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〜 グランソルシエールの禁術書 〜 番外編

 ◆ドラゴンの苦悩。最初で最後の笑顔



 磨かれた水晶の結晶のような巨体に陽の光を浴び、七色に身体を輝かせながら、一際巨大な翼を広げ羽ばたかせ空気を孕んで、その巨大な身体を宙に浮かべて飛翔する幻獣、人々がドラゴンと呼び、一度その力を発揮すれば『神』にも遅れをとる事はないと伝えられている。

 その言い伝えに相応しい神々しいまでの姿をしたドラゴンは、人々がこの世の果て、死の世界と呼び、決して近寄る事のない大地の果ての大空を飛んでいた。


 ドラゴンの眼下に人々に忘れ去られた巨大な水面に浮かぶ、巨大な孤島を映し出した。

 これまで遠い時間を生き、様々なものを見聞きして来たドラゴンでも眼にした事が無い金属が肋骨の様に獣の屍さながら、あるものは天に向かって建ち、あるものは傾き、あるものは地面に横たわっている。

 その孤島には、生命の欠片も感じられない程、荒れ果てた大地が広がっている。

 大地の所々に聳えている三角錐の山々と、その山肌の切り立った場所に四角く穿った洞穴が巨大な口を開いた。

 巨大な身体でも難なく入る事が出来そうな洞窟を見付けたドラゴンは、そこを今日の(ねぐら)にと巨体を大地に降ろし、更に巨大な翼を折り畳んだ。

「おや、珍しい卵が落ちとるのぉ」

 久しぶりに深き森から出て、ほんの気まぐれで長い距離を飛んで来て見れば、面白いものを見付ける事が出来た。

 洞窟内は見た事もない金属の壁と石膏のような壁で囲まれていて、かなりの大きさの広さと奥行があった。

 その洞窟内の奥に壁が抜けている場所を見つけて近付いてみる。

 巨大な身体でも通れそうな程の壁に作られた吹き抜けの向こう側に色とりどりの小さな光が鮮やかに淡い光を放っている。

 吹き抜けの向こう側に見える部屋に山仕事をこなす偉丈夫程もある卵型の物体を見付けた。

 その周囲には、見た事もない形の机と椅子が並んでいる。

 机の上には管に繋がれた四角い箱が置かれ、その箱の一面は黒い板のような物がはめ込まれていた。


 ドラゴンは吹き抜けの向こう側にある物に興味を持ち、中に入ろうと巨大な翼を煽って動きに勢いを付け吹き抜けに向かって飛び込んだ。

 ごつん、と見えない壁に衝突しドラゴンの巨体は、くの字に折れ動きを止めた。

「どうなっておるのじゃ! この吹き抜けめ! 魔術の結界でも張ってあるのかのぅ? おなめんじゃないよ。魔術如きに怯む私じゃないのぉ」

 ドラゴンは、幾度も体当たりを繰り返すが、いっこうに吹き抜けを通り抜ける事が出来ない。

 鋭い爪でがりがり引っ掻いても『キィ――キィ――』と嫌な音が出るだけでびくともしない。

「ええぃ! 面倒でじゃのぅ」

 ドラゴンは、大きな顎を開いた。

 鰐のような鋭い歯が、ずらりと並んでいる咽喉元に青い光を収束させ閃光一閃、ブレスを放った。

 閃光が見えない壁に達するとブレスを浴びた吹き抜けは、飴細工のようにどろりと溶け落ちた。

 ドラゴンは、自分が通れる程の穴を穿つと卵型の物体に近付いた。

「ふむ? ……人間の子じゃなぁ?」

 白い卵型の物体の上部は吹き抜けと同じ見えない壁のような物で覆われ中身を伺う事が出来た。

 その物体から幾つもの丸い管が机や光を点滅させている壁に繋がれている。

 ドラゴンが、暫く卵型の物体を鋭い爪で突いたり、そばえたりしていると熟成したワインのコルクを開けた時に発酵したガスが抜けるような、シュパァと音を立て卵型の物体に切れ間が奔ると今度は、空気が狭い穴から漏れ出す時に発するような、プシュュュと音を立て卵型の物体は中程から綺麗に割れ、その中から透明な液体が溢れ出した。

