絶対——学園 最弱の泣言
最弱は——思った。
無抵抗な最弱は——思った。
思っただけで、終わった。
この世界で、僕が生きていることは無駄である。
例えば、この文章を読んでいる あなた と僕で社会にとって不要な存在はどちらか? と相対してみるといい。きっと、大多数が僕を指差すことだろう。
この世に絶対はない、なんて定型句があるけれど、僕は、絶対に最弱だ。誰とも相対することすら意味をなさないほどに、歴然として差が、あるのだ。
このような、僕のような存在が、集められた学校がある。
その名は——絶対学園。
最も、絶対の差をつけた人間が、学ぶ園。
普通ではないということが、この学校名で、おおよそ理解できると思う。
最弱は——思う。
もちろん最弱の僕はこの学校に在籍している。
僕のような絶対的な最弱が、普通の学校に入るわけがないし。最弱の僕が、高校生になれることが奇跡であるし。最弱は最弱らしく、親のスネでもかじってニートでもやっていればいいのかもしれなかったが、そうは問屋がおろさなかった(意味不明)。問屋がおろさなかったのではなく、ただ、無抵抗に、あらゆる力に抗わないで、受け入れた先が、この学校の入学だったとういうだけだ。
最弱は——
最弱の無抵抗は——思った。
「よお。無能」
僕が呼ばれる音がした。
最弱は——
「あ、あ、あ」
どもり声になり、うまく舌が回らない。
最弱はどうすることもできない。
ただ、その場に立ち尽くして、やり過ごすだけだ。
やり甲斐はない。
だって——僕は、
無抵抗だし。
何海答絵くんは、いつものように最高な笑みを浮かべて、廊下を後にした。
最高だ。
僕にはできない——最高の笑み。
僕は、どうしようもない。
だって僕は、こんなにも。
弱いんだから。
最弱は——思った。
弱い僕は、あらゆる力を、繊細なセンサーでキャッチする。上野下上野内くんとは違って、僕は傷つきやすい鉄のハートをもっているんだ。ガラスは鉄より相対的に割れやすいけど、傷はつきにくい。だから、鉄のハートなのだ。
僕は——割れない。
僕は——傷がつく。
何度、傷ついても、死ななかった。何度、痛い目にあっても生き続けた。割れなかった。
僕は——最弱だ。
いくら傷ついても、死なない。いくら、圧倒的な力を前に、抗えない最弱だとしても、死なないで生き続けてきた。それが、最弱の誇りとして、僕の胸のなかにある。
胸が大きいのは、嘉芽羽鷺さんだが、僕はそんなものに興味はなかった。胸部はCカップで十分二分だ。
相変わらず、ここの教室はうるさい。休憩時間は特にうるさい。静かにしてくれないと、教室の片隅で、ひっそりと机の上にうずくまって寝ることができないじゃないか! 僕は机上で組んだ腕をほどいて、顔を上げた。そこには——
「よお。無能」
何海くんが、にこやかで、ハートフルな笑みを浮かべている。よくわかっているじゃないか。
僕は——
「無能だよ」
そして、去っていった。
新手のイジメだろうか。
最弱は、思った。
窓の外を眺めてみた。空は灰色に曇っていた。梅雨の時期だから、そうなのかもしれない。空気が湿っていて、なんだかモヤっとする。
教室はうるさい。前方の席には、男子生徒の茶畑髪男くんが座っていて、その上に野野野咲さんが向かい合って——騎乗していた。僕は、驚いて、二度見した。「咲ちゃん。まずいってクラスが見てるって」「いーのいーの。あれえ。もしかして、恥ずかしいの?」「ちげーよ。ただ、担任が来そうじゃん。ばれたらヤバイし」
ここは……健全な学校か?
否。もはや、終わっている。
絶対的に——終わっている。
こいつら——最終だ。
無抵抗の最弱は——思った。
僕の青春は、終わらない。僕には、好きな人がいる。
名前は——亜桜圖湖。
彼女は——最強だ。
あらゆる力を無効にする。抵抗する。
僕とは間逆の性質だ。僕は——
あらゆる力を無効にしない。抵抗しない。
だから、誰にも興味を持たれないし、嫌われない。
彼女は抵抗してしまうから、いつも、周りは敵ばかりだ。同調なんて、したことがない彼女のことだ。コロニーという名の集団活動は、あまり上手くやれないことが多い。少し前に鞄を掃除道具入れのロッカーに隠されたことがあった。鞄を見つけた時に、傷ついて、泣いてしまうんじゃないか、と僕は思った。
でも、彼女は気丈に振舞っていた。その自然な挙動が僕を不安にさせた。怖いと、素直に思った。
強いな。
これが——最強か、と。
あんなことをされて、傷ついているはずの彼女を無抵抗の最弱は、ただ、見ているだけしかできなかった。それが、悔しかった。
最弱は——思った。
彼女は中学生の頃からの付き合いがある。付き合ってはいないが、付き合いがある。あの頃から彼女は、最強だった。僕にとって絶対的だった。
あの頃は、何度も、彼女の力になろうと頑張っていた。でも、最弱程度の力では、ほとんど無力だった。彼女の助けになることはできなかった。何度チャレンジを繰り返しても失敗しては失敗して失敗して失敗して、最後には失望した。
望みを——失った。
結局、僕は、なにがしたかったんだろう。
あの頃を思い出して、そう、思った。
あらゆる力を無効にしない最弱は——思った。
僕は——思った。
昼休みが終わり、僕は姿勢を正して、黒板を向いた。
中学生の頃とあまり、変わらない環境。なんで、僕は勉強をしているのだろう。僕は、きっと、二十歳になっても、なにも成長しない。そもそも、成長することで、強くなんてなりたくない。
この最弱は——僕の選んだ道なんだ。
強くなんて、なってたまるか。
そんなことをぼんやりと思っていると、机の上に置いてあった消しゴムが床に落ちた。落ちた、というか、落としてしまったというか。まあ、どっちでもいいや。最弱は——
最弱の僕は——屈んだ。
すると、すべすべしたものに触れた。それは、紛うことなき、女の子の手だった。女の子の手だった。女の子の手だった。大事なことだから、心の中で反芻してみた。
屈んでいる相手と視線が交差する。よれよれのカッターシャツから、ちらりと谷間の線が見えた。これが幸運破廉恥というやつか。僕はブルジョワな気分を味わった(意味不明)。すぐさま、僕は目的の消しゴムをつまみ、持ち上げ……。
「あ、れ。ぇ」
持ち上がらない。反対側に力が働いているみたいだ。最弱はどうすることもできずに、その力を、無抵抗に、受け入れた。
マグロ一本釣りみたいに、僕は、消しゴムという名の鰹をつまんだまま、力の作用を受け入れて、女の子の懐に突っ込んだ。
「コノケシゴムはワタシノネ。ワタシガサイショニミツケタネ」
長い髪の毛と太い眉毛。都合の良いときだけ、片言の日本語をしゃべる彼女の名前は——
——シュレッティー猫姫さん!
椅子が倒れて、彼女に覆い被さる形になった。授業中の生徒らからの視線をいっせいにあびることになった。消しゴムをつまんでいるはずの指は、なんだかすべすべした柔らかい何かを握っていた。
——やわらい。
あえて何を握ったかは明示しない。おっぱいとは口が裂けても言えない。
「ご、ごめん」
僕は——
最弱は——謝った。
……返事が聞こえない。
小さな声量だから、聞こえていないのかと思った。
「謝って済むならケータイはいらねーんだよボケ」
ん。なんか、強気だぞ? しかも、謝って済むならケータイはいらないの? メールで謝るの?
彼女は自力で立ち上がる。
最弱は自力で立ち上がれない。いきなりのことで、腰が抜けたみたいだ。立ち上がれない。無抵抗の最弱は立ち上がれない。
最弱は——自力で立ち上がれない。
見下ろしている彼女は僕を一瞥して、侮蔑な表情をして、
「なに、ぼけっとしてんだよ。死ね」
と言った。
こいつ——最低だ。
最弱は——思った。
「ご、ごぅ。ごめん」
僕は——謝った。
倒れた椅子を起こした、彼女は席に着いた。
僕はまだ立ち上がれない。力を入れようとしても、最弱では、力が入らなかった。
最弱だからだ。仕方がない。
僕は、諦めた。立ち上がることを、諦めた。
みんなの視線を浴びながら、僕は床にうずくまる。
最弱は、うずくまる。
——刹那的に瞬間的に唐突に。
——今。僕の視界に、手のひらが見えた。
僕に向けられた手のひらを、ゆっくりと触った。すると、最弱は雑魚を釣り上げるように、いとも簡単に、引っ張り上げられ、立ち上がることに成功した。
「うっす。最低なんか、相手にすんなよ」
目前には、舞奈好愛さんが、いた。まっすぐに僕を見据えている。どうやら彼女が、手を差し伸べてくれたみたいだ。
彼女が——最恐が、手を差し伸べてくれたなんて。
僕には驚きだった。僕は少し、恐くなった。そんなことをする人だとは思っていなかったからだ。否、いや、そんなことはないのか。中学生の頃も、何度か、この人に僕は助けられていたじゃないか。そうだ。そうだよ。この人は、そういう人なんだ(代名詞が少し多い)。
最低のシュレッティ猫姫さんは何事もなかったかのような態度で、椅子に座って、先生の話しを聞いていた。しかも、自分の物のように僕の消しゴムを使って、ノートに書いた文字を消したりしていた。
こいつ——最低だ。
最悪、僕の許可をとって使えよ(最悪はこの世に一人しかないけど)。
僕は——
最弱は——思った。
湿っぽい教室。床を歩くキュッキュッという音が聞こえた。その音は、シュレッティ猫姫さんの前付近でとまり、
——刹那!
豪快な破壊音が、した。轟音が、した。車が、粉々になるかのような、尋常ではない音が、した。
起点は、シュレッティ猫姫さんの机からだ。机は原形をとどめていない程に、破壊されていた。
そこには——舞奈好愛さんがいた。こんな凄まじいことができるのは最もこの人だけだ。
——最恐。
この教室にいる、生徒達。否、先生までもが、恐怖に慄いていた。もちろん、僕も恐かった。
——僕達は机という起点から、絶対的な、恐怖を味わった。絶対的な、恐怖。この人に逆らっては、いけないという恐怖。この恐怖は相対なんて、微塵も意味をなさないほどに、絶対的だった。
さすがは絶対学園を推薦入試で合格しただけのことはある。中学の頃から、この恐怖は各学校に知れ渡っていたからな。
「ナニシテクレテンダ。酷いね最低だ」
最低が最恐のことを最低と言った。最低目線から見て、舞奈好愛が最低というのは言葉の意味として矛盾していた。しかし、こんな荒れた状況でそんな瑣末なことを気にする生徒は、あまりいなかった。たぶん、僕ぐらいだろう。
最弱の——僕ぐらいだろう。
「はあ? 最低はお前だろ。巫山戯やがって。これだから。これだから、後ろめたく感じない奴が嫌いなんだ。後ろめたいことを無自覚にやっていることすら気づかないで、のうのうと、のうのうと、のうのうと! あぁー!! もう嫌だ!! 撲滅したい!!!!」
最恐——舞奈好愛さんは、どうやら気分を害したらしかった。このくらい狂いだすのは聞き慣れているし。見慣れている。
——相変わらずだなあ。
最弱は思った。
最低——彼女は身の危険を察知して素早く逃げながら、教卓前にいる先生のところに行った。
「先生。あ、あのー。まだ気づいてないんですか?」
「なんだってぇー!!」
「あのうまだ何も言ってないですが?」
「失敬だったね。いや、僕は、気づいていたよ。君の、気持ちを。僕は君の気持ちを、真摯に、否、変態紳士らしく聞こうと思う。さあ、言ってくれシュレッティさん。さあ!」
「あの人、超コワイんですよぉ。さっきなんて、机を真っ二つに割ってきて、超ビックリしてー。それで」
「うんうん」
「誰か頼りになる人を呼んできてください。あなた以外で」
「なん……だと。僕では役に立たない……」
羅布羅酢先生は落ち込んでいるみたいだ。
「ほら、早くしてくださいよ。無能が」
「なんでここの女子生徒はみんな、僕に毒舌なんだ。僕をいじめてそんなに楽しいかい?」
たしかに……。羅布羅酢先生ってちょっとかわいそうだな、と思った。
最弱——僕は思った。
最低——シュレッティ猫姫は「ちっ」と舌打ちをした。
最恐——舞奈好愛は鋭い捕食者のような目つきで、最低を見つめていた。
最悪は黙ってみていた。最高は黙って見ていた。最終は黙って見ていた。最強は——
最強は——この場所にはいない。
最強——亜桜圖湖は今日も欠席だ。
僕は嫌なことを思い出してしまった。
最低だ。最低のせいだ。
僕は——
最弱は——思った。
と、まあ、こんな感じで今日という一日が終わった。
こんな感じではわからない人もいるだろう。だけど、僕の人生なんて、こんな感じ、で片付けられるような、誰も興味を示さないものでしかないのだ。だから、こんな感じでいいのだ。
最弱は——思った。
あれから、別段、変わった様子はなく、いつものクラスに戻っていた。何よりシュレッティさんの机が、ちゃんと新品のものになっていたのは安心した。まさか、あの強烈な破壊の跡が残った机で授業を続行するとは思わないけれど。兎にも角にも、安心した。
だけど、今日も、彼女は学校に来ていない。
最強の彼女は、今日も、いない。
それだけが、僕は、心なしだった。気がかりだった。気になっていた。それだけだった。
「無抵抗だし」
どうしようもなかった。中学の頃と同じだ。
どれだけ抗おうとしても、力の強い人には勝てないし。僕は——
最弱は——絶対的に無駄かもしれない。誰かと比べるまでもないくらいに、相対的ではなく、絶対的に。
僕は——どうしようもなく、無駄だ。
最弱だ。生きていることがどうしようもなく……。
どうしようもなく、なんだ。僕はいったいなにを思っているんだ。わからない。
最弱は——わからない。
教室の窓から雨が見えた。土砂降りの雨。この雨が心地よい。中途半端よりは、いっせいに降ってくれたほうがスッキリする。今日は傘を持ってきていないけれど、別に、そんなことはどうでもよかった。
僕は——雨が絶対的に好きなのかもしれない。相対的に比較をしたら、雲ひとつない青空の方が好きなのかもしれないけど。まあそれはどうでもいいとして——
教室に——ずぶ濡れの少女がいる……。
カッパを着ているのに内部のセーラー服がびしょびしょに濡れている。室内で、カッパを着ているって、どういうシチュエーションなのだろうか。
最弱は——思った。
彼女は息を切らしながら、僕の前を通りすぎた。短髪がいい感じに湿っていた(どんな感じだ)。と——思っていたら、急に頭上付近の雨脚が強くなったいた。
雨音を聞いていると、なんだか、まるで彼女を雨が追いかけているかのような……
最弱は——思った。
だけど、口には出さなかった。いや、口にだしたところで、元々、声量が小さいから誰も聞こえないから意味ないし。さすがは、無抵抗の最弱だ。
彼女の名前はたしか、水音笑子、だったと思う。最弱は——思った。思っていると、
「きゃははは。あはは。たーのしいな。雨だ雨だー。わーい。嬉しいな。あははは」
笑い声がきこえた。爛漫な笑みをした、水音笑子からだった。陰りがない……
——これが、天真爛漫か。
——最弱は、思った。
彼女はくるくると3回転(意図不明)したあと、椅子に座った。着席だ。鞄を机の上に置き、友人らしき人物に「おはよー」と挨拶をしたりしていた。
雨の中、クラスで一番楽しそうだった。
その姿を見て、僕は、自分自身が、少し劣っているような気持ちになった。無抵抗の最弱は、あらゆる力が無効にしない。だから他人より劣っているのは当たり前なのかもしれなかったが、だけど、少し、情けない気持ちになった。彼女みたいに、どうしてもなれない自分に嫌悪してしまい、いっそ……
いっそ、なんだ? いっそなにをしよういうのだ。
——最弱が。あらゆる力を無効にしない、誰よりも劣っている、無抵抗の最弱が、なにかできるわけないだろう。いっそ、なんて、できるわけないんだ。
だって、僕は協調性はあっても——自主性はないんだから。それに自分でやれることなんて、ほとんどない——無能なのだから。僕は——
最弱は——思った。
最弱の絶対値は——僕だ。僕を基準に、みんなは強さを測ることができる。僕より、どれくらい強いかを——理解することが、できる。
僕が絶対基準だ。
僕が——僕が——僕が——最弱。
だから、絶対学園に通うことができているのだ。
——なら、水音笑子さんはどういった特異さを持っているのだろう。いや、もしかしたら——雨?
