葛藤
翌日。朝の学活を終えてからすぐに隼が前の机の椅子に座った。その顔は深刻そうである。
「今福、何でいきなり退部届なんか出したんだよ。お前本当に何も知らないのか?」
「知らないよ。私そこまで香と親しいわけじゃないし」
「今福が居なくなったら俺とお前だけになるんだぞ、新聞部。真面目な方で今度は新聞部が潰れちまうよ」
「そしたら私達二人だけで新入部員をたくさん勧誘しなきゃいけないのか!」
なんとかなるものなんだ。そう市来は以前言っていたが、本当なのだろうか?新入生は中学を卒業したばかりの高校一年生。香のように元から新聞部に所属していた生徒は少ないだろう。だとするなら、新入生は皆素人―入部当時の鈴みたいなものだ。そんな生徒達を鈴は支えていける自信がなかった。
「何も言わずにいきなり退部だなんて、今福らしくないよ。俺達で聞きに行こうよ、今福に」
この男子生徒もまた、鈴と同じ考えだった。しかし昨日市来に言われたことが頭に引っかかる。
そっとしておいてあげて。
そんなこと出来ない。今まで頑張ってきたのに、まるで見捨てるみたいじゃないか。
鈴は昼休み、隼とともに香のクラスを訪れた。教室内をぐるぐると見回したが、見当たらなかった。近くで喋っていた女子達がこちらに気づいて声をかけてきた。
「誰か探してる?」
「ああ、うん。香は居る?もしかして休み?」
「香?香って・・・・・・」
困ったように女子は他の友人達の方へ顔を向けた。女子達はこそこそと話したと思うと、うちの一人が口を開いた。
「今福さんでしょ。学校には来てるよ。今は居ないみたいだけど」
「そっ、そっか・・・・・・」
「新聞部の人だよね?何か今福さんに伝言とかあるなら、伝えておくけど?」
「い、いや、良いの」
それじゃあ、と鈴は他クラスの教室を後にした。隼は何も話しかけてこなかった。ただ黙って教室に戻った。何も知らない茜がこちらに手を振ってくる。
二人はそれぞれの友人の元へ戻った。
「香ちゃんには会えた?・・・・・・何か顔死んでるけど」
「会ってない」
「まあ元気だしなよ。そのうち向こうから何かしら言ってくるって。やっぱり先輩の言う通り、何か事情があるんだよ」
放課後、茜は部活があると言って一人で帰ることになってしまった。当たり前だが、教室を覗きに行っても香は居なかった。何故か帰り道の足取りが重かった。いつもは軽いのに。
二階に降りる。二年生の教室も覗くが、生徒はほとんど居なかった。少なくとも鈴の知っている顔は無かった。
「先に帰っちゃったのかな・・・・・・昨日私があんな事言ったから?」
部室の前を通った時、物音がした。ドアの窓から光が漏れている。鈴は無意識のうちにそのドアノブを回していた。おそるおそる中に顔を出すと、奏が原稿用紙をめくりながら何かを探していた。
「わっ鈴ちゃん」
「あっ・・・・・・奏先輩」
「どうしたの、何か忘れ物?」
「奏先輩こそ何やってるんですか?」
「やろうと思ってた原稿、忘れてたから取りに来ただけ・・・・・・」
鈴の顔を見て何かを思い出したのか、奏はぽかんと口を開けた。手に持っていた原稿を机の上に置き、こちらに向かって歩いてくる。そして鈴の肩に手を置いて尋ねた。
「香ちゃんのこと。鈴ちゃんから聞いてみることってできないかな、退部する理由とか。嵯峨さんも多田ティーもね、ちゃんと聞いてないんだって。鈴ちゃんなら一番聞きやすいかなって思って」
「・・・・・・」
「香ちゃん、せっかく良い才能持ってるのに勿体ないじゃない?それに理由も何だか勉強とかそういうのじゃないみたいで。うちは退部というより転部って形になるでしょう?転部先の部活も決めてないような雰囲気だから、まだチャンスあるんじゃないかなって思ってさ」
「先輩、市来先輩から聞いてないですか・・・・・・?香の事は、変に干渉しない方が良いって」
鈴のその一言で奏の表情が一変した。肩に置いていた手も離れた。
「どういうこと?」
「香には香なりの考えがあるだろうから、そっとしておいてって・・・・・・」
「仁は知ってるの?香ちゃんが退部した理由」
「知らないって言ってました」
「絶対知ってるな、あいつ」
「・・・・・・私、今日隼と一緒に香のクラスを訪ねてみたんです。その時香には会えなくて・・・・・・香、多分クラスのことで悩み事があるような気がするんです。だってクラスの子、香の下の名前知らなかった・・・・・・」
「本当は助けて欲しいのかな、香ちゃん」
「・・・・・・すみません、もう帰らないと。電車が」
言葉が自然に口から出た。一刻も早くこの場から立ち去りたかった。また明日、と奏が言い切る前に鈴は部室のドアを閉めていた。
学校から駅までの通学路を歩く。足取りはひどく重かった。ふと顔を上げると信号機は赤く光っていて、思わずため息をついた。信号を待っていた時、虹葉の制服を着た生徒が前に立っていることに気がついた。自分の心臓の鼓動が耳にまで響いた。ドクドクと身体が脈を打つ。
相手はずっと待っていたかのように、こちらに向かって振り向いた。
「何だか久しぶりだね、鈴」
香だった。




