ありがとう
現実には、力の抜けた僕の手から落ちただけかもしれない。
だが僕の霞んだ目には、人形がジャックリーズの頭目掛けて、飛んだように見えた。
ギョッとしたジャックリーズは、すぐに僕の首から両手を放し、代わりに人形の体を掴むと強引に引っ張った。
しかし、人形は髪に絡まっているのか取れない。
段々と焦りだすジャックリーズ。
「うわー!取れない、呪われるー!やめてくれー!」
パニックになったジャックリーズは、恐怖の為か叫びだした。
「呪ってやるー!」その言葉に返す人形。
その声が聞こえたわけではないだろうが、ジャックリーズは人形を頭に乗せたままいきなり立ち上がると、頭を振り回しながら奇声を上げだした。
今だ!僕はジャックリーズが離れたスキに咳き込みながらも起き上がり、どうにか四つん這いになる。その頃にはもう室内には煙が充満し始めていた。
そのまま四つん這いで、ヨロヨロしながらも、赤ん坊のようなハイハイでどうにか扉の残骸までたどり着いた。
そして、残っていた木枠を伝って立ち上がると、ガランとした廊下に向かって叫んだ。
「火事だ!城が燃えるぞ!誰か!」
少し掠れてしまったが、廊下に僕の声が響く。
しばらくすると、バタバタとこちらに走って来る複数の足音が聞こえてきた。
僕は一瞬、また刺客か?と警戒したが、ホッとした事に見知ったお祖母様付きの騎士達だった。
「ブレント王子様!お怪我はありませんか?」
リーダー格の騎士が早口で尋ねて来る。
「私は大丈夫だ!消火を急いでくれ!それと中に一人・・・・」
僕は部屋の一角を指し示す。指差す方を見た騎士達は、皆呆気に取られた。
そこには火の海の中、頭上に人形を乗せ「呪われる!」と叫びながら、頭を振り回す若い男の奇異な姿があった。
僕は自分の首に手をやり、
「彼は僕を絞め殺そうとした従者だ!火事は別の者の仕業だが」
それを聞いた騎士達は、ハッとして僕の首の絞め跡を確認すると、途端に厳しい顔になった。
そして二人の騎士が急ぎ部屋の中に入ると、暴れるジャックリーズを火の海の中から廊下へと引きずり出してきた。
火や煙でボロボロなジャックリーズとは反対に、彼の頭上には、異様とも思える程綺麗なままの人形が、今だ張り付いている。
僕はフラフラしながら、騎士達にグイッと押さえつけられているジャックリーズに近づいた。
周りにいた騎士達は、ジッと僕の行動を見ているだけだ。僕がジャックリーズに罵声を浴びせると思っているのかもしれない。
しかし僕はジャックリーズの真正面に立つと、頭上の人形に両手を差し出した。
「・・終わったよ。僕はもう大丈夫だ。ありがとう」
僕がそう言うと、人形は、ストン!と両手の中に落ちてきた。
その時、騎士達の目が揃って点になったのには笑いそうになったが、一度笑い出すと止まらなくなりそうだったのでグッと我慢した。