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〜 グランソルシエールの禁術書 〜 幕間

 ◆やわらかな日に降る雨


 無事に出産時期を終え、初夏が近付くと羊毛の刈り取りが始まる。

 収穫祭の間に行われる放牧者たちが腕前を競って指定された街や村を回り通過書に判を貰って集める。

 期間は五日間、回る場所は十ヵ所。

 どれだけ早く、どれだけ多く、どれだけ失わずに回れるか競うレースがある。


「……と、とと桃源郷! 痛っ?」

 眉目秀麗(びもくしゅうれい)な顔立ちに白銀にブルーマールが映える髪、碧眼の瞳の少年が尻に起こった異変で目を覚ます。

 鋭い痛みが尻に走った。

 程なくして節くれた杖に括りつけた小気味良いカウベルの音を響かせながら、小柄な人影が家畜舎から羊の群れを追い出している姿が眼に映る。

 右手に節くれた杖を持ち、全身を覆うフード付きの茶色のローブを纏い歩く姿は、一見魔術師のように見える。

「あっ、アウラだ。放牧に出るのかぁ?」

「うん、収穫祭で行われるレースに向けて訓練しているんです。チッチは、こんな所でお昼寝?」

「昼間に寝るから、昼寝なんだよなぁ? やっぱり……」

 チッチは、首を傾げ考えた。

「そんなどうでもいい事しに真剣に悩まないでください! それよりレース出ないの?」

「う――ん? 出ないかなぁ」

「つまんないなぁ、チッチが出れば優勝も夢じゃないのに」

「首筋の封印が循鱗(じゅんりん)が疼く何か悪い予感がするから、何か起きるかも知れない。気を付けて行って来いよ」

「心配してくれるの? 一緒に来てくれる?」

 アウラがおどけた顔をして言った。

「さあ、どうだかなぁ」

「な――んだ、つまんない。……暫く会えないね……チッチ」

 小さな声でアウラが呟き俯いた。

「野宿もするのかぁ? 一人じゃ寂しいだろ。俺も行ってやろうかぁ」

「もぉ――、素直じゃないなぁ……、でも今回は遠慮しときます。魔物より覗き魔さんを連れて歩く方が危険ですから」

「あっそう……、良く分かっていらっしゃるなぁ、魔物や獣は恐ろしい。でも一番怖いのは人だからなぁ、ある意味。……何かあったら駆けつけてやる、気が向いたら……気を付けて……絶対無事に……帰って来い……よなぁ、アウラ」

 今にも塞がりそうな(まぶた)を無理やり開きながら、チッチは言葉を紡ぎ出した。

「大袈裟過ぎます。……、そんなに心配?」

 アウラが恥じらいながら、かわいらしい顔を近付けた。

「行って欲しいのかぁ? なら素直に言うべきだ」

「魔物は大丈夫! 知ってるでしょ? それに私には頼になるナイト(プラム)がいるから」

「そのナイトとやらを放してくれないかなぁ? 惰眠を貪っていた俺のいやらしい……違った。楽しい夢から目覚めさせてくれ、今し方から俺の尻で尻尾になっている……こいつを」

 チッチの尻に毛並みの良い大きな尻尾が嬉しそうに尾を揺らしている。

「すっかりプラムに気に入られたみたいですね? 人見知りが激しい子なんですけど」

 アウラがやわらかな笑みを浮かべた。

「いい迷惑だ……まったく。こいつも俺と遊んでほしいなら、尻に噛みつかなくてもいいのになぁ」

 チッチは、尻の尻尾を放そうと格闘し始める。

「チッチ……、大丈夫だよね? チッチの循鱗が狙われたりしてないよね」

 不安を含んだ弱々しい声でアウラが尋ねた。

「力を欲する者たちは沢山いるからなぁ、何時狙われても不思議じゃない。でも、まあ大丈夫じゃないかなぁ。ここには王国から直々に派遣された騎士隊が常駐しているし、一般学生の他に騎士を目指す兵士養成科の連中や技術錬金研究科、その他諸々と、俺たちがいる特殊職業育成科……他の科の奴らには、通称、特別能力育成科なんて言われてるけど……俺たちみたいな変な人間もいる。魔物単体に襲われても、ちょっとした軍隊が来ても、びくともしないさ……アウラ? もしかして俺を気遣ってるのかなぁ? それよりアウラは、自分の心配をした方がいい。グランソルシエールの禁術書を持っているからなぁ」

「チッチが言う、その変な人間に私は入ってるのかなぁ? 冗談ですよ。私がチッチを気遣う訳ないじゃないですかぁ! チッチはどんな事が起こっても、いざとなったら如何にかしちゃうんだから……一人だったら……」

