〜 グランソルシエールの禁術書 〜 第十話
◆名も無き赤の騎士団
高らかと打ち鳴らされる銅鑼の音に騎士たちは慌ただしく動き出した。
出立の合図は音の間を詰めている。
「アサー! マイル!」
ランディーが二人の騎士を呼び寄せた。
呼び寄せられた二人の騎士がランディーの方に手綱を引いき馬の腹を蹴り走らせた。
全く同じ軌跡を描くように揃った動きで馬を向ける。
訓練の賜物なのだろう、その動きには一糸の乱れもない。
二人の騎士はランディーの近くで馬を止めた。
「「どの様な御命令でしょうか」」
声まで揃っている。アウラと少年は好奇の視線で見ていた。
「二人に重要な任務を与える」
「「光栄であります」」
また揃った。
アンディーの傍に立っているアウラと少年の首もそろって横に傾く。
「これから二人に与える仕事は非常に名誉な任務である」
ランディーが唇の端をやわらかく吊り上げている。
「「光栄であります」」
「是非、お前たちに任せたい……お前たちにしか出来ない任務だ」
「「光栄であります」」
「聞きたいか?」
「「光栄であります」」
「よかろう! お前たちの任せる」
「「光栄であります」」
ランディーが更に唇を吊り上げている。
「美しき姫君の――」
「「護衛でありますか」」
「そう逸るな」
「「光栄であります」」
「美しき姫君のお供を――」
「「了解であります」」
「まあ、聞け、美しき姫君のお供である愛くるしい瞳のか弱き羊たちと四角い瞳の山羊たちを伴い、今から聞く話をシュベルクの駐留軍まで行き伝令せよ」
「「光栄で……あり、ます……」」
「私の隊で二人の洗練された連携は一番である。羊たちを追っての伝令任務にその力を借りたい。それに二人の馬は我が隊の中でも屈指の駿馬である。臨機応変に堪えられる」
「「光栄であります」」
ランディーが金髪を揺らしながら金色の視線を少年の方に向けた。
「少年! 雨は何時降る」
少年は、碧眼の瞳を弓のように反らし唇の両端を動かした。
「この辺りは早ければ夕方。長ければ四、五日安定しないかも知れない。街まで歩いてどれくらい掛るのかなぁ」
「街まで歩いて行けば、陽が昇ってから陽の入りまでくらいの時間だ。個人差はあるがな」
「地形は?」
「大きな起伏はない、程なく行けば丘の間と丘を削って均し固めた、街道がシュベルクまで、おおよそ真っ直ぐ走っている」
「アウラの胸みたいだ……、痛ぇ、川は?」
からん♪ と少年の頭上で鐘が響く。
ランディーが一瞬苦笑いを浮かべたが、すぐさま表情を引き締めた。
「街道沿いに北の山脈から流れる川と、ここを流れる川とが街の手前で合流している、川幅は徐々に広がってはいるが合流先と川下は然程広がってない」
「もっと細かい情報が欲しい」
「分かった、ただ我々も間もなく出立するが余り時間がない。きみの言う事に納得がゆけば、我々が取る進路を変更し雲を大きく迂回し東の街で補給してから北の神殿に向か経路を辿るよう団長殿に進言しよう」
「それが賢明だ」
ランディーが詳細を急ぎ少年に伝えた。
騎士団の一部の隊は動き始めている。
「この地形では三日も山間地で豪雨が降って、早い段階で雲が街まで届けば、その日の内に川が溢れるかも知れないなぁ。街の水門を締め鉄砲水に備えた方がいい、深い孤を描いた水路には枝を作り水を逃がす溝も掘った方がいいかぁ」
「時間は、無いがシュベルク近郊に駐屯している兵を集め出来るだけの協力はさせよう」
「そこまでしなくても俺は困らない。だけど……アウラが困るから頼んでみてくれ」
少年の碧眼がアウラに向いた。
ランディーが二人に向き直り命令を伝えた。
「聞いての通りだ。シュベルクの運命はお前たち二人の双肩に掛かっている。私はこれから団長の下に向い先程の経路で北に向かうよう進言してくる。お前たちなら慣れない羊追いをしながらでも夕方までにはシュベルクに着けるだろう。手段は任せる。以上」
