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〜 グランソルシエールの禁術書 〜 第二話

 ◆山羊飼いの罠。



 少年は河原に突っ伏していた。

 白と黒の立派な毛並みの尻尾を付けて――。

「あれは不幸な事故だ。こいつを放してくれないかなぁ? 痛でぇでぇ」

「嫌です」

 少女は水中から膨らませた頬を 一瞬出すと短い言葉を残し再び、眼元まで顔を沈めた。

「何て言うか、早く水から上がった方がいい。身体を冷やすから」

 少年の微笑みが少女を見て目を反らせている。

 不思議と、その笑みに悪意を感じない。

「の、覗き魔さんがいるから出れないんです! ……せ、せめて背を向けてください」

「気にして貰わなくていいんだけど……俺は」

「プラム!」

 少女は、相棒で友とも言える牧羊犬 の名を口にした。

 時に、頼りになる少女のナイトでもある プラムが、ぎりぎりと鋭い犬歯を剥き出して顎に力を加えた。

「痛っ! 消えるから緩めて下さい」

 少年は尻に生えている尻尾を恨めしげに見つめて言った。

「俺の尻は、そんなに美味しいのかなぁ? 痛てぇてぇ」

「あの――、早く何処かに消えてくれません?」

 少女は、控えめな胸の膨らみを両手でしっかり隠し、水中に身体を沈めたまま少年を睨んだ。

「早くこいつを放してくれません?」

「私の視界から消えてくれたら考えます」

「う――ん、消える事は難しい。俺が魔術でも使えれば別だけどなぁ。残念な事に俺は魔術師じゃない。まあ、魔術師が存在したのは遠い昔の事、今は魔術師なんて存在も闇の中だけど」

 暫しの間、少年の微笑みは消え去り、難しい顔をしていたが思い直したかの様に微笑みを戻し言葉を続ける。

「……分かった。茂みの向こう側に行くから」

 少女は、少年の言葉にぴくりと小さく反応し身体を震わせた。

「ま、魔術……です、か……」

「そう、魔術」

「……そんな事より、早く向こうに行って下さい! 覗いちゃ駄目ですよ」

「しない……と思うぞ。そんな事したら尻がもげそうだ」

「覗いたらお尻じゃなく、今度は喉笛いきます」

「喉笛は勘弁! 死んでしまう」

「……」

 少女は無言のまま、矢を射るような眼で微笑んだまま話す少年を睨んだ。

「分かった。茂みの中に行くから」

 少年は尻の痛みに堪え、這ように森の茂みに入っていった。


 暫く間を置いて少女が水面から出ようした時、間の抜けた声で少年は茂みの中から声を掛けた。

「なあ――。こいつ牧羊犬だろ? きみは羊飼いなのかぁ?」

 茂みに入った少年は尋ねたが返事はない。

「なぁってばぁ――」

 返事は返ってこない。

 水が流れる音と僅かに衣擦れの音が聞こえて来るだけだった。

「お前、牧羊犬だよな?」

 帰ってこない少女の答えに切なくなって尻に生えている尻尾に話し掛けた。

 プラムが「ガルゥゥ」と低い唸り声を上げている。

「痛っ、なんったけ? そうそう、プラム放しなさい。痛いから……、あ、あのプラムさん? ものすご―く痛いんですけどぉぉぉお――。そうだ! 餌やるから離れなさい」

 少年は肩に掛けた鞄から黒いパンを取り出しプラムの眼の前に差し出した。

「このパンは、俺の全食糧だ。良い子だから放しなさい。プラム」

 プラムは依然として犬歯を剥き出し唸り声を上げている。

 (誰が見知らぬ人間に、ましてや主人の沐浴を覗いた覗き魔なんぞに苦いライ麦パン如きで懐柔されるものか! 麗しい御主人様の身を守る事が、今の自分の役目)

