〜 禁術書(ちから)を欲する者たち 〜 特別編 第03話
◆鉄の鳥籠 〜 禁術書を欲する者たち 〜
時折、顔を出す月が雲に隠れ不吉を告げるかのように闇夜を作り出す。
アサーとマイルに緊張が走る。
名も無き赤の騎士団の名を耳にし、気押された兵士たちが恐れるように闇喰らう金色の騎士団も名高き騎士団の一つに数えられる。
――分が悪い。
現時点では、その隊長パベルだけのようであるが、隊長がいるという事は他の騎士たちもいると考える方が自然だ。
「赤の騎士団二人。俺一人で良い」
パベルの顔が狂気の表情へと変貌する。
アサーとマイルは幾分、強張る手で自分の得物を握り直した。
隊長ランディー・ハーニングの実力を知るからこそ一瞬、アサーとマイルに迷いが生じた。
他にも名高き騎士団はある。
何れの騎士団も隊長格となれば、それは“化け物”じみた強さを持っている実力者。
アサーとマイルも赤の騎士団の誇りを賭け死しても最後まで勇敢に戦う。
――名も無き赤の騎士団の一員として。
「「いざ参る」」
二人は果敢に戦いを挑んだ。
「お前たち如きでは、剣の錆び落としにもならん」
パベルが腰に帯びた剣の柄に手を掛けた。
「下が騒がしくなって来た。早く封印を」
「う、うん」
アウラは頷くと手にしている節くれた杖を振った。
――からん ♪
「ansuz・perth・nauthiz・othila・fehu・teiwaz・sowelu・uruz」
(秘め事を受け取りなさい。戒めを放ち所有者の下に導き完全なる力を)
アウラは頬を赤らめ静かに紫水晶の瞳を瞼の下に納め、祈るように控え目な胸の前で両手を組んだ。
やや、顔を上向きに薄く開いた唇を突き出し、その瞬間を待った。
格子の間から伸びた少年の手が、アウラの腰を引き寄せる。
アウラは鉄格子越しの少年に唇を委ねた。
以前のように強張ってはいない。
冷える鉄の鳥籠に幽閉されているせいか、瞳を閉じていても感じる少年の僅かな温もりが徐々に近づく事を赤らんで熱くなった頬に伝わる。
細い腰を引き寄せた少年から伝わる腕の温もりと共に体中が熱くなる。
それとは別に何時ぞやのような循鱗の七色の輝きを瞼の内に感じながら、母に抱かれるような温もりを感じ捉えられ幽閉されてからの恐怖や不安が取り除かれていく。
アウラの唇が少年の唇の温もりを感じ取る。
重ねられた唇に呼応するかのように少年の左首筋に施された戒めが輝きを増した。
少年の唇が名残惜しそうに離れる。
アウラの唇もまた名残惜しそうに僅かに震えていた。
「アウラ? 封印に口づけを」
格子に張り付くように左首筋の紋章を差し出した。
少年の首に細い腕を絡ませ大切な物を扱うように引き寄せ六芒の紋章に唇をあてがった。
七色の光が解き放たれる。
最後に甘噛みして紋章から唇を遠ざけた。
少年は七色の輝きに呑み込まれ姿を消した。
パベルの剣が蛇の如く剣筋を変えアサーとマイルに襲い掛かる。
「「間合いが掴めない」」
「「毒まで仕込んでやがる」」
「俺の蛇神の牙からは逃げられん。何人とたりともな」
毒を持つ刀身は節を持ち変幻自在に剣筋を変えるパベルの剣はさながら鞭のようでもあった。
鞭とは違い、その両の刃が身を切り刻む。
流石は名も無き赤の騎士団の精鋭ではあるが、パベルは二人の更に上をゆく。
「アサー」
マイルがアサーに声を掛けた。
「マイル」
「そろそろ、我らも本気で掛らねば、不味い事になる」
「赤の騎士団の名誉を泣かす? 事になるかい?」
アサーが問う。
「いや、負けて生きるも死ぬも隊長に大目玉を喰らう事になる」
マイルが苦笑を浮かべ答える。
「それだけは、御免こうむりたい」
「同感だ。マイル」
「何てったて、うちの隊長が……」
「「一番おっかねぇ」」
声が揃う。四の眼光は更に鋭くパベルを睨みつける。
「行くぞ。アサー」
「分かってる。マイル」
二人は阿吽の息で行動を開始する。
「剣がうねるなら、うねらせなければいい」
間合いを測り距離を取る。
これまでの戦闘で得たパベルの剣の最大長を思い起こす。
伸びた剣が元に戻るまでの時間をイメージし計る。
剣の最大孤を反芻する。
「行くぞ! アサー!」
「あいよ。マイル」
「「我らが奥儀その身に受けよ!」」
「笑止な事を」
「「今必殺の――」」
雄叫びを上げ二人が剣を構えた。
「ガルゥゥ! ウォン」
何処からともなく、闇夜の中から一筋の矢が現れパベルの顔面を鋭い牙が掠めた。
視角からの攻撃。
二人に注意を払っていた事が災いし気配に気づくのが遅れた。
闇夜も手伝い流石のパベルもかわす事が精一杯のようだった。
パベルは自分の頬から滲み流れる血を拭って口に含んだ。
「このくそ犬がぁぁぁ!」
パベルの剣がプラム目掛けて振り下ろされた。
プラムは、その剣筋から跳ねるように身をかわす。
しかし、パベルの手元でその剣筋は自在に変化させられる。
パベルが手首を軽く捻ると剣筋は獲物を追う毒蛇のようにプラムの後を追う。
