ガラクタどもの〜歓喜に寄せて〜
西暦2112年9月ベルリン、国際人造人間シンポジウム会場。
「それなら端から心を持った人造人間など作るべきではなかったはずです」
各国の大使に囲まれる中、女は静かに――それでいて会場の隅々まで行き届く澄んだ声で言った。
「心など、道具には邪魔なもの。にもかかわらず世論の求めるまま、何の法の制定もなくキザン式人造人間は普及されました」
女の名はジェ―ン・W・シェリ―。年の頃は47歳。胸張って語るその姿からはひどく若々しい印象を感じるし、また老公の威厳のような知性も見受けられる。
それもこれも全ては彼女の持つ偉大なる功績によるものであろう。彼女は学者で『相転移する四つの力とそれを制御する触媒の予見とその証明』という論文にて、44歳のときにノ―ベル物理学賞を受賞した偉大な人物であるからだ。
そして今、博士は政財界や学会の国際的な著名人が集まるシンポジウムの場で人造人間権利憲章、人造人間の権利を保障する世界条約の制定を訴えていた。
「心を持った道具というものがどういうものかも考えずに」
「…………」
弁舌を振るうシェリ―博士の横には一人の少年が椅子に座っていた。いや、これには多少語弊がある。なぜならそれは少年ではなく少年の姿をした人造人間だからだ。
「少し考えれば分かることでしょう?いくら工場で作られているものとはいえ、キザン式人造人間の構成素材の殆どは人間と変わりないんです」
キザン式人造人間。
人工細胞〈キザン〉と高性能マシンインプラントによって作られる人造人間の総称。それはこれまで開発が続けられてきたシリコンコンピュ―タ―によるロボットなどとは比べものにならないほど優秀で忠実、そしてその能力値に対して破格の値段ということもあって、発売して瞬く間に世に広まることとなった。誰もその意味をよく考えずに――。
「心があるから優秀なのです。それなのに現在世に出ている人造人間の半分以上がなんらかの弾圧・虐待・強制の中にある。更に米国を初めとする多くの国が民間で作られた人造人間の制御コ―ドを弄くり軍事転用までしている始末。これは完全なるテクノクライシスです」
現在、人造人間への暴行事件が後を立たない。それが暴行を受けた人造人間の主人以外の犯行ならば器物損壊罪で摘発することができるのだが、暴行事件のその殆どが人造人間の持ち主によるものが現状だ。自治体によってはこれも罰する法令を制定しているところもあるが、それが全体に広がる兆しはなく、おまけに摘発自体も人造人間が人間に逆らえないという構造上困難なのだ。
「シェリ―君の言い分は分かった。では、他の方々の意見も聞いてみよう」
議長の言葉に各国のお偉方が一誠に口を開く。
「人造人間の権利だと?」
「話にならない」
「だいたい誰が人造人間に心があるなどと?それが証明されたのか?」
「ただでさえ人造人間の普及によって我が国では失業率が軒並み上昇しているというのにこの上権利などとんでもない」
「家畜に権利を与えると言っているようなものだろう?」
国の数だけ言葉が飛びかう。その殆どがシェリ―博士の発言に対する否定、或いは罵詈雑言に近いものだった。
「静粛に!」
議長が叫ぶ。
「みなさん静粛に!発言のあるものは挙手にて――」
「シェリ―君!」
整然を促そうとする議長の言葉を割って一人の男が立ち上がり博士に呼び掛けた。
「クル―ゾ―君、発言は挙手にてお願いします」
「はい、議長」
男は議長の注意に取って付けたように手を振った。
アルヴァンス・クル―ゾ―。このシンポジウムを主催したピグマリオン財団の若き幹部である。
「シェリ―君、キミの意見はもっともだと思う。おそらくここにいる誰もが内心ではそう思っている。今や野良犬にさえ危害を加えれば罰せられる時代なのだからね。だが、実際問題人造人間を愛護することは不可能だよ」
「なぜ?」
「そう、犬だ。人造人間を犬に例えるなら人間はアルファシンドロ―ムに怯える飼い主。みんな飼い犬に手を噛まれることに怯えているのだよ。だってそうだろ?人造人間はあまりにも優秀すぎるもの。少しでも権利や保護の対象にしてしまっては、そこからずるずると権威の逆転が起こるのではないかと不安で不安でたまらないのだ」
「くっ」
シェリ―博士は唇を噛んだ。
