第1話
どうも、初投稿です。初投稿なんで色々至らないと思いますがよろしくどうも。
視力と幸運で乗り切る異世界転生
「気をつけー、礼」
日直の気の抜けた挨拶と共に、今日も一日何事もなく学校が終わる。
「おい、吉澤ー!カラオケいこーぜ!!」
自分の机で教科書を片付けている俺に、隣の席の西村が声を掛けてくる。
「すまん、西村。今日は用事あるんだ!また今度なー!」
俺はカラオケに誘ってくれた友人の西村に帰宅の旨を告げ、教科書を詰め終わったバッグを素早く背負うとじゃーな!といい教室を出る。
「あー、今日も平和だぁ……」
日々、こうやって何も無い日常は、暖かい春の陽だまりのように居心地がいい。いつも通る通学路。相変わらず頭の悪い学友。変化を嫌う俺。そんな俺は現在、二年目に突入したばかりの高校生活を謳歌していた。
「よう、吉澤!今日暇か?」
廊下を歩いていると、別のクラスの友人に声を掛けられる。
「悪いな、山岡。俺、今日はちょっと用事があるんだ。けど、西村がカラオケ行くってさ」
「お、まじ?サンキュー。また明日なー」
「おー!またなー」
今日は急ぎの用がある俺は、階段を駆け下りると、下駄箱まで廊下を走る。幸い、もう暇を持て余した友人とすれ違うこともなく、俺は下駄箱を抜け、学校を後にする。
そう、何を隠そう今日はこの俺、吉澤幸の人生初のデートの日なのだ。
「えっと、四時に駅前の欅広場か……」
俺は彼女からのメールを見直し、待ち合わせ場所を確認する。
彼女と付き合い始めたのは三日前。彼女は俺の入っている部活、文化部の後輩で、名前は水歌流と言う。ちなみに文化部、というのは日本文化を総合的に評価する部活動のことで、運動部の対義語的な意味ではない。ま、わかりやすく言えば、サブカル部である。
何はともあれ、そんなサブカル部の中で一番可愛いと評判の女の子と付き合うことになった俺は、現在リア充を満喫していた。やっぱりリア充サイコー!!
「今は、三時四十分か……」
学校から駅前まで走ってきた俺は、腕時計を見る。学校が終わったのが三時半。普段は歩いて二十分かかる道のりを、僅か半分で踏破したことになるが、今の俺はワクワクでそれどころじゃなかった。約束までまだまだ時間はあるが、こういうのは男の方が早く来ておくのが大事なので気にはしない。万が一、女の子待たせるなど、紳士である俺としてはあってはならないからだ。
俺はそんな益体ことを考えながら、欅の木の下で、キョロキョロしつつ彼女が来るのを待っていた。すると、なんだか変な光景が見えた。
俺と同じくらいの子が、車道を眺めながら歩道の端に立っているいるのが見えたのだ。俺はまず第一に、あんな端っこに立っていると危ないな、と思った。それ故、目に付いた。
(あの子、なんで渡んないんだろ?)
そう言えばさっき俺が駅前に走ってきた時も、あそこにたっていた気がする。あんな所で何やってんだ?危ないぞ。
俺がそう思いながら、少し離れたところに立つその子を眺めていると、何を思ったか、その子はいきなり道の縁石の上に立った。
(つーか、すぐ隣に信号あんのになんであんな所で)
なんだか目が離せなくなってきた俺は、ますます視線の先の彼女に注目する。
(あれ?てか、信号赤じゃん)
何かがおかしい。なんであの子は信号で道を渡らないんだ?なんであの子は信号が赤なのに、縁石の上に登ったんだ?というか、あの子……。
(信号が赤になるのを待って、縁石の上に立たなかったか?)
なんだか不安になってきた俺は、欅の木下から離れ、彼女の所へ向かう。ないとは思うが、自殺とか、目が見えないとか、兎に角どんな理由であろうと目の前で轢かれては目覚めが悪い。俺は自らの愛する穏やかな日常を守るべく、迅速に行動した。
その時だ。
不意に、少女が道に飛び出した。
「おいおいまじかよ!!」
俺も咄嗟に追いかける。
が、しかし。元々俺は彼女からは少し離れたところに立っていたため、中々彼女に追いつけない。結局、彼女まで後一歩に迫れたのは、彼女が車道に飛び込んだ数秒あとだった。
ファーン!!
