シャルリア様とお出かけ 2
◇ ◇ ◇
「それではシャルリア様。どこか、訪ねたい場所の希望などはありますでしょうか?」
翌朝、僕は予定通り、シャルリア様と2人で城下にある街へと出かけてきていた。
子供たちに体験させることが重要だとおっしゃられたジェリック様の理屈では、アイリーン様や、カルヴィン様もご一緒の方がより良かったのではないかとも思い、お声をかけさせてはいただいたのだけれど、是非、2人で出かけてきて、と念を押されてしまったため、そちらは断念せざるを得なかった。
もちろん、シャルリア様もそれほど外へと、それもこんな風にお出かけをされたことはないということだったので、僕がしっかりとエスコートしなくてはならない。もっとも、シャルリア様は街の地図くらいであれば、覚えていらっしゃる、もしくは、1度目を通されれば、すぐに路地の配置を覚えられるのではないかと思っている。
何せ、先日10歳を迎えられたばかりだというのにもかかわらず、お城の図書室にある蔵書のほとんどをすでに読んでしまわれていらっしゃるというのだから。
「……私、グレンツとフロールのお人形が……見たいです。2人、セットで持っていると……お守りになるのですって」
グレンツとフロールというのが僕には分からなかったのでお尋ねすると、どうやら物語の主人公とヒロインらしい。
「……グレンツは、その世界のどこでもない国の出身の平民だったのですけれど、フロールの呼びかけに応えて現れて、街の小さな悪政を暴いたことから始まり、竜を倒したりもしながら、最後には2人で世界を救うまでの大冒険をするのですよ。それで、最終的にはフロールに永遠の愛を誓い、そこで国王にまでなったのです」
この2人の物語は、アンデルセラムでは知らない者はいないとまで言われている大ベストセラーの長編小説であり、シャルリア様の中でも最近読み返してもいらっしゃるのだという、お気に入りのシリーズだそうで、頬を若干赤らめられた、興奮されたご様子でお話を聞かせてくださった。お城の外で、解放的な空気も影響していらっしゃるのかもしれない。
僕は、今まで、森や山に入ったことは、それこそ数えるのも無意味なほどにあるけれど、竜と呼ばれる魔物を見たことも、ましてや遭遇したこともなかった。
ラヴィリアにも竜が出たという噂や、勇者に討伐される物語はあったけれど、あまり食べてもおいしくなさそうだったし――もっとも、興味が全くなかったかと言われれば、そんなこともなかったのだけれど――そもそも、そんな危険そうな魔物に積極的に遭遇したいとも思っていなかった。もちろん、今も。
「それは御利益のありそうですね。何せ、竜まで退治されたということですから」
それに、大ベストセラーということは、当然、多くの、あるいは、国中の人が読んで、そしてはまっていらっしゃるということであり、現在まで続く人気を持っているということは、それだけの理由があるからに違いない。
もっとも、お守りの効能の半分以上は思い込みだったり、商品を売りつけるための文句、言ってしまえば、商業主義のインチキだともいえるはずだけれど。
まあ、女の子がそういった恋のお守りだとか、お人形だとか、おまじないだとかに興味を示すのは珍しいことでもなく、シュエットも自分の部屋に小さな、そう、あれも確か、もちろん名前は違ったはずだけれど、男女で対になっていた人形を飾っていたっけ。
いつもは、シュエットもそういうものに興味があったんだな、と思っていて、実際にそれを言って怒らせてしまったりもしていたけれど、告白された今ならば、それが何を思ってのことだったのか、薄々――いや、かなりはっきり推測出来てしまうのだけれど。
そんな風に、世界や国が違っても女の子の趣味や嗜好は似ていたりもするんだなあとぼんやりと考えていると、隣からジトっとした視線を感じて、そちらを向くと、シャルリア様がわずかに眉を顰めていらした。
いけないいけない。
いくら、相手がシャルリア様で、結婚だとか、恋愛だとかからは、かなり遠くにいらっしゃる方ではあっても、仮にも女性とのデートの最中に、他の女の子の事を考えるというのは、些か、配慮に欠けるというか、失礼だというか。
「分かりました。では、それを見に参りましょう」
人形といえば、先日訪れた妖精の館にはたくさんの人形が飾られていたっけ。
それとも、子供たちへの贈り物だったり、旅のお土産にするのであれば、お土産屋さんの方が多いだろうから、港の方だろうか? それだと結構遠くなってしまうけれど。
しかし、シャルリア様にもそんな風に、恋のおまじないに興味があるくらいには、普通の女の子だということなのだろう。それはきっと、アイリーン様とも何も違ったりされないはずだ。
「……どうして、アルフリードはそんなに嬉しそうなのですか?」
そんなに嬉しそうにしていたつもりは無いのだけれど、シャルリア様がきっと喜ばれるだろうと考えていたら、思わず、口元が緩んでしまっていたらしい。
声のした方を向くと、シャルリア様は、若干照れていらっしゃるように、頬を赤く染めていらした。
「いえ、何でもありません。シャルリア様にもそのように思われる方がいらっしゃるのですね」
そんな風に思い合える方がいらっしゃるなんて、素敵な事だと思う。
僕は、シュエットに告白されるまで、そんなことを意識したことさえなかったというのに、シャルリア様はまだ10歳になられたばかりで、もうそんなことをお考えなのだから。
「シャルリア様? いかがなさいましたか?」
しかし、僕がそう告げた直後、シャルリア様は腕輪をぎゅうっと握りしめられながら、何故だか少し気落ちされたご様子だった。先程までは、あんなに楽しそうに、フロールとグレンツの話をされていらしたというのに。
「私に何か至らないところがありましたでしょうか?」
シャルリア様の、宝石のような真っ赤な瞳が、真っ直ぐに僕を見上げ、それから少し悲しそうなお顔をされると、馬車とは反対の方向へと走り出してしまわれた。
人通りはそれほど多いわけではなく、シャルリア様と僕とでは体力に歴然とした差があるので、すぐに追いついて、細い手首を掴む。手首には、僕がお贈りした腕輪が光っていた。
「シャルリア様」
こんな状況で、女性の正面へと回り込むのは紳士とはいえない。
目を離すことが出来ないので、こうして追いかけて、捕まえはさせていただいたけれど、シャルリア様のお気持ちが落ち着かれるまでは、こうしているつもりだ。
「……もう結構です。放してくださいますか」
数秒の後、シャルリア様はこちらを振り向かれたりはなさらないままに、短くそれだけおしゃられた。
僕が手を離すと、シャルリア様は走り出されたりはなさらなかったけれど、僕の方へと振り向いたりもなさらず、顔を合わせられることもなく、歩き出された。
「……馬車へ戻ります」
「えっ?」
しかし、僕の困惑などは無視されて、シャルリア様はスタスタと馬車へと歩みを進められる。
「お人形はもうよろしいのですか?」
シャルリア様からのお返事はない。
しかし、ひとりでこの場を離れるわけにも、離れさせるわけにもゆかないので、僕はシャルリア様の後ろを追いかける。
馬車へと乗り込まれて、お城へと告げられたシャルリア様は、ずっと窓の外を見つめられたままで、それからお城に着くまでの間、僕とはひと言も話されなかった。




