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壊れた世界、壊れた明日  作者: トウリン
第三章:眠れる時限爆弾
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作戦

 翌朝、明日菜あすないつき、そしてアキラは、彼の家の前で最後の確認に念を入れていた。


 しゃがみ込んだアキラが地面に地図を広げる。

「じゃあ、この地図に描いてある通りに走ってよ。そうすればこの町をだいたい一回りできるから。奴らを引き連れながらになるんだから、くれぐれも間違えないでくれよ? うっかり違うとこ行ったら挟み撃ちになっちゃうぜ?」

「これ、もうちょっと簡単にならない? 道順、細か過ぎるんじゃないの? それに、このバイク。なんかボロいけどちゃんと走る?」


 アキラが見せてくれた地図の赤線は一筆書きの要領で一か所も交わることなく引かれている。確かに、あまり広くない町の中を一通り網羅しているようだけれども、かなり複雑だ。その上彼が用意した『バイク』はよく郵便配達や新聞配達で使われるようなもので、正直、みすぼらしい。


 明日菜が眉根を寄せてそう言うと、アキラは鼻息を荒くする。

「しょうがないだろ。道は考えに考えて、一番安全なのにしたんだ。絶対、集めた奴と鉢合わせにならないように。バイクは……最初は自分で囮役やろうと思ってたからさ。オレが乗れるのこいつだけだし」

「君が乗るって、でも、アキラ君中学生でしょ。バイクなんか乗っちゃいけないんじゃないの?」


 確か、免許が取れるのは十六歳からではなかったか。


 首をかしげる明日菜に、彼は肩を竦めた。

「バイト先のおっちゃんたちが面白がって乗り方教えてくれたんだよ」

「バイトって、バイトだってできないでしょうに」

「新聞配達だったから。生保とかも全部飲みに使っちまってたんだよ、うちの母親。たまに飯代もヤバくなってたから、こっそりやってた」


「……」

 なんだか、聞けば聞くほどとんでもない親のように思われる。


 どう返したらよいのか判らない明日菜は、もう一度地図に目を戻した。赤線は複雑な文様のように描かれている。

「あたし、自信ないなぁ。間違えずにナビできるかな」

 呟くと、すかさず横やりが入る。

「なら、この家で待っていろ」

 声の主は当然樹だ。

「やだ」

 明日菜の返事も間髪を入れない。

 そうして、憮然としている樹をねめ上げる。


「樹さん、諦め悪いよ? あたし、絶対行くからね」

『絶対』に力を込めると、彼はあからさまなため息をついた。


 ――昨晩、アキラの計画に協力をすることに決めたとき、もちろん樹は明日菜にこの家に残るようにと言い渡し、もちろん明日菜はそれに嫌だと答えた。

「ここに『変異者』が二人いたら、こっちに来る奴が出ちゃうかもしれないでしょ? それに、囮役にしたって、あたしがいた方がいいんじゃないの? 『変異者』がたくさんいた方が、あいつら引き寄せやすくなるんだから」

 もっともな理由を挙げ、更に、付け加えたのだ。

「それに置いてかれたらチャリかなんかで追いかけるからね」


 明日菜が頭を上げてきっぱり宣言すると樹はムッと唇を引き結んだけれど、今までになくすんなりと、その渋い顔のままで首を縦に振ったのだった。

 どうやら彼には、お伺いを立てるよりも「こうするぞ」と言い切ってしまった方が良いらしいというのが、昨晩明日菜が学んだことだ。いかにも渋々ながらという風情でも、いつもよりも早々と了承の返事がもらえた時、彼女は少し拍子抜けしてしまったものだ。

 今もかなり気が乗らなそうではあるけれど、「駄目だ」と言うことはない。


 ――実際のところ、置いていかれたら流石に明日菜も家の中でおとなしくしているつもりだったのだけれども。


 そんな彼女の内心などつゆ知らず、樹が地図を畳む。

「道は、俺が覚えている。確認だけしていてくれ」

「え、覚えちゃったの!? これを?」

「地図を覚えるのは得意だ」

「すごぉい……」

 感嘆の声を上げた明日菜だったけれど、隣のアキラからも意外そうに言われてしまう。

「オレも覚えてるぜ?」

 できて当然とばかりに言うアキラを、明日菜はムッと睨み付けた。

「多分、普通は覚えられないと思う」

 だからこそ、カーナビというものがあるわけで。

「ふぅん……そんなもんかなぁ」

 アキラは首をかしげている。


 この少年、実はかなり頭が良いのではないかと明日菜は思う。地図に描かれた線も簡単に引けるようなものではないし、有毒ガスを作ったり爆弾を作ったりなど、普通の中学生はできないのではないだろうか――少なくとも、明日菜にはできない。