そして、無我夢中で走った俺はその音がトラックのクラクションと気付かずに車道に飛び込んだ。
「バカヤロー!!」
俺はそう叫びながら、少女を対向車線へ突き飛ばす。
直後、身体に鈍い衝撃が走り、周囲の時間が遅くなる。
(あ、やばい、これ、死……)
今更そんなことに気づいた俺は、けど、あの少女が助かっただけで良しとするか、とか考えていた。
しかし、その認識は、少しばかり甘かった。
さてここで問題です。
現在信号が青で、車がバンバン通行している車道にて、あなたは飛び込み自殺を図った女の子をトラックの脅威から見事救い出し、その身を犠牲に彼女を対向車線に追い出すことに成功しました。さて、では対向車線に突き飛ばされた彼女はどうなったでしょう?
解。
逆側から来た別のトラックに轢かれてミンチになった。
俺は自身がミンチになる刹那、その光景を目撃し、そして気づいてしまった。
(やっべ!やらかした!!これじゃ俺無駄死にじゃん!!つーか、彼女とデートし損ねたじゃねーか!!!)
そして、それを最後に俺の意識は途絶えた。
「くっそー!こんなんなら昨日の夜のうちに徹夜で積み映画見ときゃよかったー!!」
これは意識が復活した俺の第一声である。決して、頭のおかしい奴の狂った戯言ではない。そのはずだ。
トラックに轢かれた俺は、気がつくと見ず知らずの石畳の道の上に転がっていた。
「……ねぇ?」
「つーか、ここどこ?」
そもそも俺は先程、変な女の子を助け損ね、でかいトラックに轢かれて死んだはず……。それなのに、今の俺は四階建てくらいの、アパートみたいな建物の間にある路地にいる。
「……ねぇ?」
いや、落ち着け俺。普通トラックに轢かれたら、確定で体がバラバラに吹っ飛んで死ぬ。しかし現状こうやって思考できてるということは、先程のあれは夢で現在進行系で俺が寝ているという線だって……。
「ねぇってば!!」
「……人がせっかく現実逃避してんのになんだよ?」
俺は遂に隣からの声を無視することを諦めると、現実逃避を一時中断し、自殺少女に向き直った。
「何よ、現実逃避って。馬鹿じゃないの?」
……よし、こいつのことは無視して現実逃避を再開しよう。
「取り敢えず電話だ……。あ、よかった、画面生きてる」
俺はポケットに突っ込んでいたケータイを取り出しその安否を確認する。よし、これでSNSかなんかを見て、一旦心を落ち着けよう……。
「ちょっと!私話してるのよ?無視しないでもらえる?」
「あ!おい、何すんだよ!!」
俺がケータイをいじっていると、自殺少女に取り上げられた。そして、俺から取り上げたケータイをしげしげと眺める自殺少女。
「……」
「おい、返せよそれ」
あまりにも熱心にケータイを見つめる彼女に少し気圧された俺は、語気が少し弱くなる。な、なんだこいつ、まさかとは思うがケータイをぶっ壊したり、しないだろうな?
「なにこれ?」
は?
「は?お前、何これって……。ケータイだよ、ケータイ。まぁスマホとも言うけど。何言ってんだお前」
ケータイないしスマホを知らない?そんなこと、現代日本に生きててありえんのか?
「ケータイ?スマホ?それは何をするものなのよ」
そんな俺の思考とは裏腹に、彼女はわからないものが増えたと言った顔で、俺に説明を求めてきた。
「いや、何をするものってそりゃ、電話とかだろ。まぁ最近は他にも色々出来るけど。いわゆるスマートフォンだよ、スマートフォン。あれか?あんたどっかで頭でも打ったのか?」
この変な女の記憶喪失を疑い出した俺に、彼女が追い討ちをかけるように言う。
「ずいぶんと失礼なものいいね。私は至って正常よ?というより、電話が持ち運べるなんて便利ね、これ」
……どうやらマジらしい。マジで彼女はケータイが初見らしい。一体どんな生活してたら現代日本でそんなことが起こるのか御教授願いたいところだが、生憎と今はそれどころじゃ無い。
「ていうか、ちょっとそれ返せよ」
「えぇ、もちろん。はい」
「よし!……やっぱダメか。電波が届いてない……」
ワンチャン電波さえ届いていれば、警察なり自衛隊なり彼女なりに電話するなりメールするなりして状況を打開できたかもしれないが、まぁ仕方ない。どうせ電話できたところで信用されない可能性だってある。クヨクヨせず次の案を練ろう……。
「おい、あんた何かいい案無いか?あんただってこんなわけわかんない所に長居したくはないだろ?ちょっと知恵なり力なりを貸してくれよ」
「お断りよ」
「あぁ、助かるよ……。それじゃまず……。おい、あんた今なんてった?」
まさかとは思うがこの期に及んでこいつ、断ると抜かしやがったか?