 アウラの水晶石の瞳が潤み出してきている。

「アウラは、馬鹿だなぁ……封印を解いて循鱗を解放すれば雑作もないんだけどなぁ……、生憎自力で解けないし循鱗の事を知っているのは、あの一団とアウラしかいないはずだから、まあ、大丈夫じゃないかなぁ、それに万が一の時、一人では出来ない事もあるさ……アウラにしか頼めない事も、アウラにしか助けを求められない事もある」

「で、でででも! 万が一何かあったら私が傍にいないと……へぇ?」

「だから、そう言っている。まぁ、でも二度封印を解いたからかなぁ、徐々に循鱗の恩恵を使うコツが分ってきたし、アウラがいなくても何とかなるさ。それにいざとなれば――」

「あっそ! い、いざとなれば誰かに、からん♪ チュ☆ってして貰えばいいですもんねぇ? ここには私なんかより強力な魔術師が沢山いるんだし……美人やかわいい子もいっぱい、いますしねぇ」

 アウラが眼を尖らせ頬を膨らませた。

 その頬は、チッチの封印を最初に解いた時の事を思い出したのか赤く染まっている。

「ふむ。そりゃぁ、そうなんだが……、循鱗の力の事は他の誰かに知られたくないし循鱗の恩恵を上手く使えば、封印を解かなくても戦える。特能には、ランディーの口利きと恩恵の力を使って魔術に見せたお陰で入れたんだし隠れてひっそり、こっそり、うっかり力を使えば何とかなるさ」

「あの! 私やソルシエールさん以外でも、魔術師なら誰でもチッチの封印を解ける……の?」

「それは分からない。循鱗の封印を解いたのはアウラが初めてだ。もし試すなら女の子の方がいいかなぁ、やっぱり……あれは――」

 からん♪ と小気味良い音が頭の上に振ってきた。

「なんだか、むかついてきました!」

 アウラの頬が空気をいっぱいに孕んで膨らませていた。

「おまっ……、いきなりなにしやがる」

「ふん! 私がいなくても何とか出来るんならいいよね」

 チッチは、アウラの言葉に違和感を感じ、アウラの様子が少しおかしい事に気付いた。

「お前、なに怒ってるんだ? 着いて行ってほしいならそうしてやるのに」

「ばかぁ! チッチなんて……チッチなんて……いざとなったら誰かに、からんチュ☆して貰って魔物にでもドラゴンにでもなっちゃえばいいんです」

「アウラ、何か隠してるだろ? 放牧の訓練なんて嘘だろ?」

「ランディー様が、私の力が必要だから力を貸してほしいとおっしゃって……」

「そう……誰だっけ? あ! あの金髪騎士かぁ」

 チッチは眼を細めた。

「ちょ、ちょっと……ランディー様の下で古語魔術目録、偉大な魔女(グランソルシエール)の禁術書や他のまだ未解読のままの禁術書の解読を手伝いに……」

「どうして、本当の事を言わなかったんだ?」

「だって……、チッチが反対して怒ると思って……」

「怒るに決まっている」

「えっ! ……うれ――」

 アウラの言葉に言葉が重なる。

「ランディーがアウラの力を必要としているなら行ってもいい。禁術書の力が必要なら解けばいい。俺が怒っているのは、お前が本当の事を言わなかったからだ」

「そんな……、チッチのばかぁ――! 覗き魔、変態、痴漢、チッチなんてもう知らない。嫌い」

 アウラの紫水晶の瞳から液体が溢れ出した。

 小気味良い音が、からん♪ と響かせながらチッチの頭上に落ちてきた。

 チッチの頭は、ごつんと鈍い音を響かせた。

 チッチは、頭を押さえて(うずく)る。

 アウラの駆け出した大地を蹴る音が耳に届いてくる。

「嫌いか……、何か大嫌いより……本気ぽくって嫌だなぁ……それに……呼ばれ方のバリェーションに……なんか痴漢が追加されてたなぁ、俺の記憶にないなぁ……もしかして記憶置換?」

 チッチは頓珍漢な事を口走っていた。

 からっ、と晴れ渡る青天を見上げたチッチの眼から雨粒が落ちた。


 ★からんちゅ♪魔術師の鐘★ 幕間 End


最後までお読み下さいり誠にありがとうございました。<(_ _)>


★からんちゅ♪魔術師の鐘★ 〜グランソルシエールの禁術書 〜 を御愛読下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>


続編 ★からんちゅ♪魔術師の鐘★ 第一章 をお楽しみに!


新たな展開で始まります。

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