プラムは、人には不可能な体裁きを見せ襲い掛かる毒牙を難なくかわす。
「「やるな、あいつ。獣の動きとは何とも恐ろしいものよ。人は重心を腰に置き膝で動きを決める。獣は腰の重心ごと全身の方向を変える事が出来るか」」
「アサー! 我らも」
「分かったマイル」
「「奥儀! 今必殺の――」」
二人の頭上で七色の輝きが放たれ、輝きを増していく。
「あれは、あの輝きは……チッチ殿が放っているものなのか?」
――頭上で眩い七色の輝きが弾けた。
それと同時に砕かれた岩が頭上から降り注ぐ。
「退避――!」
これまで名高い二つの騎士団の隊長と騎士二人の戦いに魅入られていた、砦を守る兵たちの部隊長の一人が声を上げた。
蜘蛛の子を散らすが如く、その場から散り散りになる兵士たち。
「ちっ! 何事か」
パベルが部下を怒鳴りつけた。
頭上には七色の光の球体が輝いている。
「はっ! 何者かが最上階の牢に侵入した模様です」
「間抜けか! お前たちは! 易々と侵入されただと」
「砦内に侵入された形跡はありません」
「では何だ? 何者かが断崖絶壁を登ったとでも言うのか!」
「はい。そうとしか考えられません」
パベルは忌々しげに唇を噛んだ。
「折角手に入れた禁術書とそれを扱える魔術師をこうも易々と取り返されただと?」
パベルは自分の頭上から降り注ぐ砕けた岩を剣を振りまるで呼吸をしているかの如く砕いていく。
「うん? 何だ? 光が形を変えていく、だと」
七色の光はドラゴンの姿へとその形を変えていく。
「あれが古のドラゴンなのか」
封印を解かれドラゴンが、その姿を現した。
文献に伝わるような生物ではなく、鱗一枚一枚が透明な水晶のようで翼も蝙蝠の羽のようではない透明な同じ鱗が翼の形を成している。
透明に見える全身からは七色の光を放っていた。
「アウラ、行くぞ」
「はい」
アウラを背に乗せ滑空するドラゴン。
滑空し地面擦れ擦れで巨体を持ち上げ二人と一匹の騎士を両腕と巨大な顎に銜え飛び去った。
「くそ! 忌々しい」
パベルの顔が怒りに満ちる。
しかし、飛翔するドラゴンを追撃する手立てはない。
よしんば有ったとして追撃し返り討ちに遭うのは藪蛇だ。
パベルは歯噛みして見送るしかなかった。
程無く距離を取ったドラゴンは着地しアウラたちを降ろした。
「ありがとう。覗き魔さん。元の姿に戻しますね」
アウラは封印の詠唱を口にしようとした。
「ちょっと待った」
ドラゴンの真紅の眼がアウラの視線から外れ砦の方角を睨んでいる。
次いで、その巨体を砦の方向に向けた。
「悪戯が過ぎる連中に素敵な贈り物を送ってやろうかなぁ」
「贈り物なんて勿体ないです」
アウラが頬を膨らませた。
(レディを化粧室もない牢に閉じ込めるなんて許せない! 年頃のレディなんだからね!)
「アウラに手洗い場代わりに木桶を渡すなんて輩は、俺が吹き飛ばしてやる」
「へえっ! あの時……本当は暗くて見えてなかったよね? お、音とか聞こえなかったよね? ちょっと! 聞いてるんですか!」
ドラゴンは、辺りで喚き散らすアウラを余所に首を伸ばし、ブレスの体制を整える。
青紫の稲妻を全身から発し喉元へと収束していく。
喉の奥に一粒の水晶の原石のような鱗が収束された青紫の稲妻の中に現れた。
臨界まで収束し伸ばした首に走らせ同時に一粒の鱗を吐き出した。
吐き出された鱗は閃光となり砦に向かい放たれた。
ピキィィーン。
甲高い発射音を残しオレンジの残光が跡を引き衝撃波が巻き起こる。
閃光の過ぎた後には沸点を超え溶けた大地が輝いている。
砦に命中した閃光は程無くして消え去った。
砦跡は光跡と同じく溶けた岩が円状に光を放っている。
「うぁ――! 綺麗」
「贈り物は届けた。元に戻してくれ、アウラ」
アウラは、ドラゴンの傍らに近付き再封印の詠唱を始めた。
「ありがと? 助けに来てくれて」
からん ♪
「perth・uruz・berkana」
(秘め事よ。力を戻しなさい)
アウラは紋章に口づけを与えた。
「なっ! 何故?」
ドラゴンから少年に姿を戻す。
「うん? また何処か俺の身体が、ドラゴン化してるのかぁ?」
「ち、ちち違います!」
「それは良かった」
少年が碧眼の左眼を反らせた。
「何故? 裸なんですか!」
真っ赤に茹で上がった顔でアウラが怒鳴る。
「ドラゴンの封印を解いたんだぞぉ? 着ていた服は破れ塵と化したに決まっている。これでおあいこだ」
「何が……ですか?」
「ほら、あの時、木――」
からん ♪
「チッチのばかぁぁぁ! プラムぅぅぅ」
「待て、プラム……痛てぇ!」
少年の尻に立派な尻尾が生えた。
一糸纏わぬ生尻に……。
★からんちゅ♪魔術師の鐘★ 特別編 鉄の鳥籠 〜 禁術書を欲する者たち 〜
Fin。
最後までお読み下さいり誠にありがとうございました。<(_ _)>
次回、幕間。 山羊飼いの少女と羊飼いの少年の甘酸っぱいほのぼのとした一日。
次回をお楽しみに!