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〜 グランソルシエールの禁術書 〜 第十五話

 ◆偽りの真実 前編



 綺麗な桜色の長い髪を後ろで乱暴に麻紐で纏め、紫水晶のような瞳の美女が薄い夜着のように透ける羽衣を纏って立っていた。

 羽衣の襟元は、今にも重なる襟を押しのけ弾け出しそうな程の豊かな胸が谷間を覗かせている。

「グランソシエール? 貴様、たいそうな虚言を吐く。人を本気で(たばか)るなら、もっと控え目な嘘を吐いた方良いと思うがね」

「本当さね。私の名はソルシエールさ」

「グランソルシエールは、五百年程も昔の人物だぞ」

「そうさね、今の私は五百歳を有に越える人妻さね、いや、旦那は風狼だから狼妻と言うべきかな?」

 ソルシエールが首を傾げた後、左右に振り騎士たちを見渡した。

 ソルシエールの周りを囲んでいる騎士たちは、その名を聞き動揺の色を見せている。

「魔術で不老の術でも編み出したのかね?」

 ランディーが問い掛けた。

「魔術にそんな都合の良い物があると思っているのかい? 若さの秘訣を教えてやろうか?」

 ソルシエールと名乗る人物は、紫水晶のような瞳を踊らせながら妖艶な笑みを作り出した。

「若さを保つ秘訣は恋する事さね。私は若い時から毎晩のように風狼の唾液を吸っていたからねぇ」

 ソルシエールは、そう言うと神殿の中に視線を移した。

「おや、扉が開いてるね? あんたたちが壁画の伝言(メッセージ)を見つけて解いたのかい?」

「いや、壁画の文字を見付けたのは、この少年だ」

 ランディーが山羊飼いの少年を指差した。

「メッセージを翻訳したのは、アウラだ。今、おばさんの描いた魔法陣を解読している。俺と同じ年頃の羊飼いの女の子だ……それにしてもおばさん……アウラに似てるなぁ?」

 少年が微笑みを浮かべ、ソルシエールの顔を見て言った。

「そりゃそ、その娘は美人に違いないねぇ――。面白い! 今、その娘は最後の苦難に挑んでるんだね? さて、解けるか解けざるか見ものだよ。あっははは」

 ソルシエールが大声で笑った。

「はぁ――、さて、あんたたちは禁術書を欲して、この神殿に来たんだね?」

 ソルシエールが眼光を研ぎ、再び周りを見渡した。

 鋭い眼光を受けた騎士たちは、その鋭さに思わず後退りした。

「如何にも禁術書を求めて、ここに来たのだがね」

 ランディーも眼光炯炯の視線で答えた。

「まぁ、あんた達は運がいい。今日の私は機嫌がいいからね。何んにせよ、私の残したメッセージを初めて見付けてくれたんだしねぇ……見逃してやるとするさね。折角、メッセージを残してやったと言うのに五百年もの間、誰一人見付けてくれないというのも寂しいもんだよ。まったく生き残りの魔術師は脳無ばかりなのかねぇ、はぁ――」

 ソルシエールは呆れた顔をして大きな溜息を吐いた。

「見付けてほしいなら、最初から隠さなければいい」

 少年がソルシエールに向いそう言った。

「そうもいかなかったんだよ。いろいろ事情があってね。大人の事情と言うやつさね」

 ソルシエールは視線を落とし小さく溜息を吐いた。

「質問があるんだが、宜しいかな?」

 ランディーがソルシエールに問い掛けた。

「言ってみなさい。坊や、けれど答えるかどうかは分からないよ」

「何故、近年になって禁術書の隠された正確な場所の情報が出回るようになったのですか? ソルシエール、あなたが情報を自ら流しているのでは? と疑っているのだがね」

「なかなか察しがいいねぇ、騎士殿。その通りだよ。流しているのは私たち(・・・)さね」

「私たち? あなたの他に誰が何の為に」

「風狼だよなぁ」

 少年が呟くように言った。

「まったく勘のいいガキどもだねぇ、その通りだよ」

 ソルシエールは一度息を吐くと言葉を続けた。

「近年、私たちが遠い昔に北の大地に閉じ込めた魔物たちを解放し、その力を我が物にしようとしている者たちがいる。それどころか新たに魔物の軍勢を創り出し世界を我が物にせんと企む魔術師とその一団を誘き寄せる為さね」

