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〜 禁術書(ちから)を欲する者たち 〜 特別編 第02話

 ◆鉄の鳥籠 〜 禁術書(ちから)を欲する者たち 〜


 銃弾に耕された地面には無数の矢の花が咲いている。

 二体の物言わぬ屍と少年の下で眠る獣の、(むくろ)にたむけられた様に……。


 少年の身体が僅かに動いた。

「クゥゥン」

 プラムが少年の身体の下から細く長い鼻先を捩りながら這い出した。

 外に這い出したプラムが、身体をぶるり一振りするとうつ伏せに地面に伏している少年の襟首を銜えた。

 少年の左首筋に六芒陣に囚われているかの様にも見える、ドラゴンの紋章が浮かび上がり七色の輝きを放っていた。

「痛てぇてぇ……プラム怪我ないかぁ」

「ウォン」

「それはよかったなぁ……母さんの循鱗がなければ死んでたなぁ……なんとか自分の意思で力を制御できた。右眼の代償のお陰かなぁ……アウラに感謝だなぁ、なぁ母さん、プラム」

 少年は身を起し立ち上がろうとしたが、身体に力が入らない。

 尻を持ち上げたところで地面に座り込む。

 少年は、手持ちの荷物から牛皮の羊皮紙を取り出し、まだ乾き切っていない地面に流れ出た自らの血で文字を綴った。

「プラム。いいか? この手紙を持ってシュベルクのお前の屋敷に向え、分かる? アウラの後は俺が追う。一刻を争うという事はないだろうからなぁ、お前はその手紙をアウラの義理父か屋敷の者に届けてくれ、そうすれば屋敷の者がシュベルクにいるランディーの部下に渡してくれるだろう」

「ウォン!」

 プラムは、誇らしげに答えたように見えた。

「よし、いい子だ」

「ウォン」

 (お前なんぞに、いい子呼ばわりされる言われはない。この世に生まれてから約一年と半年。人間の年齢に換算すると俺は、もう二十歳くらいなんだよ。小僧が! お前如の鼻で俺の主が追えるのかは分からんが、まぁ仕方ねぇな。俺が追ったとしても、その後何も出来ないから仕方がない。お前の言う事を聞いてやる)

「頼んだぞプラム」

「ウォン」

 プラムは、一吠えするとシュベルクの街へと駆け出した。


 頑強な岩盤を刳り貫いて断崖絶壁に造られた砦の中に設けられた牢屋の一室にアウラの姿があった。

 細い艶やかな桃色の髪の毛と身なりに少々の乱れが見られる。

 アウラは、両腕を交差させ、グランソルシエールの禁術書を大事そうに抱え、普段は愛くるしい紫水晶の瞳を鋭く尖らせ鉄格子の向こうに立つ男を睨みつける。

「その禁術書を素直に渡せば、このような牢ではなく、この砦で一番の寝室を用意したものを」

 金色の甲冑を身に纏った騎士が薄い笑みを浮かべ、アウラを睨み返した。

 騎士の鋭い眼光に気押されアウラは明かり取りに設けられた鉄格子の入る小窓の方へと向かった。

「無駄だ。ここは砦の最上階。地上までかなりの高さがある。この牢に近付ける者など皆無。よしんば、鉄格子を破る事が出来逃げ出そうとしても、その小窓から飛び降りたら最後、肉片にその身を変えるだけの事だ」