そうだ。雨が彼女ばかりに降るという、絶対絶無な、体質があるのかもしれない。
雨女。
これは、あまりにも——絶対的だ。
彼女に集中して、雨が降るなんて、あまりにも——。
「…………」
僕は言葉が出なかった。僕は、僕が普通じゃないと思って生きていたけれど、彼女はあまりにも、尋常ではない。普通ではない。なのに、あんなにも楽しげな、一般的な表現や仕草をしていて、それが、素直に凄いと思った。
最弱は——思った。
今日も、最弱は、学校で、色々、しなかった。授業中に、居眠りをすることをしなかったし、授業の内容を、記憶することも、しなかったし、休憩時間に、他人と話しをすることも、しなかった。
これでこそ——最弱だ。
僕は——思った。
そして、家に帰って、色々、しないで寝た。
次の日も、学校に行って、いつも通り、椅子に座り、寝た振りをして、授業が始まり起きた振りをして、休憩時間になって寝た振りをして、下校時間になって、家に帰って、寝た。ほんとうに——
ほんとうに、色々しなかったな。
無抵抗に受け入れて、色々しなかった。
それだけで、僕は、終わるのだろう。
人生が——終わるのだろう。
最弱は——思った。
今も、自室で、眠くなり、ベットに横になり、寝てしまうことだろう。朝起きて、学校にいって、その繰り返し。
最弱は——非力だ。
無力で——無気力だ。
中学時代となんにも、変わらない。
最弱は——絶対的だった。それだけだ。それだけで、僕の物語は話しが終わってしまうし。別に、これ以上を語っても、なんの意味もないだろう。否、人生に意味なんて求めることに、意味がないのかもしれないけれど、具体的なことに拘る人間にとっては、それでは納得いかないだろう。
でもきっと——相対ばかりして、些細なことにさえ具体的に明示していたら日が暮れてしまうにちがいない。
だから基準を僕にしたのだ。
最弱を——わかりやすくしたのだ。
誰でもわかるように、抽象的に、僕という存在を原点にして、みんながどれだけプラスなのかをわかりやすくしたんだ。
これが——
これが僕の考えた——
幸せな——増加世界。
誰もマイナスにはならない世界。
最弱の僕にしかできない世界。
最低限の理想の世界。
この世に絶対はないというのなら、嘘でもいい。嘘でも、人はそれぞれの絶対基準を信じて生きている。相対なんてする暇もないほどに、絶対的な何かを——
嘘でも、真実だと信じて、生きている。
それなら、僕も、僕にとっての絶対をつくって生きてやる。
僕にとって——最弱。
これこそが——絶対だ。
僕は僕を信じている。
たとえ、この世に絶対はないとしても。
嘘かもしれないけど、信じている。
だって、みんなだって、信じているじゃないか。
絶対的で抽象的な何かを。
自分勝手に信じているじゃないか。
だから、僕も信じるんだ。
最弱は——思った。
学校は強い。鈍感だ。否、大きな組織というものは、どこだって鈍感だ。
鈍いから——強い。
教室の休み時間。机上で狸寝入りをしていたとき、会話が聞こえてきた。
「俺の部だけ、すっげー惨めなんだよ、体育館のあの狭い二階でしか、フロアを貸してもらえん。バレー部とバスケ部が大きなフロアをいつも使っててマジありえん」
彼は——卓球部主将の凹山凹。
お遊び卓球部と巷では名の知れた絶対学園を根底から変えるべく現れた救世主(?)らしい。あと、スマッシュを打つたび彼の内に秘めた中二病が解放され必殺技を叫ぶ。
僕も、卓球部だから、彼のことは色々と知っていた。色々と知らなかったし、色々と知っていた。
守備型の僕は試合で彼に勝ったことがない。
あらゆる力を無効にしない僕は、ラケットをピンポン球に当てた瞬間、吹き飛ぶ。
球のベクトルに流されて、最弱は——吹き飛ぶ。
僕は力に——抵抗できない。
彼は他の部活動と比較して卓球部の待遇を、不満に思っていた。不平を、不満に思って、いた。
でも、まあ、弱小校の卓球部に多額の部費や、だだっ広い活動スペースを与えるなんて無駄遣い、無駄使いをしないのは、当たり前のような気はするんだけどなあ。僕は——
最弱は——思った。
「なあ、朝夜くんもそう思わん?」
僕に声をかけてきた、音がした。
僕は——
最弱は——声が、
「あ。う、ぅそいだね。うんうん」
どもった。
「だよね。なんで、こんなに不公平なんだ! あーむしゃくしゃしてきた。卓球してぇ!」
ラケットをもっていない手で素振りをしだした。「ふう、ふう、ふう、ふう」と息を切らしながら、反復横跳びをしながら、体重移動にのせて素振りをしだした。
……やめろ。教室でやるな。悪い意味で目立つだろうが……。
凹山凹は、目にも留まらぬ速さで、反復横跳びを繰り返している。
…………。
さすがは——最速だ。
最弱は——思った。
そんな彼のことは放っておいて、僕は、部活動をしにいった。体育館に行くと、バレー部が色々、頑張っていた。僕は二階に上がり、卓球部のフロアに足を踏み入れた。そこには、携帯ゲーム機で遊んでいる上野下上野内くんがいた。彼の周りにも、オンライン通信でゲームをしている矢畑望くんがいた。二人とも楽しそうだ。他にも、トレーディングカードを卓球台の上に置いて、対戦をしている部員がいた。そいつらも、楽しそうだった。
——こいつら……やる気ねえ。
——まあ、いつものことか。
僕は、ケースからラケットを取り出し、誰も使用していない卓球台の前に立った。ピンポン球をつかみ、ふわりと宙に浮かせたあと、手首でスナップをきかせながらラケットをスイングした。
重力で落ちるピンポン球が、僕のラケットと接触し、くるくると回転しだした。
——横斜め上回転。
放ったサーブは、コートの角の隅に突き進んでいた。
——最弱でも、サーブは打てた。
それから、色々やって、部活動が終わった。
帰宅したら、すぐに、寝た。両親はテレビを観ていた。だけど、僕は、絶対に観ようとはしなかった。つまらないと、おもったからだ。テレビだけを観て、繋がる関係なんて、つまらない。もっと楽しい会話がしたかった。だけど、どうしても、声がどもってしまって無理だった。だから僕は、色々と、諦めて、自室に向かい、眠りにつくことにしたんだ。
——こうして、いつもの気だるい朝がやってくる。
——大丈夫。いつものことだ。
僕は、学校に行く。玄関まで、母親が見送りにきた。
「気をつけて、行ってらっしゃい」
手を振るその姿をじっと見た。僕は、あと何回、でこの姿を見れなくなるのだろう。いずれ、全て、終わってしまうのに、いったい僕達は、何がしたいのだろう。頭の弱い僕には、わからなかった。消えて、ほしくない。いなくなってほしくない。僕は切に願った。
だけど、そんな願いは、どうせ、かなわない。
「誰だって、死んじゃうんだ」
僕は独り言を口にしたあと、いつもの道路を、歩いた。
最弱は——歩いた。
「今日は、雨か」
雨なんて、降っていなかった。ただ、目頭が熱くなっただけだ。それ、だけだった。
「明日には、雨もやむだろう。そうやって、忘れていく。僕は、自分が、嫌いだ。死にたいほどに……」
死ぬなんて、そんなこと、できるわけがない。
だって。
僕は——最弱なんだから。
自死する力すら、弱すぎて、足りない。そんな、どうしようもない、無抵抗なんだ。あらゆる力を無効にしないから、自死をくいとめる勢力に、抗えない。こんなにも力に流される僕だから。最弱だから、生きてこれたんだ。
そんなことを思っていたら、学校に着いていた。
そして、色々なことを思っていたら、帰宅していた。
「あ」
——あっという間だった。
それだけだった。それだけで、僕は、僕の物語を完結できる。内容がないよう。だけど当たり前だ。
——だって、僕は最弱なんだから。
だから。
最弱の一日には、内容がないよう。
濃厚な一日になんて、ならない。
帰り道、雨が降っていた。否、ある人物のところだけ、ざあざあと集中豪雨だった。
「水音……せすさそ」
さ行がうまく言えなかった。水音笑子さん。もしくは、水音さんと言えなかった。
あまりにも大荒れな天気模様の彼女の頭上。
黄色い長靴の中には、水がいっぱいに、入りこんでいた。
——もはや、長靴の意味がほとんどない。
僕は、声をかけたが、声が届かなかった。
「あはは。楽しいなあ。うふふふ」
彼女は、カッパ着のまま、小走りに突き進む。
僕は——
最弱は——彼女に追いつけなかった。
学校に着くと、いつもの、感じだった。いつもの、教室だった。いつもの——絶対学園だった。それだけだった。
そして、学校が終わった。
家に、帰った。
ご飯を食べた。
寝た。
——完。
——繰返。
……朝になった。どうやら、僕の世界はまだ終わらないらしい。この世に完全な人間がいないように、人生の終わりも、絶対的には、決められないのかもしれない。死んだって、それでも、世界は続く。続くものが、終わりなわけがない、と思う人はいる。もちろん、世界の終わりは、人それぞれ違う。
人それぞれ世界の広さは——違う。
その人が、世界が終わったと思えば、世界は終わりなのだ。たった、それだけの、ことだ。
最弱は——思う。
なら、僕にとって世界の終わりは、なんだろう。
どうしたら——僕にとって世界は終わるのだろう。
考えてみたけど、頭の弱い僕は、よくわからなかった。
僕の世界は、終わっているのだろうか。この学園で、この学校で、最弱の烙印を押されたあの日から、僕自身は、もう、終わっている。完成している。なのに、これから、どうしろと、いうんだ。
最弱は——絶対だ。
僕はもう、後戻りできない。
もしかすると、あの日から、僕の世界は終わっていたのかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えて、机上でうなだれていた時。最終が性行為をしているのが見えた。
椅子に座っている。一人が椅子に座ったまま、もう一人がその上に向かい合うようにして座り、股間らへんをくっつけていた。「はあはあ」と息も盛んになっている。
これが——
これが最終か——
僕は——思った。
……これが最終なら、僕は、僕を終わりたくない。だって、生きてる価値を、僕は、まだ、知らないからだ。知らないのに、子孫を繁栄させるなんて、そんな自分勝手なこと、できない。
僕は——できない。
性欲はあるからできるけど。
僕は——できない。
それだけの、ことだ。間近で絶頂な喘ぎ声を聞いたまま、僕は、机上で眠りにつくことにした。
もちろん。全然眠れなかった。
……休み時間の教室でやる行為じゃねえよ……。
野野野咲さんと茶畑髪男くんがうるさい。うるさいし、気になって仕方がないし。実際、どんな感じなのか、知りたかった。あんまり清潔感がないから、実際にはやりたくないけど。どんな感じなのかは、知っておいて損ではないだろう。その方面に対しての知識が、僕には、乏しい。最近、授業でエイズの講義を受けたばっかりだから、余計にそう思うのかもしれない。
知らない単語とか、いっぱいあるもんなあ。オーガニズムとかマスターベーションとか、無駄にカッコ良さげなんだよなあ。ああゆうの、言うの恥ずかしいことなのかなあ。みんな、なにか後ろめたいことを隠してるのかなあ? 単に、恥ずかしいだけ? まあ、どっちでもいいけど。
——この二人が最終なことには変わりない。
——僕が最弱だということには変わりない。
それだけのことだし。そこに具体的な意味を押し挟むような、ことは、したくない。なぜ、僕が最弱なのか、なんてことを、一般的に理解してもらうなんて、不可能だ。どうしても——抽象的になってしまう。
——なぜあなたは最弱なのですか?
——僕だからです。
それだけで、納得してもらうしかない。いや、納得してもらなくてもいい。理解してもらえなくてもいい。ただ、これが——僕にとっての絶対なんだってことをわかってほしい。それだけだった。
——人それぞれ絶対の値は違う。その違いを、気づいてほしい。それだけだった。
いったい誰に対して、気づいてほしいのだ? 自問してみたら、当たり前のように、最強の彼女が思い浮かんだ。さも、当然のように。すんなりと、僕の脳裏に出てきた。
彼女はあまりにも強すぎるから——自分が周りからどう思われているかが、わからないんだ。どれだけ、嫌われていても、それに気づかないで、どんどん嫌われていく。強すぎるから——鈍感になれる。
強すぎるが故の弱点。
周りが——見えなくなる。
そんな彼女だから、僕が——
最弱が——最強を守らないといけない。
そう、決めていた。
窓から空を眺める。少し曇った上空は、ちらちらと、お日様が顔をだしている。
お月様にお願いごとをしたんだ。ああ、覚えている。それは、まんまるで綺麗なお月様だった。少し赤みがかった満月に、僕は願いをした。
僕のこれからの人生が不幸になってもいい。だから、あの最強を、助けてほしい。幸せにしてほしい。
鮮明に思い出した。だけど、月は、願いを叶えてはくれなかった。そのことを、僕は、いまでも、少し恨んでいる。なんで、僕を不幸にだけして、彼女には——彼女には——彼女には——……。
——なんにもしてくれないんだ。
あの頃の記憶が蘇ってくる。なにをしたって僕のやることなんて、無駄に終わるし。徒労に終わるし。僕は、どれだけ、頑張っても、意味がほとんど、なかった。
僕は——無駄だ。
絶対的に無駄では、なくても、相対的に、無駄だ。
——生きてることがもう、どうしようもなく——
僕は、目を閉じた。もちろん暗闇になった。未来も、暗闇だ。未来が不透明だ。不透明だから、不安でいっぱいだ。
僕は——無駄。
弱い。弱過ぎる。最弱だ。
相対なんて、する余地はない。
絶対だ。
僕は、絶対的に——最弱だ。
僕は、学校で、色々、した。
僕は、家に、帰った。
僕は、家で、色々、した。
寝た。
完。
僕は、僕は、僕は、僕は、僕は、僕は、僕は、僕は、僕は、——朝になったので、起きた。朝勃ちした。
僕は、学校に、行った。
僕は、学校で、色々、した。
僕は、帰った。
こんな、感じで、僕の一日は過ぎていった。
それだけだ。意味なんて、ない。僕は、味気ない。つまらない。つまらない人間だ。洒落が駄目な人間だ。駄目駄目だ。駄目な人間なんだ。生きていたって——駄目な、人間なんだ。
相対なんてする余地がない。
僕は絶対に——無駄だ。
期間と目的の違いはあっても、あったとしても、僕は『使えない』。ほんと、つまらない人間だよ。使えないから、つまらないんだ。そんな単純なことに、今まで、気づかないでいたなんて、なんて、馬鹿なんだ。
使えない使えない使えない。
なんで、こんなに使えないの?
