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〜 グランソルシエールの禁術書 〜 第十一話

 ◆雷鳴。そして悲鳴



 東に大きく迂回し精鋭の騎士隊ともどもアウラと山羊飼いの少年が山間の野に入って半日が過ぎた。

 雨が上がった後、ぴたりと風の止んだ山間の野は、地面は膿んでいて歩く事すら困難だった。

 膿んだ野道を重い荷物背中に担ぎ、両手に武装を持った大人数で歩いているのだから、余計に地面を捏ねる。

 昨日までの雨が嘘のように止んでいて、清々しいはずの陽の光が運んでくる暖かさが、今は忌々しく思える。

 山間の野は、風が抜けず淀み陽に暖められ蒸している。

 湿気を含んだ空気が身体に纏わりついて余計に体力を奪っていく。

 まだ半日しか歩いてないというのに足元は泥濘(ぬかるみ)やたらに足取りが重い。

 その上、自分の荷物を持っているのだから尚更だ。

 それでも重い装備と天幕や食糧、水袋等の荷物を背負った騎士たちより、随分身軽な方だ。

 アウラは心の中で呟いた。

(女の子なのに……)

 「アウラ、へばっているのかぁ? もっと荷物を持ってやりたいけど、俺には生憎腕が二本しかない。残念だ」

「見れば分かります!」

(そんなこと)

 アウラは、少年を睨み頬を膨らませたが直に思い直した。

 少年は、既にアウラが持つはずの騎士団から預かった荷物を持ってくれている。

 自分の持ち分を背中に背負い胸にはアウラの荷物を掛けている。

 両手には、街で騎士から渡された予備の火打ち式の銃を二丁。

 自分と言えば、水の入った小さな水差しと肩掛けになった分厚い書物と着替えが入った革袋が二つ。

 それでも少年は泥濘んだ地面から、ずぽずぽ足を抜き進んでいく。

 少年の身体は、それ程大きくないのに何処にそんな力があるのか分からない。

 屈強な騎士たちでさえ、疲れ切っているというのに……。

 そう言えば、少年は細い見た目の割に引き締まった身体をしていた事を思い出す。

 昨夜、少年の部屋での出来事を思い出しアウラは、急激に顔が熱くなる事を感じた。


 山間の野は、広いと言っても平地に広がる野に敷かれた街道程もない。

 雨をやり過ごす間に開かれた会議で軍を割き、精鋭だけで北の神殿に行く事になったそうだが、それでも降り出した雨で泥濘む道無き道を想定し重い鎧と軍馬に着ける鎧は大方、街に置いていく事になった。

 雨を避けて東回りに来たものの、山脈から延びた雲の足は速まり、結局追い付かれ一行は補給をした街で結局足止めを食らう羽目になったのだが、あの時少年の言葉に耳を貸した騎士団は正解だった、とアウラは確信を持った。