 中には人間の赤ん坊が入っている。

「生きておる……」

 赤ん坊の血色を見たドラゴンは言葉を発した。

 その声に反応してか、赤ん坊は元気に泣き出した。

「まったく、世も移ろい変わって行くというのに人間という奴は、まだ生贄を捧げたりしてるのかのぅ。こんな赤ん坊を水の中に閉じ込めよって、やれやれじゃのぅ」

 ドラゴンは、厳つい大きな顔を赤ん坊に近付け眼を細めた。

 赤ん坊の小さく握られた、やわらかい手を固く握った拳がドラゴンの厳つい鼻先に触れた。

 ドラゴンは泣き声を張り上げる赤ん坊をじっと見た。

「男の子じゃのぉ、良い子だから泣くのはおよし」

 赤ん坊は泣き止まない。

「腹を空かしているのかのぉ? 生憎私は乳が出ないんじゃ。すまんのぉ」

 そう言い残しドラゴンは、その場で眠りに就こうと巨体を横たえ厳つい瞼を閉じた。

 赤ん坊の泣き声が四角い洞窟の中に響き渡って止まない。

 ドラゴンは暫し考えた。

 人間は生まれたばかりの子供に自分の乳を与え栄養を与えると聞いている。

 その後、乳を与えながらやわらかい粥も与え、歯が生え揃えば、やがて固形物を食べさせ育てる。

 母親の腹の中で胎児は、へそから母親の栄養を分けて貰いながら、十月十日の歳月を母親の腹の中で過ごし生まれ落ちると聞いた事がある。

 ドラゴンは、のっそり巨体を起こし鋭い爪で自分の胸の辺りにあてがった。

 そのまま爪を己の胸に突き刺した。

 胸の奥から腕を引き抜くと鋭い爪の先に麦粒程の七色に輝く宝石のような物が光を放っていた。

 ドラゴンは器用に赤ん坊のへそに取り出した麦粒程の光を放つ物を埋め込み、へその回りに自分の血がべっとりと付いた爪の先で血の魔法陣を描いた。

 魔方陣を発動させると光は赤ん坊のへそから体の中に溶け込むように体内へと消えていった。

「腹は満たさんが、生きる為の力はそれで(まかな)える。すまんぬのぅ、これで我慢してくれのぉ、坊や」

 赤ん坊は泣き止み、きゃっきゃっと笑い始めた。

 赤ん坊の無邪気な笑顔を見たドラゴンは、大きな赤い眼を瞼で細め、壊れ物を扱うように赤ん坊を大きな口に銜えると四角い洞窟を出て切り立つ断崖から滑空し巨体を宙へと舞い上がらせ、住処の森に向けて飛び立った。


 深き森の中、巨大なドラゴンが溜息を吐くと、吐き出された息が森の木々をざわめかせた。

「ふむ……、循鱗の欠片を埋め込んだといってものぉ――。やはり腹が減るか……」

 赤ん坊は泣くのを止めない。

 ここのところ、数日泣き病む事がない。

「坊や、お主のぉ――。いくら泣く事が坊やの仕事でものぉ、私は坊やの笑う顔が見たいのじゃがのぉ……私は坊やのように笑えんからのぅ。ほれ、このように頬の肉が無いからのぉ」

 そう言ってドラゴンは、大きな口を開いて見せた。

「そうじゃ! 精霊どもが行使する魔法でも使って、人間の姿に化け人里に下りるとしようかのぅ。そこで人間に坊やの食い物を分けて貰えば良いのぉ、そうじゃその手があったのぅ」

 ドラゴンは、眼を細めると魔法の詠唱を唱え、人の形へと姿を変えた。


 年月は過ぎ、鋼鉄の屍の街でドラゴンが拾って育てた赤ん坊は、すくすくと育っていた。

 固形物が食べられるようになるまでドラゴンは、たびたび人の姿を取り人里を訪れては、人間の摂る食事をその子共と食した。

 ある日、街の中を荷車に載せた木製の黒い棺桶の後に黒い服を纏った人が続々と涙ながらに続いて歩く光景と出会った。

「母さん。あれ何?」

 幼い少年が尋ねた。

「あれはのぅ、葬儀と言ってのぉ、この世をから旅立った者を心安かった親兄弟、友人を惜しみ、(しの)んで、あの世に送り出す人間の儀式じゃ……、私は何れ坊やを看取るのかのぉ……それは嫌じゃのぉ……」

「僕はいつまでも母さんと一緒にいるよ」

 幼い少年は、無邪気な満面の笑みを浮かべ母に向けた。


 ――人間の寿命は短い。


 気の遠くなる時間を生きるドラゴンにしてみれば一呼吸するに等しい時間の概念だった。

「坊や……、よし決めた! 循鱗を抜き取り坊やに与え、坊やと同じ時間の中で坊やと同じ時の移ろいを見て過ごそうと母は思う」

「やったぁ――! 僕はドラゴンになれるんだね? 母さんみたいに」

 喜ぶ少年に向い頬の肉を引き攣らせ、人の姿をしているドラゴンは慣れない笑顔を作り出した。

「循鱗を与えても坊やは、人間として生き、人の寿命を全うするのじゃ。坊やは人間じゃ、坊やがドラゴンに成らずとも、この母が人間として人里で坊やと共に同じ時間を過ごすのじゃ、坊やを立派な人間に育てるのじゃよ。この母がのぅ」

 幼い少年は、きょとんとして母を見上げた。


 見渡す限り大地は魔物に埋め尽くされている。

「母さん! 魔物の群れが隣の街を呑み込んで行くのが見えるよ」

 小さく見える街が魔物群れに易々と呑み込まれ、呆気なく見えなくなった。

 避難して来た隣街の人々が一息つく間もなく慌ただしく動き出した。                

「坊や逃げるのじゃ! さあ、早く」

「か、母さんは? 一緒に逃げないの?」

「私は、ここに残って奴らの足止めをする。逃げても直ぐに追い付かれるからのぉ」

 ドラゴンが引き攣った笑顔を幼い少年に向けた。

「しかしのぉ――。なんじゃ? あの魔物たちの異形の姿は……、それに何じゃ? 魔物に混じっている、あれはゴーレムかのぅ? 見た事もない形のゴーレムじゃなぁ。それにしてもソルシエールが極北に閉じ込めた魔物や野の魔物が、かわいく見えるわ」