嫌だ嫌だ嫌だ。
いなくなってしまいたい。
いなくなる? そんなこと、最弱の僕が、できるわけがないじゃないか。あらゆる力を無効にしない僕が、自分の意思で行動して、いなくなるなんて。
「は、はっは」
なんだか——笑った。
目の前に人がいることに気づかないで——笑った。
目の前にいたのは——舞奈好愛さんだった。
「大丈夫か。顔色が悪いぞ?」
「だ、だ、だ」
僕は声がどもった。恥ずかしかった。怖かった。それだけだった。そもそも僕は女子の顔を真正面から見るのは、怖い。セクハラで訴えられそうな気持ちになって、視線をそらす。
「はは! まあ、無理すんなよ」
と、言って、どっかに行った。
なんだか、愉快そうな舞奈好愛さんだった。あれで、怒らせたら怖いんだよな。
絶対的な——恐怖。
彼女は、悪い人ではないし、もちろん、良い人でもないけれど、支配力は絶大で絶対的だった。恐怖で、あらゆる人間を従わせる。絶対学園で、限りなく最強に近づいた性質を持っている。その力は絶大だった。壮大ではなく、絶大だった。
先ほど真正面から見据えられた時を思い出して、なんだか、僕は、怖くなってきた。他者の視線が、そもそも苦手だ。相手に自分がどのように思われているかが、気になって、どうしても、挙動が不審になってしまう。キョロキョロと視線がおぼつかなくなり、焦点が、ピントがうまく合わなくなる。
——怖い。
他者の視線が恐怖。こんな、僕は、使えない。現実に起きていることから、意識が遠のいて、自分が生きているのかどうかわからなくなる。ふわふわと浮いたような心地になり、相手の話が耳に入ってこなくなる。
——怖い。
人の視線が怖い。逃げたい。嫌だ。
——怖い人が怖い。怖い人が怖くて、怖い。嫌だ、逃げたい。嫌だ嫌だ。怖い人が怖い、怖い。
僕は机上で頭を抱えていた。いや、目をふさいでいたのかもしれない。視界を真っ暗にして、心を落ち着かせようと、していたのかも、しれない。わからない。わからない。僕は、僕が今、何もしているのかも、わからなかった。
——気づいたら僕は、自室に、いた。
僕は、ずっと、脳内を現実世界から、意識を離して、過ごしていた。いったい何を考えて過ごしていてのかわからない。もしかしたら、なにも考えていなかったのかもしれない。なにも考えなくても、生きていける世界だから、なにも考えなかったのかもしれない。
——大好きな人が死んでしまった後のことさえ、考えないで、僕は、一日、一日を怠惰に過ごして、いたのかもしれない。無抵抗に一日、一日を受けいれて、何も考えないで、やるせない今日を抗うことすらしないで、のうのうと、のうのうと? ああ、これは舞奈好愛さんの口癖だったな。
僕は——笑った。
最弱は——笑った。
布団にくるまりながら、視界を真っ暗にした。目に水が溜まってくる。けして、溜まるだけで、流れ出ることはなかったけれど、僕の心は、感傷に浸っていた。心が、ちょっと、傷ついて、いた。
「は、はは——」
こうして、僕の貴重な一日の朝は終わりを告げた。
——告げたのは、僕の方だけど。僕が自分勝手に終わりを告げただけだし。終わりを主観で決めただけだし。人によって——終わりは違う。
世界の終わりは——違う。
最終だって最強だって最弱だって——。
観測者、及び、観測点が違えば、絶対値は——絶対に変わってくる。
ああ、そうか。
この世界は絶対的な絶対値をみんなが勝手に決めつけあう——そんな巫山戯た——。
「はは」
僕は——
最弱は——笑った。
次の日になった。学校に行った。家に帰った。夜ご飯を食べた。次の日になった。最弱は、無抵抗に日々を受けいれた。受けいれて、過ごした。
教室に——最強がいないことを、受けいれて、色々と、しなかった。舞奈好愛さんのような最恐になれたら、僕は、もっと『使えた』のに。
僕は、相変わらず、相対なんてする余地もない。
最弱は——最弱のままだ。
僕は——思った。
なぜ、僕は、抵抗に抗えないんだ。いや、それが僕の、選んだ道だからだ。最弱であることが、僕の願いだ。強くなんて——なりたくない。
鈍感になんて——なりたくない。
僕は無駄だ。期間と目的の違いで、無駄は、無駄じゃなくなることは、あるけど、僕は絶対的にみんなにとって無駄だ。
だけど、それは——みんなにとってだ。
僕は——僕にとっては——
僕は、無駄じゃないかもしれない。
僕は、みんなにとって無駄かもしれないけど、僕は、僕にとっては期間と目的の違いで、無駄じゃないかもしれない。
僕は——思った。
戯言だなあと、僕は、思った。
戯言なんだよと、僕は、パクった。
でも、これは戯言ではなく——泣言だと、僕は悟った。僕は——泣いていたのだ。
これは——泣言。
明日になった。
明日になった。
明日になった。
いつまでも、終わりは来ない。
僕は、どうしたら、完成なんだ。
いつになったら、終わりなんだ。
惰性のように、慣性のように、日々を生きて、そして、死ぬ。
僕は、死んだら、終わりなのだろうか。
でも、僕が死んでも、世界は残る。
世界はいつになったら——
いつになれば——終わるんだ。
最終なんて——
世界の終わりなんて——
みんなが、勝手に、決めつけるだけだ。
こんなにも、みんな同じで、みんな違う。
みんな同じことを思っているのに、勘違いして、違うと思い込んだり、みんな違うのに、同じように振る舞って嘘をついたり、世界の終わりなんて、世界の終わりなんてものを、勝手に思い込んで、悲観したり、絶望したあと、期待したり。
でも、所詮、人間なんて、思い通りしか、ならないんだ。誰だって、思い通りにしか、ならない。
僕は、絶対に、最弱にしか、ならない。
僕は——最弱。
僕は、思い通りに、なった。
今日も、僕の心は、安定して、不安定だった。
今日も、自由のためのに、不自由になった。
こんな理解でいいのか、わからない。
こんな、へんてこな理解で、僕は、世界を理解して、理解した気になって、僕は——
僕は——間違っているんじゃないのか?
本当は、世界は不自由しかなくて、思い通りにならないものなんじゃないのか?
僕の見解の正当性は、全く見当はずれの、文字通り、意味が無いものなんじゃないのか?
楽しみなんて、本当は、一つだって、この世界に無いんじゃないのか?
僕は——わからない。
文字通り、なんにもわからない、のかもしれない。
これじゃあ馬鹿に『され』たって仕方ない。
こんなに、わからないんじゃあ。
最弱の僕はよく人間に馬鹿に『される』。
『する』ことより『される』ことの方が、圧倒的に多い最弱の僕は、僕自身のことを馬鹿に『する』ことができない。
人間に馬鹿に『される』ことばかりの人生だった。
泣言ばかり、つぶやいているからだろうか。
どんどん僕の立場は弱くなっていく。
『される』ことが多くなっていく。
やっぱり。
僕は——最弱だ。
絶対に——最弱だ。相対なんてする余地がないほどに、絶対的に、絶対に——最弱だ
僕は——
僕は——
僕は——思った。
けど、けして、考えてはいなかった。
何も考えて、いなかった。
何も。
僕は——歩いた。
僕は——歩いた。
歩くのは、大変だ。特に大変なのは、歩き始めることと、ずっと歩き続けることだ。歩き始めは、抵抗があってなかなか、意思をコントロールできない。だから、歩き始めることは難しい。絶対的には、難しくなくても、相対的に、難しい。あと、歩き続けるのも、体力の限界と、生産性のない動きを永遠にし続けるのが大変だ。人は、社会にとって、必要とされないとツマラナイ。
——人は一人で生きていけることはある。
——人は人に必要とされないと生きづらい。
たったそれだけ。たったそれだけで僕の見解は、終わりだ。最終だ。この最終答案で完成だ。
僕は——止まった。
僕は——終わった。
ここが、僕の終わり。世界の終わりではなくても、僕の終わりだ。
僕にとっての、終わり。the end。でも、これは、絶対的な、終わりじゃない。僕を基準にした、相対的な、具体的な、終わりだ。
あんまりにも、具体的過ぎて、僕だけにしか、役に立たないものになった。
役に立たない。
無駄。
僕は——
僕は相対的に——無駄。
でも。
——だけど。
具体的には無駄でも、抽象的には、無駄じゃない。
——このイメージはなんだ?
理解できない。
説明が、できない。
僕は、できない。
頭の弱い僕は、頭が働かない。力がでない。
朝になった。
絶対学園に行った。休憩時間になった。机の上で、僕は、寝た振りをした。
「よお。無能」
僕に声をかける、音がした。
最高な笑みをした、何海答絵だった。
僕は——
僕は、最弱な笑みを、返した。
は、は。
会話が——
会話になってない会話が、終わった。
最弱は——この状況を受け入れた。
寝た振りを、した。
今日も——来て、いない。
最強が——来て、いない。
曖昧で、ぼんやりとした、最強。
はたして——強さとは。
強さとは——なんなのだ。
あまりにも、強く見える彼女——亜桜圖湖が、本当に、本質的に、強いのだろうか?
『強度』と『硬度』の違い、については、わかる。
強度が高い人間は、たしかに、折れないだろう。
だけど——
だけど、硬度が高い人間は、折れやすい。ボキッと簡単に心が折れて、しまうに違いない。
もし——
もし、硬度が高い、『強そうな人間』がいるとしたら、どうやって——
どうやって、強い人間と、硬い人間の違いを見分けることができるのだろう。
亜桜圖湖——彼女が、もし、『強そうに見える』人間だとしたら、どうやって、どのようにして、その弱さを理解することができるのだ。
誰も——できない。
誰も——観測、できない。
強さとは、なんなのだ。もし、強さが鈍感さなのだとしたら、僕は——絶対に、強くなんて、なりたくない。鈍感になっていることに気づかないで、日々を謳歌して、生きていたくない。
だから、僕は、最弱なんだ。
最弱で、あり続けたいんだ。
あらゆる力を無効にしない。
そんな無抵抗に。
僕は——思った。
中学の頃を思い出す。あの頃から、僕はの力は、最弱程度に極まっていた。あの頃から——
弱さに磨きを、かけていた。
強さに、欠けていた。
弱さに命を、懸けていた。
かけるをかけて、いた。
あの頃から、彼女——亜桜圖湖は誰よりも、強かった。
最強——だった。
でも、あれは見せかけだったのかもしれない。
強かったのではなく。
強そうに見えただけなのかもしれない。
材質の硬いドリルのように、簡単に、折れてしまうような、非力な人間だったのかもしれない。
それを思うと、僕は——彼女の本質に気づけていない自分のことを最低だと思った。最低はこの世に一人しかいないのに、そう、思った。
学校にいると、他人の中傷とも、とれる陰口のような、悪口のようなものが聞こえることがある。彼女は、この学校にとって最適ではない、強さを持った人間だから、よく陰口を言われる。否、『言われる』なんて表現は正しくない。彼女のような強い人間が、他人に『される』ことなんて、ほとんど無いからだ。
それぐらいに——強い。
強く見える。
帰宅後。僕は、そんな彼女に電話を、かけることにした。能動的に、何かをすることが、稀な最弱——この僕はスマートフォンを握る指がプルプルと震えていた。
「お、お、おう」
「朝夜くんだ。もしくはロナさん、かな?」
「お、オナさん?」
「違うよ。ロナさん。みんな、君のことを有名なブラジル人のサッカー選手に似ているって言ってるからね」
僕のあだ名はロナさん。そのあだ名は、あんまり、気に入っていなかった。あらゆる力を無効にしない、僕は、あだ名を勝手につけられる。自分勝手に、つけられる。
うん。
やっぱり亜桜さん——最強だ。
鈍感すぐる。
「あ、あ、亜桜さんってさ」
「うん?」
「悪口を言われたら、嫌でしょ?」
「時と場合によるかな。でも、嫌だよ。そんな時はね。相手の悪口を、陰で言いまくるけどー」
「でも、まあ、言『われる』なんてこと、最強にはないか……」
「え。なんか言った?」
「え、さ、さし。っすみません。何も言ってない」
僕は、声が、どもった。
「……」
「……」
「あのね。今日はね。いっぱい泣いたんだよー。全然泣くような、場面じゃないのに、相手、きみ悪がってたかも。あはは」
「そ、そう」
最強でも、泣くことは、あった。
「はぁ。強くなりたい……。強くなれたらいいのになあ。はーあ」
それでも——
それでも、僕は、彼女は強いと思う。
——最強だと、思う。
「強いよ。よ、弱くなんかない。むしろ、強く見えるから、攻撃を受けちゃうんだ。これぐらい、やっても大丈夫だと、思われちゃうんだ」
「うーん。そーかなあ」
「も、もっと、他者に弱さを、見せていかない、いと、ひとりぼっちになっちゃうよ」
「そうじゃないんだよ」
「ん?」
「そうじゃないの!」
ツーッツーッと通信が途絶えた。
さすがは——最強。
僕は——思った。
少しした後、着信メールが届いてきた。急に電話を切断してごめんなさい、という文面だった。理由としては、電池が切れたらしい。
僕は——納得して、いや、いいよ気にしないで、という文面を返信した。
いつの間にか、ベランダの窓から、漆黒の夜空を見上げていた。この光景は、世界と、繋がっている。だからそれを見て、彼女とも、繋がっている錯覚に陥ったのだろうと、思う。
僕は、しばらくの間、黒を見つめていた。
懐かしい。そう、思った。中学生の頃も、こうやって電話をしながら、夜空を眺めていた。とくに、意味がないはずなのに、なんだか、意味がある行為だった気がする。意味があってか、わからないけれど、いつも夜空や、星空を、眺めていたんだ。懐かしい。
この時、僕は——絶対的なものを感じていたのだ。
なにかと相対をする余裕も、余地もないくらい、思い込んでいた。
僕には、絶対的なものがあるんだと、信じることができていた。
だから。
だから——最弱は。
最強——彼女を……。
僕はどうしたいのだ?
わからない。僕は、僕の気持ちがわからなかった。
さすがは——最弱。
核となる自分が無いのかもしれない。
だから、こんな、無抵抗で、使えない、無力な存在になれたんだ。
は、はっは。
僕は——笑った。
なぜだろう目に水が溜まってきたし。もう寝よう。
最弱は——寝た。
朝になった。いつもの、朝だ。それと同時に、変わった朝だった。朝は朝だけど。いつもの、朝だけど、なにかが違った。何が違ったかは、教えられない。恥ずかしいので、教えられない。朝勃ちしなかったなんて口が裂けても言えない。
僕は——罪悪感から解き放たれた。
僕は何も、悪いことを、していない。
卑猥なことなんて、なにも——。
僕は、自由になった。
不自由があったおかげで、自由になった。
自由があったあとは、また、不自由になるけど。
だけど、だからこそ、生きていると実感できる。
最弱は——思った。
……いや、で、だからなんなんだよ。だから、どうなんだ。だから、だから——僕は、寝起きだった。寝起きだった。寝起きだった。終わり。
——最終ではないけれど。
僕は——終わった。
寝起きが——終わった。
今度、最終——彼らに質問してみよう。野野野咲さんと、茶畑髪男くんに、質問してみよう。
——最終の気分はどんなもんなの?
——完成した気分は気持ちのがいい?
なんとなく、聞いてみたかった。当人にとって、完成させた世界とは、最も、終わった世界とは、どんなものなのか。
未完成な最弱は——気になった。
まあ、気持ちが悪いものでは、ないだろう。
至高な、気分かもしれない。
最高(最高はこの世に一人しかいないけれど)な、気分かもしれない、かもしれない。
僕も、いつか、完成するのかなあ。
は、は。はあ。
完成した方が良いのかなあ。
うーん。
頭の弱い僕は、少し混乱してきた。
僕は——学校に行った。
歩いた。学校に着いた。
「おはよう!」
誰かが、誰かに挨拶をしている、音がした。
朝から、否、いつでも元気がいいなあ、と思った。
僕は——思っ
「痛」
学生鞄を蹴られた。
最弱は——蹴られた。
蹴った相手は——上野下上野内くんだった。
誰よりも早く——僕に挨拶をしてくる。
最弱は——最早、挨拶をされる。
最早、何度も、くどく記述する必要はないかもしれないが——
僕は——
最弱は——
挨拶を——される。
「まじありえんわ。無視すんなって! おらおら」
最早——上野下上野内は僕の鞄を蹴り続ける。おかげで、おかげさまで、鞄の端からところどころ、名誉の無い傷ができていた。そこから、う、うぅ、古傷が開く、という悲鳴が今にも聞こえてきそうな感じだった。毎朝、蹴られているので、最早、鞄は悲鳴をを出す気力がないような、ありさまになっている。最早、もともと、鞄は言語を口にしないが。
僕は無視をしていたらしかった。たしかに、視界では、彼のことを捉えていたけれど、無視はしていた。
僕は——無視をしていた。
友達を無視するなんて——酷すぎる。
誰だ、そんな最低(最低はこの世に一人しかいないけれど)なことをする奴は! ……僕だ。
僕はとりあえず、いつものごとく、友達に、ごめんなさいと、謝った。どうせ、明日も、同じように、謝ることのなるのだけれど。中学生の頃から、変わらない。僕は、僕に挨拶をする人間がいることに気づけない。毎回のように、びっくりする。まさか。僕なんかに、挨拶をする人間がいるなんて。……まあ、最弱なんだから、挨拶を『される』のは当然といえば、当然なのかもしれなかった。
最弱は——思った。
朝の挨拶は最早——当然だ。
僕は——友達に対して挨拶を、
「お、お、お」
返せなかった。声帯をうまく振動させられなくて、どもってしまう。しゃべる言葉は、決まっているのに、口から先を頑丈にチェーンロックされているかのような、最弱ではどうしようもない抵抗がかかっている。
最弱程度の力では、どうしようもない。
僕は、挨拶をすることを、諦めた。
これが、いつもの日常だった。
だから、期待なんて、していなかった。
自分の可能性に、期待なんてしたら、後で、落ち込んでしまうのは目に見えているから、だから、僕は、僕を、諦めた。
灰色のコンクリートの床。それを、僕は眺めた。
僕は——眺めた。
僕は——少し、安心、した。
今日も、パニックにならないで、学生生活が送れそうだ。そして、ゆっくりと視線を前方に向け、歩を進めた。
僕は——学舎内に足を踏み入れた。
僕は——学校の階段を上がった。
あのコンクリートを想像して。
僕は——上がった。
隣には、最早、今更だけれど——
上野下上野内くんが——いた。
最早、だから、どうした。
それで、終わってしまう。
それだけで、僕の世界は、終わって、しまう。
世界の——終わり。
こんなにも、僕の世界はちっぽけだった。
これが最終——。
だけれど、いつまでも、続く世界。
僕が死んでも、続く、世界。
これの、どこが、最終なんだ。
は、はっは。
僕は——
最弱は——笑った。
隣の彼は、少し驚いて
「おいどうしたんだよ?」
と質問した。僕は——
「どうかしたんだよ」
僕は、どもらないで、言えた。
そしたら、彼は
「保健室行くか?」
と、質問した。だから、僕は——
「僕は丈夫だよ。だから、保健室に行かなくても、大丈夫なんだ」
と、すらすらと、言えた。
「うぜーな。とっとと行けや。顔色悪いぞ?」
顔色悪いぞ? と語調が高かったので、質問だろう。僕は、僕は、質問に、質問に、答えれなかった。いつの間にか、意識が薄れていったからだ。たぶん、この感じは、気を失いかけているのだろう。
最弱は——思う。否、思えなかった。
思考なんて、とても、できる状態ではなかったからだ。
僕は——丈夫ではなかった。
僕は——大丈夫でもなかった。
それだけだった。
目が醒めると、白い——
白い、天井が、あった。
僕は、ここが、保健室だと、気づいた。
「早速、いや、最早か」
ベットから起き上がり、隣にいる、上野下上野内くんにお礼を言った。ありが、とう。
「どうしたんだよ。いつも以上に死んだ目をしてんぞ。あ、はは」
「ま、まみむ、目は生きて、ないよ」
最早、最早は笑っている。
最早、僕は、疲れてしまっていたので、彼を帰らせて、ベットで寝た。
疲れた。
疲れた。
疲れた。
それだけだった。
だから、寝た。
寝た、と思ったら、眠れてなかった。なかなか眠れない。こんな、人の出入りがある、保健室で、眠れるわけがなかった。僕は、眠れなかった。
疲れた。
寝たい。
眠れない。
僕は、眠ることを、諦めた。
ふう。疲れた。
布団が暖かい。ん。なんだか、布団の中がもぞもぞしている。なにか動物が入っているみたいだ。
僕は——最弱の力で、布団を剥いだ。
そこには——
半裸の嘉芽羽鷺さんが、いた。
驚いて、僕は、悲鳴をあげそうに、なった。
しかし、それはできなかった。
だって、僕の口は——僕の唇は、彼女の唇によって塞がれていたんだから。
「これは不可効力ですよ。最弱くん」
そう、いった。
意味もわからないで、僕は、混乱した。
「い、意味が」
意味がわからない。
「意味なんて、意味ないんでは? ほら、今、ドキっとしたでしょう? この気持ちに、意味なんて、必要ないの。ほら、もうちょっと、近くに寄って?」
魅惑の笑み。
僕は——
最弱は——無抵抗に、従った。
疑問形だったのに、従った。
僕はこの時——変だった。
きっと、変態だった。
いや、変な意味ではなくて。
変な意味ってなんだ?