「断ると言ったのよ。聞こえなかったの?」
「いや、聞こえたけど……。はぁ?断る?お前状況わかってんのか?」
現状、この道には俺ら以外何もいないが、突然通路の先からエイリアンみたいなのがいつ湧き出してもおかしくない。いや、その逆に俺ら以外誰も何も無いとかだってあり得る。そんな中で別行動とか、もう正気の沙汰じゃない。
「それはこっちのセリフよ。人がせっかく自殺したっていうのに、あなた何をしてくれたの?」
あー、あれやっぱり自殺だったのか……。嫌なことを聞いて少し凹んだ俺だったが、今はそれどころじゃない。
「とにかく、ここがどこかもわからないんだ。あんたの邪魔して悪いが少し手を貸してくれよ」
「いやよ。なんであなたみたいな見ず知らずの赤の他人なんかに…… 」
この野郎、大人しくしとけば命の恩人に、とは思ったが、彼女は別に俺に助けて欲しいとか言ってきたわけじゃなく、俺が勝手に彼女を助けただけなのでその言葉は飲み込んだ。
「あんたがどうして死にたいのとかは聞かないけどさ、流石に目の前で自殺したやつを見捨ててこんなところで一人とか、普通に無理だから」
それこそ右も左も分からない中、一人ぼっちというのはいささかハードすぎるってものだろう。そもそも俺高校生だぞ?しかも文化部(運動部の対義語的な意味)所属のヒョロいサブカル好きが、こんなわけもわからん世界を一人で生き抜いていけるわけないだろ。
「なら馴れ馴れしくしないで。それに私に優しくしたらあなた、死ぬわよ?」
彼女はトゲのある口調でそう言うと、俺に背を向けて歩き始めた。
おい!それは言い過ぎだろ!つか待てよ!!と、言いかけた時、俺は地面に不自然な影を見つけた。
(なんだ?これ)
俺は咄嗟に立ち止まった。その影は俺のちょうど一歩先のあたりに出来ていたのだ。見ていると、影は少しずつ大きくなっているようだった。
刹那。
その影があった場所に、植木鉢が落ちてきた。俺の見たところ、少し大きめのその植木鉢は地面にぶつかると粉々に砕け、辺りに土と陶器の欠片をまき散らした。
「……」
思わず絶句した俺に、彼女は振り向かずに言った。
「ほら、言わんこっちゃない。私に親切にしたらみんな死ぬのよ。さよなら、愚かで優しい人」
「……勝手に殺すなよ」
それを聞いた俺は少し不機嫌になりながらそう言った。
「あのな、かっこよくキメてるとこ悪いんだが……。鉢植えが降ってきたってことはこれを作るだけの技術力と、これを必要としてる知的生命体がいるってことだ。まずはそいつらと意思の疎通を図るぞ」
今更になってこの可能性に至ったが、これ、もしかして、もしかしなくても異世界転生とか言う奴だ。おそらく俺とこいつはトラックに轢かれた際にぽっくりと死に、異世界に送られたのだろう。何故そう思うかって?ラノベで異世界に送られるやつはだいたいそんな感じだからだ。
「……あなた、生きてるの?」
自殺女は相変わらず俺に背を向けたままだが、その耳が赤くなっているところから、照れているか怒っているということはわかる。あるいはその両方か。俺の読みでは照れ三、怒り七と言ったところだ。
「ま、死人は喋らないからな。ほれ、さっきの鉢植えが落ちた音に反応して誰か来るかもしんねーんだから、話し合わせてくれよ?」
こういうのは最初が肝心だ。第一印象はその後の人間関係にも大きく影響すると、偉い人も言っていたし、映画やラノベでもファーストコンタクトが上手くいかずに戦争になるパターンが多い。こんなところでそんなテンプレを踏んでたまるか。
「そんな、どうして……」
そんな俺の考察なんてつゆ知らずと言った感じに、自殺女は何事かをぶつぶつと呟いていた。テンパりすぎて一周まわって落ち着いてきたほどにテンパっている俺は、彼女の肩を掴みこちらに振り向かせようとする。本気でブツブツ言ってる場合じゃないんだよ、今は!
