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〜 グランソルシエールの禁術書 〜 エピローグ

 ◆再会の約束 〜 使命と夢の先に 〜



 石を敷いて幾重にも固められた街道と周りには、木の柵に囲まれた草原が広がっている。

 小高い丘に建てられた風車小屋の羽根が風を受け、ぐわんぐわんと音を立てゆっくり大きな羽根を回転させ、のんびりと回っていた。

 アウラと山羊飼いの少年の目指すシュベルクの街が視界の遠くに見え出した頃、周りの街道沿いにも旅商人たちが布を広げ商品を置いた露店が目立ち始め、街道を行き交う人の数も増え始めている。

 その街道に細い桃色の髪を風に泳がせ八面玲瓏(はちめんれいろう)の顔立ちに紫水晶の瞳があしらわれた少女と白銀にブルーマールが映える髪と左眼の碧眼が美しい輝きを放つ少年が歩いている。

 不可解な事と言えば、外見に刀傷や病で痛んで爛れた様子もないのに右眼の瞼を閉じられたままの少年は尻から、白と黒の良い毛並みの大きな尻尾を生やしていて、わさわさ揺らしている様が行き交う人の目を引いた。

 その隣には、細い桃色の髪を風に泳がせた少女が、わなわな震え小さな手に持っている節くれた杖に括られた鐘を、からんからん小気味の良い音色を響かせて歩いている。

 桃色髪の少女は、持っている鐘の括られた節くれた杖にをいっそう大きく振り、からん♪ と鐘の音を響かせ、美しい紫水晶の瞳を潤ませ、泣き出し少年に何やら小言を言い始めた。

「痛てぇ」

「ふゅ……えっ……えぐっ……ふにゅ……えぐっ、ふぅえ――ん」

「何も泣く事無いじゃないかぁ……俺と離れるのが嫌なのか? そんなに……痛ぇ」

 小気味良い鐘の音色が、からん♪ と再び鳴り響き、鐘の括られた杖の柄が少年の頭に落とした。

「さっき、他の女の子見てました! ぐしゅ……今も、もっと前も……えぐっ」

「う――ん 街が近くにある街道は行き交う人が多いから自然に眼に入る。それは仕方がない事だ。その位の事で泣くかなぁ」

「違うもん! その後、見比べました。あの子とあの人とその子と私を!」

 紫水晶の瞳を擦っていた白い手から細い指が伸びた。

「確かに見えたけど……アウラが指差すから……今も見てる。それと余り人を指差すのは感心しないなぁ」

 少年の碧眼が弓のように反れ微笑みの表情を作り出した。

「示した人たちの特徴を三つ挙げてください!」

「えっと……綺麗、かわいい、やわらかい匂いがしそう。アウラに全部当てはまるなぁ」

「もう一つ!」

「三つ、て言ったじゃないかぁ」

「も、もう一つ追加です! よ――く思い出してみてください! 覗き魔さんが見比べていた場所です」

「思い出してもいいのかぁ?」

「むっ! やっぱり……だめです」

 アウラは、眉間を寄せて頬を膨らませた。

「じゃぁ、仕方がない。忘れよう」

「し、仕方がないってどういう事ですかぁ! 仕方がないって……忘れなさい! 今すぐに!」

「見たんじゃない。普通にしていても視界に入ってくるんだから仕方ない。俺は何を見比べてたのかなぁ、忘れた」

「むっ! む、むむ、胸、見比べてました……あの人たちの胸をじぃ――と見て、私の方をちらっと見て……くすって笑ってました! こ、これはどういう事でしょうか?」

「そんなに怒らなくても……小さいなアウラは――」

「ち、小さい……どうせ私のむ、むむむ、胸は……ち、ちちち、小さいもん」

「違う。俺が言っているのは心根の方なんだけどなぁ……それに直情的に怒るのはよした方がいいと思うぞぉ」

「違います! それに……お、怒ってません! ただ破廉恥極まりない覗き魔さんの視線を咎めているだけです」

「もっと破廉恥な事したじゃないかぁ、俺たち……四回も」

「なっ! 誤解を招くような事言わないでください! キ、キキ、キスしただけじゃないですかぁ……封印を解く為に……仕方なく……そ、それに、ご、五回です」

「そうだっけ?」

「もう――、ばかぁ――知らない。一回目は風狼の時、覗き魔さんに突然、奪われたんですよ! ファーストキス……二回目は神殿て封印を解いた時、さ、三回目はその……決闘の後、膝枕してた時……、四回目は……道中、私が謎の組織にさらわれて覗き魔さんが砦まで助けに来てくれた時に封印を解いて逃げた時と封印を戻した時の五回です! 北の神殿ではソルシエールさんが戻しちゃったけど……全部で五回です……わ、忘れな……いでください……忘れないで……ふゅ……ふぇ――ん」

 アウラは怒りの形相から、へにゃりと顔を崩し紫水晶の瞳からは、怒りの余り引っ込んでいた涙が堰を切ったように再び止め処もなく溢れ出させた。


 二人が目指すアウラの第二の故郷シュベルクの街は、もう目の前に見えている。

 北の神殿に向かう前にアウラの羊たちと一緒に騎士に預けたままの山羊を引き取りに来た少年とは、もう直ぐお別れだ。

 少年はアウラに『何処にも逃げない(そばにいる)』と約束したが、少年は山羊飼いだ。

 世間の山羊飼いに対する扱いの現状を鑑みると何処の街に行っても厄介者扱いされる山羊飼いの少年がシュベルクに定住出来るはずはないのだ。

「……忘れませんから……魔術をもっと勉強して私が描いた魔物を創り出しているという魔方陣と魔物を倒してみせます。きっと、それが私の使命ですから……王都の学園に行って魔術をもっと……もっと上手く使えるようになって、覗き魔さんの右眼も元に戻してみせます。そして……あなたを討ってみせます……私……忘れませんから……絶対。だから……あなたも夢を叶えて戻って来てください……私を討ちに……私の所に……私を……迎えに……」