「貴女程の魔術をお持ちなら、待たずとも討って出ればよいだろうに」

「騎士殿よ。貴殿たちはその一団を知っているのかい?」

「存じております。我々もその存在を討つために魔術を集めております故に」

「毒を以て毒を制するか」

「眼には眼を、歯には歯をですかな……我々、戦を生業にしている騎士流に言えば」

「で?」                                        

「……と申しますと?」                                    

「その一団の尻尾は捕まえたのかい?」                          

「お恥ずかしい話ですが、まだ……」                            

 傍で話を聞いていた少年が言葉を挟んだ。

「隠れて尻尾を出さなければ、餌を捲いて誘き寄せればいい。餌が上等だから直ぐに飛びつく。討って出なくても餌に飛び付き、のこのこやって来る奴らを狭い山間に引き込んで、長く延びた軍を分断、各個撃破するって事かなぁ」

「まったく、勘のいいガキだよ。敵戦力の分断はセオリーだろ? 何せ、こっちの戦力は風狼と私、二人だからねぇ」

 ソルシエールは桜色の髪を掻いた。

「魔術の事でお聞きしたい事があるのだが宜しいですかな?」

「また質問かい? おしゃべりな男は嫌いだよ。何度も親切に答えて貰えると思っているのかい? まあいい、言ってみな」

 そう言いながらもソルシエールが答えてくれる事を分かっている、ランディーがやれやれと肩を竦めた。

「魔術で本当にその様なものを創り出せるのでしょうか?」

「創り出せる。理論上はねぇ」

 面倒臭そうにソルシエールが答えた。

「五百年程前、私たちは遠い昔に神々と人が呼んでいた者たちの力を借りて魔術を発展させた。魔術は強力だが陣を用するのに時間が掛り過ぎる。魔物はこちらの準備が整うまで待ってはくれないからねぇ、陣を用いなくとも行使出来るように魔術を発展させる過程で考えられ、最後まで残った懸案は二通り、その内の一つは魔物並の力と魔物の強力な攻撃に耐えうる防御力を持った、魔力ではなく己の意志で動く言わば生命を持った鋼の人形(ゴーレム)、或いは魔法生物を創り出し陣を完成させるまで守り切る事だった」

「それも大変な思い付きだったのでは?」

「まあねぇ、だから土地の豊穣や天候、商売、魔除け等、人々の生活や習慣に深い関わりを持っていた風狼(だんな)たちの力を借りたのさ。結局、魔術ではそれらに生命まで与える事が出来ず頓挫したけどねぇ、生命は生まれ出もので創り出すものではない。まぁ、その前に禁術書に残した魔術が完成したんだけどさ」

「今になって、それらを創り出そうとする者が現われたのですかな?」

「騎士殿もご存じのように魔物を封じ込めた魔術師たちはその後、追われる身になり、放牧者に扮して辺境に逃げる事になった。その混乱の際、完成していなかった魔術の殴り書きや写本やらを残して来たから、どこぞの馬鹿者が偶然見付け出してろくでもない事をおっぱじめたんだろうさね」

「……」

「どうしたんだい? 騎士殿」

 ランディーは難しい顔をして考え事をしているようだった。暫しの沈黙の後、結んでいた唇を開いた。

「もし、その様なものを創り出すという魔術を完成させた者がいたとしたら……驚きますか?」

「そりゃ驚くさね。神々の力を借りても創れなかった代物だよ」

「……七年前、グリンベルという街が滅びましてね。その時の事は世間には魔物の仕業と言う事で片が付きましたが、その事実は見た事もない魔物らしき死骸と魔法陣が発見され魔術が用いられた形跡と多数の異なる魔術痕も街中に残っておりその結果、魔術師によるものだと断定出来ました」

「何故、隠ぺいを?」

「当時、魔物による被害が増えていまし、王国や教会の威信は失墜する一方で魔物に対峙する力として極秘裏に集めた魔術書と魔術師を使った魔術の導入が検討されていましたから、反対派に対して魔術のイメージを損ねる訳にはいかなかったのです」

「その時の魔物らしきものが魔術によって創り出されたものだと?」

「そこまで断定はできませんが、おそらく……そして、その魔法陣からは今も魔物が誕生しているかと」

「俄かには信じられないねぇ」

 天才魔術師と呼ばれたソルシエールはその自負からか渋い顔をした。

「魔術を使ったと思われるその人物は、この神殿に来ています」

 ランディーの言葉に少年は笑みを消し話を聞いている。

「今より高度な魔術を要した私たちの暗号を解き、その上まだ完成半ばの殴り書きの一部を基に魔術を完成させたと言うのかい?」

「はい。当時、若干八歳の少女です」

 ランディーの話を傍で聞いていた少年がランディーの言葉に少年が言葉を荒げた。

「それじゃあ、まるでアウラがグリンベルの街を焼いた犯人のように聞こえるなぁ?」

 微笑みを消していた少年は険しい表情を見せた。

「ああ、そうだ。彼女はその夜、魔術書を抱えて燃え盛るグリンベルの街に戻って来たんだ」

 少年の時間が氷り付いた。

 まるで置き忘れられた人形のように……。


 To Be Continued

最後までお読み下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>

お楽しみに!

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