変てなんだ。
僕は——欲望のまま、行動できなかった。
だって、僕は——最弱なんだから。
だから、彼女の、言う通りに従った。
「はあ。どえむくん。次は、右だよ。触って」
僕は——右を押した。
すると、リモコンのスイッチが入り、ベットが自動で、曲がった。僕の背中が押し上げられる。
それだけだった。
恥ずかしい。視線が怖い。
だから、いなくなってほしかった。
「ご、ごめん。ちょっと、じゃ、じゃまかも」
僕は密着してくる人間に、言った。
すると、彼女は、不思議そうな表情を浮かべた。
僕は、抵抗が、できない。
だから、露わになっている巨大なおっぱいを、無抵抗に、見た。
欲情できない。
強くなんて……なりたくない。
僕は——誰も傷つけたくない。
だから。
目の前の、奇想天外な、出来事に、僕は——
最弱は——なにもしない。
なるほど。
なるほど。
大き過ぎる。
こんなに大きな人間がいるのか。
嘉芽羽鷺さんは、きっと——最大だ。
なるほど——最大か。
最弱では、敵うはずがない。
僕は——思った。
それから——僕は、否、僕達は仲良くベットで眠りについた。
これが——最弱の力だ。
あらゆる力を無効にしない。
僕は最大に——負けた。
それから、僕は、起きた。
教室に入った。僕は——
この教室を見渡す。
嘉芽羽鷺さんが、いた。
椅子に座って、いた。
それだけだった。
さっきのは、なんだったんだ。
意味も意図も、不明だった。
なので、さっきのことを、僕は、忘れることにした。
「もう起きて大丈夫かよ。あんま無理すんなよ」
最早、言うまでもないことだけれど、上野下上野内くんが僕を心配してくれた。
最早、お前は、僕の母親かよ。
僕は——思った。
最弱は——
「だ、だだだだ、ん、大丈夫だよぅ。あり、ありがとぅ」
どもった。
——大丈夫じゃなかった。
「はっは。いつも通りじゃねーか」
彼は笑いかけてきた。
——これが、いつも通りなのか……。
僕は、僕が、情けなくなった。
でも、これが僕の、僕にとっての、絶対値。
だから、僕は、これが僕なんだと、認めた。
——最弱。
これが、僕だ。
最早、言うまでもない。または、書くまでもない、ことだけれど、僕が、最弱だということは、僕の主観によるものが大きい。というか、この世に、主観じゃない、ものなんて、ないような気もする。
客観は、どうしたら、できるのだ。
頭の弱い僕は——わからなかった。
まあ、いつも通りのことなんだけれど。
このあと、僕は、授業を受けた。
僕は——
最弱は教育を——された。
机の上にあったシャープペンシルが、落ちた。
床に、落ちた。
僕は拾った。
僕は手を拾った。
僕の斜め前方向から、手が伸びてきていたのだ。
僕はその手を、拾った。
僕はこの時——絶対零度を、感じた、気がした。
「冷た」
僕は反射的に手を離した。
シニカルな笑みを浮かべている彼女の名前は、冷水玲子。もちろん、この絶対学園の、生徒だ。
なるほど。
——絶対零度、か。
それは、あんまりにも——。
文字通り——絶対的だ。
——絶対的すぎる。
僕は——思った。
触れた手が、焼けるように痛い。壮絶な冷たさだった。彼女は、どことなく、儚げな雰囲気を醸し出している(どんな雰囲気だ)。シャープペンシルは冷水玲子さんが拾ってくれていたが、彼女が強く握ると、急激に白い煙を帯びてから、爆発した。この光景に、僕は唖然とした。
——これが絶対零度か。
化け物みたいな力だ。ありえないほどに、異次元な領域。この学園の生徒、半端ない。
半端が——いない。
僕は——
最弱は——思った。
とりあえず、僕は、沈黙を破るためにお礼(?)を言おうと、した。
「あ、あ、あ、あ、どぅ」
僕は——どもった。
これが、最弱の力だ。
そして、再び沈黙が続いた。
シャープペンシルは粉々になっているが、僕は、あまり気にしないことにした。正面に向き直り、授業を受けた。教育、された。僕は、育った。
最弱は——成長した。
教育されたから、成長した。僕は、これから、様々なことを覚えていくのだろう。暗記して、いくのだろう。だけど、それが、なんだ。僕は、成長することの、楽しさが、わからない。成長することが、正しいことなのかが、そもそも、わからない。間違った、成長の仕方だって、ある筈だ。だから、僕は成長、したく、ない。強くも、なりたく、ない。
強くなることで、誰かを傷つけるくらいなら、いっそ——
は、はっは。
いっそなんだよ。どうせ、頭の弱い僕が、なにか考えてるわけない。否、たとえ考えていても、超抽象的で、誰にも、理解できないくだらない、戯言くらいしか口から、出てこないだろう。
だから。
だから。
だから?
だからなんなのだ。全然、思いつかない。僕は、本当に、何も考えていなかった。それだけだった。
それだけだった。
そんなにだった。
最弱は——最も弱かった。
頭が——弱かった。
それだけだった。
そんなにだった。
こんなことばかり、思いながらだったので、授業の内容が全然、記憶に残らなかった。ノートに黒板の文字を写すだけしかできなかった。まあ、いつものことなんだけれど。
休み、時間に、なった。
地獄に等しい、時間だった。
僕は、机の上で、狸寝入りをした。
寝た振りを、した。
……僕は、いったい何に襲われるんだよ。
クマか!? クマなのか!!
僕の背後に、何者かの気配を感じる。
「ぷぎゃー!!!!」
人間だった。僕の脇を両手で、持ち上げられた。
そして——高い高いを、された。
こいつ——最高だ。
何海答絵くんは最高な笑み(どんな笑みだ)で、僕に高い高い(!?)をしてくれたのだ。ただの、ちょっかいだが。僕は、彼の剛腕に驚いた。
——なんで、その力を高い高いに使うんだ。
——もっと、違う使い道あっただろ。
こいつ——最高だ。
いつも、僕のことを最高な笑みで、無能呼ばわりしてくるくせに、今日ばかりは、違った。
高い高い。
これは僕の予想の遥か彼方をいってしまった。
僕は——なす術がない。
最弱は、どうすることもできない。
最高な笑みで繰り出される高い高いを、僕は、否応なしに、受け入れるしかなかった。
高みから、教室全体を見渡す。
この高み——最高だぜ。
「高い高ーい」
最高な笑みで、僕を見上げている。
「からの」
そして、袖を掴み僕を、背負い投げ、した。
「低い低い!」
「がはっ」
床に叩きつけられた。最弱の肺の中の空気が、否応なしに、吐き出される。
この学園で誰よりも背の高い、何海答絵くんは、低い僕を見下ろし、最も高いところから、最高な笑みを浮かべていた(どんな笑みだ)。床の冷たさを肌に感じながらも、視界の隅に——シュレッティ猫姫さんを見つけた。すると、ちらと、こちらを見た。
目と口角が侮蔑そうに、笑っていた。
こいつ——最低だ。
だけど。
今は。
床に叩きつけられたこの状況は、誰よりも。
僕は——最低だった。
最弱で、最低だった。
なんだ、このシーン。
意味が不明だし。
誰か助けろよ。
僕は——思った。
思っている内に、誰か、助けてくれると期待したけれど、誰も、助けに来てくれなかった。みんな、楽しそうに、笑っていた。笑うだけで、力を貸してくれなかった。みんな、リスクを恐れているのだ。最弱に力を貸しても、力を返してあげれないから、だから、誰も、僕の味方をしない。
僕がヤられていても、誰も、見て、見た振りをするだけで、助けにこない。それなら、まだ、目て、見ない振りをしてくれた方が幾分かマシだ。
最弱は——思った。
がしっと脇を掴まれた。
最弱は——掴まれ、持ち上げれる。
「高い高ーい」
僕は再び、教室の中央で、高い高いを、された。
何海答絵は——最高な笑みをしている。
「からの」
再び、僕は、低くなった。
僕は、あらゆる力を無抵抗に受け入れ——
「がはっ」
息を、吐き出された。
されることの多い僕。
最弱の真骨頂が再現された。
それにしても、今日は、いっぱい『される』。
ついてないなあ。
最弱は——思った。
どうせ僕なんかじゃあ、と諦めていた——その時。
うつ伏せに叩きつけられた僕の頭上に——力を、感じた。気を——感じた。
この力は——馴染みのある。否、幼馴染の——
僕は——顔を上げた。
「そんな、力じゃあ、駄目だよ」
そこには、不登校だったはずの——最強。
亜桜圖湖。
彼女が、いた。
ありえない、と、思った。
まさか、学校に、来ているなんて。
彼女は、力強い眼差しで、何海答絵くんを睨んだ。
「弱いものイジメ、だね。嬉しそうな顔しちゃって」
「なんだ。お前。いい気になんな。学校をサボってる底辺の分際で、邪魔だ」
駄目だ、そんなことを言ったら……。
最強に、そんなことを言ったら……。
彼女の顔は黒髪に隠れて、見えない。
だけど、僕は、見たくないと、思った。
「朝夜くんを恥ずかしめるようなことをする悪いやつは、愛ちゃんの代わりに、撲滅してあげる! 大丈夫。痛くないようにしてあげるから」
最強が拳を振り上げた刹那——まばゆい光が、この世の力の源を凝縮したような、光が、発した。
次の瞬間——
怒号が、した。
そして、最高は、なくなった。
きっちり一人分、消えて、なくなった。
これが、最強。
攻撃の残像すら残らなかった。
——強い、強過ぎる。
最弱は、畏怖を感じた。
「立てる?」
強者の笑みを浮かべながら、彼女は——言った。
僕は——
最弱は——足がすくんで立ち上がれなかった。
手を差し伸べられた。
だから、最弱は、無抵抗に、受け入れることにした。
すると、最弱は、簡単に立ち上がることに成功した。
周りを見渡すと、ほんと——なにもかもが終わっていた。生徒達の叫び声。先生達の険相な顔。ほんと、なにもかもが——終わっていた。だから、僕にとっての最終なのかもしれなかった。
世界の——終わりなのかも、しれなかった。
世界が終わっても、僕は生き続ける。根こそぎ、終わってしまっているのに、生きつづける。
最強——亜桜圖湖は、化け物のように扱われ、僕は事情聴取を受けるだろう。受け入れるだろう。
は、はっは。
なんで、こんなにも、終わっているのに、続くんだ。
意味わかんないし。
僕は——
最弱は——ため息をついた。
「まだ、終わってない。朝夜くんの物語は、終わってないってことだよ。君は、諦めちゃ駄目。私は、どんなときでも人に優しくできることが、強い人だって思うから、だから、君は、そんな優しい君を、諦めちゃあ駄目」
最強は——言った。
まるでヒーローみたいだ。
最弱は——思った。
でも、彼女は、また、中学生の頃のように、一人になってしまう。一人で、一人だと思い込んでしまう。
あの頃も、僕は力になろうと頑張った。
でも、僕が頑張ったぐらいの弱い力じゃあ、ほとんど無力に等しかった。僕はまた、無駄な思いをしなくてはならない。最強には、最弱のやる気なんて、意味を成さないのだ。いくら、抵抗に抗おうとしても、最弱程度の力では、摩擦にすらならない。
いつか、この時が、くるとは思っていた。
最強は——いつかは、最弱を助けようとやってくると、予想していた。ついに——人を消してしまった。
なにげなく、日々を過ごしていただけなのに。
不登校だった最強は、最弱を助けようと——やってきた。
世界に有り余る力を使って——人を一人消した。
——なんて、力なんだ。
——なんて、ことをしてくれたんだ。
僕はなにかを言わなければ、と思った。
「あ。あぃりがてぅ」
いつも通り無抵抗のお礼だった。
お礼だなんて、ほんと、最弱らしい。
僕は——思った。
「全然いいよ。君が、無事なら。それで。あは」
最強らしい、堂々とした佇まいで、彼女は言った。いつも、背骨が曲がっている僕とは大違いだ。
「じゃあ。帰ろうか」
「え」
僕は、聞き返したが、彼女は、既に行動をおこしていた。僕を両腕で抱え、教師のガラス窓を、威圧で破り(!?)、そこから、飛び降りた。
「つっっ!?」
僕は——お姫様抱っこされたまま、二階分の高さから、急降下した。
下は——コンクリートだった。
僕は——死んだ、と思って、目を閉じた。
「吊り橋効果ってやつかな。今、すっごいドキドキしてる」
そんな、声が聞こえた。
彼女の日本人の二本の足が、地面に、着地した。
壮絶な物理的衝突音が、した。
コンクリートは二つの大きな穴を、明けた瞬間。
僕は少しだけ、無重力状態になった。
無抵抗状態の、無重力状態になった。
唇に柔らかいものが触れた。
それだけだった。
それだけだけど、僕は、この刹那が、永遠に感じられた。
そんなにだった。
それだけだった。
どっちなんだよ?
どっちでもいい。
どっちでも受け入れる。
だって僕は——最弱だから。
意味不明だった。意図も不明だった。
だけど、僕は、彼女に連れて行かれた。
イカれた。イカれている。なんだよこの状況。
いつまで、続けるんだ。こんなの、もうどうしようもないじゃないか。指名手配されるだけじゃあ、ないか。でも、もしかしたら、最強の彼女なら、逃げ切ることができるかもしれない、と、淡い期待をしてしまう。淡い恋。淡い期待。だけど、そんなもの、時間と共に、儚く消えてしまう。消えて、あったのか、なかったのか、わからなくなくなってしまう。
僕は——期待しない。
期待すると、あとでガッカリして落ち込んでしまうから。だから、僕は、誰にも——自分にも、期待しない。最弱は、されるがまま、彼女の家に連れて行かれた。教室から拉致られた。
——それだけだった。
——そんなにだった。
玄関には、ブーミンのぬいぐるみが置いてあった。
それにしても、僕を抱っこしながら、息を切らさないまま、自宅まで、文字通りひとっ飛びとは、亜桜さん——
尋常ではない。
普通ではない。
最強だから——当たり前だけど。
だけど、僕は、その強さに、惹かれた。
「ぼ、僕は、強さっていうのは、鈍感さだと思う。ねえ。なんで、こんなことができるの?」
僕は——最強に質問した。
「うーん。わかんない。私って、人に媚びを売ることができないうえ、なんか、虐められやすいんだ。そういうところ、似ていると思って」
僕の顔を見て、言ってきた。
僕と亜桜さんが——似ている?
「それに、中学の頃に、君は——」
君は——なんだ?
僕は、なんかしたのか?
は。はっは。
滑稽だ。なにか、なんて、できるわけない。
だって僕は、こんなにも——無抵抗なんだから。
こんなにも、あらゆる力を無効にしない。
情けない。
情けなんていらない。
ただの——最弱なんだから。
なんにもできてない。
なんにもしてあげられなかった。
力が弱すぎて、全然、彼女の力になれなかった。
——それだけなのだ。
それだけで、僕の、物語は終わっているのだ。
僕の世界は——終わって、いるのだ。
なるほど。
これが僕にとっての——最終だったのか。
だとしたら、僕にとって最終は、最悪と同義になってしまう。
そんなの、許容したくない。
最弱程度の力でも、抗い続けたい。
——今の自分に、そんな気持ちがあることに、正直、驚いた。失望しては、失望して、最後には、絶望していたはずなのに。今、絶望の対義語が、すっと脳裏にでてきている。
——希望。
また、あの頃のように、抗い続けたい。
そして、一抹の不安。
「警察に捕まるよ。こんなの、まずいって。こんなの……終わってる」
「終わってる? 全然、終わってないよ。私は強くないけど、力では——誰にも負けないんだ。警察にだって。なので、君が良ければ、君が目障りだと思い奴を片っ端から、ぶっ倒してあげてもいい」
彼女のとって強さとは——いつだって、人に対して優しくできること、だったな。
僕にとっても強さは——鈍感さだ。
鈍感過ぎる彼女は自分のことを『誰にも負けない』と思っている。そんなの、実際、絶対的に調べることなんてできないのに。
それでも自分は——最強な彼女は、そんなのさも当たり前のように、公言するのだ。
「私は最強じゃないよ。あのね。私は、優しくないからね。だから最強になれないの。誰にも負けない力強さはあっても、それだけじゃあ——」
誰にも負けないことだけが——最強を表すものじゃないと、彼女は言った。
僕にとっての最強——亜桜圖湖は言った。
「最強にはね。君がなれると思うんよ」
最強は——最弱に言った。
僕は顔が——強張る。
最弱の僕が——最強になれる?
