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大切な仕事

 ◇ ◇ ◇



「――そういうわけで、小雪さんは無事、お家の方に合流されました。それから、後日またという言伝も預かって参りました」


 小雪さんをお家の方にお引渡ししたため、僕は元々の予定であった小雪さんの王都見学を途中で切り上げてお城へと戻った。自分でも、確認したいことも、まだ調べたいことも、見られていない範囲もあったけれど、お城においていただいている以上、それは雑用の業務時間外にやればいい、というよりも、やらなくてはならないだろう。

 後半の言伝があったため、報告する相手はジェリック様、ナティカ様、リースさんではなく、シャルリア様とアイリーン様だ。本当はカルヴィン様にもご報告したかったのだけれど、生憎、国王様になられるための勉強がお忙しいようで、上手くタイミングが合わなかったようだ。

 ナティカ様は子供たちにご友人が出来ることをとても喜んでいらしたという話だったから、是非ともお伝えしたかったけれど、きっと、それは姫様方の口からなされることだろう。

 今回は事態が事態だったため、アイリーン様の性格というか、仲良くはなられたご様子だったけれど、遊んだりもされる間もなく、お家へと送り届ける必要があった。そんな短い時間で友好的な関係を築かれたご様子のアイリーン様は本当に流石としか言いようがなかったけれど。

 

「そんなことはどうでもいいわ」


 アイリーン様は僕の話を聞き終えられた後、椅子から立ち上がられると、僕の前まで歩いていらしたので、僕はその場に膝をついた。

 つい先ほどの(と言っても差し支えはないだろう)、それもあれほど盛り上がっていらしたご様子の出来事を、「そんなこと」と言い切られるアイリーン様には驚かされるけれど、いつものことなので、最近では少し慣れつつある気がしている。


「アルフリードは小雪とのデートはどうだったの? 楽しかった?」


 アイリーン様がそうおっしゃられると、シャルリア様のカップを持つ手がピクリと震えられた。中身をこぼされたりなさらなかったのは流石だけれど。

 当の小雪さんが皆様の前であれほどはっきりと宣言されたのだから、僕にそれを否定することは難しかった。

 もちろん、デートの判断基準なんて人それぞれで、あれがデートではなかったと言えば、その人の中ではそうなるのだろうけれど。

 現に、僕としてはあれは観光案内をしていたという感覚であり、あまりデートという雰囲気ではなかったという認識でいる。もちろん、あれほど嬉しそうになさっていた小雪さんの手前、あんまりにも直接否定することは憚られるけれど。


「えー! アルフリードくらいの年頃の男の人と女の人が一緒にでかけたら、それはもうデートと言えるんじゃないの?」


 その理屈だと、ティエーレさんとか、シャラさんとかと一緒に買い出しに出かけるだけで、デートということになってしまうと思うのだけれど。まあ、それは仕事の一環として、業務だと考えることも出来なくもない、というよりも、そのまんまだけれど。


「そのようなことはありませんよ、アイリーン様。そもそも、アイリーン様の考えていらっしゃるデートというものは、いわゆる、恋仲になられた方同士のものだと思われますが、私と小雪さんの関係はそのようなものではなく、ただ、そうですね、保護者と護衛対象という方がしっくりくるものだと思われますが」


 僕がそう答えると、アイリーン様は何故だか得意顔というか、したり顔というか、罠にかかった小動物を見つめる狩猟者のような表情を浮かべられた。


「ふーん。それなら、デートじゃなくてお出かけだったというのなら、アルフリードは小雪みたいなお嬢様とも普通にお出かけするってことよね?」


 僕が見ても分かるくらい、小雪さんの持ち物(例えば着物)は見事なものだった。

 普段からこんな見事な調度品に囲まれ、素敵なドレスをお召しのシャルリア様、それからアイリーン様にしてみれば、そんなことはわざわざ確認するまでもなく、分かり切った事だったのだろう。

 隠してもしょうがないというか、隠すことはなく、事実として残ってしまっているので、僕としては否定のしようがない。

 否定しようものならば、それこそ贔屓しているなどということにもなりかねない。


「ええっと、それがどうか致しましたでしょうか……?」


 続けられるだろう言葉を待ってはいたのだけれど、アイリーン様は僕に、この程度察してみなさいとおっしゃられんばかりに、口を閉じられて、僕のことをじっと見つめられた。

 たしかに、主のおっしゃられたい事を察して先に動くことも、使用人としては必要になるスキルだ。

 この場合、僕に求められていることは何だろうと、考えを巡らせる。

 アイリーン様ご自身がお出かけになりたいと思っていらっしゃるのだとしたら、このような回りくどいことはなさらず、直接おっしゃられるはずだ。

 アイリーン様の視線がちらりと斜め後ろ、机を挟んだ向かいの席へと向けられる。僕もつられてそちらへ視線を動かした。

 そういえば、僕が小雪さんをギルドへとお連れする前、部屋の前までいらしたシャルリア様が何か言いかけていらしたような。僕は少し記憶の糸を手繰り寄せる。

 シャルリア様は、先日のお祭りで外へと出かけられたのが楽しかったのだとおっしゃられていた。

 普段お城からあまり出られることのないシャルリア様は、外出ということ自体に惹かれていらっしゃるのかもしれない。それは、アイリーン様も同様だとは思うけれど。

 もちろん、シャルリア様が外へ出かけられることをお望みなのであれば――そうでなくてもシャルリア様やアイリーン様、カルヴィン様がお望みなのであれば、僕に出来ることであれば何でも――その望みを叶えて差し上げたいとは思う。


「私は外出許可証をいただけるとは思いますが……」


 今日は別にお祭りという訳ではない。

 お姫様であるシャルリア様が、護衛もつけずに城下へ遊びに行くというのは、許される事ではないと思う。


「護衛なら、アルフリードがいるじゃない。この間のお祭りの時だって、それで大丈夫だったんだから」


 しかし、普段からそんな風に城を出るなんて……僕が初めてお会いしたときだって襲われていたところだというのに。


「……アルフリードがいれば、大丈夫です」


 シャルリア様がわずかに頬を染められながら、期待と信頼に満ちた瞳で僕を見上げられる。

 そんな風に見つめられると、非常に困るというか、出来ませんとは言えないわけで。


「……しかし、私にも仕事が」


「お姉様の護衛以上に大切な仕事なんてないわよ」


 アイリーン様にピシャリと言い切られる。

 姫様、若様のために僕たちはこのお城で働かせていただいているわけで、たしかにその通りなのだけれど。


「分かりました。私としては、姫様方の行動を縛るつもりはありません。御父上と御母上、国王様と王妃様がお許しになられた時には、護衛の件、検討いたしましょう」


 結局、僕はそう答えることしかできなかった。

 


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