〜 グランソルシエールの禁術書 〜 第十二話
◆壁画の伝言
何処からか切り出して来たと思われる大きな石積みの神殿を中心に崩れ去った石の街跡が見て取れる。
神殿と石造りの家は所々苔むしていて崩れている所が目立っていた。
先客たちが泥足で歩いた跡が残されているが、その数から少人数が調査していた事も読み取れる。
足跡は古くない。
調査中、ランディーたちの接近を逸早く察知して立ち去ったと思われた。
ランディーが調査の指示を細かく指示を出し最後に言った。
「これから神殿の調査に移るが、我々より先に神殿に隠されていると思われる偉大なる魔女の禁術書の場所を嗅ぎ付け来た者たちがいる。まだ近くに潜んでいる可能性が高い。それに後を追って来ている者たちもいるかも知れない。見張りの者は気を抜くな」
「「はっ」」
「イミテーションを含め、数ある禁術書の中でもグランソルシエールの禁術書は、これまでその存在を知られながら今日まで一度もその隠された場所も情報も明確に示された事の無い代物だ。何故、今になって集まる情報が、この神殿に集中するのか謎も多い。皆も心して事に当たるように」
「「はっ」」
ランディーは言葉を一度きり騎士たちを見渡す。
「残された記述と口伝から察するに禁術書を隠したのは、天才魔術師ソルシエール本人であるらしい。どんなブービートラップが仕掛けてあるか分からない心して掛れいいな。怪しいと感じた物には決して触るな、報告の上、指示があるまで軽挙は控えよ。それでは調査に移ってくれ」
騎士たちは、それぞれ細かな指示の確認をしながら調査を始め出した。
調査出発前の小会議で現地調査期間は最大で五日と決められたが、神殿到着時に持ち込んだ食糧と予備装備の数量から調査期間は最大で三日と改められた。
先客の動向調査に時間を裂いた事と泥濘に進軍を阻まれ予定より大幅に到着が遅れた事が原因だった。
予想以上に泥濘に手間取り、身を軽くする為に予備装備を大半減らし道中で捨てて来た事が大きく影響している。
二人は、ランディーの言い付けで邪魔をしないよう崩れた石積み民家跡の石を椅子代わりに座っていた。
騎士隊ではないアウラと少年に仕事はない。
アウラの仕事は、トラップかも知れない魔法陣など魔術に関する痕跡が見付かった時だ。
ただ待っているだけと言うのは、思う以上に退屈なもので自分でも気付かない内にアウラの視線は、ぽかんと口を開け辺りを見渡しては首を捻る少年を観察していた。
「覗き魔さん? 落ち着かないようですね?」
「う――ん……この神殿なんだけど……何処かで見たようなぁ、気がするんだけどなぁ……気のせいだよなぁ? アウラ」
「私に聞かれても……神殿なんて何処も似たような造りですから、気のせいかも知れませんね」
「アウラは、この神殿に見覚え無いのかぁ? 北の街に住んでたんだろ? 確かグリンベルと言ったっけ?」
「グリンベルは、もっと西に在りましたから、この神殿を見た覚えは無いです。無論来た事もないですよ」
「そっか、アウラの生まれた街はもっと西にあるのか……神殿の近くにあったのなら行ってみたかったのになぁ」
「……今は、もうグリンベルの街跡に行ったとしても何もないです」
アウラは、眼頭が熱くなるのを感じ紫水晶のような瞳を瞼の奥に隠した。
「……」
暇を持て余すあまり話し出したのはいいが、故郷の話になるとやはり辛い。
「グリンベルにも神殿はありました。教会が来る前から使われていなかったみたいですけど、神殿には綺麗な壁画が描かれていて街の物や旅の絵師たちが立ち寄り綺麗に管理されていたみたいです。放浪の絵師さんがよく立ち寄る姿を覚えてます」
「あっ! 思い出した」
アウラの隣に座っていた少年が突然立ち上がった。
