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〜 グランソルシエールの禁術書 〜 第一話

 ◆羊飼いの少女と山羊飼いの少年



 雲高く抜けるような青い空が遥か彼方まで広がっている。

 街中をころころ小気味の良い軽い乾いた音色を響かせながら、郊外に敷かれた街道に向い主に誘導された白い群れがのんびり移動している。

 街を囲む石積みの分厚い外壁に削り出し形を整えた石をせり上げて造られた丸天井のアーチが口を開けていた。

 白い群れが大きめのアーチを潜り、遠くに見える山々の方角に延びる街道に出た。

「そこの旦那」

 白い群れの主は一瞬、立ち止まり肩をぴくりと上下に揺らした。

「羊飼いの旦那」

 再び旅商人に声を掛けられ主が、ようやく自分が呼ばれている事に気付き、右手に持っている自分の背丈より頭一つ分程長い節くれた杖を左右に振ると括り付けられた魔除けと獣除けの鐘が軽い間の長い音色を響かせ奏でた。

 旅商人に近付く羊飼いは随分小柄だ。


「プラム」

 主は深く被ったフードの中から、やわらかい鈴の音のような声で従えている白と黒の牧羊犬の名を呼ぶ。

 主人の指示を受け取った牧羊が羊の群れの前に出ると吠えたて群れを停止させた。

「何か御用ですか?」

 旅商人が小柄な羊飼いの声に目を丸くしている。

 声変わりを控えた少年よりもやわらかく、透き通る鈴の音色のような声と身に纏っているフード付きの茶色いローブの外からでも分かる程、華奢で随分小柄な羊飼いである。

 小柄な羊飼いは、フードを深く被り俯いたまま肩を小刻みに揺らした。

 肩の揺れは握っている節くれた杖に伝わり鐘を揺らしころころ音色を立てる。

「羊飼いの旦……、少年。旅の無事を導いて頂きたい」

 小柄な羊飼いは更に肩を震わせていたが、小さく息を吸い込み「はぁ」と小さな溜息を吐く。

「ええ、よろこんで」  

 やわらかい透き通るような鈴の音色のような声で答え、古の放牧者たちから今日まで放牧を営んでいる者たちの間に、長きに渡って伝わり続けている儀式の準備を始めた。

 羊飼いは準備を整えると伝統的な言葉を述べながら、軽い乾いた鐘の音色を鳴らしながら、杖を見えない魔物でも祓うかのように儀式が始める。

 旅の章より、守護と導きの祈り。

kano(カノ)of(オヴ)raido(ライゾ)eihwaz(エイワズ)and(アン)algiz(アルジズ)to(トゥ)raido(ライゾ)teiwaz(テイワズ)raido(ライゾ)of(オヴ)wunjo(ウンジョー)gebo(ゲーボ)

(旅の始めに守護と星の導きを。旅人に喜び満ちる旅の贈り物を)

 羊飼いが間の長い音色を奏でながら、その音に乗せるかのように古語の交じった口上を述べ、腰に下げていた角笛の野太い音を響かせ儀式を終えた。

「旅の導きに感謝します。あなたに神の御加護があらんことを」

 旅商人が自分より、ずいぶん幼く見える羊飼いに向かい丁寧に感謝の言葉を述べ、黒く汚れた銅貨を数枚手渡した。

 銅貨を小さな手で受け取った羊飼いは、深く被っていたフードを首の後ろに払い頭を深く下げた。

 ローブの中に隠れていた桃色の長い髪が、牧草を撫でる風に持ち上げられ宙を泳ぐ。

 触れるだけで切れそうな程細く、撫でれば溶けてしまいそうな程やわらかそうな髪がローブの外で、サラサラ流れ出し風の中を遊ぶ。

 陽の光の下で仕事をする羊飼いとは思えない程透き通るような白い頬が、ほんのり上気し赤みを帯び桜色に染めている。

 八面玲瓏(はちめんれいろう)な顔立ちに大きな紫水晶を思わせる瞳が瑞々しく輝き、ころころ良く動く。

 整った細い眉の間から瞳を抜け通った鼻筋から形の良い鼻へ伸び、その下にある薄桃色の小さめ唇が形を変えた。

「ありがとうございます」

 旅商人に礼の言葉を述べ言葉を続けた。

「神の御加護と旅に幸運のお導きがありますように」  

 羊飼いは小柄な身体を折り常套句を述べた。

 その様子を見た、街道を 東奔西走(とうほんせいそう)行き交う他の旅商人たちが次々と手綱を引き荷馬を街道脇に寄せ、小さな羊飼いに声を掛け出した。

 長蛇の列も一息ついた頃、少女の脇を通り掛った旅人が羊飼いに声を掛けた。

「かわいい羊飼いのお嬢さん。私にも旅の安全を導いて貰えないだろうか」

「はい! よろこんで」

 小柄な羊飼いは、やわらかく微笑んだ。                         


 桃源郷が広がっていた。                                       

 豊かに膨れ上がる山々とその間に出来た深い渓谷。

 視界に広がる山々とその深き男たちの冒険の谷間に――。

 「お、溺れるっ……。あれ?」

 白銀にブルーマールが美しいく映える髪の少年が跳ね上がるように草の茂みの中で目を覚まし声を上げた。

「だれ!」

 やわらかい鈴の音色のような声が聞こえる。

 少年が声のする方向に視線を向けた。

「……桃、二つ?」

 低い滝の下に広がる水面に桃色の物体が見える。

 桃色の周りをやわらかい日差しが水面に乱反射し白金の光を生み出していた。


 ――その中に少年は本物の桃源郷を見たような……気がした。


 背中の腰程まで伸びた桃色の髪が水に濡れ、しっとりとした艶を出し髪から零れ落ちる水滴は朝露を浴びた草木のように陽の光を乱反射し輝いている。

 白金に光る水面から、整った顔と細い首から小さな肩と綺麗な線を描く鎖骨、控え目に膨らんだ胸元から曲線を描いた引き締まった腰、すらりと白く細い足が伸びていた。

 透けるように白く見える肌が体内を巡る液体を透かし赤みを差して桜色に染まっている。

 少年の瞳は白金に輝く水面で沐浴を楽しむ女神を映し出した。

 少女は、愛くるしい大きな紫水晶の瞳を潤ませ固まっている。


 ――無論、生まれたままの姿で。


 瞬きを数十回程繰り返す間、たっぷり少女は固まっていた。

 止まっていた少女の時間が動き出し薄めの形の良い桃色の唇が、へにゃりとへの字に形を変え細めの眉の先は下がり、瞼の奥にあしらわれた紫水晶を思わせる瞳の(まなじり)からは薄っすら湧き上がる液体で湿り潤ませている。

「……きゃぁ――! プ、プラムぅぅぅ――」

 桃色の少女が叫び声を上げた。

「何て言うか……、ごめん。うむっ?」

 森の中から茂みを揺らす音と獣の荒い息使いが背後に近付いて来ている。

 少年が振り返った瞬間、茂みを割って白と黒の獣が少年目掛け飛び出した。

「ウォン!」

 その数瞬後、尻に鋭い痛みが走り悲鳴を上げる。

「痛てぇ――」  

 少年の尻に長い毛並みの見事な尻尾が生えた。


 To Be Continued

最後までお読み下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>


次回をお楽しみに!

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