〜 グランソルシエールの禁術書 〜 第十六話
◆決意
暫しの沈黙が流れた後、腰掛けていた崩れ落ちた石壁から静かに腰を上げ、少年は神殿の入口へと向かった。
「話すのかね? アウラに」
神殿の地下室に通ずる扉を潜ろうとした時、背後から届くランディーの声に少年は歩みを止め振り返った。
「今話した事をアウラは知らない。彼女はグリンベルの悪魔を討ちたい一心で魔術を学んで来たのだよ。『グリンベルの仇を討つ』という彼女の強い意志が、当時今にも壊れそうだった彼女の心を支え、今も彼女の生きる支えになっている。きみはそれでも彼女に話すのかね?」
「分からないけど……心配ない。ただ、アウラの傍に居たいだけだ」
少年は静かに言い言葉を続けた。
「ランディー……、お前はアウラを利用してるのか? 魔術書を解けるアウラを」
「私は騎士だ。魔物から人々を守る義務がある。その為に利用できるものは人であれ物あれ使うさ……しかし、アウラの過去を隠し見守り続けた事も事実だ」
「ランディー……お前馬鹿だなぁ、アウラは確かに仇を討ちたがっている……でも、それだけじゃない。それだけを支えにして生きている訳じゃない。だからアウラは微笑む事ができるんだろ? 泣いたり怒ったり笑う事が出来るんだろ?」
「出会って間の無い、きみにアウラの何が分かると言うのかね」
「ランディーやアウラの周囲にいる人たち、アウラが今住んでいる街の暮らしが、きっとアウラを支えてるに違いない……アウラは偉大な魔術師になる可能性と類い稀に見る魔術の才能に溢れていても、俺が知っているアウラは、慈悲深い羊飼いのやさしい一人の女の子だ。俺はそれでいい。微笑んでくれるならそれでいい。その笑みを俺に向けてくれるなら更にいい」
少年は満面の笑みをランディーに向けてみせた。
「きみはよく微笑むのだな」
「微笑むさ。この微笑みは、母さんが死の間際、俺に見せてくれた。最後にやっと作れた笑顔だからなぁ」
少年はそう言うとランディーに背中を向け地下に下りる階段に身体の正面を向けた。
「まさか! 魔法陣の解析を止めに行くのかね?」
「……」
「無言は肯定を意味する。ならば仕方無い」
ランディーが腰の剣を鞘から抜き放った。
「止めに行く訳じゃない。約束を守りに行くだけだ」
「約束? 何のだね」
「思い出したから……だ。それと俺の想いを果たす為に」
「アウラと何を約束したのか知らないが、共に旅をしてここ数日きみを見てきた。きみにはアウラに貸せる力など無い。勘の良さ素早さ、それに体力は有りそうだがね」
少年は止めていた歩みを進め出した。
「あっ! 言うの忘れてたけど、例の奴らの動きがちょっと前から慌ただしくなって来てるから……じゃあ、後は宜しく」
「さてと、私も行って来るかねぇ、現役のグランソルシエールの顔を拝みにさ」
ソルシエールがそう言って桜色の髪を揺らした。
「あなたにそっくりな綺麗な娘ですよ」
ランディーが抜き身の剣を鞘に納めた。
「あら、やだ。綺麗だなんて人妻……違った狼妻に向かって罪な男ね騎士殿。……案外、六百年程前の旦那との間に生まれた私の子孫かも知れないさね」
ソルシエールが少年の後を追って神殿に入っていった。
アウラは、自身の持ち込んだ資料の書物と地下室の壁に納められえていた膨大な書物を開き魔法陣と格闘している。
「ぴきゃ――!」
アウラは、不意に訪れた脇腹の違和感に何とも言えないかわいらしい悲鳴を上げた。
少年が地下室に入って来た事に気付かなかった。
それ以前に少年は地下室にいるものだと、アウラは思っていた。
「がんばってるなぁ、アウラ」
少年が水差しを差し出しアウラの肩を軽く叩いた。
「覗き魔さんの封印を解析してから、魔術書や魔法陣の術式が頭も中に流れ込んで来るように解るんです……鐘の音が頭の中に心地よく広がるように流れて来るんですよ。もう、半分くらい解析しちゃいました、へぇへぇ」
アウラは、紫水晶の瞳を弓のように反らし形の良い小ぶりの唇から舌を出した。
「案外、簡単なのかぁ? 天才魔術師と伝わっているグランソルシエールも大した事ないなぁ――」
少年がわざとらしい乾いた声で階段の方に向かって言った。
「覗き魔さん? 誰に向かって言ってるのですか? ってソルシエールかぁ、えへぇ、聞かれてたらソルシエールに怒られますよ。もうこの世にはいませんけど」
アウラは白い小さな拳で自分の頭を、こつんと叩いた。
「そう、ソルシエールに言った。アウラ……? 何か変だぞ? 『へぇへぇ』とか『えへぇ』とか、熱でもあるのかなぁ?」
