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プロローグ 3

「ねえ、アル。さっきのあれって何だったと思う?」


 夜。

 シュエットが心配だったということもあって、僕は自分の店の朝の分の仕込みを終わらせてから、シュエットの部屋まで泊まりに来ていた。

 未婚の女の子の部屋に、しかもさっき告白されたばかりで返事もしていない相手のところで、夜中、2人きりで泊まり込むなんて、普通なら何か言われそうなものだったけれど、ヴェルガーさんも、マリーさんも、何も、それどころかマリーさんに限っては、何だか期待されてさえいるような顔までされていた。

 信頼されているのか、応援されているのか、はたまた別の理由によるものなのか、真意は測りかねたけれど、今晩に限っては、そんなことを考えているような余裕はなかった。


「分からない。魔法で防ぐことは出来たから、僕たちの知らない何か超常の力などではないと思うのだけれど、今の段階では判断材料が少な過ぎて」


 ベッドの真ん中に、頭の上で真っ白い雪のような髪をお団子のように2つにまとめて、枕を抱えなら、薄い水色のパジャマ姿で女の子座りをしているシュエットは、とりあえず、落ち着いてはいるみたいだったけれど、おそらく、半分くらいは強がりだろう。

 現状、分かっていることと言えば、浴室で水(あるいはお湯)に襲われたという、分かっているといっても構わないのだろうかと疑問にすら思うようなことだけで、だからといって、シュエットに風呂に入るなという訳にはいかないし、風呂もトイレも、僕が一緒に付いてゆくというのはもちろんあり得ない。

 浄化の魔法もあるにはあるけれど、いつまでもそれだけという訳にもいかないだろうから。


「一応、探知の魔法も使ってはみたけれど、何も反応を捉えることは出来なかったんだよね」


 全く痕跡を残さないということは、相手が相当な実力の魔法師であることに間違いはないだろう。

 僕たちにとっては奇襲的な出来事で、あちらは入念に準備をしていたのかもしれないと考えると、一概には言い切ることは出来ないけれど、すくなくともあの時点での魔法の扱いに関しては、僕よりも上だったということに他ならない。

 僕は自分が世界で最も魔法の扱いに関して優れているなどと奢っているつもりはまったくないし、事実、両親が生きていたころにシュエットとも一緒に通っていた学院には先生がいらした。

 経済的な事情とか、まあ色々あって、僕はすぐに学院を辞めたけれど、シュエットとは専攻が違ったということもあって、僕が学院を辞めた後も、シュエットは2年ほど学院に通っていた。

 それはともかく。

 まさか、学院の先生が犯人ということもないだろうし。

 学院の魔法師の先生は王宮から派遣されていらしたし、人柄的にもあんなことをなさるような方はいらっしゃらなかった。


「さっきのあれだけで終わってくれればいいのだけれど、それはちょっと楽天的過ぎるかしら」


「そうだね。とはいえ、いつまでも気を張っていたらこっちが先に参ってしまうし、何とか対応を考えなくてはね」


 毎度お風呂に入るたびに、結界を張ったり、障壁を展開し続けるというのは、どう考えても無理がある。

 それに、もし、問題が浴室なのではなく、あの時襲っているように見えた水そのものにあるのだとすれば、それこそ水と無縁の生活などあり得ない。


「あんな風に襲われたのはさっきのあれが初めて?」


「ええ。昨日までは何も。お湯に波紋が広がった事すらなかったわ」


 組合に話して調査してもらうにしても「急に風呂場の水が手の形になって襲い掛かってきました」なんて話をしたら、夢でも見てたのではと言われるか、頭でもおかしいのではと医者を紹介されるか、いずれにせよ、まともに取り合ってはくれないだろう。

 組合と言うのは、冒険者と呼ばれる職に就いている人のたまり場、と言うと聞こえは悪いけれど、総合的に仕事を斡旋してくれるところで、冒険者ではなくとも、事件を取り扱ってくれたりはする。

 しかし、そもそも、一体、どうやって調査など出来ようものか。

 出来ることといえば、精々が、街中での聞き込み程度だけれど、こんな荒唐無稽な話、きっと目をぱちくりとされるだけで、めぼしい成果を得ることは出来ないだろう。

 まあ、でも、何もやらないよりはましかもしれない。結果、さらに不安を煽ることにもなりかねないけれど。


「ねえ、明日は2人で近所の人たちに聞き込みをして回って見ようか。あるいは、組合に行ってみるとか。もしかしたら、僕たち以外にも同じような事件に巻き込まれている人がいるかもしれないし」


「そ、そうね」


 知り合いが犯人だったら、それはそれで怖いことだろうけれど、このまま何もせずにいるよりはずっとましだ。


「シュエットが可愛かったから、誘拐しようとしたとか、モノにしようとしたとか」


 何しろ、ストーカーの考えることは常人(自分を常人とするならば、だけれど)には理解し辛いことが多い。

 客観的にいや、主観的に見ても、シュエットの雪のようにさらさらの白い髪も、ルビーのように真っ赤な瞳も、快活な性格も、それでいて家事が得意だったりする家庭的なところも、多くの異性の目には魅力的に映ることだろう。


「もうっ! 真面目に考えてよね!」


 頬をわずかに赤く染めて膨らませているシュエットは、怒っている風でありながら、すこし嬉しそうにも感じられた。

 何の気なしに、いや、本心であることは間違いがないのだけれど、シュエットに「かわいい」などと言ってしまって、そういえば、シュエットに告白されたのはついさっきといっても過言ではないくらいだったと、決して忘れていたわけではないのだけれど――忘れようと思っても忘れられるものではない――思い出した。

 僕たちは、互いにお風呂上りという気恥ずかしさもあって、どちらからともなく、何となく視線を逸らした。


「ええっと、あんまり気にし過ぎても寝不足で明日大変になるかもしれないから、そろそろ寝ておこうか」


「そ、そうね」


 本当は告白の返事をしなくてはいけないのだけれど、なんだかこの雰囲気でするのは、何というか、その……そう、とりあえず、この件を解決するまではのんびりすることも出来ないだろうから、とりあえず、今日のところはまだいいか、と、このときの僕は思ってしまったらしい。


「お、おやすみ、アル」


「う、うん。おやすみ」


 少し緊張気味のシュエットに応えると、僕もシュエットが寝ているベッドの隣、すぐ下の床に敷いた布団に横になった。

 シュエットには言わなかった、というよりも、言えなかったけれど、仮に再び襲われるような事があれば、その時はこちらもある程度は覚悟しているわけだし、もちろん、シュエットを囮にするなんて絶対にしないけれど、今度は、反撃とまではいかずとも、手がかりくらいは掴む余裕を持つことが出来るかもしれない。

 そのために、いつでも準備は整えておこうと、そして早く眠るべきだと分かってはいるけれど、しかし、こんな時だからだというのに、いや、むしろ、こんな時だからこそだろうか。眠らなくてはと思うほどに、隣を意識してしまって、結局僕が眠りに就くことが出来たのは、それから1時間ほど経った後、時計の針も頂点を過ぎた後だった。

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