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壊れた世界、壊れた明日  作者: トウリン
第三章:眠れる時限爆弾
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スーパーマーケットにて

 明日菜あすなたちが立ち寄ることにしたのは、こぢんまりとした町だった。

 足を踏み入れる前に高台からざっと一望したところスーパーは一軒だけで、それも明日菜が住んでいた町にあったものほどは大きくない。他に目立つ建物と言えば、学校と役所か何からしきものくらいか。

 そもそもこの行程自体、人が少ないところを選んで進んでいるわけだから、必然的に人里離れたところになるのは当然なのだけれども。


(すんごい田舎って感じ)

 自分が住んでいたところが田舎だと思っていた明日菜は、その認識を改めた。

(うちって、それなりに都会だったんだな)

 そんな感想を抱いて、次の瞬間、もう都会も田舎もないのだと思い至って唇を噛む。


「少ないな」

 不意に、双眼鏡で街の様子を覗いていたいつきが呟いた。感傷に浸っていた明日菜はそれを振り払って彼を見上げる。

「何が?」

 彼は双眼鏡を下ろして首を傾げた明日菜に目を向けてくる。


「通りをうろついている人影だ。全然ないわけじゃないが、町の規模と比較して明らかに少ない」

「建物の中に隠れてるとか……ほら、待ち伏せしてるとかさ」

「そういう知恵はない」

 彼は少し思案する素振りを見せてから、言う。

「取り敢えず、行ってみよう。通りにいなければそれだけ遭遇しないで済む。好都合だ」

 樹は双眼鏡をバックパックにしまうと、代わりにマチェットを鞘から抜いた。明日菜も以前に渡されたスタンガンを取り出す。


「静かに動け。何かに気付いたらすぐに教えろ」

「わかった」

 顎を引くようにして頷いた明日菜の頭を、樹がクシャリと撫でた。

「行くぞ」

 短い一言で歩き出した彼に明日菜も続く。


 街へ足を踏み入れてみると確かに通りには人影がなく、スーパーに辿り着くまでに行き会った『新生者』は一人だけだ。それも背後から忍び寄った樹が一瞬で倒し、うめき声一つ上げさせなかった。


「なんか、楽だったね」

 難なくスーパーに到着し、店内を一回りして誰もいないことを確認して、ようやく明日菜は一息つく。

「違和感を覚えるほどにな。まあ、騒ぎになるよりはいい。早く必要なものを取ってこい。俺は外を警戒する」

「うん」

 頷いて明日菜は踵を返して店の奥に向かう。天井から下げられている札を見ながら、日用品が並ぶ棚を探した。


 目当ての物はすぐに見つかり、二種類ほどバックパックに詰め込む。

 入口の方に目を向けると、樹はさっきと同じ姿勢で外を見据えていた。特に変化はないようだ。

 明日菜はちょっとした好奇心に駆られて他の棚も回ってみる。


 こんな状況だから略奪行為などがあったのではないかと思ったけれど、店内が荒らされた様子は全くなかった。多分、外出禁止令が出てから『新生者』が暴れ出すまで、あっという間だったからだろう。彼らは店に並ぶ物になど興味はないだろうし、こういう物を必要とする者は、すぐにいなくなってしまったのだろうから。

 早々に買い物に出られなくなった為か生鮮食品の棚には商品がなく、腐敗臭もなかった。もしも商品があったら今頃すごいことになっていたはずで、想像だけでも明日菜は鼻の頭にしわを寄せる。

 魚などが置かれていただろう棚は空っぽで、手を差し出してみても、当然冷気は感じられない。


「電気、止まってるんだな」


 それはもちろんそうなのだろうけれども、当たり前のようにあったものが失われてしまったことを実感するのは、つらかった。

 明日菜はため息をつき、樹の元へ戻ろうとした。


 その時。


 カチ、と微かな音。


 とても小さな音だったけれど、確かに聞こえた。何となく、人の気配がするような気がする。


(違う。だって、さっきは誰もいなかったしドアには全部鍵がかかってたし『新生者』は鍵なんて外せるはずがないし)


 ジワリと、手のひらに汗がにじんだ。

 ドッドッと耳鳴りのように激しく動悸が耳に響く。


 大声を出して樹を呼んだら、襲い掛かってくるかもしれない。


(まずは、確かめないと)


 息を詰めて振り返った明日菜は、途端にその場にへたり込みそうになった。


 何も、いない。

 やっぱり、気のせいだったのだ。


「だよね。気にし過ぎ」

 神経質な自分に、小さな笑いが漏れた。

「もう、行こ」

 呟いて樹の元へ戻ろうと足を一歩踏み出した明日菜の腕が、グイ、と引かれた――唐突に。


「!」


 悲鳴を迸らせかけた彼女の口が、塞がれる。

 後ろの相手にピタリと押し付けられた背中や振った後頭部に感じるのは、何かごつごつした硬いものだった。


(何、これ、何なの!?)


 今にも肩口に、あるいは捉えている腕に噛みついてくるのではないか。


 ほとんどパニックに陥りがむしゃらに暴れた明日菜の手が棚に当たって、そこに置かれた物をいくつか薙ぎ払う。

 床に落ちた物はスナック菓子で、大きな音を立てることはなかった。

 けれども、それから三つも数えないうちに、通路の反対側に樹が現れる――マチェットを握り締めて。


 もう、大丈夫だ。

 殺気をみなぎらせるその眼差しを目にした瞬間、明日菜は安堵に満たされた。


「んー、んー」


 けれど。


 必死に助けを求める明日菜と彼女を捉えている者を見たはずなのに、何故か、樹は眉をひそめてそこで動きを止めていた。


(ちょっと、なんでよ!?)


 目を剥いた明日菜とは正反対に、樹は肩の力を抜いて近付いてくる。マチェットは携えたままではあるけれども、それを振るわんとする意欲は全く感じさせずに。


 そのうえ。


「彼女を放してくれ」

 距離を縮めながらそんなことを言う彼に、明日菜は思わず脱力する。


(そんなことを言っても放すわけがないじゃない)


 胸の中で明日菜がぼやいた時だった。彼女の拘束がパッと解ける。


「え!?」

 突然解放されて前につんのめった明日菜を、すぐそこまで来ていた樹が支えてくれた。


「……ありがと」

 そんな状況ではないと判っていても反射的に礼を口走った明日菜に小さく頷きを返すと、樹は彼女の肩を支えたまま彼女の頭越しに通路の奥へと目をやった。


「君は誰だ?」

 彼の問いは、明らかに明日菜に対するものではない。彼女を捕まえていた何者かに対するものだ。

 明日菜は振り返り、その何者かを探す。

 それを目にした瞬間。


「……ふぇ?」

 つい、気の抜けた声が漏れた。

「あんた……何?」


 誰、ではなく、何。

 そうとしか言えない。


 数歩離れたところには、頭にはフルフェイスのヘルメットを被り、身体はゴテゴテと色々なものでコーティングした、奇妙な格好をした『何か』が立っていた。


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