 少なくとも野営のテントで強い風を伴った豪雨をやり過ごすのは難儀な事である。

 思ったより雨が酷く、あのまま川沿いを北に上って行ったらどうなっていたか分からない。

 下手をすれば、鉄砲水の濁流に呑まれ、精強の騎士団と言えども全滅の憂き目に遭っていたかも知れないからだ。

 シュベルクの街も、あの二人の騎士が水門を閉めるように忠告しに言ったのだから大丈夫だろう。

 ほっと溜息を吐きながら、アウラは騎士たちが借り切った街宿の自分に当てがわれた部屋の窓から槍のように降る雨を眺めていた。

 黒い空が光り出したと思ったら遅れて雷鳴を轟かせ始め、光と雷鳴の間隔は徐々に狭くなって来ている。

 その内、光と同時に轟音が轟き暫く耳を両手で押さえ絶えていたが、次第に心細くなって来る。

 光と轟音の間に自分の悲鳴が混じり出す。

 音が止んだ……その隙に机に置かれている燭台の蝋燭に火を灯し、それを手に部屋を出た。

 一抹の不安はあるものの、暗闇を裂く光が射し込む部屋と轟音には耐え兼ねる。

 アウラは、自分の部屋を出ると小走りに隣の部屋にいる少年の下に向い部屋の扉を開いた。

 アウラが扉を開いた瞬間、窓から一際大きな轟音を響かせ雷鳴が轟き、暗闇を裂く光が窓から差し込み部屋の様子を照らし出した。

「……」

 アウラの紫水晶の瞳には、轟音が聞こえなくなってしまう程の衝撃的な光景が飛び込み、頭の中は真っ白になった。

「きゃぁ――! 覗き魔――、……と叫ぶべきなのかなぁ? この場合……何時かのアウラみたいに」

 雷鳴の間の暗闇に見えなくなった少年の状態をアウラが把握しだした時、雷鳴が轟き窓から光が出し込み少年の姿を照らし出した。

「きゃぁ――――――ばかぁ! 露出狂、覗き魔ぁ――!」

アウラが少年の姿を見て悲鳴を上げた。

「気にする事はまいかなぁ? これでお互い様て事だ」

「わ、わわ、私が気にします! な、ななな、何故、服着てないんですかぁ! 覗き魔さんはぁ――、それにお互い様って……私は女の子ですよ! 見られた裸の重みが違うもん……裸、見られたもん……私……女の子だもん……ふぇん」

 アウラは、目尻を下げ顔に歪めた。

「何も泣く事はないだろ? 俺の部屋だし別にいいじゃないか……それに今覗いているのはアウラの方だろ? まぁ、いいか減るもんじゃないし……でも、そんなに一所を見詰められるとちょっと……恥ずかしいなぁ」

「ぐすん……えっ!?」

 我に帰ったアウラは、少年の一点を見詰めて固まっている事を指摘され、顔を真っ赤に染め上げ両手で眼を覆った。

「ぐすん……うわぁん」

 初めて異性の裸を見てしまった恥ずかしさと少年に指摘された事でアウラは混乱し泣き出した。


「なぁ? アウラ! アウラってば、お前顔が赤いぞ。アウラ熱でもあるのか?」

 アウラは不意に掛けらた声で我に帰る。

「きゃっ!」

 驚いた拍子に泥濘に足を取られ転びそうになった時、少年の手が支えてくれた。

「あ、ありがとうございます……? 銃は?」

 少年が両手に持っていたはずの銃がない。

「上」

 アウラは、少年が指差した方向に視線を向けた。

 銃は宙で一瞬止まり、ゆっくり半回転しながら落ちてくる。

 アウラは、ぽか―んと口を開けたまま少年に視線を戻す。

 少年は微笑んでいて銃を見ていない。

 アウラの身体を支えていた両手を離すと少年が腕を伸ばした。

 銃は計ったように少年の手に戻った。

 少年がアウラの顔を見たまま微笑んでいる。

「今……何をしたの?」

 アウラは唖然と少年を見て尋ねた。

「特に何をした訳じゃない。ただ他の人より――」

「先頭の様子が変だぞ」

 二人の傍を歩いていた騎士に声を掛けられた。

 先頭の騎士たちが一斉に伏せ出した。

 水面に波紋が広がるように先頭から順に前にいた騎士たちが伏せていく。


「もう少しで神殿だというのに忌々しいな」

 ランディーが苦虫を噛み潰した。

 やや、なだらかに下った場所に小さく神殿が見えている。

 草で緑に見える地面の一部が帯状に黒い。

「斥候を出せ」

 ランディーの指示で斥候が蛇のように野を這う姿勢で神殿の方に向かった。          

「ランディー様 どうなされたのですか?」

「先客かなぁ?」

 ランディーの代わりに少年が答えた。

「そのようだ。草原が荒れている」

 陽も傾き掛けた頃、ランディーが放った斥候が戻り報告を寄こした。

「人影は確認できませんでしたが神殿に入ったと思われる痕跡多数確認、既に神殿を後にした模様です」

 ランディーは報告を受け、野営準備の指示を出した。


 To Be Continued


最後までお読み下さいまして誠にありがとうございました。<(_ _)>

次回をお楽しみに!

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