実行だ
月曜日。教室に入ると、茜がすぐに接近してきた。鈴は思わず後ずさりをした。
「神江 鈴。お前に聞きたいことがあるぞ」
「な、何・・・・・・?」
「今風で流れている噂は本当?」
「ごめんね茜、言おう言おうって思ってたんだけど、私も気持ちの整理が」
「返事は!返事はどうしたの!」
土日を挟んでだいぶ気持ちは落ち着いていた。そして、鈴は既に今日返事を言おうと(誰かに話したのかどうか尋ねようと)決めていた。鈴よりも慌てている茜をひとまず落ち着かせ、鈴は自分の席にまず座った。茜は鈴の前の席に座り、こちらをじっと見つめてきた。
「返事は・・・・・・今日しようかなって思ってる」
「もちろん良いですよって言うんでしょ?」
「わっわかんない・・・・・・まだ・・・・・・。ねえ、この噂何で流れてるの?これのソースとかわからないの?」
「ソース?わかんないよ私にもそんなこと。でも相手は校内では有名人だし、学園祭の時も鈴ずっと先輩と一緒に回ってたんでしょ。一年の有志のお化け屋敷にも一緒に行って、思いきり抱きついてたとか噂も流れてるけど。流石に尾ひれがつき過ぎね」
「・・・・・・」
「だってお化け屋敷行ってモロ抱きつく人なんてめったに居ないじゃんね。せめても腕とか?」
最悪だ。本当に最悪だ。その時の顔色は悪かったに違いない。最悪だ、とは正しくこういうことをきっと言う。告白よりも知られたくない話が広まってしまっている。これはもうただ単純に恥ずかしい。嵯峨の前でもあんなに必死に隠したのに。
「誰が噂を流したのか本当気になるんだけど」
「そんなの分かるわけないでしょ。噂の発信源探すなんて雲をつかむような話だよ。まあでも相手が市来先輩だからね、鈴もちょっと気をつければ」
「気をつけるって?」
「恨まれるかもよ。色んな意味でね。市来先輩のことめっちゃ嫌いな人も中には居るから。もうここのクラスの神江鈴って、名前も広まってるし」
「ええっ怖」
噂って怖い。そう思ったのは何だか久しぶりだ。さっさと返事して先輩に守ってもらえ、と茜は言って鈴の背中を叩いた。
帰りのHRが終わると鈴は一番で教室を出た。市来は大体一番に部室に来ている。この前と同じように二人だけで部室にいる時に言ってしまえば良いのだ。そして噂のことを確かめれば良いのだ。鈴は走って部室に向かい、そのドアを勢いよく開けた。
「うわっ」
途端に市来が声を上げた。鈴は市来の姿を捉え、他の椅子に人が居ないか確認した。居ない。実行だ。鈴は呼吸を落ち着かせて、座っている市来の前へ向かった。
「どうした・・・・・・?」
少し不安そうな顔で尋ねる市来の声を聞いて、鈴は色々な思いが溢れた。とりあえず噂のことを聞こう。彼が知らぬ間に私は噂で心を悩まされてきた。発信源は誰なのか、聞いてから返事を考えよう。
「・・・・・・先輩、誰かに話したんですか?あのこと、誰かに話しましたか?」
「え?話したって・・・・・・?」
「風の噂だって、私のクラスで広まってるんですよ!先輩、言ったんですか?!ゆっくり考えてって、先輩後輩関係ないって言ってたのに」
「り、鈴ちゃん、待って、俺よくわかんないんだけど、広まってるってどういうこと?」
「先輩が私に告白したことですよ!!」
そう鈴が躍起になって叫んだ瞬間、市来の動きが一瞬固まった。実は部室に居るのは市来だけでは無かったのだ。ホワイトボードの後ろに嵯峨が居たのだ。嵯峨は裏側のボードの文字をちょうど消していた時で、鈴は嵯峨の存在に気づかなかった。
「待って、鈴ちゃん、一回さ廊下に出て話」
「待ちません!先輩が誰かにそのこと言ったのか言ってないのか、それだけ聞きたいんです!誰があんな噂すぐに流したのか、教えて欲しいんです!」