「「光栄あります」」
「この任務には我が隊、名も無き赤の騎士団の名誉が懸かっている、失敗に終われば、名もなき赤の騎士団の名が泣く。心して掛れいいな」
「「僭越ではありますが、我らは例え羊を鳴かせても、我が、名もなき赤の騎士団の名は泣かせません」」
「おおいに結構! では行け」
「「はっ」」
ランディーが二人に命令を下し高らかに笑った。
アウラの隣にまで近付いた少年が、口元を隠すように右手の甲を当てアウラに尋ねた。
「なぁ、アウラ、聞いていいか?」
「なんですか?」
「なんだか俺……身体の調子が悪くなって来ているような気がする。これって病気て言うのかなぁ?」
「覗き魔さんは毎日病気みたいなものじゃないかな? と想像できますけど」
「なにゆえ!?」
「思考や行動が異常です」
「う――ん、そうじゃない……なんかさぁ、あの騎士二人が同じに見えるんだよなぁ? 眼の焦点が合わないんだ、さっきから二人の騎士が、ぼやけて見える。それに声も重なって聞こえる。これも魔術? 分身の魔術とか?」
少年が碧眼を時折、擦りながら好奇な視線を二人の騎士に向けている。
「違います。魔術なんかじゃありませんよ! あれはきっと……分裂、増殖したのですよ」
「そんな原始の藍藻みたいな言いよう……一卵性の双子だろ? 酷い奴だなぁ、アウラは」
「なっ!? わ、解ってます!、それくらい。覗き魔さんが知らないのだと思って……冗談を言ったのです!」
アウラの紫水晶の瞳から眼光炯炯を向け眼尻を吊り上げた。
「俺は馬鹿にされてるのかなぁ――」
「そんな……事ないですよ? 馬鹿には見えますが……覗き魔さんは私の知らない事や魔術の事も私なんかより詳しいように思えます」
「旅すがら……かなぁ、街に住んでいた時間より旅していた時間の方が長い、旅の中で学んだ事も多いし母さんが沢山教えてくれた……魔術の事も人の言葉も……文字の書き方は暫く共に旅をした爺さんに教えて貰った。『六分儀』て言う道具を使った天測も習ったかなぁ」
「覗き魔さんには知らない事がないみたい……」
「そうだなぁ――。俺は知らない事以外は何でも知っている。それに知らなければ良かった事も沢山ある」
「知らなければ良かった事……」
アウラは薄桃色の唇を緩く噛み俄かに表情を曇らせた。
「アウラは気にする事はない、俺は気にするが」
少年がブルーマールが映える前髪を揺らし屈託のないやわらかな微笑みを向けている。
アウラは、その笑みの何処かに違和感を感じた。
少年の笑みは見ている方も微笑ましい程綺麗に表情を作る。
時折、少年はころころ表情を変えて話すが、何処か不自然で最後は必ず形の良い微笑みを浮かべる。
そう――。
まるで微笑みの表情を模った人形のように。
「何をしている。アウラ! それに山羊飼い荷物を纏めろ! 我らも出るぞ」
ランディーの引き締まった声が向けられた。
「名もなき赤の騎士団、出るぞ」
ランディーの部下たちは巧みな手綱捌きで隊を纏める。
「私は団長の所に行く。伝令――! 先行の騎士隊に伝えよ。東に迂回し北に向かう。とな」
「隊長! それはまだ決定事項では――」
「この私が変えるさ。これから行く道も……そして、この世界の未来もな」
ランディーが意気揚揚と高らかに声を張り上げた。
「おおぅ――!」
騎士隊からは歓声が起こる。
ランディーが纏っているマントを翻した。
艶のあるビロードの表地がマントの揺れで裏地を見せる。
裏返って見えた裏地は血のように赤く、血溜まりにも見える裏地には銀色の刺繍糸で何かを呪うかのようにしっかりと逆十字の紋様が縫い付けられていた。
To Be Continued
最後まで読んで頂きありがとうございました。<(_ _)>
次回をお楽しみに!