 と言わんばかりに牙を喰い込ませてくる。

「おまっ……、い、痛ってぇて、パンやるって言ってただろうがぁ! 俺の全食糧を! すなわち俺の明日を――」

 少年の言い方が気に入らなかったのかプラムが更に顎に力を加え締めつけた。

「ぎゃぁぁ――――――――――――――――――――――――」

 少年は断末魔を上げながら、もんどり打って地面を転げる。

 激しく転がりまくった結果、ついに茂みを突き破り河原の方に転がり出した。

 そのおかげかどうか解らないが尻尾は離れてくれたようだ。

 ほっ、としたのも束の間。

 手に持っていたはずの黒いライ麦パンが川の方に勢い良く転がり視界から遠ざかって行く様子が見える。

「待てぇお願いっ、待って、俺の明日――!」

 少年は尻に残る痛みも忘れ立ち上がり追い掛けた。

 少年はようやく追い付いたライ麦パンに手を伸ばしたが、願いも空しく川の流れに飲み込まれていった。

「あぁぁぁ、待って……て、言ったのにぃ――――――――――――――」

 少年は「はぁ」と溜息を吐き地面にへたり込んだ。

 暫くうな垂れていた少年の顔が跳ね上がる。

「まだ、あれがある」

 ライ麦パンの悲劇に暫し茫然となったが、気を取り直す。

 平静を取り戻した少年の耳に大きな石の陰から衣擦れの音が聞こえる。

 身体に着いた水気を綺麗に拭き取って衣服に手を伸ばそうとしていた少女が少年に気付いて、ぽかんとした顔で見ていた。

「どうも……」

「えぇ!?」

 少女が、慌てた様子で身体を拭いていた布で身体を隠し石に立て掛けられていた節くれた杖を取り小気味良い音色を響かせ振り回し始めた。

 からん ♪ からん ♪ と小刻みな鐘の音が森の中を響き木霊する。

「プラムぅぅぅ。()れ」

 紫水晶の瞳を潤ませ、あの名前を呼んだ。

「これも事故だ! 見てない見てない、決して覗いてた訳じゃ……」

 少年は首をぶんぶん首を振って悪気のなかった事を主張するが……。

 その先は声にならなかった。

 先程離れたばかりの尻尾が、また少年の尻に生えた。

「うおぁぁぁぁ! 痛っ、見るつもりはなかったんだ。ほんと、ごめん」

「見るつもりはなかった? じゃあ、見たんですね、私の裸……、二度も覗いていたのですね!」

「覗いてたんじゃないって、見えたんだ」

「見たんだ……、私の裸」

「ちょっと」

 少女の微妙な誘導に少年はうっかり「ちょっと」と答えてしまった。   

「ちょっと? うそ、ちょっとじゃないです」                  

「ちょっと……、まるっきり見えました! 控え目な桃二つ」              

 少年は開き直った。

 少女の水晶石の様な瞳から滴が零れ落ちる。                            

「もう、お嫁にいけない……ばかぁ――、覗き魔――!」

 少女が涙混じりの声でそう叫びながら節くれた杖をぶんぶん振り回した後、真っ直ぐ力いっぱい突き出した。

 杖に括られた鐘が、小刻みに からん ♪ からん ♪ と音を響かせながら少年の股間に命中した。

 股間に命中した杖の先で『もぎゅ』と不可解で哀れな音を立て少年は気を失い地面に倒れた。


 河原に少年が転がされている。

 少年が目を覚ますし上体を起こそうとして身体が自由にならない事に気が付く。

 自分が持っていたと思われる毛布でぐるぐる巻きにされ縛られているではないか。

 少女が身形をすっかり整えて少年の前に仁王立ちしている。

「俺は、こんな趣味は持ってないんだけど……、どちらか言うと――」

 少女の怒声が少年の掻き消した。

「五月蠅い! 覗き魔、変態!」

 少女が、からん ♪ と鐘の音を響かせる杖で頬を突きながら言った。

 覗いた訳じゃない、見えてしまったんだから仕方がない。

 とんだ誤解だまったく酷い言われようだと少年は思う、と同時に開き直ってとんでもない事を言ってしまったような気がし己の愚かさを呪った。

「ここで魔物か獣の餌にでもなってください」

 少女は言い終わると木々が広がる方向へ歩き出した。

「ちょ、ちょ、ちょっと待った!」

「何ですか? 私、忙しいのですが」

 両手を腰にあてがうと、少女が足を止め振り返った。

 口を尖らせ、頬にいっぱいの空気を孕み、膨らませ睨みつけている。

「忙しい人が沐浴してたのか?」

「こ、これから忙しくなるんですぅ! プラムも呼んじゃったし、長い時間あの子(ひつじ)たちを放りぱなしで心配です。それに野宿の準備もありますから」

「やっぱり、羊飼いだったんだ。俺は山羊飼い。名前は――」

「覗き魔さんの名前なんか知りたくもないです。それに私は羊飼い、魔物を扱う山羊飼いなんかと一緒にしないでぇ」

 少女が声を荒げて言うと再び歩き出した。

「これ解いてぇ、それにそっちには――」

「知らない!」

 少女は獣道に足を踏み込み、茂みを払いながら森の中へ消えていった。     

「きゃぁ――、助けてぇ――」

 森の中から少女の悲鳴が聞こえた。

「だから、言おうとしたのに」

 少年は、尺取り虫のように地面を這って少女の下に向かった。


 To Be Continued

最後までお読み下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>


次回をお楽しみに!

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