は。はっは。冗談だろ。
彼女がいう強さ——人に対して優しくできる要素なんて、僕には、絶対的にないし。
——力だって強くない。
——力強くないのに。
「そういう強さじゃないよ。力強さってなに? そんなの測定できるの? うちが言っているのは、イメージのことだよ——最強のイメージ」
——イメージ。
確かにそんなもの正確に調べようがないけれど。
でも、精確に計算することができないのでは、最強が誰かなんて、誰にも、わからないじゃあないか。
「そうだよ。その通りだよ。最強はね——私が決めるの。私が人類を代表して最強を決めてあげる。朝夜くんはなれるよ——人類最強に」
彼女は言った。
僕にとっての最強が、そう言ったのだ。
笑えるな。
——そう、思った。
「せっかく連れてきたんだけど、君、今から帰ってくれない?」
彼女は制服を脱いで、いた。
僕は——
最弱は——
「うん」
いつも通り、受け入れた。
なんのために、僕を教室から拉致ったんだとか、そういうことは、深く考えないことにした。
いや、なんのために、僕は、ここにいるんだ。
意味不明だ。
お邪魔しましたと言ってから、玄関から、出た。
いつも通りの、展開。
いつも通りの、最弱。
意味が、そもそも、なかったのかもしれない。
僕は——思い通りに、いつも通りの展開を貫いただけなのかもしれない。
最弱の展開。
僕はこれで、満足しているのかもしれない。
最弱を最弱たらしめているのは、なんだろう。そもそも現代の科学で、最弱をイメージで他者に伝達できる手段は、ない。強さと弱さを相対化して、具体的な枠にはめることしか、できない。
なら僕は——
僕という個人は、どうやって、弱さを測定することができるのだ。僕は、何者なんだろう。僕といる存在が、もっと具体的に他者と区別できれば、僕が、どれだけ弱いかを、知ることができるのに。
僕は——何者なんだ。
僕は——最弱だろ?
僕は——最強じゃない。
最強になんか、僕は、なれない。いや、なりたく、ないんだ。誰も、傷つけたくない。だから。鈍感になんて、なりたくないから、僕は、自らの意思で、最弱になったのだ。
誰かを傷つけるなら、僕は——。いや。食物連鎖はどう説明するんだ。僕は、僕が生きるために、他の動物の命を犠牲にして、のうのうと、生きているじゃないか。そうだった。忘れていたよ。こんなんじゃあ、怒られちゃう。
最恐——舞奈好愛さんに『後ろめたいことを、忘れてのうのうと生きる最悪』呼ばわりされてしまう。
最弱は——されてしまう。
まったく、泣き言だよなあ。
泣いてはないし。泣く気はないけど。
こんな戯言を客観的で一般的な市民が聞いたら、泣き言だって一蹴されてしまうに違いない。
『泣き言を言うな』ってドロップキックをかまされるに違いないない、と思って玄関のドア閉めた、その刹那的な時間——
迫り来る両足の平が僕の顔面にクリーンヒットした。
「話しは聞かせてもらった」
僕は、顔面を、踏みつけられたまま、倒れこみ、微動だにしない。
さすがは——最弱。
無抵抗の——極み。
「どうやら、絶対学園の、最強が、あんたに肩入れしているみたいだということか。これは——恋じゃのう。愛ではなくてな」
「……」
「愛と恋の違いは、知っとるか? わしは知っとる」
知らない、と返事する時間的余白を与えてくれない。
「それは——『心』じゃ。愛は、真ん中に心があるから『真心』で。恋は、下に心があるから『下心』という違いじゃ。因みにこれは、絶対的じゃないぞ。相対化した結果じゃ」
よく見ると、この人、絶対学園の制服を着ている。今、僕の顔面を、下駄のような古風な履物で踏みつけられているから、あんまり前が、見えない。
ひらひらスカートの中が——見えない。
いや、見たくないけど。でも、見たい男子高校生は、たぶん全国に十パーセントくらいはいるだろう(少ない)。
「ここで、あんたに、とっておきの助言をしてやろう。あんたの恋人——最強が殺されたくなかったら、今すぐにできることを考えろ。抽象的になってしまったが、それだけじゃ。あれえ。ごめん。踏み間違いじゃった。あんた誰じゃ?」
そう言って、僕の顔に下駄底の二という文字のスタンプを残して、どこかへ、行った。
——変な人に出会ってしまった。
——恋な人に出会ってしまった。
——故意だろあれは。
気まぐれキャラかよ。
僕は——歩いた。
お家まで——歩いた。
着いた。
ふう。今日は、色々なことがあって、疲れた。さっきまで、疲れていなかったのに、今は、全身がだるい。きっと、さっきまで、ずっと緊張していたのだろう。緊張の糸が切れた、というやつだ。僕の糸なんて、細過ぎて、すぐ切れてしまうだろう。だって、僕は——最弱なんだから。
「ただいまあ」
我が家。いつもの家庭。僕は、安心する。
なんだか、変だ。僕は、今日のことを思い出せない。今日の出来事を脳裏で反芻してみたけど、なんだか、頭が、ぼんやりする。
最強に会った。最強に会った。最強に会った。
それだけ、しか、思い出せなかった。
眠くなってきた。眠りにつこう。
おやすみなさい。
世界。
朝になって、いつもの通りに学園に向かった。そこで、僕は先生に呼び出しを受けた。最弱は受け入れた。僕は、抵抗しないで、ありのままの事実を報告した。昨日の悪夢のような事件について。
人を一人、消したのは最強の仕業だと、説明した。
僕は、長い事情聴取を終え、教室に戻った。
みんな——いつも通りだった。
あまりにも、平和だった。
昨日、あんなことがあったのに。それから、早速、僕は鞄を蹴られた。僕は——
最弱なので、吹き飛んだ。床に這いつくばる。
「なめてんのかてめー。挨拶ぐらい返せよ」
どうやら、 僕は、挨拶をされていたらしかった。
最早、聞こえていなかった。
「ご、ごめん。か。上野下心くん」
「素で間違えやがった、こいつ。俺の名前は上野下上野内だ!」
そういえばそうだった。僕は失念していた。
「ご、ご、ご、ごめんね」
「きょどるなって!」
そんなこんな(どんなこんなだ)で、僕は、いつもの教室でいつものクラスメイトと、いつものように、集合体をつくった。コロニーだ。
僕はコロニーだぜ!
僕は、珍しく、意気揚々だった。
誰とも意気投合しなかったけど。
うん。やっぱり。いつも通り、僕は、休憩時間には、一人、だるまさんが転んだをするのだった。
——机の上に伏せているだけだけれど。
これを、今、『一人だるまさんが転んだ』と、僕は、命名した。だ〜る〜ま〜さ〜ん〜が〜転んだ! と心の声で言って、後ろを振り向かない。それを、休憩時間、何回も繰り返した。切ない。
最弱は——泣きそうになった。
泣き言ばかりが脳裏に溢れてくる。
なんで、僕は、こんなにも——最弱なんだ。
「ねえ。なにしてるん?」
視界が真っ暗だから、誰が喋っているのか、あまり、わからなかった。
一人だるまさんが転んだをして遊んでいたんだよ、とは言えなかった。切なすぎる。
「……ん?」
僕は少し驚いた振りをして、顔を上げた。
そこには——知らない人が、いた。
こんなイケメン、僕は知らない。
頭の弱い僕は——思った。
「ねえ。混ぜてよ。『一人だるまさんが転んだ』」
「んぇ!?」
「聞こえてたよぉー。耳が良いんだ。——絶対聴覚って知ってる?」
「ぃう。い、いや。し、し、し、知らないよ」
初めて聞いた。
「まあ、端的に言うと『誰よりも耳が良い』ってことなんだけどね。誰よりもっていうと少し、語弊があるかもだけど、まあそう言う感じの意味でいいよ」
——絶対聴覚。
絶対学園はなんて人材を、揃えているんだ。
僕は、この学園の——凄さを感じた。
心の声でだるまさんが転んだをしていたつもりでいたが、どうやら、僕は小声を出していたらしい。誰にも、聞き取れない、細々としたものだったのに、それでも、聞き取れていたなんて、この人、人間とは思えない。化け物なんじゃあないだろうか。
「あ、あ、あ。な。名前……は」
僕は——名前を聞いた。
「え?」
「な、名前はなんて、いう、の?」
彼は、驚愕していた。
僕は、悲しくなった。
「えっと。まさか、今更、名前覚えてないなんて思わなかったから、正直、面食らった……」
「……」
僕は、悲しくなった。
いっそ、殺してくれ。
「音萩春休」
話しは、終わった。結局、一緒にだるまさんが転んだをやらないで、終わった。二人でやるだるまさんが転んだとか、絶対にやりたくないな、と思った。
そして、僕は、再び、机に顔を伏せ、一人、だるまさんが転んだをするのだった。
一人だるまさんが転んだ楽しぃー!
僕は——嘘をついた。
結果、切ないだけだった。
だれも転ばないし、だれも振り返らない、だるまさんが転んだ。これを発明した人間は、神だと、思う。
絶対的な——神。
どうやら、僕は、神だったようだ。
最弱の——神。
最弱とつくだけで、神の威厳が……。
僕は、色々、思った。
僕は、色々、思わなかった。
それだけだった。
学校の帰り道、昨日のことを思い出してみた。
なんだか、顔を踏まれた記憶があるのだけれど。
あれは、いったい誰だったのだろう。
名前を知らないし、顔もしらない。なんとなく、僕より年上のような気がする。語尾に『じゃ』とか言っていたし。外履きが、下駄だったし。
なんとなくだけど、そう、思った。
なんか、僕に対して、色々、しゃべっていたような気がする。なにをしゃべっていたんだっけ。
『考えろ』とか、『最強が殺される』とか、言っていたような気がする。
で、僕は、どうしたらいいのだろう。
で、最弱は——なにができるのかな。
で、僕に、どうしてほしいんだろう。
わからなかった。これを、泣き言だと、中傷されても、かまわない。だって、これは、泣き言なんだから。
これから、僕は、なにをすればいいのだろう。
わからない。わからない。わからない。
——それだけだった。
誰かが、助言してくれれば、僕は、それを、無抵抗に受け入れて、行動できるのに、と思って、空を仰ぎ見ていたら、空を——人間が飛んで、いた。否、跳んで、いた。それは、僕の頭上を跳び越え、くるりと身体を一回転させたあと、綺麗に着地した。
「あ、あ、あ」
真正面に向かい合った人物は——不敵に笑っていた。
最恐——舞奈好愛。
なぜ、僕の道を封じるように、現れたんだ。
意図不明だ。
「うっす」
僕も、
「い。ぅうっ」
返事を、した。文字通り。
「亜桜は元気にしてたか? 昨日、学校に来てたんだってな」
こ、怖い。こ、声が。
「う、うん。と、元気っぷ、ぽかった」
「ははは。まあ、そう硬くなるなよ。それ以上は防御力、上がらねえぜ?」
僕は硬くなる、をしていたらしかった。
「な、何の用、なん?」
「用って言われても、特にねーけどな。馴染みの奴がいたら、声をかけるって普通だろ?」
僕だったら、声をかけないが普通だけれど。普通は人それぞれなのだろう。最恐には、最恐なりの——普通がある。
「あいつ、退学になるな。当たり前だが」
考えて——いなかった。そうか、退学。
最強でも、人を一人消したら、退学になってしまうのだ。そして、亜桜圖湖から最強が剥奪される。だって、最強という称号を与えたのは、この学園。
絶対学園——なのだから。
僕は、当たり前を、すっかり見落としていた。
『最強が殺される』とは、絶対学園に通えない、という意味だったのだ。
は。はっは。
「そ、そ。そそ。さしすせそう、なんだ」
「おい大丈夫か? 落ち着け。きょどり具合が半端ねえぞ」
確かに半端——ではない。
僕は最恐を目の前にして、気が動転しているのかもしれない。そうだと、思いたい。
まさか——彼女が、学校も来れなくなったことに対して。責任を感じているだなんて、そんなことは、絶対に、ないのだ。
そうだと——思いたい。
だけど——思えなかった。
僕は、また、あの頃のように、失敗してしまった。
失敗して、失望して、失敗して、失望して、失敗して、失望して、失敗して、失望して、最後には——絶望した筈なのに、また、叶えもしない希望を抱いて、勝手にミスって、僕は、どうしようもない、最弱だ。
僕は——目の前が真っ暗になっていた。
日が暮れて——目の前が真っ暗になっていた。
それだけだった。
そんなにだった。
舞奈好愛さんとは、仲良く、別れた。
バイバイって言って。
僕はバっと言って別れた。
それだけだった。
そして、一人。
夜空には、月が、あった。
月影が、僕の影を浮き彫りに、した。
お願いします。どうか、どうか、幸せにしてあげてください。僕のことは、どうなってもかまわないので。
返事は、もちろん、なかった。
僕は——
最弱は——色々あったけど、無事に家に帰った。
「ただいまあ」
いつも通り。いつもの仕草で、僕は、いつものことを、した。いつまでも、いつまでも。
朝になった。
朝になっちゃった。
朝は苦手だ。明るすぎる。朝も、夜も明るさを均等にしてくれたら、良かったのに。僕は、夜と相対して明るすぎる朝が、どうも、苦手だ。嫌いではないけれど。
僕は——絶対学園に登校した。肛門近く……ではなくて、校門の近くでいつものように上野下上野内くんが、僕を、待っていた。
最早、彼は、僕の恋人以上友達未満のような気がしてならない。なんで、僕を待ち伏せしてんだよ。そこまで、お前と仲良くないはずだろ。中学時代からの馴染みとはいえ、僕は、最早の行為に、嫌気がさしていた。
だから、僕は、
「おはよう。早いね」
挨拶をした。どもらないで、話しかけれたのは、きっと、相手のことを、少し見下していたからだと、思う。この時、僕は、少しだけ、強かった。
——最強には程遠いけれど。
「おい。どうした? 朝夜から、先に挨拶するなんて、気持ち悪いわ。今日は富士山でも噴火するのか?」
僕の些末な変化で、そんな甚大な被害が……。
「いやー。富士山は噴火はしなくても、交通事故で死ぬ人や、自死する人は、長い目で見れば甚大な被害だと、思うよ。被害というか、悲惨というか」
「……大丈夫か。少し、話しがかみ合ってないんだが」
「ごめん。いまいち、人の話している言葉が、理解できてない。いや、いつも、そうだったのかな。あは」
「あはって」
「わからないんだ。わからない。頭が弱すぎて、相手の言っている言葉が、うまく脳内で整理できなくて、ぐちゃぐちゃになって、もう、手がつけられない。僕は、いったい、どうしたいんだ。どうしたら『成功』なんだ。成功がわからない。どうしたら、僕は僕の人生を『成功』できるんだ。完成なんて、具体的なものがないのに、僕は、いや、みんなは、どうやって、日々を生きていけてるんだ。わからない。わからない。どうしたら、僕は『正しい』んだ。将来、誰かと、結婚とかした方がいいのかな? SEXとかして、子供をつくったほうが、いいのかな? それとも、地球の人口はどんどん増え続けているから、環境問題の為にも、どんどん少子化を進めていった方がいいのかな? 人間さえいなければ、もっと、地球温暖化は妨げることができたのかな? 世界から男が消えたら戦争が無くなるとしたら、家畜の牛や羊にように、人間も去勢をした方がいいのかな? 力ってなんだろう。この世に力の作用しない物質はないらしいけど、それなら、こうして、君と僕はどのように『つり合って』いるんだろう。 お互いが、同じ力で接した時に、均衡状態ができるのなら、僕と君の関係は『危うい』んじゃないのかな? 今の、僕みたいに、些細なことで——弱い力で『壊れてしまう』かもしれない。それでも、君は、最早——上野下くんは、僕との関係を続けたいと、思うかい?」
返答は——最早いらない。
なのに、返答がきた。
「続けるに決まってんだろ」
最早——即決だった。
僕は——少し、驚いた。
「勘違いしてんのかもんねーけどなあ、友達ってのは、近くにいるとか、いないとかで決まるもんじゃねえんだよ。俺が——俺自身が、お前のことを、友達だって思っているかどうか、それだけだ。それだけで充分なんだよ。今のみたいに、どーでもいいこととか、どうでもよくないこととか、気兼ねなく話せるってのがいいんじゃねえか。だから、気にすんな。何を気にしてんのかしんねーけど、俺は——お前のことを『友達』と思ってんだからよ」
やべえ。こいつ、嫌いだ。
なんなんだよ。なんで、急にかっこよさげなこと言ってくるんだよ。ふざけんな。
僕は——お前のことが、嫌いだ。親友。
僕は感情を抑えきれないで、抵抗しないはずの、僕の身体が、ふわりと浮いた心地になって、右手を握りしめていた。
それから、思いっきり、親友の顔面をぶん殴った。
最弱の一撃。
だから、全然、痛くないはずなのに。
最早、死にそうなほど、顔を歪めて、痛そうにしていた。
そんな。
ありえない。
だって——
僕は——
最弱——
そのはずなのに、僕は、なぜか、この時、全身から力がみなぎってくるのを感じた。最弱のはずなのに、今なら、誰にも負けない気がする。
もしかして、僕は変わったのか。
最弱から——最強に。
なんて荒唐無稽なんだ。
は。あは。
僕は——笑った。
僕は——歩いた。
一人で、歩いた。下駄箱を確認した。今日は、亜桜圖湖は来ていなかった。僕は、職員室に向かった。
「失礼します。先生、ちょっといいですか」
数学の先生の羅布羅酢先生を呼びだした。
「先生。お願いがあります。あの……」
「あの朝夜くんがすらすら会話をしている……だと。今日は、富士山でも噴火するのか?」
「しません」
なんで、富士山なんだよ。噴火なら阿蘇山とか色々、あるだろ。……そして、なんで、僕がどもらないで会話をしてるというだけで、噴火するんだ。山が繊細すぎるだろ。
「しないのか……」
なぜ、がっかりする?