アウラの額に少年の手に平が当てられた。
「疲れているのかも知れません……私」
アウラは、顔を赤らめると少し甘えた声を出した。
「根を詰めるからだ」
少年が何時もより引き締まった声で言った。
「私……怖い……です」
アウラの紫水晶の瞳が潤み出し不安の意を示し出した。
「何が怖いんだ?」
「グリンベルの悪魔を討てるかも知れない魔術を世に解き放ってしまう事や……その魔術を使って自分の復讐の為に、この力を手に入れようと思う気持ちが……力を持ってしまってからの事を思うと怖くて……それに……」
「アウラの成し遂げたい事をやればいい。俺は、アウラが間違った魔術の使い方をしないと信じている」
「覗き魔さん! また根拠のない事を言っては駄目でしょ! 何時も何時もいい加減な事ばかり……違うか、何だか覗き魔さんが、そう言ってくれると何故か安心できます」
少年の視線は何時も先を見通している、アウラはそう思った。
何時の間にか、この少年の話に……心ごと引き込まれていく。
ブルーマールの映える碧眼の少年に……。
「そうか! それは良かった」
「それでも私……覗き魔さんのお母様がグリンベルの悪魔なら討ちたいと思います。……いえ、討ちます」
アウラは、瞳から溢れそうな滴を拭って微笑みを作り出した。
――本当は……討てないかも知れない。
「それでいい。その時は討たれてやる約束だ」
「逃がしませんから……絶対に」
「それも約束した」
少年が、もう見慣れた満面の笑みでアウラの言葉に答えている。
「あぁ――あ、グリンベルの悪魔なんて見付からなければいいのに、私がお婆さんになって魔術なんて使えなくなってしまうまで……」
「それは助かる。うむっ? じゃあ、俺はアウラの傍から離れられないじゃないかぁ? 俺の想いはどうなるんだ? 夢とかも」
「いいじゃないですかぁ、こんなに綺麗な女の子と、ずっと一緒にいられるんですから……、なぁ――んてね。それともぉ――、お母様の方がお綺麗でしたか?」
「う――ん、そうだなぁ、母さんはこの世で一番綺麗だった。アウラはこの世で一番かわいい……て事で駄目かぁ?」
「だめです! 両方一番にして下さい」
アウラは、顔が熱くなっている事に気付き更に頬を赤らめた。
「欲張り過ぎは良くない」
「お二人さん仲が宜しいようで若いって良いねぇ――。遠回しに将来の約束?」
「ひゃぁ――」
アウラは、突然現れた声の侵入者に驚き声を上げた。
ソルシエールがしゃがみんで二人の顔を近くで覗き込んでいる。
「お……母さん」
アウラが声のした方に振り向く、そこには同じ髪の色、同じ紫水晶の瞳があしらわれた顔が、己の瞳に映り込んだ。
それは、まるで鏡を見ているようでもあり、グリンベルで死んだはずの母が、その場にいるようにも思えた。
アウラの整った顔が、くにゃりと歪み、拭ったはずの滴が湧き上がり溢れ出した。
「お、母さん……」
アウラは暫くの間、ソルシエール豊かな胸で縋り付き泣いた。
ソルシエールも実の子をなだめるようにやさしく抱きしめ桃色髪の頭を撫でていた。
「残念だけど人違いだよ。私には今、子供はいないねぇ。わたしも驚いてるんだけどさ」
桜色の髪を後ろで麻紐で纏めた女性が答えた。
「……」
「この人がソルシエールだ」
碧眼の少年がその女性の代わりに名前を告げた。
「……? えっ! グランソルシエール? そんな……だってソルシエールて言ったら、伝説に!? えっ……遠い昔の人物じゃ……」
アウラの涙顔は、みるみる驚きの表情へと変わっていく。
「初めまして、現役のグランソルシエールさん。私の伝言はいかがでしたか?」
ソルシエールがアウラの覚書が書かれた羊皮紙を横目で見やった。
「もう半分以上解析したの? あなたなら魔物の――」
ソルシエールの声を掻き消すように少年が声を被せた。
「アウラ……お前は、偽りの真実と本当の真実、どっちが知りたい」
少年の碧眼がアウラを見詰めている。
「それは本当の真実を知りたいに決まってます」
「俺もその方がいい。真実を教えてやるから、早く魔法陣の解析を終えろ」
「どうしたの? 急に怖い顔をして……覗き魔さんらしくないですよ?」
「思い出した事がある。解析を終えたらグリンベルを焼き払った犯人を教えてやる」
硬い表情を残し少年は地下室を後にした。
To Be Continued
最後までお読み下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>
次回をお楽しみに!




