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プロローグ 4

 ◇ ◇ ◇



 生憎と翌日は雨だったため、念には念を入れて、日付を延期して、さらに翌日まで待つことにした。

 浴室であったことを考えると、絶対にというのは無理な話だけれど、なるべく水の多いところには近付きたくなかったからだ。

 もっとも、僕たちの暮らしている家、そして店からは川を――正確には橋を――渡らなければ組合に行くことは出来ないため、避け続けることは不可能なのだけれど。


「まあ、どちらにせよ、こんな豪雨では出かけられなかっただろうな」


 もちろん、空を飛んでゆくという手段がとれないわけではなかったけれど、それもやはり晴れていれば、もっと正確に言えば、雨が降っていなければの話だ。飛行の魔法を使いながら、風雨をしのぐための魔法も使うのは、今の状況ではリソースを使い過ぎて危険だ。

 吹き付ける雨風が窓を激しく叩き、扉を閉めきっていても外の音が聞こえてくる。

 お店の方も、開店休業状態で、外の仕事や狩りには出かけられないため店番をしているのだけれど、人っ子一人、来店する気配はない。

 僕はシュエットのところから戻ってくるために外へと出たけれど、普通の人は、どうしても必要がなければ外へ出ようとは思わないだろう。古来から、暴風が吹いたら寝坊して、豪雨のときはお休みだと決まっている。 

 問題は、湿気が激しく、周囲の水が増えるということだけれど……いつまでも気にしているわけにはゆかないし、家の中ならば気を付けるべき場所は限定できる。雨漏りでもしていない限り、床に水たまりができるわけでもないだろうから。

 そう思っていたら、扉につけた鈴が鳴り、来客が告げられた。

 こんな日に誰だろうとは思うけれど、こんな日にもかかわらずいらしてくださったありがたいお客さんだ。


「いらっしゃいませ……どうかなさったんですか、マリーさん」


 そう思っていたら、いらしたのはマリーさんだった。

 いくら隣とはいえ、この激しい雨の中、まったく濡れないということはないらしく、コートからは水が滴れ落ちていた。

 マリーさんは、どうやらお店に食事をしにいらしたという訳ではない様子で、席へは向かわれず、僕の名前を呼ばれた。


「一体、昨日、何があったんだい?」


 カウンター及び、厨房から出ていって、コートを乾かそうとする僕を押しとどめて、マリーさんは早速本題を切り出された。


「別に、アルがうちに泊まるのはよくあることだし、あんた達の仲が良いことも知ってるさ。けど、昨日、シュエットの悲鳴を聞いてあんたが飛び出して、戻ってきてからのあんた達の態度はどう考えても不自然だったからね」


 さすがは母親といったところだろうか。シュエットの、あるいは僕たちの些細だろう変化にも気付いていらしたらしい。まったく平静を装えていなかった僕の方にも問題はあるけれど。

 心配をかけるべきではないと思っていたけれど、知られてしまっている以上は話しておくべきだろう。マリーさんはシュエットの母親なのだから。基本的に、知らなければよかった、ということはほとんどない。

 シュエットに聴けば良いにもかかわらず、僕のところまでいらしたということは、すでにシュエットには話を聴いていて、その裏を取るためか、それともシュエットが黙秘したためか。

 いずれにせよ、僕が話さなければ、納得も、自宅へと引き返されもしないことだろう。

 僕は昨日の浴室での事をありのままマリーさんに話した。


「ふぅん。常識的には考えられない、いや、思いもよらない話だけど、あんた達の気のせい……ってわけでもなさそうだね」


 僕やシュエットも、自分では気がつかないうちに日ごろの疲れが溜まっていて、幻覚を見たとか、そんな可能性もまったくないとは言い切れないけれど、その可能性は限りなく無いに等しいと思っている。

 僕だって、自分事でなければとても信じられない。

 けれど、マリーさんは僕の話す幻想のような、夢物語のような話を、疑わず、信じてくれた。


「分かったよ。私達も気に留めておくから、あんたも、シュエットも、1人で抱え込み過ぎて参ってしまったら意味ないからね」


 あまりにもあっさりし過ぎていたものだから、僕の方が尋ねてしまったほどだ。


「ええっと、僕が言うのもなんですが、マリーさん。今の話、信じられたのですか?」


 尋ねると、マリーさんはわずかに目を細めて、微笑みを浮かべられた。


「何だい、アル。今の話は、実はあんたの作り話だったとでも言うつもりかい? 作家にでもなったらどうだい。売れないだろうけど」


「いえ、そんなことはありませんが……いえ、作家になるとかいう話の方ではなく、自分で話していても、とても信じられるような話ではないと思っていましたから」


「そりゃあ、私だって信じられないさ。あんたに聴いたんじゃなければね。でも、話自体は信じられずとも、あんたとシュエットの、家族のことは信じているからね」


 この人がいればシュエットのことは大丈夫だ。 

 そう実感させられる、清々しいほどの言葉だった。

 母親、あるいは父親とは、かくも偉大な存在なのだと。

 子供は大人に頼るものさ、と言い残したマリーさんは、僕の頭をくしゃくしゃとすると、隣へと戻っていた。

 マリーさんのおっしゃる通りだ。

 信じて貰えないかもしれないとか、そんなことは話してみたその後の話だ。

 やっぱり、明日、この嵐が過ぎ去っていたら、シュエットと一緒に組合へ行ってみよう。他の人、大人にも意見を求めて、頼るべきだ。

 もしかしたら、すでに行方不明者の捜索だとか、河川の氾濫度合いだとかの調査に出ている方がいらしたかもしれないし、何か、少なくとも僕たちが今持っている以上の情報は得られることだろう。それに、こちらももしかしたらの話ではあるけれど、僕たちと同じ目に遭遇している人も、まったくいないと決まったわけではないのだし。


「……河川の氾濫ね」


 現段階では考え過ぎ、としてしまうのは早計だろうか。

 念のため、何日か日を空けるべきかとも思うけれど、シュエットの不安の元はなるべく早く解消したい。確実に解消できるかどうかは分からないけれど、とりあえずの心情的な安定は手に入ることだろう。

 僕が守ればいい、なんて安易な考えはしていないけれど、いや、だからこそ、組合に報告に行くのだけれど。

 もちろん、驕るつもりは無いけれど、また同じようなことがあれば、今度はこっちから逆探知できるかもしれない。

 昨日とは違って、今度は僕たちも来るかもしれないと思っているのだから。

 目的なんかは、捕まえてから聞き出せばいい。

 そう思うことが出来るようになるくらいには、前向きになることが出来ていた。



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