 呆れと感心半々の気持ちでアキラを見ていると、彼は大きな袋からいくつか物を取り出した。

「まあ、とにかく、その線通りなら一番スムーズなはずだから。ヤバいことになったら逃げるのを最優先にしてよ。二時間で学校に来なかったら、失敗したって思うから。で、無事学校の校門まで辿り着いたら、これ打ち上げてね」

 そう言ってアキラが明日菜に手渡したのは、ロケット花火だ。

「それが見えたら、オレも色々始めるから。まずは校舎の鍵開けだな。校舎に奴らを引き込んでもらうわけだけど、鍵開けるのはここだけだからね。間違えないでよ」

 アキラは校舎の写真を見せて、正面玄関を指さした。

「余計なもんに入り込まれないように、ギリギリまで鍵は掛けておくから、絶対に花火を忘れないように。奴らがわんさと追いかけてきてんのにドアが開かないとか、嫌だろ?」


 明日菜はその状況を想像してしまって、ゾッとした。まるきりホラー映画だ。

「それは、確かに、イヤ……」

 呻くように答えた明日菜に、アキラはさっくりと笑う。

「だろ? だからちゃんと合図して。で、校舎に入ったら屋上を目指してもらうけど、うちの学校、三階建てで、東と西に階段があるんだ。一階から二階までは東、二階から三階までは西、三階から屋上まではまた東の階段を使って。一階から二階までの西階段、二階から三階までの東階段は塞いであるから。これも挟み撃ちにならないようにね。ちなみに、西階段からは屋上に出られない。だから絶対間違えるなよ。で、廊下には奴らの足を鈍らせるための仕掛けを用意してあるから、通り過ぎるときに各階に張ってあるロープを切ってってくれる?」


「……君、本当に中学生?」

「は? まあ、学校には行ってなかったから厳密には違うかもだけどな。年は中学二年だよ」

 彼はこんな時になんでそんなことを訊くんだよと言わんばかりだけれども、やっぱり、とてもじゃないけど中学生とは思えない。

「ちょっと訊いてみただけ」

 明日菜がぼそぼそとそう返すと、アキラは呆れたような眼差しを寄越した。

「緊張感ないなぁ」

「君に言われたくない」

「どういう意味だよ。とにかく、兄さんたちが校門に到達した時点でオレは一階から順に時限装置を作動させてくから、花火上げたらとにかく急いでくれよ? だいたい一時間くらい経ったら爆発するからさ」

「だいたいって、適当だよね」

「仕方ないだろ。所詮素人が作ったもんなんだから。ま、実験じゃ四十五分より短くなることはなかったから、余裕で間に合うっしょ?」

「まあね」

 部活でも、雨の日にはよく屋上まで何往復かしたものだ。多分、何か不意のトラブルで引っかかっても三十分あれば大丈夫。


 屋上についたら、『新生者』たちが充分に校舎内に溜まるのを待って、避難用の救助袋で脱出することになっている。

 校舎の中に引き込んでおいて校舎ごと木っ端微塵――巨大なネズミ捕り、というわけだ。


 そのライトなイメージに、明日菜はふと眉をしかめる。


 ヒトを大量殺戮することになるはずなのに、こんな話をしていても、彼女は不思議なほど罪悪感を覚えなかった。

 話だけだから実感が湧かないのか、感覚が麻痺しつつあるのか、それとも、彼らのことを『異種』と認識しつつあるのか。

 そのうち、この手で直接殺すことにも、抵抗がなくなるのかもしれない。


 我知らず、明日菜は身震いをした。

「どうした?」

 すぐさまそれに気付いて、樹が彼女に目を向けてくる。


 明日菜は一度口を開きかけ、思い止まりかぶりを振る。


「……何でもない」


 彼は微かに目をすがめて明日菜を見つめてきたけれど、彼女はその視線から逃れるように面を伏せた。


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