に地面に突っ伏した。
「何?」
対峙している最中に他に気を取られるというのは致命的な隙になる。もっとも、今回に限っては僕の方には殺すつもりは無かったので、そこまでではなかったけれど。
身体強化の魔法を使用しながら、加速させた身体で男の懐に潜り込むと、そのまま掌底を叩き込む。
前のめりになった相手の首筋をその流れのままに腕で強打して地面に倒れ込ませると、そのまま武器を持っている方の腕に関節を極めて、武器を取り上げた。
他の人たちが起きてくる気配がないのを確認すると、獲物を捕まえる時にも使う、拘束系の魔法の1つ、バインドで相手を縛りあげる。
「ええっと、とりあえず、話を聴かせていただきたいのですけれど……」
他の、気絶、というより眠っている人たちの方は、結界の魔法を使って閉じ込めているから、睡眠の魔法に抵抗がなかったことから考えても、そう簡単にはでてくることはできないだろう。
膝で押さえつけている、黙ったままでいる男性の顔を覗き込むと、目を閉じている。
魔法の効きが遅かっただけかと思って、呼びかけてみても返事がない。
まさかと思い、脈をとると、すでにこと切れていた。
そんなはずはない。ちゃんと、死なないように加減したはずで、先程まで抵抗するような動きを感じていた。
口元からギガサンショウウオの持つ毒のような匂いがする。
ギガサンショウウオは、水辺に棲息する大型の生物で、多くは魔力を持たない(すくなくとも僕は魔力を持つ個体と遭遇したことはない)はずだけれど、皮膚などに毒を持ち、時には毒の霧を噴き出したりもする危険な生物だ。
彼はどうやら仕込んでいた毒を飲み込んで自殺を図ったらしい。そうまでして秘密を守る、あるいは忠誠を尽くさなくてはいけない相手なのか。
「この分だと、目を覚ました彼らからも情報は得られないかな」
口の中を開いて毒を仕込んだ袋を取り出すなんてやりたくないし。
そこではたと思い出して振り向く。
シュエットの、雪や、羽毛のように白い髪ではなく、月の光のように神秘的な、さらさらの銀の髪。宝石のように紅い瞳は、僕のことを見定めるように、心の奥底までのぞき込んできそうなほどだった。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
その、紺を基調として、白いフリルをあしらったドレス姿の女の子は、とても子供とは思えないほどの見事な、ついさっきまでの騒動を感じさせない落ち着いた仕草でお辞儀をした。
見ただけでも、立派な造りのドレスだということが分かる。首元の、やはりフリルのついたチョーカーにも、大きくて真っ赤な宝石がつけられているし、どこかの御令嬢、あるいは――
「私はアンデルセラム王国、第1王女のシャルリア・フリンデルです」
あんでるせらむおうこく?
「どうかなさいましたか? 何かお尋ねになりたいことがあるのでしたら、何なりとお尋ねください。あなたは恩人ですから」
王女様だって?
隣の赤い髪の、エプロンドレスの女性も静かなまま、何もおっしゃられないところをみると、メイド、あるいは従者の方なのかもしれない。
まあ、相手が王女様かどうかは、今は関係のないことだ。
「僕の他に真っ白な髪の女の子が流されてきていたりしないでしょうか?」
シャルリア王女が振り向かれ、メイドさんらしき女性が首を横に振る。
「申し訳ありませんが、ここでお見かけしたのはあなただけです」
これは……助けることは出来たと考えるべきか。
いや、そう考えるのはいささか楽観的過ぎる。別の場所に流されていると考えていた方が良いのかもしれない。
「あの、お節介なことを言うようですが、もし、お連れの方をお探しなようでしたら、お城へいらっしゃいませんか? そちらの方が人手もたくさんありますし、情報も集まりやすいかと思うのですが」
「姫様! それは……」
「ティエーレ。大丈夫です、この方のおっしゃることに嘘はありません」
「しかし……いえ、姫様がそうおっしゃるのでしたら」
もう少し引き下がられるかとも思ったけれど、意外なほどにあっさり赤い髪のメイドさん――ティエーレさんは引き下がられた。
「しかし、その方の素性は明らかにしておくべきかと。もし、あなたの名前は何とおっしゃるのですか?」
「僕――私の名前は、アルフリード。アルフリード・フィートです」
そう答えると、ティエーレさんに、いきなり喉元へと先程のナイフを突きつけられた。
「嘘を言わないでください。このアンデルセラム王国に、フィートという姓を名乗る家系はありません」
そんなことを言われても。
「本当の事なのです。私は、アンデルセラムというこの国の生まれではなく、ラヴィリア王国の生まれです」
銀の髪の人形のような女の子、シャルリア王女が目をわずかに見開く。
「この大陸に、私の知る限りラヴィリア王国という国はありません」
そんな馬鹿な。
たしかに僕は川を流されてここへたどり着いたはず。
「とりあえず、こちらとしても聞きたいことが増えたようですから、1度お城へ来てくださると助かるのですが」
後ろですごく怪しいという目つきをされているティエーレさんが恐ろしいから遠慮したかったところだけれど、情報はたしかに欲しいし、この王女様たちがまた襲われないとも限らない。
何より、あの気絶している人たちを運ぶのには女性2人では――その上、シャルリア王女はまだ、少なくとも見た目上は子供だ――骨が折れることだろう。
気は全く進まないけれど、王宮というくらいだから王都もあることだろうし、情報は人が多い方が集まりやすい。
「分かりました。とりあえず、あの人たちはどうしま……どういたしましょう?」
「途中にギルドがありますから、そこに引き渡しましょう。馬車に乗せるのを手伝っていただけますか?」
いや、馬車って。大の大人を5人も、6人も運べるはずが――
そう思いながらシャルリア王女の視線の先を見ると、想像していたよりも3倍は大きな馬車が停められていた。流石は王女様、いや、王家、王族といったところだろうか。
ふわふわと、飛行の魔法の出力を抑えながら先程の賊――と言っても構わないだろうか――の男性たちを運ぶと、やはりシャルリア王女は驚いたような、それでいて楽しそうな顔と、ティエーレさんは警戒するように目を細められた。