「おい、いい加減ブツブツ言ってないで振り向けよ!」
短気にもそう叫びながら、俺は彼女を振り向かせた。
「ひっ!ご、ごめんなさい!!」
そうすると、先程の強気な態度とは裏腹に、彼女は怯えたような悲鳴とともに両手をあげた。
「あ、いや、別に怒ってるわけじゃ……」
俺はバツが悪そうにそう言った。そうだ、パニックになってるのは何も俺だけじゃない。自殺したはずが変な男と変な場所に送り込まれた彼女だって不安な筈だ。それだけじゃない。自殺しようとしていた人間はやはり精神的に不安定だろうし、大きな声や威圧的な態度にトラウマがあってもおかしくはないだろう。それに気づかなかった俺は、自分にいかに余裕がなかったかに気づいたと共に、その浅はかさに碧癖した。
「あのー、大丈夫ですか?」
しかしそんな俺の後悔をよそにして、誰かが俺達に声をかけてきた。
「あ、いや、その、大丈夫です!!」
「ご、ごめんなさい!すぐ行きますね!」
大丈夫だと言った俺に対して、それでも申し訳なさそうにその声は答えた。聞いた感じではお姉さんっぽい声だが、まさか外見はエイリアンみたいな声だけ美人じゃないよな?それとか人型でも肌が青いとか……。正直、そういう人?が出てきたとして、びっくりしない自信が無い。そういう民族が出てきた時こそ、ファースコンタクトは大切にしたいが……。と言うか、まずどこから来るんだろう?両側を建物で囲まれたこの道だが、その両脇の建物にドアなどは見つからない。二階以上(恐らくは)の階層には窓もあるが、こちらは高さがあるしあまり大きくもないため人が出てくるということもないだろう。また窓の位置的に、こちらからも向こうからもお互いの姿は見えていないようだった。
「ご、ごめんなさい!ついうっかりしてて……」
声の主はそう言いながら、右側にある建物と建物の隙間から近づいてくるようだった。どうやら建物と建物の間にこの路地に通じる別の路地があるらしい。俺はパッと見た感じではそこが路地になっているとは気が付かなかった。
「だ、大丈夫ですか?」
「いや、別に気にしないでくれ。誰も怪我はしてないしな」
「そう言ってもらえると助かります……」
路地から出てきたのはお姉さんだった。肌も青くなければ、エイリアンみたいな感じでもない、紛うことなきお姉さんだった。
「あれ、その服……」
お姉さんは路地から出ると同時に、俺の服を興味深そうに見つめて来た。
(まずい!!こういう異世界転生モノで服ネタは鉄板じゃないか!!どうやって怪しまれずに乗り切るか……)
俺が顔に凍りついた笑みを浮かべつつ、そんなことを考えていると、お姉さんは俺に予想外なことを言った。
「もしかして、異世界から来た人ですか?」
えぇと……。
「いや、その、いや、俺たちは」
予想外の一言に狼狽える俺を、思わぬ声がフォローした。
「私たち、この辺にあまり詳しくないの。説明してもらえる?」
先程まで震えていたはずの自殺女が、お姉さんに向かってハキハキとそう告げた。
「はい、まかせてください。あ、でもこんなところで立ち話もあれなのでちょっといいですか?」
お姉さんはそう言うと、どこかへ向かって歩き出した。
「ったく!こうなったら自棄だ!行くぞ!!」
俺は隣で突っ立っている自殺女の手を掴むと走り出した。
「ようこそ異世界へ」
五分後、最初の路地から少しいったところにあった役所みたいな建物に入った俺たちは、受付カウンターと名前のついたブースに座っていた。そして、机を挟んだ向こう側には先程のお姉さんが座っている。
「ようこそ、異世界対策課へ」
「おい」
色々と突っ込ませて欲しかった。
ここに来るまでに、持ち前の目の良さをフルに活用し、道の看板なんかを眺めまくったが、どれも複数の言語で書かれていて、中には日本語もあった。ここのカウンターの上にある受付カウンターの文字も読める。
「それで?ここは一体どういうところなのかしら」
自殺女が脚を組みながらお姉さんに問いかけた。こいつ、初対面の人に対して態度でかいな。一方俺は未だに言語に関する謎に対して何ら建設的な回答を提示できずにいた。
「この世界はあなた達の世界から見たら、異世界と呼ばれる世界です」
お姉さんは手元に何らかの資料を用意しながらそんなことを言った。