 逃げる術を失ったアウラは、観念したかのように真一文字に結んでいた口を開いた。

「あ、あの……手洗い場は?」

 恥じる様子でアウラは、身を捩って見せた。

「見ての通り無い。ふん! これはまた古典的な事を」

 金色の甲冑を身に着けた男が半笑いで傍らに控えた兵士に顎をしゃくって合図を送る。

 兵士は、無言で一礼すると何処かに姿を消した。

 暫しの間を置きその兵士が戻る。その片手には木桶が握られていた。

「ほれ、これがお前の便所だ」

 そう言って鉄格子に設けられた食事を出し入れする小さな格子を開け牢の中へと投げ入れた。

 固い岩盤の床に乾いた音を立て木桶が転がる。

「き、木桶ですか……」

 アウラは、身を捩り恥ずかしそうに答えた。


 程良く離れた木立の中から断崖絶壁を見据える少年がいる。

「ここか……また難儀な砦に連れてこられたもんだなぁ……アウラも」

 少年は暫くその場で考えてみる。

 アウラを浚ったのは、北の神殿で一戦交えた謎の集団か、それとは別の組織か、北の神殿では魔術師の部隊を伴った集団だった。

 今回、襲撃を受けた時、この組織も魔術師を伴っていた。

 しかし、魔術の系統が明らかに違っていた。

 土人形(ゴーレム)を創り出した魔術師の部隊と違う系譜の魔術を扱う魔術師を伴っていたが、その数は一人だった。

 謎の集団と今回、アウラと禁術書を狙って来た組織は同じ集団の別部隊なのか、何れにせよ。砦に忍び込むには困難を極める。

 何故なら砦付近はもう、魔術師のテリトリー。

 感知式の魔法陣を始め、様々な魔術を発動させる陣が張り巡らせているだろう。

 もし、魔術師があの男一人ならば、張られた魔法陣の規模に限界がある。

 魔術師一人では、北の神殿に現われたゴーレムを創り出す程の巨大で強力な陣は敷けないであろうと考える。

 一先ず、ここはプラムが携えた手紙を見て駆けつけてくれるだろう、ランディーの部下二人を待つかしかない。

 アウラの命に関わる心配は殆どないと考える。

 グランソルシエールの禁術書は、現時点でアウラにしか読めていない。

 ランディーの隊が行動を共にしていた中隊の中に魔術師の部隊がいたが、禁術書を紐解くどころか古語を読む事すら出来なかった。

 アウラが禁術書の解読に素直に応じれば酷い事をされる事もなく、逆に優遇されるだろう。

 しかし、拒否すれば命は取られずとも拷問が待っている事など考える事すら愚かな事だ。

 砦内にいる敵の数が分からない以上、戦闘訓練を受けた事もない少年が正面から突入する事など、余にも無謀で自殺行為にも等しい。

 しかし、少年には幼少の頃から母と共に過酷な旅を続けた経験則がある。

「うっかりこっそり忍び込見たいけど……魔方陣に引っ掛からないようにしないと……仕方ない。使ったばかりで、ちとしんどいけど循鱗の力を使って魔方陣の位置を見極めるとするか」

