表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

押し掛け女房

「PVが増えない」

 扉をあけて開口一番、先輩はそう言った。

 目の下にはうっすらとクマ、長い髪はからまってあちこちへ跳ねている。

 というか丈の長いTシャツをかぶっているだけなので、身体のラインが丸出しだ。

「はいはい。それより、ちゃんと食べてますか?」

「……あんま、食べてない」

 唇を突き出して拗ねたようにいうところが、何とも言えずかわいい。

「なんか作りますから。話なら、ちゃぶ台でしましょ」

 ヒールを脱ぎ、先輩の身体を押しのけて、きょうもあたしは彼女の棲みかに侵入する。


「うまかったー!」

 味噌汁をすすり終わると、先輩の目がまさに><の形になった。かわいい。

 ちゃぶ台の上には空の皿が残っているだけだ。開いた窓からさす陽の光が、残ったタレの上で踊っている。カレイの煮付けは先輩のお気に入りだ。

「時間があれば、おだしから作ったんですけど」

 ゴミ箱には菓子パンとスナックの袋がたくさん捨ててあった。相変わらずだ。

「あたしの書くもの、つまらないのかなぁ」

 ぽそりと先輩がつぶやく。弱ってるのかな。

「いや、面白いですよ」

「だよなー!?」

 弱ってなかった。

「でも、重いですよね」

 ちょっと笑いながら言う。

 先輩が不貞腐れたように膝を立てて両手で抱える。奥の下着が見えそうだ。

「何だよ、重いって」

「だって全編で8万字あるんですよ。ちょっと何か読みたいなって時に、読まないですよ」

「じゃあ、お前はどんなんがいいと思う?」

「そうですね……」

 ちゃぶ台に両肘をついて、指を組む。

「―――――女の子」

 ちょっと目を上げて言う。漫画だったらベタフラッシュが入るところだ。

「女の子――――!」

 同じように目を光らせ顎に親指をあてて、先輩が受ける。

 上着を脱いで両腕を胸の前で組み、ブラウス越しに乳房を盛り上げる。

「かわいい女の子を書いていきましょう」

「わかる。わかるけどなかなか難しい。いや、イラストとか漫画ならいいんだよ。かわいく描けばいいんだから。それはそれで大変なんだろうけどさ」

 先輩が味噌汁のお椀をこちらに向けてくる。

「文章で『この子はかわいいです』って示すには、どうしたらいいと思う?」

「形容詞とか、その、比喩をがんばる」

 言いながら、Tシャツの胸元についつい目がいってしまう。

 先輩がお椀を置いて、腕を交差する。

「ぶぶー。不正解」

「……正解は?」

「おいおい、もうちょい考えろよ」

「あたしが何回くらいこのモールの2階に来てあげてるか、確認しましょうか?」

「ッヴッ」

 変な声を上げて、先輩はため息をつき、頬杖をついた。背筋がぞくぞくする。

「ある漫画に、ヒロインが2人いる。一人はおっぱいがでかくて肉感的だ。もう一人はスレンダー体型。どっちが人気あると思う?」

「そりゃあ、おっぱいが大きいほうでしょ」

「それがな、ネットの評判を見てるとそうでもねぇんだよ」

「スレンダ―のほうが人気なんですか?」

 先輩はうなずく。箸をとり、指揮棒のように振りながら、演説をはじめる。

「考えたんだけどよ。スレンダ―のほうは主人公が好きで、わりと好意を率直に示すんだよ。何かもらうと喜んだり、言動に一喜一憂したり。おっぱいがでかいほうは超然としてて、何考えてんだかわかんないタイプなんだ。身体のラインを強調したり、下着をチラリとかしてるけどな」

 あたしもちゃぶ台に肘をついた。ついでに胸を載せると、肩が楽になった。

「貧乳がイイというわけではないんですね」

「真面目に聞いてんのか」

 先輩が苦笑する。

「つまりな、行動なんだよ。男に『かわいい』と思わせる行動。あと言葉とか。シチュエーションと言ってもいいかな。そういうのを書いていかないと、文章でかわいい女の子はえがけない」

「はー。なるほど……」

「相手のところに飯をつくりに押し掛けるとか」

 その先輩の言葉は肋骨の間にすべりこんで、やわらかく心臓を突いた。

「……え?」

「ん?」

「え?」

 頬が、耳たぶが急に熱くなる。

 いや、待て。目をぱちぱちさせてる。そういうつもりじゃない。わかってない。

 あたしは立ち上がってがちゃがちゃと皿とお椀をまとめた。

「片付けますから。先輩はネタ出ししててください」

「お…、おう」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