そこ落胆するところじゃねえだろ。
いや、マジで、そういう反応おかしいから。
「あのですね、僕を退学にしてほしいんです」
「なんで僕に言うんだい?」
お前が、僕の担任だからだよ!
「いや、確かに、先生じゃ頼りないとは、正直思ったんですけど、でも、だからって、担任の先生を差し置いて、他の先生にお願いするっていうのも…………考えましたけど」
考えた。
「な、なんだってえ! 朝夜くん。君は、先生の気持ちを慮って、頼りない僕を選んでくれたんだね。ナンテイイヒトナンダー」
この先生、僕以上にわざとらしいなあ。
「もう、疲れたんです。この学園で生きるのに。だから、もう——終わりにしたいなって」
「ナンテイイヒトナンダー」
人が真面目な話しをしてるのに……。
「先生! 僕は、本気で考えているんです!」
「ええっ!!」
羅布羅酢先生は、大袈裟に驚いた。
……なぜそこでオーバーリアクション。
「僕みたいな最弱が、生きていたって、無駄なんです。この前、授業で先生、力説してましたよね? 『無駄』には人によって『期間』と『目的』の認識の違いがあるんだって。あの言葉を聞いて、僕、感銘を受けたんです。受け入れたんです。それを受けて、もしかしたら、僕は、誰かにとって『使える』人間になれるかもしれないって、期待できたんです。でも、やっぱ、僕は、間違っていました。僕は、期間と目的の認識の違いがあったって『使えない』んです。弱いんです。敏感なんです。だから」
「ちょっまてよ」
羅布羅酢先生はイケメンボイスでそう言った。
「鈍いってことは弱くないか?」
? 言っている意味がよくわからなかった。
「どうやら、思考の展開ができていないようだ。僕が、授業で言ったことを、自分で都合よく解釈しているんじゃないのか? 敏感てことは、鋭いってことだろ? 鋭い刃物は、物体を切断しやすい。これは、強くないか? 朝夜くんの繊細さ、敏感さは——強くないか? どうやら、思い違いをしているみだいだね。朝夜くん。君が思っている弱さは、君が思っているより——強い」
「僕は最弱、ですよ?」
「いいや。違う」
羅布羅酢先生はイケメンボイスで、こう言った。
「最弱だからこそ、君は——最強になれる」
——矛盾だ。
最弱だから最強になれるだなんて——なんだか、矛盾している。そんなことを言い出したら、絶対的な強さなんて、そんなもの、ただの、空虚な妄想でしか、なくなって、しまうじゃないか。
相対して、比較してこそ、強さがわかるっているのに、その強さにも、色々あるのなら、強さの頂点なんて、目指したところで、抽象でしか、人に伝えられない。
絶対的な強さなんて。
絶対的な弱さなんて。
本当は——どこにあるだろう。
最弱は——思った。
「そして最弱の君に先生から、お願いがある」
お願い? なんだろう?
なんで、先生のお願いを聞き入れなければならないんだ。いい加減にしろ。こう見えて、僕は(何も考えていないなりに)、思慮深いんだ。そうほいほいと、人の言うことに従うような、単細胞ではない。
お願いがあるだって?
急に、そんなの、願われたって、僕は——
最弱の僕は——
「退学しないでほしい」
「わかりました」
受け入れた。
と、そんな、感じで(どんな感じだ)、僕はまだ、ここに在学し続けることにした。
——絶対学園。
どうやら、僕はしばらく、ここから抜け出せそうにない。これが——支配か。
僕は支配を受けている。
どうやら、絶対学園の力量を侮っていたみたいだ。
この僕を支配するとは。
やりおる。
……。
学園という名の巨大な組織から抜け出すには、相当な『力』が必要になるようだ。
最弱は——思った。
これは、泣き言ではない。
事実だ。
不甲斐ないだけだ。
不安なだけだ。
この『不』の要素こそが、最弱の強さだと、なんとなく気づいて、今日は、終わった。
——最終ではないけれど。
朝になった。やっぱり、最終ではなかった。終わってなかった。最弱は——終わってなかった。
どうしたら、終わるんだ。終われ終われ終われ終われ終われ終われ終われ終われ終われ終われ。
何回も、つぶやいた。だけど、どうやら、僕の物語は、まだ、続くみたいだった。
学校に——行った。
最早、記述する必要性もあまりないけれど、やっぱり、今日も、学校で、誰よりも早く、上野下上野内くんに挨拶を——された。
最弱は——された。
昨日、なんか、ノリでぶん殴っちゃったけれど。怒っていないか、心配だったけれど。僕の心配はどうやら杞憂だったみたいだ。
——だって。
ちゃんと、怒ってくれたから。
「ふざけんなてめ! 昨日のこと、ぜってーに忘れねーからな! 死んでも恨んでやる! これからお前の弁当のごはんに毎日チョークの粉をふりかけてやる! 下駄箱の上履きの中に、針のない画鋲を敷き詰めて、歩くたびに、足のツボを刺激してやる!」
無視されて居心地が悪くなるより、怒ってくれた方がいい。どうやら、まだ、彼とは関係を継続しそうだ。
いつの日か、上履きに針のない画鋲を敷き詰めて足つぼマッサージをする日がくるのか……。嫌だなあ。
僕は——思った。
それにしても、なんで昨日、最弱の僕は、殴るという行為ができたのだろう。最弱程度の殴るなんて、弱々しくて、上野下上野内くんが仰け反るなんてことはないはずなのに。
でも——違った。
僕は——最弱なのか?
強さとは、なんだろう。矛盾とはなんだろう。考えよう。考えた。何も考えていないはずの僕は、考えた。
僕は——矛盾について、考えた。
最強の矛。
最強の盾。
実際に両者がぶつかり合ったら、どちらが『強い』のか。それは、きっと『期間』と『条件』と『強いの具体的な定義』によって変わるに違いない。
例えば、強さを耐久力で相対化してみる。そして、最強の盾は短期間では、最も耐える力があるとしよう。最強の矛は、長期間では、最も壊す力が、あるとしよう。そうやって見方を変えてみると『期間』によって相対化され、短期間では最強だが、長期間では最強ではない、もしくは、長期間では最強だが、短期間では最強ではない、といった相対化が可能になる。
最強の盾と、最強の矛。
もし、期間によって強さが変わるのなら。
それを——矛盾している、とはいわない。
(短期間では)何も考えていない、僕は、考えた。
次に、条件だ。もし、実際に最強の矛と最強の盾を対決させたら、どうなるだろう。物体と物体がぶつかり合っている間で、どんな現象がおきているのだろう。その条件を相対してみたらどうなるだろう。
接触面積の広さと、力の大きさ、その他、回転数、温度、接触面積にかかる力の振れ幅等の条件を、相対化して、最強の矛と最強の盾の力比べをしたら、きっと、面白いに違いない。
条件によって、違いが出るに、違いない。
条件によって、強さが変わるなら、それを、矛盾しているとは、いわない。
次に『強さの具体的な定義』についてだ。それが、僕にとって、難解だ。強さとは、どうやって、決めればいいのだろう。強度は……差異を調べるものだけど、その差異の強さを測っても、それは、客観的ではない。
差異は——具体的なものでしかない。
なら、客観的な強さとは——なんだろう。
僕は最弱なはずなのに、それを、指し示す客観的な証拠がない。なら、僕は、僕をどうやって、定義するのだろう。僕は誰よりも——弱いはずなのに。
それを、具体的な期間と条件によってでしか、相対化できないなんて、どうしたら、僕は、最弱の僕を——証明することができる?
わからない。
頭の弱い僕には、わからなかった。
最強——亜桜圖湖は言っていた。
『どんな時でも、人に優しくできる人は強い』と。
僕はその言葉を、何回も、頭の中で反芻した。口に出して、つぶやいたりした。だけど、やっぱり、僕にはわからなかった。僕は強さというものを『鈍感さ』というイメージで理解しているから、どうも彼女の言った『どんな時でも、人に優しくできる人は強い』を理解することが、できなかった。
理解できないのは、たぶん、僕の頭が——弱いからだろう。だから、考えて、考えて、答えが出ないなら、もう、どうしようも、ないのだ。
僕が——悪かったのだと、理解するしかない。……しかない、なんてことは、ないのかもしれないけれど。そんなことばかり、(何も考えていないとよく言われる)僕は、考えていたら、いつの間に休憩時間になってる。
「あ」
本当にあっという間だ。
「どんな時でも、人に優しくできる人は強い?」
「あ、あ、あ」
「どうしたのー? 急に卑猥な声だして」
急に声をかけられたから、びっくりして、どもっただけなのだが、どうやら卑猥な声と認識されたらしい。
最弱は——されたらしい。
僕は机の上に伏せてた顔を上げた。
声をかけてきたのは、どうやら、音萩休春くんだった。レベル80のイケメンが、僕のような最弱に、また声をかけてくるなんて、少しおどろきだった。
レベル80……レベル高過ぎだろ。
「ん? 強さとはなにかについて考えあぐねていたんじゃないの?」
全部、聞かれていた。
これが——絶対聴覚。
おそるべし。というか、思考が口に出てしまう、僕が、悪いのかもしれなかった。
「そ、そ、さしすせそうだよ。……に、人間の強さってってなんなのかな、て。お、思ったから」
どうだ。
これが——最弱の力。
僕のどもり癖と滑舌の悪さが重複された結果だ。
「んー? そんなの簡単じゃん。金だよ。この世は金をたくさん持っている奴が強いんだ」
……金か。
確かに、人を動かす力で、金に勝るものはないだろう。
なるほど。億万長者は、強者ってことになるか。たしかに、そのイメージは、理解しやすい。
……この意見、面白い。
「そ、そ、さしすせそうか。金か。そ、そ。さそしせそれは、あ、頭になかった。すごいね」
「そうかな。すごい?」
「う、うん。しゅごい」
噛んだ。
彼の優しいところは、噛んだりしても、それを、あえて指摘しないところだろうと、思った。
もし『どんな時でも、人に優しくできる人が強い』のだとしたら、彼は、強い。
最強ではないかも、しれないけれど。
それでも、僕よりかは、強い。
僕は——
最弱は——思った。
でも『人に優しい』って、どういうことなんだろう。人に対して『都合のいい』ことが優しいってことなのだろうか。その点についても、まだまだ、議論の余地があるな、と思った。……まあ、僕は、誰とも議論しないけれど。僕がすることといえば、わからないことを、繊細に拾い上げて、棚に上げることはしないで、質問するだけだ。議論なんて、そんな、済し崩し的なことは、しない(『済し崩し的な』の正式な使い方も済し崩しにしないといけないとは思うけれど)。
僕は、優しい人は優しくない人に鈍感、だと思う。
だから、ちゅよい……じゃなくて、強い人は、弱い人の気持ちを理解できない。弱い人は強い人の気持ちも、弱い人の気持ちも、理解できるのだと、思う。
僕はそう、思っている。
もちろん、それが絶対的に正しい、とは思っていない。
だって、絶対なんて、本当は、ないんだから。
この絶対学園ですら、絶対ではない。絶対はこの世にはない。ただ、みんなが、絶対だと、信じているだけだ。
絶対だと信じることが、正しくないとは、限らない。
絶対だと信じていることが、誰かにとって、の優しさにだって、なるかもしれない。……やっぱり、優しさって人に対して都合のいいことをすることなのかなあ。よくわからなくなってきた。
みんなではなく——全員に優しくするには、どうしたらいいのだろう。
そして、ある言葉が、すっと脳裏に浮かんできた。
——素直。
人に対して素直なモノは——人に対して優しいかもしれない。とても、抽象的になったが、優しいのイメージを、言葉で表すならそうするしかできない。
『人に対して素直であることが、人に対して優しいということ』——なるほど。これは、傑作だ。もしかしたら、今はいない、何海答絵くんが、この答えを聞いていたら、最高傑作だと、最高な笑みで言ってくれるかもしれない。
僕の中に『優しさ』の指針ができた。
もっと、僕は、優しくならないとな、と、思った。
それだけだった。
それだけだけど、僕にとっては、大きな一歩だ。
それだけだった。
だけどこれから。
そんなにになっていくだろう。
期待した分だけ、落ち込むことも、増えるだろうけれど、僕は、僕を諦めないで、生きていこうと、思う。
思った。
ところで、人に対して素直になるって、具体的に、どういうことだろう?
正直と素直な違いは、なんだろう?
……頭の弱い僕では、まだ、わからなかった。
教室。
僕は、いつものように、いつも通りに、道理に沿って、勉強をした。だけど、僕程度に力では、『勉強をした』とはいえなかった。どれだけ、頑張っても、みんなみたいに強くなれなかった。みんなからすれば、僕は勉『強』をしていないらしかった。どうやら僕は、勉『強』をしている振りをしているらしい。
勉強をしても、みんなみたいに強くなれない。
これが——最弱の力。
なるほど、と思った。
だから、僕は、最弱なのか。
あらゆる力を無効にしない。
これが、僕の、力か。
どうしたら、僕は、あの最強の、力になることができるのだろう。
最弱は——思った。
最強は僕のために、退学になってしまう。それを、なんとか、阻止したいのだけれど、最弱程度の力では、何をやっても、時間の無駄のように、思えた。
時間の無駄という言葉は、定型句のようによく耳にするけれど、なんで、時間は無駄じゃないのだろう。僕の生きている時間は、無駄じゃないのか? 期間と目的によって無駄の認識に違いがでるのは、わかるけれど、そもそも、時間の無駄ではなく、『時間が無駄』だったなら、目的がなんであっても、無駄な気がする。
なぜ僕の時間は無駄じゃないのだろう。
僕は、無駄では?