 時折、嗚咽を交えながらアウラは言葉を紡いだ。

「約束、覚えてるかぁ」

「約束……覚えてます」

「俺はアウラと約束したから、何処にも逃ない(そばにいる)と……それに俺たちは切っても切れない仇と言う絆で結ばれている」

「仇と言う……絆?」

 少年がやわらかい笑みをアウラに向けた。

「アウラの想いと使命、俺の想いと夢の先でまた会おう、約束だ。俺たちの向う先は、互いの想いの先で繋がっているさ」

「……」

「返事は?」

「……はい」

 アウラはゆっくり頷いた。


 少年が山羊を引き取りにアウラが住んでいる家に行くと驚いた事に、そこは貴族が住むような立派な屋敷だった。

 何でもアウラが街を焼かれ天涯孤独になった時、当時ひよっこ騎士見習いだったと言っても爵位を賜る由緒ある武門の家系に生まれたランディーの口利きで彼の遠縁にあたる元伯爵の養女として屋敷に入ったとか。

 老伯爵も跡目を譲った後、孤独な隠居生活を送っており、その寂しさからランディーが連れてきたアウラを養女にしたいと申し出たらしい。

 屋敷の門には、槍を持った衛士が左右に立ち、屋敷内のは執事とメイド長の二人と数人のメイドたち、普段は厨房を預かるコック長とコックたちなどの小間使いたちが、老伯爵の身の回りの世話と屋敷の管理を任されている。

 好々爺な老伯爵がアウラから事情を聞くと少年に暫く屋敷に滞在して傷と旅の疲れを癒してから旅を再開してはどうかと計らってくれた。

 アウラは喜んだが、それでも別れの日はやってくる。

 そんなに遠くない未来に……。


 三日後……朝。

 街を背に少年は山羊たちを連れ広い野へ旅立っていった。

 アウラは、溢れ出る涙を堪え少年の背中を静かに見送った。

 アウラの足下でプラムが尻尾を左右に大きく揺らし名残惜しそうに少年の尻を見送っている。

 アウラと少年の絆は同じ想い。

 北の神殿や少年を看病していた雨宿りをした街で少年が話していた事が全て真実なら、何時か必ず会う事になるだろう。

 二人は、互いに憎むべき仇なのだから……。

 少年が街を出る前に話してくれた。

 もう一つの夢。            

 『大きな船を手に入れて世界を周る』

 そう言えば、少年は夢を叶える為に山羊飼いになったのだと言っていた気がする。

 何故? 山羊飼いなのか? と少年の思考を疑ってみる。

 少年は何処か人と違う尺度から物を見ている時がある。と言うか何を考えているのか今一分らない。

 少年には、人として欠落した感情や行動が見て取れ、その代りに人並み外れた体力や直観に優れている面を持っているし頭の回転も早い。

 長い時を生きた賢いドラゴンに育てられたのだから、人としての欠落した一面があっても仕方ない。

 少年が物知りな事も、そう思えば何と無く頷ける。

 でも……なにゆえに山羊飼い? 随分、小さくなった少年の背中を見てアウラは不思議に思った。


 少年の消えそうになる姿を見ていると山羊飼いと過ごした短い間に起きた出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 出会い方があれだったのが、どうにも腹立たしい……と思ったところで大切な事を聞いてない事に気付いた。

「あっ! プラムぅぅぅ……どうしよう……」

「クゥゥン?」

 シュベルクまでの道中もいろいろあり過ぎて忘れていたし、そんな事を考えている暇も無かった。

 少年が屋敷に滞在していた時は、彼を送り出す際に旅の祈りを執り行い旅の無事を願おうと思い立ち、その儀式の踊りが、余りにもかわいくない事に気付いて新しい振付を考えるのに夢中になていて山羊飼いの少年とまともに話す事ができなかった。

 振付が決まるとプラムに何度も噛まれ尻の布が薄くなった少年のズボンを当て布で補強した。

 丸みのある尻部に苦戦しながらも動き易さも考え、生地が重ね縫いされた丈夫な縫い代を中心に尻の丸みに切り抜いた当て布を腰に向かい残っているズボンの厚い生地に縫い付けると切り抜いた当て布がハートのように見えた。

 何となくうれしく思え頬を緩めた。

 しかし、ズボンの裾を床に下ろし得意げにハート型に縫い付けた当て布を改めて見ると逆さまになっている事に気付き、ちょっぴり切なかった。


 本当にいろいろあったけど……これはショックが大き過ぎる。

「プラムぅぅぅ……どうしよう……名前……聞くの忘れてた……」

「ウォン!」

 見えなくなった少年の背中を思い出しながら、再開した時に聞こうとアウラは強く思った。

 陽は今日も昇り始めている昨日とは違う今日がまた始まる。                

 再会の約束……二人は必ずまた会える。

 二人の思いは深い絆で繋がっている。

 使命と夢の行く先で交わっている。                          

 だって……。

 名前も知らない、あの少年とは特別な深い絆で結ばれているのだから……。  

 

 ★からんちゅ♪魔術師の鐘★ 〜グランソルシエールの禁術書 〜 エピローグ End  


最後まで御愛読、誠にありがとうございました。<(_ _)>


〜 グランソルシエールの禁術書 〜 本編完結。


エピローグがあると言う事は…^^


この後、番外編 特別編 全三話 幕間を挟み続編に突入!


詳細は後日!


次回、続編の幕間に掌編番外編 

ドラゴンの苦悩。最初で最後の笑顔をお楽しみ下さい。

次回をお楽しみに!



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