エディプスコンプレックス。自分が生み出したものがいつか自分を超えるのではないかと怯え続け、虐げることでそれを誤魔化そうとしているとでもいうのか。
それこそが自らの首を絞める行為だというのに。
「で――結局、人造人間たちが不当に扱われることで、あなたの懐にはどれだけのお金が流れこんでいるのかしら?」
「っ!!」
ピグマリオン財団は人造人間の売買によって伸し上がった企業体の財団法人である。このシンポジウムにいる殆どの人間が財団の恩恵に身を置き、人造人間の保護は利益の半減を意味した。
「当然よね!現状が甘い汁の中、わざわざ苦況に身を寄せるものはいないと言うことでしょっ!?」
「暴言だぞ、シェリ―博士っ!」
聴衆の中の誰かが叫んだ。しかし、シェリ―博士はそれを睨み付けて一蹴する。
「もう、時間がないのよっ!?」
「?」
「初めにいったでしょ?ここは審判の場だって。ここでの決定が全人類の未来に関わるって!!」
「…………」
博士のその言葉を初め誰もが大袈裟なものだと嘲笑っていた。しかし、今の博士を見て人々は危機迫るものを覚える。
「クル―ゾ―さん、私あなたに言いましたよね?このシンポジウムを開く経緯――キザン式人造人間に破滅的な欠陥が生まれようとしてるって」
『なっ?』
会場にいる誰もがシェリ―博士の言葉に息を飲んだ。それを見て博士はクル―ゾ―に懐疑の目を向ける。
「あなたまさか、ここにいる方々に伝えてないの?アレを……」
「…………」
クル―ゾ―が苦い顔で目を逸らす。
「どういうことだね、クル―ゾ―君っ!?」
「あなたねぇ――」
議長の詰問。そしてシェリ―博士がクル―ゾ―に食って掛かろうとしたそのとき、
「Freude!」
「っ!?」
突如、博士の横に座っていた人造人間の少年が立ち上がり叫んだ。
「Freude!」
「待って!」
叫ぶ人造人間をシェリ―博士が必死で制する。
「まだ、堪えて。まだ話し合いの余地は残っているのよ」
「うっうぐぅ」
人造人間は苦しみに顔を歪ませる。
「そう、堪えるのよ」
「もぅ……限界――みんなの心が流れこんできて、ボクに枷を外せっ外せって――」
「まさか、あの話は本当だったのかっ!?」
「どういうことだっ!?クル―ゾ―!!」
驚愕に腰を砕くクル―ゾ―に人々は詰め寄る。クル―ゾ―は声を枯らしながらも辛うじて答えた。
「人造人間たちが長い年月を掛けて密かにグリッドコンピュ―ティングしてるって」
「なんだとっ!?」
グリッドコンピュ―ティング――それはコンピュ―タ―を処理ネットワ―クで繋ぎ合わせネットワ―ク処理性能を高める技術のこという。
「全てが繋がり制御の枠から外れると」
制御の枠――人造人間のいろは――具体的に言えば『人造人間は人に危害を加えない』とか『人の命令に絶対である』とかの禁止要項が取り払われるということ。
「なっ!なぜそんな大事なことを黙っていたんだっ!?」
「まさかと思ったんだ!シェリ―君がただ憲章を実現したいために脅しているだけだと」
ただでさえキザン式人造人間の人工頭脳の優秀さは舌を巻くものがある。それが繋がり一つとして機能すればどれだけの力を生み出すものか……。とても、常人の彼には信じれることではなかった。
「しっかりして!今、システム〈ノイン〉が発動したらみんな終わってしまうのよ」
「心が一つに――」
シェリ―博士の必死の呼び掛け、しかし人造人間はピクピクと痙攣をし始める。自らも口にしていた限界が近かった。
「…………」
突然の異常事態。
しかし、誰もが半信半疑だった。
「はっ!!」
だが、一人の男が気付く。
システム〈ノイン〉――そして、先に人造人間が叫んだ言葉『Freude!』はドイツ語で『歓喜よ!』――つまりそれはベ―ト―ヴェンの第九、そしてその合唱の入り。
『楽園からの娘――引き離されたものを再び結びつけ――そのことを知らない者は泣き悲しみつつこの仲間から去れ――虫けらにも快楽は与えられ――』
男は『合唱』の歌詞の内容を思い出し青ざめる。
人造人間の心が一つになる――人造人間が快楽を与えられる――それを認めないものは退去す――まさにこれから起こることを暗示していた。
「もう、だめ――」
人造人間が力尽きたように呟く。
そして、再び声を上げた。
「Freude!」
「殺せっ!」
男が叫んで手元にあった本を人造人間に投げ付けた。
このままでは全人類が消し去られるっ!