 少年は、夜陰に紛れて岩肌に取り付き絶壁を登る事にした。


 ――そうそう時間は残されていない。


 少年は、何人も近づけないと、そそり立つ断崖絶壁を見詰めて右眼に巻かれた包帯を解いた。

「う――ん……アウラは上に見える鉄格子の部屋かなぁ? そこからアウラの匂いがする……思っていた以上に大変そうだけど……仕方がない登るとするか!」


 砦の外に暗い闇が差す。

 月の位置が悪いのか月は小窓からは見えなかった。

「覗き魔さん……プラム」

 アウラの目の前で弾丸と矢を無数に浴びた少年とプラムの光景が瞳の奥で残像として浮かび上がる。

 鮮明に映し出される程、少年とプラムの安否に絶望を感じる。


 ――生きていてほしい。


 アウラの願いは、せめてプラムを庇った少年のお陰でプラムが無事でいてくれる事。

 そう考えれば考えるほど、少年の安否に絶望を感じ頬を涙が伝い止める事を知らず、冷たい床を温かい滴で濡らした。

 最上階に置かれた牢の為か、格子のすぐ外には監視の兵士は置かれていないようだ。

 牢の中は薄暗く眼が慣れてやっと、部屋の輪郭や粗末なベッドがぼんやり見えてくる。

 床に転がったままの木桶も……。

「だ、誰もいないよね?」

 アウラは、監視の兵が近くにいないか、確かめるべく大きめの声で独り言を呟いた。

 ……返事は返って来ない。誰も近くにはいないようだ。

 アウラは、床に転がったままの木桶を恨めしそうに見て何度も身を捩った後、意を決して木桶に手を伸ばした。

「……」

 木桶をベッドと壁の隙間に立て暫く眺めていたが、生理的欲求は限界を迎えている。

「し、仕方ないよね……」

 暗闇の牢の中に布ずれの音だけが遠慮がちに音を立てた。


「あっ……!?」

 小窓の鉄格子に白銀の影がアウラの視界に飛び込んだ。

 格子の外にへばりつく少年の顔。

 自分の力不足で助けられず見捨ててしまったと思っていた少年の頬笑みがそこにはあった。

「い、何時からそこに?」

「もう少し前だけど……アウラが余りに気持よさそうな顔してたから声を掛けられなかった」

 少年が気不味そうに視線を反らした。

「もうぉ――! ばかぁ――! 覗き魔! エッチ! 変態! ろくでなし――!」

 アウラの罵倒が冷たい鉄の鳥籠の中に響き渡った。

「また、俺の呼び名が増えたなぁ」

「でも……生きていてくれて良かった」

 アウラの胸中は安堵に満たされていく。

「覗き魔さん? 何してるの?」

「決まってるじゃないかぁ、アウラを助けに来たんだぞぉ」

「あ、のぅ……また覗きですか?」

 アウラは少年を鋭い眼光で睨みつけた。

「何を怒ってるんだ? 覗いたんじゃないけど……見ちゃった事? あっ! プラムも無事だ。安心しろ」

「ばかぁ……」

 アウラは、小さく呟き言葉を続けた。

「覗き魔さん……良かった生きていてくれてありがとう」

 アウラの潤んだ瞳が白銀にブルーマールが映える髪の少年を映し出した。

「でも、どうやって……ここに?」

「ひっそり、こっそり潜り込んだ。俺はどんな場所でも一人なら何とか行ける」

「なぜ……、あの時、私は覗き魔さんを助ける事が――」

「待たせたな? アウラ。助けに来た」

 アウラの言葉を少年が遮り屈託のない微笑みを向けている。

「どうして……危険を冒してまで……ばかぁ!」

 アウラは瞳を潤ませ少年を見詰めた。

「そんな顔をするな。約束したから何かあったら力を貸すって、さあ封印を」

「封印を解いたら覗き魔さんの身体が……」

「心配する事はない」

「でも、一度封印を解いた時から覗き魔さんの右眼は――」

「循鱗の力を使わずアウラを連れてここを出るのは、ちょっと骨が折れる。アウラに傷を負わせない自信はない」

「でも……」

「大丈夫、以前より循鱗は馴染んでる、だから早く封印を」

「……はい」

 小さく頷いて震えた腕を格子越しの少年の背中に回した。

 アウラを普通の少女と思い敵兵は油断したのか、幸い杖は奪われなかった。

 魔術書もアウラにしか読む事が出来ず、グランソルシエールの禁術書と通常の魔術書と区別がつかなかったようで手元にある。

 小さな手に持っている節くれた杖に括られた鐘が、からん♪ と小気味良く音を奏でる。

 封印は眩い七色の光は輝きを増していく。

 少年の既に変ってしまっている右眼がいっそう眼光炯炯としていた。

 左眼はやさしい少年の碧眼のまま、やわらかい輝きを放っている。

「さあ帰ろうか、アウラ」

 少年がやわらかく微笑んだ。

 少年の言葉が胸に響く。


 ――帰れるんだ。


 悲しい時の涙でも寂しい時の涙でも嬉しい時に流す涙とも違った涙が溢れ出し紫水晶の瞳から頬を伝って落ちていく。

 安堵の涙。

 アウラは少し考え俯いた。でも、ちょっぴり嬉しい。

「うん」

 アウラは小さく頷いた。


 砦の下から派手な音と大きな重なる声が聞こえる。

「「我らは名も無き赤の騎士団」」

「アサー」

「マイル」

「「何処の組織か分からんが、アウラ殿を浚った報いと山羊飼いの少年に対する街の恩義。我らが纏めて返しておこう」」

 二人の名乗った騎士団の名に砦の兵士たちは後退りした。

「ブラッディレッド……だと? 騎士団全員が一騎当千。騎士団と相まみえた戦場には、赤い血の海が大地に広がって残るだけ……」

「恐れるな! 腰抜けどもめ! 奴らも人間。化け物ではないわぁ」

 金色の鎧の男が、罵声を浴びせ下がり始めた士気を上げる。

「パベル様」

「「パベル? 金色の鎧! 貴様もしや、西の騎士団。闇喰らう金色の騎士団(オプスキュリテ・イーター)隊長、パベル・リンガー」」

「如何にも! 名も無き赤の騎士団の騎士よ」

 パベルが猛禽類のような笑みを浮かべた。


 To Be Continued


最後までお読み下さいり誠にありがとうございました。<(_ _)>


次回をお楽しみに!

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