アウラが視線を上げると陽の光を浴びた小年の白銀にブルーマールが映える髪が光を通し青く輝いて見える。
少年がウラの手を掴み、引きずるように神殿の方に歩き出した。
「ちょ……なに? いったい何処に? わ、私を連れていくつもりなんですか……まさか! 人気のない所に私を連れ込んで……覗き魔さんは私を――」
少年の言葉がアウラの言葉を遮った。
「思い出したかも知れない。この神殿の壁画を見れば分かる。たぶん」
「勝手に入ったらランディー様に怒られますよ」
調査をしている騎士たちを気にした風もなく押し退け少年は神殿の中へと入って行く。
「何事か!」
神殿内で調査をしていたランディーが声を荒げたが、少年は何食わぬ顔をして神殿の中央まで行き、立ち止まった。
「やっぱりそうだ」
少年が、神殿の高い天井と高い壁一面に描かれている壁画を獲物を探す鷹のような鋭い眼で見渡している。
アウラも少年の眼が辿って軌跡を追うように神殿の中を見渡した。
外見に幾分崩れた所があるものの、神殿の中は綺麗な状態を保っている。
「急にどうしたのですか?」
「この壁に描かれた壁画を覚えている。この神殿を守っていたのはあの風狼だ。母さんに連れられて来た時に、ここで風狼に出会ったんだ」
「それが何か? ……もしかして覗き魔さんは、お母様の冤罪を晴らそうとしているの?」
「う――ん、それもあるけど、アウラはグランソルシエールの禁術書を探しているんだろ? グリンベルの悪魔を討つために」
「そうですけど……べ、別にどうしてもという訳じゃ……」
アウラは胸の中に広がる、きりきりとした痛みを感じ誤魔化すように語尾を濁した。
――本当は違う……グリンベルの悪魔を討ちたい。出来る事なら今すぐにでも……。
少年に対する何処か後ろめたい気持ちとそれを思う自分の気持ちが切なかった。
「グランソルシエールの禁術書はここに眠ってる」
「何を根拠に……」
アウラは、少年の突然の言葉に驚きと疑念を抱いた。
「あそこに書かれている文字が見えるか? アウラ」
少年が戦に赴く騎士たちの様子を壁一面に描いた壁画の一点を指差した。
「どこに? 書かれているのですか? 私には見えません」
アウラは、紫水晶の瞳を少年が指差す辺りを中心に壁画の描かれた壁に視線を彷徨わせた。
「見えないのか? 右の縁から七分目、上の縁から三分目辺りに描かれた騎士が持つ軍旗を見てみなよ。文字が書かれているだろ? 俺はここに来た事がある」
アウラには、軍旗どころか描かれている人物たちが小さな虫程度にしか見えない。
周りに集まった騎士たちもざわめきながら、少年が指差したあたりを探し始めた。
「いったいどんな事が書かれているの?」
アウラの紫水晶の瞳が持ち前の好奇心で輝き出した。
「俺には読めない」
少年が騎士に羊皮紙と羽ペンを借りると壁画に描かれた文字を書き始めた。
『nauthiz・parth・teiwaz・nauthiz』
少年は書き終えた羊皮紙をアウラに向けた。
アウラは少年の書いた文字を読み上げる。
「ナウシズ・パース・テイワズ・ナウシズ」
アウラがもう一度読み返す。
「ナウシズ・パース・テイワズ・ナウシズ」
「解けるか?」
ざわめいていた騎士たちは息を呑んで見守っている。
「……」
アウラが幼い頃から興味を持ち、今では読みなれた文字。
「……」
アウラは、持っているだけの知識を頭の中で組み立てる。
「解りました」
アウラは、桃色の髪を揺らし顔を上げる。
紫水晶の瞳を輝かせながら、薄桃色の小ぶりで形の良い唇が、偉大な魔女が残したと思われる壁画の伝言を繰り返し呟いた。
To Be Continued
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本日、ブログ開設二周年記念UPでございます。