押し掛け女房
「PVが増えない」
扉をあけて開口一番、先輩はそう言った。
目の下にはうっすらとクマ、長い髪はからまってあちこちへ跳ねている。
というか丈の長いTシャツをかぶっているだけなので、身体のラインが丸出しだ。
「はいはい。それより、ちゃんと食べてますか?」
「……あんま、食べてない」
唇を突き出して拗ねたようにいうところが、何とも言えずかわいい。
「なんか作りますから。話なら、ちゃぶ台でしましょ」
ヒールを脱ぎ、先輩の身体を押しのけて、きょうもあたしは彼女の棲みかに侵入する。
「うまかったー!」
味噌汁をすすり終わると、先輩の目がまさに><の形になった。かわいい。
ちゃぶ台の上には空の皿が残っているだけだ。開いた窓からさす陽の光が、残ったタレの上で踊っている。カレイの煮付けは先輩のお気に入りだ。
「時間があれば、おだしから作ったんですけど」
ゴミ箱には菓子パンとスナックの袋がたくさん捨ててあった。相変わらずだ。
「あたしの書くもの、つまらないのかなぁ」
ぽそりと先輩がつぶやく。弱ってるのかな。
「いや、面白いですよ」
「だよなー!?」
弱ってなかった。
「でも、重いですよね」
ちょっと笑いながら言う。
先輩が不貞腐れたように膝を立てて両手で抱える。奥の下着が見えそうだ。
「何だよ、重いって」
「だって全編で8万字あるんですよ。ちょっと何か読みたいなって時に、読まないですよ」
「じゃあ、お前はどんなんがいいと思う?」
「そうですね……」
ちゃぶ台に両肘をついて、指を組む。
「―――――女の子」
ちょっと目を上げて言う。漫画だったらベタフラッシュが入るところだ。
「女の子――――!」
同じように目を光らせ顎に親指をあてて、先輩が受ける。
上着を脱いで両腕を胸の前で組み、ブラウス越しに乳房を盛り上げる。
「かわいい女の子を書いていきましょう」
「わかる。わかるけどなかなか難しい。いや、イラストとか漫画ならいいんだよ。かわいく描けばいいんだから。それはそれで大変なんだろうけどさ」
先輩が味噌汁のお椀をこちらに向けてくる。
「文章で『この子はかわいいです』って示すには、どうしたらいいと思う?」
「形容詞とか、その、比喩をがんばる」
言いながら、Tシャツの胸元についつい目がいってしまう。
先輩がお椀を置いて、腕を交差する。
「ぶぶー。不正解」
「……正解は?」
「おいおい、もうちょい考えろよ」
「あたしが何回くらいこのモールの2階に来てあげてるか、確認しましょうか?」
「ッヴッ」
変な声を上げて、先輩はため息をつき、頬杖をついた。背筋がぞくぞくする。
「ある漫画に、ヒロインが2人いる。一人はおっぱいがでかくて肉感的だ。もう一人はスレンダー体型。どっちが人気あると思う?」
「そりゃあ、おっぱいが大きいほうでしょ」
「それがな、ネットの評判を見てるとそうでもねぇんだよ」
「スレンダ―のほうが人気なんですか?」
先輩はうなずく。箸をとり、指揮棒のように振りながら、演説をはじめる。
「考えたんだけどよ。スレンダ―のほうは主人公が好きで、わりと好意を率直に示すんだよ。何かもらうと喜んだり、言動に一喜一憂したり。おっぱいがでかいほうは超然としてて、何考えてんだかわかんないタイプなんだ。身体のラインを強調したり、下着をチラリとかしてるけどな」
あたしもちゃぶ台に肘をついた。ついでに胸を載せると、肩が楽になった。
「貧乳がイイというわけではないんですね」
「真面目に聞いてんのか」
先輩が苦笑する。
「つまりな、行動なんだよ。男に『かわいい』と思わせる行動。あと言葉とか。シチュエーションと言ってもいいかな。そういうのを書いていかないと、文章でかわいい女の子は描けない」
「はー。なるほど……」
「相手のところに飯をつくりに押し掛けるとか」
その先輩の言葉は肋骨の間にすべりこんで、やわらかく心臓を突いた。
「……え?」
「ん?」
「え?」
頬が、耳たぶが急に熱くなる。
いや、待て。目をぱちぱちさせてる。そういうつもりじゃない。わかってない。
あたしは立ち上がってがちゃがちゃと皿とお椀をまとめた。
「片付けますから。先輩はネタ出ししててください」
「お…、おう」