みんなと、相対してみたらわかる。僕が、どれだけ、無駄かが。もしくは、僕が、どれだけ活用できる存在かが、わかる。相対化しないと。
相対化相対化相対化相対化相対化。
この世に、絶対がないと、いうのなら、あらゆる『最もらしさ』を、相対して決めるしかない。
相対して、絶対的に、決めるしかない。
この世には、絶対はないのに、相対化して絶対的に決めるなんて、面白いなあ、と、僕は思った。
矛盾しているようで——矛盾していない。
この世に絶対は、ないはずなのに。
みんなは、客観的な主観で勝手に、決めつけて、主観的な客観で勝手に、決めつけて、僕は、みんなのありきたりな主張に、抗いたかったけれど、最弱程度の力では、摩擦にすら、ならなかった。
これが僕の——力だ。
あらゆる力を無効にしない。
その先が阿鼻叫喚の如く、救われない道だとしても。僕は、誰も傷つけない道を進む。
誰も、傷つけない。
誰も傷つけたくない。
でも、本当は、そんなことできないのは、わかっている。人に迷惑をかけない人間はいないのと、同様に、人を傷つけない人間は、いない。
全く、人に迷惑をかけない人間や、人を傷つけない人間がいるとするなら、そんな人間は、最早、生きていないのと同義だ。
わかってる。わかっているんだ。
これが、甘ったるい理想だということくらい。
僕は——優れていない。
僕は——優しくなんて、なれない。
何もしないで誰も傷つけないことを、優しさと呼ぶ人間がいるのであれば、僕は優しいかもしれないけれど。でも、それは、優しさの具体的な一部でしかない。
本当の優しさとは、なんだろう。
思いやりとは、なんだろう。
相手にとって、都合のいいことをすること、だろうか。頭の弱い僕には、わからなかった。
中学時代の頃、僕は、優しかっただろうか。
彼女に対して、優しい振りが、できていただろうか。
僕は、愛と相対して、下心のある——恋をしていた。
胸が焼けるような——恋を、していた。
だから、恋人にとって『いい人』になれるように、頑張った。
都合の——いい人になれるように頑張った。
それだけだった。
当時の僕は、今より、相対して、ピュアだった。
純粋だった。絶対的なものができたことに、心を躍らせていた。嬉しかった。恋していた。
それだけだった。
それだけだった。
それだけなのだ。
終わりだ。
僕の淡い恋は終わり。
そして大変な人生が始まる。
どこまで続くのかわからない、列車に乗って、移りゆく景色を見て、感慨にふけってみたり、少し前の遠くの未来を想像したり、後ろの景色を見て、あと残りの時間を計算したり、僕は、僕達は、同じ時間の列車に乗って、どこまでも、どこまでも、どこまでも…………どこに行こうとしているのだろう? 僕達は、人それぞれ、同じ列車に乗っていても、見ている景色の方向が違う。僕は、どの景色を眺めているのだろう。
あの頃のような、景色の見方は、今は、できない。
列車は進む。それが、鈍行か、急行か、人それぞれ、感じ方は、違うかもしれないけれど、それでも、時間は、慈悲はなく、愛想もなく、淡々と、淡い思い出をつくっては、儚く、見えなくなっていく。
もともと、あったのか、なかったのか、誰も、わからなくなる。
みんな、そうなんだ。
僕だって。
誰かが、僕に気づいた。
「朝夜くん? 朝夜光平くん?? どうしたの、どうして、泣いているの?」
鼻水でテカテカの袖を、さらに濡らした。
僕は、どうやら、泣き言だけではなく、泣いているらしかった。これが、孤独なのだと、認識した。
だから、人が近くにいると、嫌なんだ。
僕が一人だって、否が応でも、感じてしまうから。
だから、僕は、集団活動が、大嫌いだ。
「ほら。使って」
ハンカチには刺繍がされてあった。
それを見て、僕は、はっとする。
彼女が好きだったキャラクター。
孤独を愛する、あのとんがり帽子の——
僕は顔を上げた。
そこには——最強が、いた。
力強い、笑みを、僕の視覚がとらえた。
「な、なんで。が、学校に、いる?」
そこには——最強がいてはいけない。
「決まってるでしょ? 会いにきたんだよ」
「だ、だ、だ、誰に?」
先生とかだろうか。
「受け身な、君だから、こっちから会いに行かないと。なにも、進展しないんだもんね」
どういう意味なのか、よくわからなかった。
でも、嬉しかった。まるで、僕なんかに、会いに来てくれたみたいだったから。そうじゃないかも、しれないけれど。
「今、うちはね。絶体絶命なんだよ」
知ってる。それは、知ってる。
「う。うん」
「命を狙われているの」
それは、知らない。
「だから、エネルギーが必要なんだ。だから、力をちょうだい!」
そう言って、僕の全身を包み込んだ。
頼りない猫背や、なで肩に手を回し、なぜか、そのまま、数秒、ギュッと締め付けられた。
僕は無抵抗に全てを、ゆだねるしか、なかった。
最強の力を最弱は、受け入れた。
それだけだった。
そんなにだった。
教室だった。
衆目に晒された。
視線恐怖症の僕は、死にたくなった。
だけど、死にたくなくなった。
それだけだった。
そんなにだった。
最弱のエネルギーを充填した、彼女は、僕に手を振りながら、消えた。
少し残像がみえた。
尋常ではないスピードだった。
それから、僕は、いつものように、何事もなかったかのように、机上で眠りについた振りをした。
暗闇で、感じる。
心臓の鼓動。絶対的な何か。意味を追い求めると、恋になってしまう、この表現し難い感覚。
僕は——ハンカチを握りしめながら、声を殺して、涙を流していた。ほんと、泣き言だと、思った。
最弱だから、なにもできないと、思っていた。
だけど、今なら、あの頃のように、がむしゃらになれる気がした。最弱なりにも、力に、なれる気がした。
いや、力に、なるんだ。幸せになって、ほしいから、僕は、最弱なりの、全力で、走った。
廊下を出て、階段を下り、彼女を探した。
すると、職員室の前に、最強——亜桜圖湖は、いた。
「あ、あ、あ」
僕は呼び止める。
最弱程度の力で、呼び、止めることができた。
「もう遅いんよ。もう、私は——殺される。最強は、この学園から消されるの」
「む、ま、まだ」
「ん?」
「まだ、まだ間に合うかも、しれない。だから、消えないで、ほしい。この絶対——学園から消えないで」
「間に合うって、なにを言ってるの? うちは、取り返しのつかなことをしかんだよ? それを、どうやって帳消しにするつもり?」
僕は、優しさについて、彼女に、教えたかった。
人に対して、優しくするには、どうしたらいいのか。自分を含めた『人にとっての優しさ』。
自己犠牲的じゃなくて。
みんなじゃなくて。
全員に優しくする方法。
それは——
「さ、さしすせ、率直さ、だよ」
退学届けを持っている彼女の、手が、少し揺れている。彼女は、職員室に行くつもりだったのだろう。
「全部、素直に、話、さ、すんだ。これは、僕を助けようとして、やったことなんだって、そう、素直に言うんだ。逃げるのは、悪いことばかりじゃないけれど、そんなんじゃあ、な、なんにも、ホントの気持ちを誰もわからない、まま、じゃないか。そ、さしすせ、そんなの、おかしい。亜桜さんは、辞めなくていい。さ、最強を——辞めなくて、いい」
「私は力が強いだけ。最強じゃない」
「で、でも、僕にとっては、最強、だよ」
「違う。私は、優しくない。でも、君は——」
そう言って、彼女は、職員室の扉をスライドさせて、開けた。開けたら、最後、絶対的な先生達に、追求される。拘束される。支配される。
——どうして、あんなことをしたのか。
そんな質問をしてくる。最強だから質問は『される』ものではない。してくるものだ。
僕は——
最弱は——最強を追いかける。
その後ろ姿は、最強に相応しく凛としていた。最弱は、その立ち姿に、恍惚としたものを、感じた。
誰にも真似できない——強さ。
それを持っているから、誰にも、止められない。
到底、最弱程度では、最強を止められなかった。
それだけのことだ。
それだけなのに、最弱は、まだ、諦めないで、無駄な抵抗を続けている。最弱程度の抵抗では、摩擦にすら、ならないのに、それでも、何回でも、同じことを、してしまうんだ。
彼女の——力になりたい。
そう願ってしまう。
願うだけならまだいい。
願うだけで終われば、それで、よかった。
だけど、願うだけじゃあ、僕は、僕を終われなかった。僕の世界を——終われなかった。
なるほど。
これが、僕にとっての——世界の終わり。
最弱が最強の力になるまでの、物語。
起承転結の、結がない世界において、人生には、人間には、完成なんて、絶対的にはあるけれど、絶対には存在しない、こんなにも、曖昧な生の狭間で——。
人生を完結させる。
でも。
世界は完結できない。
なら、僕が、終わらせて、やる。
僕が、世界を、終わらせてやる。
これが、最弱の世界の——終わりだ。
「亜桜さん!!」
最強は——職員室に入る寸前、一度、振り向いた。
「力を貸して」
「うん」
「世界の、終わりを、迎えために」
「うん」
「いい?」
「うん」
また、彼女は、僕を甘やかした。
職員室が、血の海と化した。
これは、僕のせいだ。
僕は、反省をしないと、いけない。
また——失敗した。
僕が——彼女の力になりたかったのに。
今回も、彼女の力を、借りてしまった。
最弱程度の力では、できないことが、絶対的に多いからだ。
十人ほどいた人間が、消えた。
凝縮された、力で、文字通り、跡形もなくなっていた。あるのは、血だけだった。その中には、絶対学園の『神』と呼ばれた、人外的な存在がいたのだが……。
「案外、弱かったね」
最強は、そんなことを、もらした。相対基準が最強なんだから、そんなこと、当たり前だと、僕は、思った。
そもそも——彼女は、自分より強いやつなんて、いないんだ。『神』さえも倒してしまう最強の力は、身が震えてしまうくらい、恐ろしいものなのだ。
とりあえず、僕は——
「あ、あ、あろ、ありがとぅ」
お礼を言った。
これが最弱の——力だ。
ところで、世界ってなんだろう。これで、僕の世界は、終わったけれど、これが、完璧な終わり方だったのか、わからない。これは倫理的にまずかったかもしれない。退学届けを出さないために、こんなことを最強に指示するなんて(実際には具体的な指示はしていないけれど)、終わり方としては、最低だったかもしれない(最低はこの世に一人しかいないけれど)。
それから僕らは、仲良く、帰った。
あんまり、喋らなかったけれど、仲は、良かった。
それだけだった。
いや、正直『そんなに』だったけれど。
それだけで済ましては、いけない気はするけれど、僕は、なし崩し的に、忘れることに、した(なし崩しの正確な使い方は済し崩しにしない)。
僕は、家に、帰った。
寝た。
昨日のことは、忘れた。
肝心なことだけ、忘れた。
僕の記憶は、抽象化、された。
最弱は——された。
いや、自分で、忘れただけなんだけれど……。
そんな感じ、だった(どんな感じだ)。
僕は、今日も、学校に、行った。
学校は、大騒ぎになっていた。
マスコミっぽい記者の人や、カメラマンが、いっぱい、いた。なにか、事件でも、あったのだろうか。物騒な世の中になったものだ、と、思った。
教室に入ると、早速、最早——上野下上野内くんに蹴られた。
最弱は——蹴られた。
最弱は——吹き飛んだ。
どうやら、僕はまた、彼の挨拶を、無視していたみたいだ。無視なんてしていない。視界にはちゃんと捉えていた。ただ、聞こえなかっただけだ。
聞こえなかっただけなので、無視ではない。
「ご、ご、ご、ご」
ごめん、とは、言えなかった。
どうやら、今日は、彼のことは、見下せなかったみたいだ。見上げて、上目遣いで、僕は「ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご」と続けた。
相手が自分より強いと、どうしても、声がどもって上手く出てこなくなる。最弱よりも弱い人はいないけれど、たまに、人を見下した時、声がどもらなくなる。
同等かそれ以上になった時。
僕は——相対的に強くなれる。
絶対的な強さじゃないけれど。
それでも、強くなれたときは、気持ちが良い。
気持ちは良いけれど、僕は、強い自分が、嫌いだ。
——強くなんて、なりたくない。
——強くなって、誰かを、傷つけたくない。
僕は、最弱だ。誰よりも。誰よりも。誰よりも。
あ。はっは。
僕は、なんだか、笑った。
そもそも、正確な『強さ』なんてものを、理解していないのに、僕は、僕が絶対的に弱いと、信じていることが、あまりにも、滑稽で、笑ってしまう。——失笑して、しまう。
僕の強さの基準は、どこにあるのだろう。
僕は——僕が、わからなかった。
僕は、みんなと相対して、どれだけ『弱い』のだろう。弱くなりたい。弱くならなきゃ。誰にも迷惑をかけたくないんだ。誰も傷つけたくなんだ。強くなったら、無自覚に、誰かを傷つけてしまう。
僕は——強くなりたくない。
「じゃあ、お前、死んじまえよ」
どこからか、声がした気がした。教室のどこかからだ。上野下上野内くんではない。彼は、どっかに行った。なら、誰だろう。僕に、対して言っている気がするのだが……。
椅子に座ったまま、首と視線を動かす。
誰だ。
何かが、僕の肩に触った。
「お前だよ」
僕のほっぺに人差し指を突きつけられた。弾力の富むほっぺは、人差し指を吸い込むように、くぼみをつくった。
「お前、独り言が多すぎんだよ。あ、その顔はもしかして、名前を思い出せないのかー? 傷つくわ。もう何か月、経ったと思ってんだ。僕の名前は——山下麓。この絶対学園の——最悪だ」
——最悪。
それは、あまりにも、絶対的な、それだった(どれだ)。正直、絶対的に最悪な人間なんて、存在しないと思っていた。誰かにとっての悪は、誰かにとっての正義になるし。最悪な人間なんて、絶対的なものはないはずだと、信じていた。
——なのに。
目の前に、最悪が現れて、僕は、絶句した。
絶対学園の最悪。これが意味することが、僕に、絶対的な証拠を示した。
これが——最悪か。
「さっきから聞いてればさー。お前『誰も傷つけたくない』んだって? 誰も傷つけないで生きていたいなんて甘っちょろいこと考えて、生きているなんて、ふん。死んだ方がいいかもな、お前。まあ、だから、お前は——最弱なのかもしんねーな。お前、生きるってことは『抵抗』があるってことなんだぜ。だからお前の『誰も傷つけたくない』って願いを叶えるためには、死ぬしかないんだ。なー。僕の言っている意味がわかるか?」
まくしたてるように言ってくる——最悪の言葉の内容を咀嚼して、何回も、何回も頭の中で反芻した。まるで牛のように、何回も反芻した。咀嚼してわかった気になって、わかってないことに気づいて、反芻しては忘れて、咀嚼してわかった気になって、わかってないことに気づいて、反芻しては忘れて、咀嚼してわかった気になって、反芻しては忘れて、を繰り返した。それからやっと、ちゃんと考えれた。彼の言っていることを、考えれた。
僕——
最弱は——死んだ方がいいのだろうか。
誰も傷つけたくないという理想を、叶えるためには、僕が、死ぬしかないのだろうか。死ねば、たしかに、誰にも迷惑がかからなくなる(死に方にもよるが)。だけど、本当にそうなのだろうか。僕が死んだら、きっと両親が悲しむだろう。そしたら、両親に迷惑をかけたことに対して、僕の良心が痛む。それでは、やはり、ダメだ。僕が死ぬことで、誰かを傷つけたり、迷惑をかけるようなら、それは——最善とはいえない。
「はは。——最善か。まあ、あいつなら、そういう風に言うだろう。あいつは、誰も殺させないことが、最善からなー」
最悪——山下麓くんは、言った。
「だが、僕は違う。僕は誰も殺させないことが、最善だとは思わない。こんなことを言うと、また、あいつに——最悪呼ばわりされちまうんだけど」
「あ、あ、あ」
「どうした? 喘ぎ声なんてだして。そんなか弱い振りなんてしなくていいんだぜ? お前がどれだけ強いかは、僕が、だいたい知っているからさ」
「ど、どうして。どうして、わかるの? 僕が強いって」
「だって、お前、その弱さで最強を従えているじゃないか。弱い振りをして、最強を思い通りに操って、色々な人に迷惑をかけているじゃないか。僕は、知っているんだぜ? お前、本当は——強いんだよ」
最悪は——言った。
僕は——強いと。
それは、相対的に強いのか、絶対的に強いのか、どっちなのか、よくわからなかったけれど、最弱にとっては、それはどちらでもよくて、どちらにしても、最弱を否定された、気分になった。
最弱の存在を否定された、気持ちになった。
弱さを振りまいて、強いモノを操っているだなんて、そんなことを言われてしまえば、そんなの、もう、こちらとしては、なんにも言えないじゃないか。
弱いから——守られる。
強いから——攻められる。
弱いから——守られる。
強いから——責められる。
硬いから——強いわけじゃない。
硬いのに——攻められる。
強くないのに——責められる。
硬いモノは——折れやすい。
心が折れたら——だれが助ける?
強くないのに——だれが助ける?
硬いだけなに——
強くないのに——
僕は——
僕は——弱い振りをして
強くない人間を守ることすらできないで、僕は本当は、弱くなんて、ないのではないのだろう。たぶん。弱くないのに、弱い振りをして、誰かが僕を助けてくれるのを待っているんだ。なんて詐欺師だ。弱い振りをして、人を欺いて、僕は、本当に守りたいものを守れない、自分では、誰も傷つけないつもりでいて、無自覚に、誰かを傷つけていて、本当、僕って偽モノだ。どこまでが、ホンモノなのかなんて、わからないけれど、僕は、ホンモノっぽく最弱を貫いてきたけれど、実際は、偽モノだったのかもしれない。
は。はっは。
心の中で、笑った。
「なににやけてんの」
顔に出ていたらしかった。だけれど、そんなことは気にもしていられない。最弱は、どうしたら、偽モノの最強を守ることができるのだろうか。それを、考えないと、いけない。どうしたら、強そうに見えて、弱い人間を、助けることができるのだろう。
「それは、お前の力を使えばいい」
僕はまた、独り言がもれていたらしかった。僕の力を使う? 最弱の僕の力を??