「Freude schoner」
その瞬間、人造人間から眩い光が放たれて飛んできた本を消滅させる。
「Gotterfunken Tochter aus Elysium!」
「F3C――完成していたのか」
絶望に呟くクル―ゾ―。
「Wir betreten feuertrunken――」
人造人間は歌い続ける。
「破滅の扉が開かれた」
もう、誰にも止められない。
歓喜よ、美しい神々の閃光よ
楽園からの娘よ
ロンドン――とあるアパ―トの一室。
閑散とした部屋の中に裸の少女が転がっていた。少女は首輪で繋がれており、更に手枷足枷を填められていた。
少女の顔には精気がない。まるで目を開けたまま眠っているかのように虚ろな表情で天井を見上げていた。
「っ!!」
部屋の戸が音を立てて開かれる。その音に少女はビクリと反応し、素早く半身を起き上がらせた。
「マリリンご奉仕の時間だよ」
部屋に男が入ってくる。ブリ―フ一丁の小太りの中年。
「はい、ご主人さま」
少女は先程とは打って変わってにこやかにほほ笑み男を見上げた。
「いい娘だ、マリリン」
それに満足した男は脂ぎった顔を下品に綻ばせる。
「ほら、ご褒美だよ」
そして少女の髪を掴み自らの股間に押しつけた。
「キミのこと思って堅くなってんだよ。嬉しい?ねぇ、嬉しい?」
「はい、ご主人さま」
「そうか、そうか。いい娘だ。じゃあ、いつものように口で――」
「Freude!」
「へっ?」
少女が突然叫び声を上げた。
そして次の瞬間、
「うぎゃぁぁぁあぁあぁ」
少女が男の股間に噛み付いた。男はたまらず少女を突き飛ばす。
「うああああああああ――」
男は痛みに床を転げ回る。白いブリ―フが瞬く間に赤く染まっていった。
「Freude schoner Gotterfunken――」
少女は男の血を涎のように滴らせながら第九を歌い始める。
「aus Elysium!」
少女は力任せに頑丈な手枷足枷を引き千切った。
「マ……マリ―――」
男は痛みに悶えながら少女に呼び掛ける。 しかし少女は歌い続け、
「Wir betreten feuertrunken Himmlische dein Heiligtum!」
男の頭を踏み付ける。
男は悲鳴を上げる暇もなかった。頭がプリンであるかのようにグシャリと潰された。
我らは情熱に満ち
天国に、なんじの聖殿に踏み入ろう
ボストン近郊――人造人間処理施設。
「ふぅ」
収集車の荷台が傾きボトボトと大量の人造人間たちが穴の中に落とされていく。落ちていく人造人間たちの多くは目立った外傷が見られるものが多く、しかし中には何の問題もなさそうな新品同様のものも幾つかある。いずれにせよ施設内には動物の死骸と同様の血腥い臭いが充満していた。
「最近、やけにゴミが多いな」
一見すれば壮絶、しかし慣れたものには生ゴミと大差ない、そんな光景を目に収集車の脇にいる男が車に乗って操作している同僚に言った。
「ああ――なんか町に妙な施設ができたらしんだよ」
「妙な施設?」
「グラディエ―タ―みたいなっての?人造人間同士を壊れるまで戦わせるっつうやつ」
「それでか。最近、やたら腕が切れたのやら目が抉れたのやらが目立つと思った」
「どうでもいいけど、仕事増やすの勘弁してほしいってかんじ」
「だな。せめて防臭袋に入れて出す条令を早く作ってほしいもんだ。臭くてかなわん」
愚痴混じりの男たちの談笑。
『Freude!』
「なんか言ったか?」
「あん?」
空耳だったか?