「異世界、ですか……?」
なんとなく敬語で話す俺。お姉さんは、見た目二十代前半くらいで俺より少し年上に見える。
「何か、原因に心当たりはありませんか?全くない、ということはないと思うのですが……」
「いや、こうなった覚えが無いわけじゃないんですが……。けど、こんなに簡単になるもんなのかなぁ、とも思ってて……」
お姉さんの問に対し、俺は今まで感じた所の感想を正直に答えた。
「そ、そうですよね。あなたの世界からの異世界への転生は本来ごく稀なできごとなんです。その仕組みも詳しくはわかってなくて……。なので正直これは運としか言えないんです」
「なるほど、運ですか……」
そこまで言われると、何処かスッキリするものがあった。そうか、運か……。まぁ確かに自分が運がいい自覚はある。ソシャゲのガチャは狙いを外したことはないし、商店街の福引も、はたまたテストの解答を勘で埋めた時だって間違えたことは無い。むしろ真面目に解いたところでのミスの方が多いくらいだ。
「まぁ、納得はしてないですけど理解はしました」
「はい、なら幸いです」
「で、それを踏まえた上で質問なんですが」
「えぇ、どうぞ?」
「俺は、俺たちは、元の世界に帰れるんですか?」
元の世界に帰れるのか?これは俺にとってかなり重要な情報だ。あの世界には友人もいれば出来たてほやほやの彼女もいる。ましてやまだ見てないアニメや映画、読んでないマンガや小説、行けていない景勝地などなど、やり残してきたことも山のようにある。俺は、元の世界に帰りたい。それらのことをなすために。そんな思いを込めた質問に、お姉さんも真面目な声色で答えてくれた。
「えぇ、大丈夫です。帰れますよ」
「本当に?どうやって?」
俺はやや食いつくように言う。
「それにはまず、この時空の説明から」
「はい」
「この時空には八つの世界が存在します。そのうち七つが上部世界として、六角形とその中心点という位置関係で存在しています。我々はそれの中心を第一世界と呼称し、その周囲の頂点部分にあたふる世界を、第二から第七世界と呼称しています。ここまではいいですか?」
「はい、なんとか」
「それが一体なんだっていうの?」
俺は口の悪い自殺女を睨んだが、やつは全くもって素知らぬ顔である。
「では、話を戻します。あなた方はその上部世界、服装からして第三世界からの転生者だと思われます」
なるほど。
「じゃあここは第三以外の六つの上部世界のどこか、というわけですね?さっきの話から察するに、第一世界、第二世界、第四世界のどこかですか?」
「いいえ、違います。ここはその下部に存在する下部世界。我々は第八世界と読んでいる世界器です」
……なるほど。
「えぇと。じゃあ俺たちは上の世界からここに、落ちてきたってことですか?」
「えぇ、有り体にいえばそうなります」
「じゃあ、登ることも可能ってことですか?」
「えぇ、そうなります。『捨て子の白い石』と呼ばれる登攀方法によって下部世界から上部世界への移動は可能です。そう言えば、システムを構築したこの二人もあなたたちと同じ第三世界の出身でしたね」
……な、なるほど。
「え、えぇ。多分そうだと思います」
童話作家のグリム兄弟がまさか異世界転生して別の方面でも偉人となっていたのは知らなかったが、まぁ今はそれどころじゃないだろう。しかし、若しかするとあの童話集の中には結構こちらの話があるのかもしれないな。
「話がそれましたが、元の世界に帰ることは可能です。現にあなたの世界からの来訪者たるグリム兄弟の帰還がそれを証明していますからね」
「えぇ、わかります。じゃあとっとと帰してもらっても……」
「そ、それがですね……」
先程まで流暢に話していたお姉さんが突如、最初にあった時のようにキョドりだした。なんだろう、嫌な予感がする。
「じ、実は、『捨て子の白い石』で世界を渡れるのは特定の時間だけなんです」
なるほど。
「あー、じゃあ待合室的なところで何時間か待てばいいんですね?待ちますよ?次の便はいつです?」
「……い、一ヶ月後には」
「ざけんな」
いやいや、マジで冗談じゃないぞ!一ヶ月!?舐めてんのか!?こちとら今からデートだったってのに!つーか、ひと月も消えてたら俺の生活がめちゃくちゃになる!一体どうしろってんだ!
