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壊れた世界、壊れた明日  作者: トウリン
第五章:愚者が溺れる白昼夢

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空中遊泳

 明日菜あすなを運んでいるのは、いわゆる無人航空機ドローンというやつなのだろう。今時たいして珍しいものではなく、荷物の運搬のためにそこいらを飛んでいるところは見たことがある。でも、それはあくまでの荷物の話だ。こんなふうに人間を運ぶなんて見たことも聞いたこともない。


(落っこちたりとか、しないよね?)


 玩具にしか見えない代物に、四階建てだった高校の屋上に勝る高さを運ばれて、明日菜は身を強張らせる。寒さもあるが、単純に、怖い。もう、放してくれとは、たとえ言葉など通じない機械が相手だとしても、口が裂けても言えなかった。


 車で走っているくらいの感じで景色が流れていくから、多分、時速四十キロかそこら。

 眼下にはもうずいぶん葉が落ちた広葉樹が立ち並んでいて、時折、明日菜のふくらはぎの辺りをその先端がかすめそうになる。


 樹は猛然と木々の間を追いかけてきてくれていたけれど、何も妨害するものがない空をその速度で行かれたら、転がる石や枝に足を取られながら走る彼に追いつけるわけがない。

 あっという間にもう芥子粒のようになってしまった樹を明日菜は必至で探そうとしたけれど、一瞬瞬きした隙に見失ってしまう。


「樹さん……」

 こんなふうに彼とはぐれるのは、一緒に過ごすようになって初めてだ。たとえ互いに姿が見えない距離をとっても、それは、樹が万全を期して行っていたから何も感じずまた合流するのを待つだけだった。

 それが今は、不安で不安でたまらない。

 せいぜい二階かそこら分の高さだったら、明日菜も何が何でも飛び下りている。

 でも、これほどの高さから落ちたらまず無事では済まないだろうということは明らかで、ここはもう、これが着陸するまで待つしかない。


(大丈夫。少なくとも、こんなの操るくらいだから『新生者』じゃないし、発信機持ってるから樹さんにはあたしの居場所は判るはずだし)

 怪しげな模型飛行機もどきに猫の仔よろしく運ばれるがままになりながら、明日菜はそんなふうに自分に言い聞かせた。ダメ押しに、「大丈夫」と声に出して呟く


 飛行場の敷地も見えなくなって、しばらくして。


 ドローンが向かう先、密集する木々の中に、ポツリと何かが見えてくる。


(……刑務所?)


 最初は、学校か何かかと思った。校庭のような広めの敷地に、何か大きめの建物があるのが見えたから。

 けれど、近づくにつれ、その敷地はやたらに高い塀にぐるりと囲まれているのが見て取れた。第一、学校はこんな森の只中に建てはしないだろう。


 ほぼ上空まで来たところで、その敷地の中には農園や家畜小屋のようなものも備わっているのだということが判った。


(何、ここ)

 まるで、ゲームとかに出てくるちょっとした村のようだけれども。


(なんか、変、だよ、ね?)

 明日菜は、自分が拉致され怪しげなモノに空を運ばれているのだということも失念してまじまじと観察してしまう。


 まず真ん中に建つメインの建物が、明らかにオカシイ。それは、一見星形をしていた。広さとしては、小さめのスーパーくらいだと思う。それが、ほぼ五角形に近い、星形。形も変だが、色も、金色に近い真っ黄色で塗られている。まるで、茶色の木立の空で輝く一つの星のように。

 その回りに、小屋がいくつか。

 煙突があるものもあるし、もっとシンプルなただのプレハブのように見えるものもある。

 敷地の中は囲いがあって、そこには多分牛と思しきものが二、三頭。

 菜園のようなものに、温室らしきものもある。

 高い塀で囲まれたその空間の中に、生活を賄うための一通りのものはあるようだ。


 益々もって訳が解からなくなって首を捻る明日菜を、ドローンはその星形の建物の屋上に下そうとしているらしい。

 見る見るうちに、目がチカチカするような黄色が近づいてくる。


 そこに人影が佇んでいることに、かなり距離を詰めるまで明日菜は気付かなかった。

 どうしてそこまで気づかなかったのかと言えば、その人物が、建物とほぼ同じ色のもので全身を包んでいたからだ。

 黄色の床に、黄色の服。まるで光学迷彩のように背景に溶け込んでいる。

 両手をお腹の辺りで組んで明日菜の方を見上げている姿は、『新生者』のようには見えない。が、用心は必須だ。


 明日菜は、あの過疎の村以降肌身離さず携帯するようになったスタンガンに手をやった。使う相手は専ら樹になるはずだったけれど、今ここで役に立つかもしれない。

 その人物から五、六メートルほど離れたところで、明日菜のつま先が硬いコンクリートの床に触れる――か触れないか、というところで、突然拘束を解かれた。


「え、あ、ぅわ!?」


 まさかそんなふうに放されるとは思わず、てっきり上半身は支えてくれているものだとばかり思っていた明日菜は思い切りバランスを崩して前のめりに倒れ込む。辛うじて両手を突いて顔面強打は免れ、ホッと息をついた明日菜の視界に、ほっそりとしたつま先が入り込んできた。

 弾かれるように身を起こし、明日菜はその勢いで数歩分跳びずさる。そうしながら、腰のスタンガンを抜き放った。


 息を詰めて、相手の動きを睨み据える。

 掴みかかってくるか、噛み付いてくるのか。


 が。


「あら、ごめんなさい。ずいぶん驚かせてしまったのね」


 雄叫びの代わりに明日菜の耳に入ってきたのは、おっとりとした女性の声だった。


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