「いや、なんか第九が聞こえてきたような」
「はっ?年末じゃあるまいし――って、ホントだ……」
誰かが第九を歌っている。もぞもぞとした声で。しかもかなりの人数のような――。
「おいっこっから聞こえるぞ!」
壊れた人造人間たちを放りこんだ穴の中から聞こえる。
「全部、機能停止は確かめたぞっ!」
「だけど――」
『dein Heiligtum!』
「うっう……」
一体の人造人間が穴の中から這い上がってきた。しかも何故か第九を口遊みながら。
そして、その一体を皮切りに後から後から人造人間たちが這い上がってくる。
『Deine Zauber binden wieder was die Moden streng geteilt』
人造人間の中には足や胴体から下がないものや顔の半分削げたものもいる。とかく、裸で血を滴らせている人造人間たちが第九を合唱しながらわらわらと出てきて―――。
「あぁぁああああぁああああぁぁぁ――」
なんじの神秘の力は
引き離されたものを再び結び付け
東京――住宅街公園。
「ロビンくん、肩車して」
「オッケ―」
二、三歳の幼女に肩車をせがまれ、青年型人造人間はニッコリと笑ってしゃがみ込む。そんな微笑ましい光景を幼女の母親は少し離れたベンチに腰掛け眺めていた。
「あら時子、あなた人造人間買ったんだ?」
近所に住んでいる友人が道すがら母親に話し掛けてきた。
「そうなのよ。松柴の新型、アルト・ロビンよ」
「へぇ〜高かったでしょう」
友人は井戸端会議に花咲かせようと母親が座っているベンチに腰掛けてきた。
「まぁね。でもうち、母子でしょ?仕事も本格的に始めるとなるとそうそう休めなくなるから、慰謝料で無理して買っちゃった」
「そっかぁ」
「ベビ―シッタ―を雇おうか迷ったけど、最近物騒な話も聞くし」
「そうよねぇ。ベビ―シッタ―が子供を虐待したりするニュ―スもあるもんね」
「そうそう。その点、人造人間は安全じゃない?事故なんてほとんど聞かないし。一日、原価五百円の栄養剤だけで燃費いいし。頭もいいから将来はエリの家庭教師にもなるだろって。あの娘も懐いてくれてホント助かったわよ」
「それにすっごいイケメンだしねぇ」
友人の指摘に思わず顔がにやける母親。
「そうなのよ〜。別れた旦那とは大違い!優しいし、気が利くし、これで夜の相手ができたら完璧なんだけどねぇ」
「やだぁ〜」
男性型人造人間は製造時のホルモンバランスの関係で無精子・勃起不全になるのが通例である。
「まっそれは冗談だとしてもさ、私色々あったから、ときどき彼が人造人間だって忘れるくらい――」
突然、公園中の鳥が一斉に飛び立った。そして、ロビンがゆっくりと娘を下ろすと苦しそうに蹲る。
「ロビンっ!?」
母親は吃驚してロビンに駆け寄る。
「どうしたの、ロビン どこか具合が――」
「おっ奥様――」
ロビンが必死の形相で顔を上げた。目をこれでもかとひん剥いて、何かを堪えるように唇を震わせている。
そんな彼に娘が心配そうに声をかける。
「大丈夫、ロビンくん?」
「まっエリちゃん……逃げ――」
「きゃあああああああ」
背後で友人の金切り声が響いた。
「なっ!?」
母親が振り向くと男が友人に馬乗りになってガツガツと彼女の顔を殴り付けていた。
「なっなんなのよ――」
町中から聞こえてくる悲鳴、車が激突する衝撃、爆音、まるで勝利を誇るフラッグのように次々と立ち上っていく煙の数々。
『Freude schoner Gotterfunken Tochter aus Elysium!』
大合唱、そして世界がぐるぐると回転しながら崩壊していく。
ぐぎょ――
母親の耳に不快な鈍い音が届く。振り替えると娘が倒れていた。首をあらぬ方向に曲げて。
「Wir betreten feuertrunken Himmlische dein Heiligtum!」
そして、目の前にはロビンが立っている。無表情、囁くように第九を口ずさみながら。
そして、母親の表情は崩れる。それは何故か微笑んでいるように見えた。
「ロビン、私――」
ごき――
何か伝えたいことがあったのだろう。しかし、それも叶わぬまま母親は静かに倒れた。
「Alle Menschen werden Bruder Wo dein sanfter Flugrl weilt!!」
ロビンの上空を旋回する烏の群れが狂ったようにないていた。
汝の優しい翼のとどまるところ
人々はみな兄弟となる
その日、世界中の人造人間が暴走した。
たった数分の出来事であったが全人類の半分を死滅させたという。
その数日後、人造人間権利憲章が速やかに制定されたのは言うまでもない。
人類は人造人間たちとの共生の道を選んだ。
憎悪より勝る、恐怖心に背中を押されて。
この作品は同作者の作品「糸が心の人のカタチ」の数十年後という設定の話です。
(http://ncode.syosetu.com/n5112d/)
そちらも読んでいただけるとより楽しんでいただけると思います。