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壊れた世界、壊れた明日  作者: トウリン
第二章:朽ち果てた楽園で夢をみる
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予想外の行動

「……戻ってこないね」


 真苅まかりがモニター室を出て行ってから十五分が過ぎ――三十分が過ぎて、一向に姿を見せない彼に、さすがに明日菜あすなは落ち着かない気分になってきた。

 別にここに一年も二年もいたわけではないのだから、忘れ物とやらがどこかに紛れて見つからない、ということもないだろうに。彼の部屋はモニター室から遠く離れているわけでもいないのだし、せいぜい五分もあれば事足りるはず。


「何してるんだろ……」

 ドアを睨み付けて呟いた明日菜に、いつきはモニターに目を向けたまま肩をすくめただけだ。


 彼女たちの準備はすっかり整っているから出発する以外に特にすることもなく、見るものといれば『新生者』がうろつくモニターだけ。そして、明日菜としては、できればそんなものは見たくない。


 手持無沙汰から明日菜は口を開く。


「真苅さんって、なんか、こう、変わってる、よね?」

「どこが?」

「ええっと、この状況に馴染み過ぎてるっていうか……」

「パニックになるよりはいい」


 まさにそのパニックに陥った者である明日菜は、ムッと唇を尖らせた。

「それは、そうだけど」


 樹は真苅とあまり会話を交わしていないから、明日菜が抱いたような違和感は覚えないのかもしれない。


 彼女は、前日の真苅との遣り取りを樹に話してみようかと思った。


 ――僕と一緒に終わりにしない?


 明日菜がぞくりとした、台詞。

 彼は何を『終わりにする』つもりだったのか。


 それは「冗談だ」とすぐに真苅に打ち消されたものだったけれども、本当に、冗談だったのかという迷いが明日菜の中に生じた。


 もしも冗談ではない、本気の言葉だったのだとしたら。


(終わりって、どういう意味? 動くのはやめて、ここに留まろうってこと?)


 いや、もっと、不穏なものを感じた。

 もっと先がない、暗い、感じ。


 ふと、もしかしたら、真苅は一緒に行く気がないのかもしれない――そんな考えが彼女の頭の中をよぎる。


「ねえ、探しに行かない?」

「何故」

「なんでって――心配じゃない?」

「この中にいれば危険はない」


 樹の態度は取り付く島がない。


「でも、早く出た方がいいんでしょ? 探して、急がせようよ」

 言い募る明日菜に、ようやく彼が振り向いた時だった。


 ガガッと、変な音がする。

 続いて。


「もしもーし。聞こえる?」

 少し割れた聞き取りにくい声でそう言っているのは、真苅だ。


「え? なんで、どこ?」

 わたわたと辺りを見回した明日菜の横をかすめるようにして、樹が手を伸ばしてくる。


「トランシーバーだ」

 そう言って、彼は明日菜のバックパックのサイドポケットから、先ほど真苅が寄越したトランシーバーを取り出した。


「今、どこにいる」

「あ、五島さんだね。モニター見て。屋上のやつ」


 指示された樹は眉根を寄せながら操作盤に向かい、言われたように、屋上に設置された監視カメラの画像をモニターの一つに映し出した。

 そこには、能天気に笑いながら、カメラに向かってヒラヒラと手を振っている真苅の姿。しかも彼は、屋上の柵の外に腰かけているではないか。


 樹が他のカメラで違う角度から真苅を捉える画像を探し出した。

 少し遠目になるけれど、この建物を一望するような映像が現れる。


 一目で、明日菜は息を呑んだ。


 真苅は屋上の縁に腰かけ、ブラブラと外に足を下げている。そして、その下には、すでに十人以上、いや、二十人近くの『新生者』の姿が。しかも、彼のことを覚知したのか、今も続々と集まってきているのが否が応にも目に入る。

 この施設は屋根が高いとはいえ一階建てで、背の高い『新生者』がジャンプすれば、真苅の足を掴まえてしまいそうだ。


「真苅さん、戻ってきてよ!」

 とっさに樹からトランシーバーを奪い取ってそう叫んだけれども、画像の中の彼は反応しない。


「そのスウィッチを押さないと、向こうには音が出ない。話し終えたら放せ」

 樹に言われて、慌ててそれを押す。


「真苅さん、何やってるんですか。さっさと戻ってきて、出発しないと!」


 教えられたとおりにスウィッチを放すと、一拍置いて、真苅の声が届いた。


「ああ、僕は残るから二人で行ってくれる?」

「はあ?」

「あ、今、『はあ?』とか言ったでしょ?」


 あははと笑いながらの真苅の言葉。明日菜はトランシーバーを操作していないから、こちらの音が向こうに届いたはずがないのだけれど、彼は的確に指摘した。


「ふざけてないで、本当に置いていっちゃいますよ」

 こんな時なのに、と信じられない思いで明日菜がそう言うと、また、軽い声が返ってくる。

「うん、いいから行っちゃって」


 思わず、明日菜は樹を見上げた。真苅の行動をどう考えたらよいのか、判らない。


 彼は明日菜の手の中からトランシーバーを取り上げると、彼女に代わって通信を始める。


「君はここに残るのか」

「うん」

「本当に、それでいいんだな?」

「いいよ」


 まるで、ちょっと遊びに誘われているのを断っているような、そんな程度の言い方だ。

 カッとした明日菜は樹からトランシーバーを奪う。


「今からそっち行きますから!」


 言い置くなり樹の手にトランシーバーを押し付け、ドアへと向かおうとした。が、続いた真苅の声が、彼女の足を止める。


「無駄だよ。そっちからは開かないようにしたから」

 それから、一転、真面目な声で。

「本当に、僕のことは置いて行っていいんだ」


 モニターを見ると、真苅は真っ直ぐにカメラを見つめていて、今の彼の顔からは浮ついた笑顔はきれいに拭い去られている。そんな、笑みの欠片もない真苅を見るのは、初めてだった。


 何も言えずにいる明日菜の耳に、また、ガガッと雑音が届く。

 そして、静かな声。


「僕はね、そもそも、ここに来るべきじゃなかった――来るはずじゃ、なかったんだ。最初から、彼の手を拒むべきだったんだよ」


 低い声でのその台詞は、どこか自嘲の響きを含んでいた。


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