 ドラゴンは、逃げる人を捕まえ、幼い少年を連れて逃げるように頼み込むと魔物の群れへと身を翻した。

「さあ、坊や、お行き」

「母さぁぁぁん!」

 引きずられるように幼い少年は逃げ惑う人の波へと消えていった。


 ドラゴンと異形の魔物の軍勢の激しい戦いに終止符が打たれたのは、七日七晩の後だった。

 幼い少年は、遠くにハングラードの街が小さく見える山の頂から魔物と戦う母の雄姿を見詰めていた。

 時折、オレンジ色の光と青い光が大地を奔る。

 幼い少年は、その閃光が母のブレスである事を知っている。

 誰かが言った。

 これは、神々(・・・)がハングラードの人々に救いの手をもたらす慈悲の閃光なのだと。

 少年は、静かに母の戦いを見ていた。

 母の放ち続けていたブレスの閃光が途絶えてから丸一日が過ぎた。

 幼い少年は、避難していた場所に背中を向け街の方角に歩き出した。


 建造物が焼け焦げた臭いと無数に焼かれた魔物が焦げた混ざり合う嫌な臭いが鼻の奥を、つんと刺激する。

 煤に燻され黒くなった街の壁と崩れた家の残骸。

 ハングラードの街は姿を変えていた。

 幼い少年は母の姿を探し、街内外を走り回った。

 街の外れに湧き出た泉のある場所に幼い少年はやってきた。

 枯れ果てた野に追いやられた者たちの街ハングラードやその近隣の街の人々の命の泉。

 その泉は、何時もと違わず澄んだ水を湧き出させていた。

 その傍らに、人の姿に戻った母の姿を幼い少年が見付け駆け寄った。

「母さん!」

「坊や……よかった……無事で……」

 息絶え絶えの母が幼い少年に話し掛けた。

「母さん……死なないよね? だって、母さんは気高き至高のドラゴンなんだから」

「……坊や傍に……来ておくれ、私のかわいい坊や……愛しい坊や……」

「か……あさ……ん」

「私は幸せじゃたぞ……坊やと一緒にあの森を出て……人里を旅をし……坊やと同じ時間を過ごせて……嬉しかったのぅ」

「そんな、母さん……これからも、ずっと一緒だろ?」

「私、の、かわいい坊や……そんな顔をするでない……坊やの笑顔を……見せておくれ」

「うん、見せるから……これからも一杯見せてあげるからね?」

 幼い少年は、碧眼の瞳から今にも零れ落ちそうな涙を、ごしごし袖で拭い取り、母に微笑んで見せた。

「まぁ、素敵な笑顔……嬉しいい……坊や? 坊やはお腹が弱いから、へんな魔物は食べちゃ駄目じゃぞ……それと生肉ばかり食べちゃ駄目、火を熾して……焼くなり煮るなりするのじゃぞ……眠る時は沢山干し草を敷いて……眠るの……じゃぞ……坊やは、身体がやわらからのぉ……」

「わ、分かったよ母さん。魔物は食べない。母さんの言う事も聞く、山羊の面倒も手伝いもする。ふざけて母さんを困らせたりしないから……だから……死なないで母さん……一人にしないで」

 幼い少年の笑顔が、へにゃりと崩れ堪え切れず涙を零した。

「愛しい坊や……私は坊やの中に……生きておる。循鱗の力と共に……やさしい坊や……だから、泣かないでおくれ……ほら、笑顔を見せて……」

 暫く泣いていた幼い少年は、涙を拭い精一杯無理をして微笑んで見せた。

「まぁ……うれしい、母さんは、ちゃんと笑っているかのぉ?」

 人の形に姿をしたドラゴンは眼を細め、頬をやわらかく動かし唇の両端を上げている。

「うん、やさしい笑顔だよ。母さん」

「……ありが……と……う……わ・た・しの……坊……や……」

「……母さん?……母さん、母さ――ん、かあ……さ――ん」

 辺り一面に、焦げた嫌な臭いが鼻の奥を刺激した。

 少年は、やさしい笑顔のまま息絶えた母に縋りついた。


 煤に燻された黒い景色に変わり果てた街と最後に、やわらかく微笑んだ母の笑顔を幼い少年は決して忘れる事はない。


 ★からんちゅ♪魔術師の鐘★ 番外編 End。


最後まで御愛読、誠にありがとうございました。<(_ _)>


〜 グランソルシエールの禁術書 〜 本編完結。


エピローグがあると言う事は…^^


この後、特別編 全三話 幕間を挟み続編に突入!


詳細は後日!


次回、続編の幕間に短編 特別編 全三話

鉄の鳥籠 〜 魔術書を欲する者たち 〜 をお楽しみ下さい。

次回をお楽しみに!



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