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プロローグ

「私、アルのことが好きなの」


 父と母から受け継いだ料理店のための食材の調達から帰ってきた僕を、夕日を浴びながら店の壁に寄りかかって待っていたのは、幼馴染のシュエットだった。

 この真っ白な髪の幼馴染のことは、僕だって憎からず、どころか、好意を抱いてもいる。

 しかし、どちらかといえば恋愛感情というよりも、ずっと一緒にいる兄弟姉妹のような気持ちで今まで付き合っていたので、突然言われても僕もすぐには返事をすることは出来なかった。

 父と母を3年前、流行病で亡くしてからは、隣で暮らしているシュエットにも、シュエットの御両親にも、とても良くして貰っている。

 おかげで今では、両親がいたころと同じとまではゆかないけれど、どうにか1人分の食い扶持を稼ぎ、店の経営を成り立たせることくらいは出来るようになっていた。

 もちろん、この店だけではやってゆけるはずもなく、他にもいろいろなところへ稼ぎに出かけさせては貰っているけれど。

 シュエットも暇を見つけてはこの料理店の方へと顔を出して、手伝ってくれていたりもするので、僕は本当に感謝している。

 

「ありがとう。僕もシュエットのことは好きだよ」


 僕としては笑顔でそう答えたつもりだったけれど、シュエットはどこか不満そうに、じっとこっちを見ていた。


「な、何? どうしたの、シュエット」


「そのアルの言っている好きってどんな好き? アルがよく一緒に組合まで依頼を受けに出かけている服屋のミザリーとか、ギルドの受付と宿屋の看板娘のシャノンに言っているのとは違う好きよね?」


 なんでそんなことまで知っているんだろう。

 たしかに、ミザリーとは冒険者組合まで依頼を受けに行くときに一緒になることが多いし、その時には大抵、シャノンちゃんが出迎えてくれるけれど。

 それに、ミザリーはともかく、シャノンちゃんはまだ5歳とかなのに。すくなくとも僕はシャノンちゃんのことをそういう風な目で見たことは1度もない。たしかに、すこし紫がかったツインテールで、子供らしくころころと変わる表情は可愛いと思うけれど。

 というか、僕は彼女たちにも好きとか、そういうことは言っていないはずだけれど。多分。

 もしかしたら、女性の視点からではそう捉えられてはいないのかもしれないけれど、とにかく、そんな直接的な言葉をかけたという覚えはない。誰かを好きだと言えるほどの余裕もないし。

 それはともかく。


「ええっと、つまり、シュエットが言っているのは、僕と、その、結婚したいくらいに好きってこと?」


 そう尋ねると、シュエットは夕日の傾いてきている中でもわかるくらいに頬を赤く染めながら、エプロンの端を握り締めて、反対の手で綺麗な真っ白な髪をくるくるといじりながら「言わせないでよ……」とつぶやいた。


「でも、僕の家は、シュエットも知っての通り、ご覧の通りのありさまで、僕が1人でなんとか生活していける程度の稼ぎにしかなっていないのだけれど。今だって、僕が1人で食材なんかの調達に出かけている間は店を開けることも出来ないから、これ以上収入を増やすのは難しい――」


 言いかけのところで、シュエットは僕を壁際へと追い詰めて、壁に手をついた。

 

「そんなことは関係なくて。アルは私の事が好きかどうかを聞いているの」


 それは、僕だってたしかにシュエットに好意を抱いてはいるけれど、結婚となると、簡単に受けるわけにはゆかないというのは、僕自身が1番よく分かっている。

 両親から残されたこの店は、シュエットに手伝って、いや、一緒にやっていける程の稼ぎはないくらいだということはシュエットも知っているはずだ。

 本人は関係ないと言っていたけれど、結婚とか、一緒にやっていくとなれば、無視は出来ない問題のはずだということが、シュエットに分からないはずもないと思うのだけれど。


「だから、私はアルの気持ちを聞いているんだってば」


「まだ営業中だよ。騒ぐなら他所でやってくれ」


 シュエットに詰め寄られて、これ以上どうしたものかと考えていると、お店兼自宅の裏口から、シュエットと同じく真っ白な髪に赤い瞳をした女性が顔をのぞかせた。


「お母さん」


「こんばんは、マリーさん」


 マリーさんはシュエットの母親で、この家の女主人でもある。シュエットの家庭は、母親の方が父親よりも発言権も、何もかも、強い。

 シュエットの綺麗な真っ白い髪は、マリーさん譲りでもある。

 ちなみに、僕の金髪は今は亡き両親譲りだ。

 

「おや。お帰り、アルフリード。夕食は後1時間もしないうちに出来るからね」


 マリーさんは両親を亡くした僕のことを、本当に家族のように扱ってくれていて、本当は稼ぎを入れる必要もないと言われているのだけれど、それは断って、たまにお呼ばれさせていただく程度にとどめていた。あまり、頼りすぎるのは悪い。

 とはいえ。


「あの、マリーさん。いつも申しておりますが、お気持ちは本当に嬉しいのですけれど――」


「嬉しいのなら、素直に受け取っておきな。シュエット、アルの荷物を運んでやんな。アルのことはこっちで捕まえておくから」


 こうして強引に話を進められることもよくあるわけで。

 どうやら解放してくれるつもりは無いらしく、これ以上やり取りをいくらしていても無駄だと分かっている僕は、観念して、収納していた今日の賃金と、手に入れていた食料を取りだした。

 この国、ラヴィリア王国では、全員ではないにしろ、魔法と呼ばれる超常の力を行使する人間がいて、魔法師などと呼ばれている。

 とはいえ、その数が少ないことに変わりはなく、基本的には重用されているのだけれど、お金もなく、学院へと通うこともなかった(正確には、両親がいて学院へ通っていた頃は、まだ年齢的にずっと子供だった)僕は、特段、お城などに取り立てられることも、それ以外でも別のどこか、例えば奴隷商なんかに目を付けられることもなく、こうして静かに過ごすことが出来ていた。

 もちろん、マリーさん達ラティータ家の方にも、便利に使われたりすることもあるけれど、それは僕も恩を返すというか、ノリ良くというか、とにかく、実験体になったり、ましてや売り渡されたりなどということもなく、極めて平和的、便利さのためであり、決して僕に無理をさせようとはされなかった。

 そんな恩義に僕もどうにか応えたい、返したいとは常々思っているのだけれど、中々その機会にも恵まれないでいる。


「とにかく、無理はするんじゃないよ。アルがいなくなったら、私達だって悲しいからね」


 そこまでの無理はしないと思う。

 けれど、心配してくださっていることは分かるので、僕はありがとうございますと頭を下げた。

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