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業務外ではあるけれど、ここに仕えている以上、しなくてはならない勉強なのだと言われた

 ◇ ◇ ◇ 



 お城への帰りの馬車に乗っている間、シャルリア様は少し俯かれたまま小さな手をぎゅっと握りしめられて、唇を引き結んでいらした。表情は硬く冷たいものだったけれど、たまにちらちらと僕の方を窺われては、慌てられた素振りでまた窓の外へと視線を移すということを繰り返されていらした。

 何か場を和ませるような会話を、と思ったけれど、僕がまっすぐ前を向いているときには、シャルリア様は窓の外か、御自分の膝元を見つめていらしたし、僕が考え事をしながら外を眺めているときには、もちろん、シャルリア様に話しかけることなど出来ようはずもない。

 せっかく、シャルリア様のお願い事で、精一杯楽しんでいただけたらと思っていたのだけれど、おそらくは僕の配慮が足りなかったのだろう。

 しかし、その原因が分からないままでは謝りようもない。このままでは、たとえ謝ったとしても、何の解決にもならないどころか、むしろもっとこじらせる燃料となってしまうということは、これまでのシュエットとの経験から察していた。

 もちろん、シャルリア様がシュエットとは別の方だというのは重々承知しているけれど、この場合はおそらく、女の子という括りで考えても構わないだろう。

 とはいえ、どれほど考えても、僕に女の子の(それもシャルリア様のような小さな女の子の)考えている事なんて分かるはずもない。僕自身はそれほど鈍いわけではないと自分では思っている、いや、思っているつもりになっていたのだけれど、赤ん坊のころはともかく、自我を持つようになってからつい先日まで、シュエットからの好意に全く(恋愛的なものだとは)気づいていなかった自分の事を考えると、やはり、それほど人の気持ちの機微には聡くないのだろうなと自覚せざるを得ない。

 告白してきたシュエットほどとはいわずとも、シャルリア様から、すくなくとも好意的な気持ちを向けられていることは承知している。

 僕だって、おそらくは何でも抱え込みがちになってしまわれるこの10歳になられたばかりの女の子のために、少しでも力になれたらと、味方でいると、強く思っている。

 それが、先程はあんな風に難しいお顔をさせてしまっていたのだから、きっと僕の方に何か問題があったのだろう。すくなくとも僕はシャルリア様の行動に何か特別に思ったりすることはなかった。

 

「……はぁ。何も思ったりはしなかったって、どう考えてもそれが問題でしょう」


 そんなことを、厨房に入るなり、今日のシャルリア様とのデート(なのかどうかはおいておくとして)について尋ねてこられたシャラさん達に話すと、皆さんに呆れられたように溜息をつかれてしまった。


「シャルリア様、お可哀そう」


「こうして、自覚なく、分からないふりをしている男が一番質が悪いというか、むかつくのよね」


「きっと、シュエットさんも苦労しているんでしょうね」


 しかも何故か、シュエットのことにまで言及され始めてしまわれた。

 何故、当事者の僕に分からないことが、シャラさん達にはお分かりになるのだろう。同じ女性だからだということだろうか?


「ええと、もし、差し支えなければ『それ』というのがどこの事を差しているのか教えていただけると助かるのですけれど」


 教えていただければ、もし、仮に、ほとんどあり得ないことだとは思うけれど、シャルリア様と再びお出掛けするような事態になった時に、対策を立てることが出来る。

 自分で調べて分かることならばそうするけれど、他人の気持ちなんて、どんな書物にだって書かれていないはずだ。

 しかし。


「それは、私たちが教えても意味がないことなのよ」


「アルフリードが自分で気がつくか、自覚するかしないと」


「どちらにしても、自分で答えを出すしかないことなのよ」


 シャラさん達は、子供に言い聞かせるように、優しい瞳でおっしゃられたけれど、どことなく、馬鹿にされている感じがしたのは、多分、気のせいだろう。


「どうしてもというのなら、参考書を貸してあげるから、今日の仕事終わりに、お風呂に入った後、図書館まで来なさい」


 このお城にはシャルリア様のお気持ちに関する参考書なんてものがあるのか。

 いや、しかし、シャルリア様はこのお城にある本のことは網羅されているはずで、そんな、御自身の秘密の載せられた本なんて、そのままずっと置きっ放しになされるはずはないと思うのだけれど。

 とはいえ、そんな物が実在するというのであれば、これからのお城の雑用業務がさらにはかどるだろうことは間違いない。是非とも、読んでおかなくては。


「ありがとうございます」


 そうと決まれば、今日の業務はすぐに終わらせて(もちろん雑にやるわけはない)今夜からは読書といこうじゃないか。

 喋ることは、何故か、この世界に流されてきた時から出来ていたけれど、読み書きはまだ若干不安というか、怪しいところもある。その勉強も出来て、良い事尽くめだ。


「いい? アルフリード。あらかじめ言っておくけれどね。この件に関しては、あなたよりも私たちの方が、いえ、アイリーン様でさえも、あなたよりもずっと先輩よ。だから、私たちの勧めた本のことはとにかく、最初は、1度は全て目を通しなさい」


 それからね、とシャラさんから念を押される。

 言われずとも、メイド(僕はメイドではないけれど)シャラさん達は僕よりもずっと長くこのお城に勤めていらっしゃる先輩で、いつだって敬意を忘れたことはない。


「くれぐれも、いいわね、くれぐれも、この事をシャルリア様に直接お話になってはダメよ。もし、シャルリア様に尋ねられたら、アイリーン様を頼りなさい。きっと上手く代わってくださるはずよ」


 それほど念を押されずとも、僕は教わる立場であって、ありがたくも僕のために本を選んでくださるというのだから、僕の方にその話を断るとか、約束を破ろうなどという気持ちは微塵も存在しなかった。むしろ、僕のために時間を割いてくださることに、感謝したい気持ちで一杯だった。


「ありがとうございます。精進致します」


 当たり前だけれど、この世界には僕の知らないことがまだまだいっぱいある。もっとも、シャラさん達の言い方だと、それはこの世界だとかに関係なく、シュエットがいたラヴィリアでも同じことのようだったけれど。


「――でも、良いの? 私たちがそんなことまでしてしまって。シャルリア様のお気持ちも――」


「そうはいっても、主人に礼を尽くすのが私たちの――」


「背中を押すだけだから――」


「国王様、いえ、王妃様にもお話を――」


「でも、そんな畏れ多いこと――」


 僕はとにかく、シャラさん達がそこまでしてくださるとおっしゃってくださったのだから、なんとしてでもシャルリア様のお気持ちを理解しなくてはとひとり決意していたので、シャラさん達が小さな声で話し合っていらしたことまでは聞き取ることが出来なかった。


「ほら、いつまで話し込んでいるの。口じゃなくて手を動かしなさいといつも言っているでしょう。手が遅くなっているわよ」


 リースさんが2度ほど手を叩かれて、意識を引き戻された僕たちは、すみませんと口を揃えてから、それまで以上の速さで夕食の準備を終わらせた。

 リースさんにはそう言われたけれど、僕はその間も、これから知ることになるだろう未知の事柄に対する好奇心の虜になっていた。もしかしたら――僕なんかがおこがましいことではあるのだけれど――シャルリア様も僕と初めて会った時、似たようなお気持ちでいらしたのかもしれないな、などと、頭の片隅で考えながら。


 

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