「お、落ち着いてください!!大丈夫です!!ここと第三世界の時間の流れは別の世界器上の事象なので干渉はありません!!」
……なるほど?
取り乱した俺をみて、お姉さんが何かそれっぽいことを言ったが、さっぱり分からない。というか、世界器?世界線ではなく?
「ま、まずその、世界器ってなんですか?」
「そ、その、世界を内包している器のことです。普段、世界は器の中から溢れることはありません。しかし、何らかの事象により溢れてしまうこともあります。それが異世界転生です。対して『捨て子の白い石』は二つの干渉することのない時間軸を利用した一種の時間旅行です。掻い摘んで言えば、あなたはこの世界を出ると、こちらに飛ばされる数分前に戻されます」
……なるほど?
「あ、さっぱりわかっていませんね……」
完全に首をかしげてしまっている俺を残念な目で見るお姉さん。仕方ないだろ、こんなこと話されるのは初めてなんだから。
「ま、まぁ、ようは要点だけわかってればいいんですよ!つまり俺がいくらここで過ごそうと、向こうに戻った時には時間はほとんど進んでないどころか、少し戻ってるってことですね?」
「え、えぇ、そうなります」
なるほどなるほど。
「なら、一ヶ月くらい観光感覚でこの世界に滞在すればいいんですね?」
「えぇと、その、そういうわけにも行かなくて……」
俺のお気楽かつ脳天気な発言に、またもお姉さんは申しわけなさそうに語尾を濁すとこう続けた。
「その、この場合、貴方がたの滞在費がですね、発生するのですが……」
ま、まさか。
「そ、それ俺らに払えとか言いませんよね?いや、あの、この世界の経済システムとか物価とか知らないですけど、無理ですよ?絶対無理です」
機先を制し無理を連呼する俺に、お姉さんは若干涙目になりながらもふるふるとうなづいた。
「その、そのまさかで。こちらにいる間の費用は一部の控除を除き、そちらの負担になります……」
「…………」
「あぁ!黙らないでください!無言で主張しないでください!あります!ちゃんと解決策がありますから!!」
お姉さんはそういうと、先程からまとめていた手元の書類をこちらに渡してきた。
「『異世界転生者用の雇用プログラム』?」
「はい。まずはそちらの書類をご覧下さい。口下手な私からよりも、得られるものも多いと思います」
俺はお姉さんに勧められるがままに、その書類をペラペラとめくった。
「異世界転生者のための、冒険者プログラム?」
「はい。そちらにもありますが、貴方がたにはこのプログラムを利用していただきます」
そう言われた俺は、よりじっくりと資料を読み込む。
(世界防衛のための戦闘要員?報酬は討伐対象による出来高制?滞在費の一部控除?ギルドからの支援あり?これ、まさか……)
「こちらのプログラムは、異世界人である貴方のような人材のために組まれたものです。どうでしょう、お受けに、なりますか?」
「い、いや、でも、これ戦闘って……」
「もちろん、その点はこちらからの支援もあります」
お姉さんのその言葉に俺は少し迷っていた。だってそうだろ?物語の主人公みたいな体験ができるってんだ。多少の危険があれど、目が眩まない方がおかしいってもんだ。
「それ、少し貸して」
唐突に、今まで押し黙っていた自殺女が俺の持っている資料を指さしてそう言った。
「あぁ、ほら」
俺は資料を彼女に手渡した。
「ちょっと考えてもいいですか?」
「えぇ、もちろん」
俺はお姉さんに一言断ると、少し黙考した。
やはりオタクとしては冒険者と言われると惹かれるものはある。しかしオタクである俺の運動神経は、人並みに届くかどうかちょっと怪しい。いや、実際サイクリングやなんかも趣味なのでそこまで苦手意識がある訳では無いが、戦闘要員と呼ばれるには不安がある。
……断っちまうか?
危ない橋は渡らないに越したことはない。
けど、その場合金はどうする?
この世界にひと月も滞在する以上、かなりの金が入用になる。宿代や飯代。はたまた服代だって必要になる。その代金はこのプログラムに参加しなければ、恐らくは払いきれないだろう。
そうなると道はひとつ。
「私、この話乗ったわ」
「この話、受けさせてください」
考えのまとめ終わった俺と、隣に座っていた自殺女の返事はほぼ同時に出た。
「わかりました。ではこちらにサインを。あとは別の担当者が受け合います」
こうして、俺は今日。異世界に転生して冒険者になった。
多分毎週で続くんでそんな感じでよろしく