「お前の弱さの定義が『敏感さ』だろ。なら、その敏感さで、お前にとって強そうに見える人間を助ければいい。それが最弱、お前の——強さなんだから」
最悪は——言った。
すごく、いいことを言ってくる。
すごく、ご都合の良いことを言ってくる。
最悪の言うことは、あんまり、信用しては、いけない気がするけれど、あらゆる力を無効にしない僕は、受け入れた。信用はしていないけれど、受け入れた。
それだけだった。
僕が、まずやるべきことは……、
「お前がやるべきことは、誰にも迷惑をかけないために今すぐに死ぬか、誰にも迷惑をかけないために、最強を良い方向に操るかのどちらかだ。お前の力だからこそ、できることはある。だけど、個人的には、お前には今すぐに死んでほしい」
こいつ——最悪かもしれない。
そうやって無闇に、人を殺そうとするなんて。
「おいおい。なにを言っているんだ。お前こそ、最強を使って、人を殺めているじゃないか。お前にとっての殴る指令が最強にとっては殺すと同義になってしまって、何回も、失敗しているじゃないか。お前は、何回も失敗して、同じ過ちを犯しているじゃねーか。目を背けるんなって」
僕の方が最悪かもしれない。
だけど、僕は最弱だ。
最悪ではない。
お前とは——違う。
僕は——絶対的に最弱だ。
相対なんて、する余地なんてない。
これはこの学園で、決まったことなのだ。
ただ、それが、各々の主観によってぶれてしまうことがある、というだけだ。
山下麓が最悪であることに、違いはない。
……超抽象的だけれど。
「さ、さ、さしすせ、最悪は、なにをしに、ぼ、僕には、話しかけてきた、の?」
「なにをって、お前」
それから、最悪な笑みを浮かべて(どんな笑みだ)彼は言った。
「悪いことをしにきたんだよ」
最悪は——言った。
僕からしたら、全然、悪い気がしないけれど、誰かにとっては、もしかしたら、悪いのかもしれない。
悪いことをしにきた、なんて、なんのことを言っているのだろう。もしかしたら、僕を『殺す』ことが悪いことだったのかもしれない。それなら、たしかに『悪いこと』だろう。
「さ、さ、さしすせ、それは、し、さそし、失敗し、た?」
「ん?」
「わ、悪いことは、失敗、した?」
「失敗した」
山下麓くんは、最悪な笑みを浮かべて、言った。
最悪な笑みなんて、僕の主観でしか、わからないイメージなんだけれど、それでも、その表情は最悪な感じがした。僕を、殺すことに失敗したなんて、そんなことを言う奴は——最悪だ。
なんでそんなことをいうんだ。
「勘違いすんなよー。僕は別に、お前に殺意はない」
ならなんなんだ。
「ただ」
それから、時間的余白をおいて、彼は言った。
「ただ、殺してしまうだけだ。やる気、殺る気はないのに、殺ってしまう。——最善。あいつとは正反対だぜ」
なんて、言いながら僕に背を向けて、どっかに行った。ほんと、最弱の許可も取らないで、みんな、勝手にどっかに行きすぎだ。
なるほど。
殺す気はないのに——
殺してしまうなんて——
それはもう——
明らかに——最悪だ。
議論の余地はない。
僕は——思った。
なんかの小説でこんなことを言っている人がいた。
死には『悪』がつきまとう。
なら、僕は、『悪いこと』を考えていたのかもしれない。自殺なんて、極悪なことを、しようと、考えて、いたのかもしれない。
だけどなんかのエッセイで、死は悪いものではない、嫌なものなのだ、とおっしゃっていた方がいた。たしかに、死は悪いものではないかもしれない。ただ、残された人間が、少しの間、嫌な気持ちになるだけだ。なら、僕は、悪くないかもしない。ただ、嫌な奴に、なるだけかもしれない。
僕は、悪く、ない。
自殺は——悪いのだろうか。
自殺は——嫌なものなのだろうか。
どっちなんだろう。
死は、悪いもの?
死は、嫌なもの?
どちらにしても、僕は、誰にも嫌われたくないし、悪くなりたくない。だから、どっちでもいい。
どっちでも、僕は——
最弱は——受け入れる。
ありがとう、と言って、受け入れる。
それだけだった。
でも、ありがとう、といって人を殺す——最悪にはなりたくないなあ、と思いながら、僕は、今日を、生きた。生き延びた。僕は、悪くない。だって、誰も死んでいないから。
ああ。僕は、いったい、なにを思っているんだろう。
こんなの思ったって無駄かもしれないのに。
僕は——無駄かもしれないのに。
ああ。あああ、僕はなんなんだ。
僕は——最弱ではないのか。
僕は——無駄ではないのか。
僕は、期間と目的の認識の違いがあったところで、絶対的に、無駄なんだ。自分で、そう、決めたんだ。
だから、僕は、僕は、僕は——。
速く死にたい。
だけど、早く死にたくない。
この気持ちは、矛盾していない。
だって、僕は、期間と目的の認識の違いで、相対的に、無駄じゃないかもしれないからだ。
絶対的は無駄だけど、相対的には無駄じゃない。
ああもう。僕はなんなんだ。僕は、最弱ではないのか。僕は、無駄じゃないのか。期間と目的の認識の違いがあったところで、僕は——
僕なんか、絶対的に、無駄じゃないのか。わからない。僕は無駄でしかなくて、無駄でしかなくて、無駄でしかないんじゃないのか。わからない。
僕は——
僕が——わからない。
最弱だろ。
最弱だから、なにをしても、無駄だろ?
なら、僕が、僕なんかが、僕の物語を変えようと躍起やっきになっても、意味があまり、ないじゃないか。最弱が——最強を助けようとしたところで、ほとんど無力で、あ、はは。こんなのありか?
こんなの、あんまりにも、巫山戯ふざけている。
巫山戯んな!
僕は、抗あらがいたいんだ。たとえ、最弱だとしても、それでも、力に、なりたいんだ。
強そうに見えて、弱い奴の味方に。
は。はっは。
僕だって、巫山戯ている。僕はいったい、どんな人間が弱いと理解しているのだろう。敏感な人間?
そんなの、どうやって計測するんだ。
脳波でも調べるのか?
絶対的な強さなんて、本当は、ないんじゃないのか。本当は、強い人は絶対的にいなくて、相対的にしか、いないんじゃないのか。なら、なにを相対して、僕は、僕を、最弱だと、理解したのだろう。
誰よりも、敏感だなんて、そんな自惚うぬぼれたことを思っていたのだろうか。
何もかもに敏感なセンサを働かせて生きている人間はいない。そんな人生、想像を絶する。
だから、僕は、勝手に、自分で、決めただけなんだ。
——最弱を。
——最弱の絶対値を。
勝手に、決めて、勝手に、わかった気になっていた、だけなんだ。なら、僕は、本当は、偽者の最弱なんじゃないのか。僕は、本当は、弱くなんてなくて、普通に、強いんじゃないのか。
僕はもしかしたら——最強にだってなてるかもしれない。自分勝手に、絶対値を決めて、最強にだって、なれるかもしれない。
それだけだった。
それだけじゃないかもしれなかった。
僕は、本当は、頭が弱くないのかもしれなかった。いや、そんなことはない。お前は、頭が弱い、と指摘する人間がいるかもしれないが、そんな方があれば、こう考えてみてはどうだろう。頭が弱い『期間』があっただけだと。僕は、たしかに頭が弱い『期間』がある。その時は、自分でも、この弱さを知覚できる。頭の弱さを、知覚できる。だが、ずっと、その状態を維持することは、できない。これが不安定、といる言葉の意味だ。ずっと、その状態を維持することができないで、アップダウンを繰り返す。さて、それなら、今の僕は、弱いだろうか。頭が——弱いだろうか。
誰が、わかるのだろう。僕が、弱いということを。
この弱さを、誰が、理解できるのだろう。
やっぱり——
やっぱ——僕しかいないのだろう。
主観でしか、わからないのだろう。
だから、受け入れよう。僕は、僕が最弱だと、自分勝手に、受け入れよう。自分で決めたくせに、自分で、受け入れよう。
「お前らしいと、思うぜ? ——最弱」
目の前には、誰もいなかった。
僕は、教室にいた。それだけなのに、まるで、その声は、僕の耳の、鼓膜を震わせて、存在感を示していた。目の前には、誰もいない。
なら後ろは——いた。
振り向くと、同級生の——知らない人が、いた。
名前を知らない。
なんて名前だっけ?
「名前なんて、どうでもいいだがなあ。まあ、俺のことは——最善と呼んでくれていいから」
——最善。
——最悪の次に現れたのが、最善だった。なんて悪趣味なんだ。この学園は悪い趣味をしていると思った。
「おいおい。あんま、右往左往するなって。なんか、俺が、お前を脅しているみたいじゃん。まあ、別に、そう思われても、いいのかもしれないがなあ」
いったい、この人は、僕に、いったい何の用なんだろう。僕を脅しても、二千円札一枚(貴重)しか、出せないというのに。
「違う。俺は、お前を助けに来たんだ。殺す気はねぇ」
……殺す気がないのは、わざわざ、言わなくてもいいと、僕は、思った。いや、その言い方だと、もしかしたら、殺す気があった可能性を示唆しさしているみたいで、なんだか、怖いのだけれど。
「俺は——最善だ。頻繁ひんぱんに殺意は芽生えるが、誰も、殺さねぇ。だって、それが、俺にとっての最善だからなあ」
……頻繁に殺意が芽生えるんだこの人。なんだか、身の危険を感じるなあ。僕は、最弱だから、瞬殺されそうだ。
「お前、いいことを教えてやる。世界を変える方法について——知りたいだろう?」
世界を——変える方法。
それは、あまりにも、壮大で、現実味がなさ過ぎるような気がしたけれど、最弱は——受け入れた。
なるほど。
世界を、変える方法か。うんうん。なるほどねえ。うんうん。そうか。うん。そうだね。まあね。
「……お前、本当は、なんにもわかってねーだろ」
たしかに。
「世界を変える。つまり、タイムリープをするってことだ。お前、タイムリープってわかるか」
うん。
「その間髪入れない返事が、嘘くせぇんだが……まあいい。信じるか、信じないかはお前しだいだ」
うんうん。あーそっかそっか。
「……お前、俺の話し、聞いてねーだろ?」
たしかに。
「絶対次元——野野迺箆舒埜伸夛のののののののびたくんに話しかけるといい。彼が、三次元を超越した先に、連れていってくれる。世界を——変えてくれるのさ。すごいだろ」
「す、しゅごーい」
僕は——噛んだ。
相変わらず、さ行が苦手だった。
で。で、なんなのだろう。で、それから、僕は、どうしたらいいのだろう。僕は——最弱だ。だから、自分の意思で行動ができない。早く決めてほしい。僕は、いったい、なにを、すればいいんだ。
「ってなわけで、連れてきてやったぜ。紹介しよう。彼が絶対次元——野野迺箆舒埜伸夛くんだ。まずは挨拶をしろ」
「あ、あ、あ」
僕は挨拶を——した。
「ちゃんと挨拶しないとダメだろーが」
僕はちゃんと挨拶をしていなかった。
次こそは。
「あ、あ、あ」
僕は挨拶を——した。
「それが、お前の挨拶か。何語だよ」
日本語のつもりだった。
相手は、軽く会釈をしてきた。
「じゃあ、まず彼の能力についてだ。彼は、触れたものを過去にとばすことができる。現在の『時』という次元を超えて、過去にいくことができる。これで、わかるだろ。お前は——世界をのり変えるんだ」
——なるほど。
世界を変えるとは、世界をのり変えるという意味か。
僕が移動して、違う世界にいく。すると、僕の世界は——変わる。なるほど。これは、滑稽だ。笑える。
「笑えるだろー? ここで、笑えねーとか言われたら、少しショックだったが、俺じゃねーんだから、そんなことは言わねえか」
最善は——言った。
で。
「おい過去に戻れって言ったのが、わかんなかったか? さっさとやれ」
それは、言ってくれないと、わかんなかった。
さっさとやれと命令された最弱は、伸夛くんの手を握った。後ろから「ヒューヒュー」という煽り声がしたが、僕は、伸夛くんの手を離さなかった。
最弱の力で、握りしめた。
僕は、念じた。
過去に、戻れ。
過去に、戻れ。
過去に、戻れ。
すると、目の前が一瞬だけ、光った。まばたきをしている間に、世界が変化していた。
さっきまでいた伸夛くんと山下麓くんが、いない。
ここは、何年か前の、絶対学園の教室、だと、思う。
あたりに人はいない。
僕は——世界を変えたらしかった。
世界の時の次元を超えて、ここまで、きてしまった。
一抹の不安。
僕は、生きて、いけるのだろうか。
だけど、一応、今は、生きている。
それだけしか、確かなものがない。
僕は、学校を——出た。
僕はどこに行こうとしているのだろう。
たぶん。あそこだ。
昔馴染みの、中学校。
普通の中学校。
僕はそこに行こうと、している。
未だに、過去に縛られて、達成困難な願いを、追い続けるなんて。
最弱のくせに。
は。はっは。
泣き言だと、思った。
僕は、母校——中学校に向かった。
足取りは速くて、早く着いた。
夕焼け色に染まった空を背にして、裏口から入った。
懐かしい。
まだ、新校舎が建てられていない頃の、中学校。
もう人はほとんどいない。下駄箱には僕の名前があった。
一階の大きなフロアから廊下に向かった。
そこには——掲示板があった。
そこには——僕の描いた絵があった。
それだけだった。
だけど。
そんなにだった。
この時、僕は過去のことを思い出し、胸が締め付けられるような気持ちに、なった。
この頃から、僕は、抗い続けていたのだ。
無抵抗に抗えない——最弱が。
それでも、力になりたいと、抗い続けた証拠が。
このキャラクターの絵には現れている。
そう。
これは、卒業式の前に描いたのものだ。
たぶん、ここは卒業式が終わったあとの校舎なのだろう。ところどころ、飾り付けが残っている。
「おい、お前、まだ残っていたのか」
その声は昔馴染みの同級生。
最早——上野下上野内くんだった。
彼は、誰よりも、早く帰っていると思ったのだが…。
「あ、あ、あ」
「はは。お前、相変わらずだな」
そんな彼に僕は質問した。
「あ、あ、あのさあ。——ケータイ持ってる?」
閑話休題。
いや、無駄話ではない。
これが僕の——最終話だ。
昔話だ。
あらゆる力を無効にしない僕の——泣き言だ。
「なに、すごい。これ、ブーミンだ」
彼女が見つめる先には絵があった。
掲示板に貼った僕の絵だ。
僕は彼女の透き通るような綺麗な肌と、瞳と、パチパチと長いまつげが動く様子を見つめた。
僕と彼女では見つめているものが違う。
全く違うけれど。
それは、悲しむべきことではないと思う。
わかりあえないなんてこれまで、何回も、人生の中で経験してきた。だから、これはこれでいいのだ。
これじゃあいけない、なんてものはない。
「ど、どうかね。下手へたかもだけど」
イケメンじゃないけど。
イケメンでイケメンでイケメソ(ン)じゃないこんな人間だけど。
「…これ、朝夜くんが描いたの?」
「そう、だよ。ぼ、僕が」
僕が描いたんだ。
なんでこんなことをしたのか、よくわからない。
でも。
僕は満足した。
これで僕は。
僕自身を完結できる。
意味なんて、意味ないけれど。
後味が良ければ、それでいい。
僕は、彼女の顔見て。
彼女は、絵を見てる。
僕たちは、外にでた。
懐中電灯で明るくなった地面には、桜の花びらが落ちていた。けして華はなやかではないけれど。思い出すたび、胸をかきむしりたなる嫌なことはあるけれど。それでも、絶対に、限りある命で僕たちは生きていく。何度も死にたくなることはあるだろう。
絶体絶命を何度繰り返しても。
相対していいことはある。
真っ暗で星一つない空を見ながら僕は思った。
そして、僕は、目を見つめる。
彼女は僕に、目を合わせない。
僕は、しゃべらない。
彼女はしゃべる。
意味なんて、意味ない。
ただ。
この時間が大切だった。
最後に、最弱は、精一杯の抵抗をすることにした。
抵抗を無抵抗に受け入れる最弱。
この僕は、最強に、抗う。
出だしの一言が肝心だ。
最弱は大きく息を吸って
「さー、さ、さしすせそー、さ、さしす、
残念ながらサ行がうまく言えなかった。
でも、おかげで、人類最強の笑みが見れた。
笑っているから、僕も笑った。
和やかな輪が、鈍感に、僕を包み込む。
好きだなんて、最弱が言えるわけがない。
だけど、きっと、いつか。
これだけは言えるかもしれない。
あいつがいたから僕は、学生時代を少なくとも、嫌な思い出ばかりじゃないんだって信じられた。最弱の僕は無能で、誰の役にもたたない。この世から生を授かったことが無駄で、生きていたってしょうがない人間だと思っていた。だけど、少なくとも、あなたがいたから僕にとっての学校は絶対的に無駄ではなくなった。相対的にみんなより、上手に生きれない、なにも信じられないない僕は、絶対的なものができたんだ。
僕の中では、彼女が人類最強だ。
最弱は、最強に魅了されて、何度も最強の力になろうと抗ってみたけれど、あらゆる力を無効にしない僕の最弱では、なんの役にも立てなかった。
だけど、力になりたかった。
抵抗したかった。抵抗したかったけど、無抵抗に力を受け入れる僕は、抗えなかった。最弱の僕はどうすることもできなかった。
あの時、最後に、誠意を見せることができてよかった。あまりにもひ弱で、無力に限りなく近い抵抗だったから、あなたは気づいていなかったに違いない。
最弱程度の僕の力には。