「本当に俺知らないよ、そんな噂流れていたなんて今初めて知ったよ」
「そうじゃなくて、誰かに言ったか言ってないか聞いてるんです!私それで、返事決めますから!」
鈴は何だかだんだん声が震えてきた。何故か胸がぐっと熱くなってきた。それを見てますます市来がおろおろとし始める。それもそのはず自分のせいで女子が泣きそうになっているのだ。嵯峨も黙って後ろで一部始終を見ていた。
「あああ本当によく分からないんだけどごめんね、そ、そんな顔しないで、お願い」
鈴は既に半分べそをかいていた。市来は嵯峨の方を振り向こうとしたが、やめておいた。今はとりあえず鈴が泣こうとしているのを止めなければならない。
「俺、言ってないよ、誰にも言ってないから。ちゃんと考えてみたら、おかしいじゃない。俺が話したとしても、普通は一年生の所に一日で流れることはまずもってないでしょ?」
「本当ですか?本当に言ってないんですか?」
「言ってないよ、俺は・・・・・・。どこから漏れたのかは、俺にも分からないけどさ・・・・・・。鈴ちゃんお願い、五分で良いから廊下に行こう」
市来が縋るように鈴の手を掴んで頼んだ。言ってないよ、と言われた瞬間鈴の胸の仕えが簡単に取れていった。そして言葉が勝手に口から飛び出てしまった。
「好きです、市来先輩。付き合ってください」
「鈴ちゃんんんんんんん」
何とも言えない反応をした後、ぎゅっと手を握ったまま、市来は頭を下げた。ふと鈴が顔を上げた時、市来の隣に嵯峨が突っ立っていた。鈴は絶叫した。
「最初から俺は居たぞ。芝居か何かかと思ったが」
「嵯峨っちごめん、恥ずかしくて死にそうだから一時間くらいどっか行ってて。それから誰もこの中に入れないで」
「一時間も何をする気だ!それにこの流れで出ていくのはお前らだろ!」
結果、誰も廊下へ出ることは無かった。十分後、やっと我を取り戻すと鈴はとりあえず言った。
「すみません、何か取り乱しちゃって。私ずっといっぱいいっぱいで、その」
「いや、大丈夫だよ。噂のこと、不安になるのもよくわかるしさ」
市来は立ち上がると、鈴の隣の奏の椅子に座ってきた。そして鈴に向かって手を差し出してきた。
「じゃあ、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ・・・・・・よろしく・・・・・・お願いします」
鈴は自然と笑顔がこぼれた。握手をして微笑み合う二人を目の当たりにして、嵯峨はバツの悪そうな顔をしていた。
「そういうのは他所でやらんか。部内にプライベートを持ち込むな」
「でもそんな嫌そうな顔しなくたって良いじゃん。貴重な結成の瞬間を見れたんだから運が良かったと思えよ」
「他人の結成見たって面白くも何ともないな」
「・・・・・・嵯峨先輩教えてくださぁい、部内恋愛経験者でしょう?」
「イチャコラすんのは勝手だが、せめても他に部員が居ない時にしろよ?」
鈴はよくわからない状況にただうつむいているだけだった。自分のさっきの行動は馬鹿すぎる。何なんだ、自分は。
「ほら、神江が困ってるじゃないか」
「それは嵯峨っちが人の不幸を喜ぶ人間だからだよ」
「意味がわからん」
「ねえ嵯峨っち、奏と俺の席交換してもいい?」
「だから部内にプライベートを持ち込むな!!」
「じゃあ今日の出張、鈴と行っていい?奏来ないじゃん!」
鈴はいつの間にか呼び捨てにされていることに気づいて、市来を見上げた。確かに時間の無駄だから行け、と嵯峨は適当に許可を出した。急遽鈴は市来と市民館へ出張に行くことになった。
二人が出発した後、駆け足で奏はやってきたそうだ。市来が待ちくたびれて神江連れて行っちまった、と嵯峨は一言だけ言った。




