『チャーミンググランドピアノ』その2
『チャーミング・グランドピアノ』の情報が私の元へ届かない。なぜ?
そもそもこのピアノってなんなのかしら?
気になった私はとある情報筋を頼った。大量に集まった情報網をまとめていく。そして気づいた。やはり異常だわ。
今から約二百年前にある帝都で大規模な反乱が起こった。多くの街の人々が王宮を襲いはじめたがまもなく帝国軍に鎮められる。しかし問題が起こった。反乱に参加した者の多くは記憶がないと言い始めたのだ。さらに首謀者の影も形もまったく掴めないという不可解な事件へと発展。王が魔術師達に魔法の可能性を問うと一人の魔術師がこう答えた。
「もしやチャーミングという魔界の魔術かもしれません」
王は魔界の者で魔術に詳しい人物を王宮に呼び寄せた。その者の名が『クララ・ブラス』という帝都で人気のピアニスト。
「そなたに問いたい。魔界には人を魅了させて操るといった類の魔法は存在するのか?」
「存在します。ですがかなり高位の魔人族や悪魔族くらいでないと使用できないでしょう」
「ならばこの帝都にそのような魔法を扱える魔界の者はおるか?」
「私の知る限りではいないでしょう」
その後クララは捕らえられる。なぜか?
王宮にて発表された罪状。それは『ピアノ演奏によって多くの民を魅了し国家転覆を計った為』と公評された。調査の結果捕らえられた多くの反乱者たちは前日にクララの演奏会に出席していた事が判明。さらに演奏会で使用されたグランドピアノを検証で演奏してみた結果、魅了の効果が認められ呪いがかけられたピアノだった事が発覚。後にこの事件は『チャーミンググランドピアノ』という名目で歴史に残されている。
うん。眉唾ね。この文面から見ただけでもうさんくさいわ。まず第一にクララがどうなったのか記録がないのよね。なんでよ。あと何人が反乱に参加したのかわかんない。百人? 千人?
一応この年代付近の情報を洗って経年ごとにピアノについて調べていきましょうか。
森の外へ出てきたマテウスとリナは軍勢の大群に驚いていた。
「こりゃあ……マジだなおい」
ざっと数えて五千もの軍勢。一国を攻める事すら可能な数である。
「魔術師が五百ってこの国の総勢じゃないかこれ」
「異常ですね」
アラクネ森の偵察やクララとチャーミンググランドピアノが目的にしては軍を動かしすぎている。この軍勢に対して魔人族は数十名。太刀打ちできるはずもない。ある程度善戦してるのが恐ろしいところでもあるのだが時間の問題でしかない。
不審だと感じたマテウスは軍を率いる者を探す。軍の後方あたりに目処をつけると片翼側の兵に声をかけて取次げるよう交渉を始める。金貨を少し握らせるとすぐに伝令となっていった。普通一兵士が隊列から離れて行動を取るのは軍規違反なんだがなと思いつつ返答を待った。
しばらくすると案の定、顔に青い痣をつけて伝令と化した兵士が戻ってきた。どうやら取次げたらしい。さっきの金銭も没収されるだろうと予測していたマテウスか更に金貨三枚を握らせてやると兵士は元気を取り戻したようだった。
マテウスとリナが本陣へ案内される。リナの大鎌はすぐに使えないように布で覆ったあと鎖で巻かれている。マテウスは基本素手なので特に制限を設けられることなく陣内を進んでいった。
「戦時中の為馬上にて失礼する。私に話しがあるようだが何用か」
「…………」
「どうした。私が軍を率いる者だが」
「久しぶりだなホセ」
「む? なぜ名前を知っている」
「俺だよ。マテウスだ」
「……マ。マテウス殿!?」
するとホセと呼ばれた指揮官は慌てて馬を降りる。
「ど、どうしてこのような場所にマテウス殿が!?」
「まぁちょっとな。ところでこの軍勢はなんだ? どっか攻めるのか?」
「いえ。最大級の懸賞首であるクララという悪魔がこの森に潜伏しているとの確定情報があった次第です」
「は!? あいつ懸賞首なの!?」
「そうですよ。危険な相手なので街中には張り出しされていませんが」
「まじかよ……」
「まさかクララに何かされたのですか?」
「さっきクララのピアノ聴いてた」
「…………」
呆然とするホセはまたもや慌てて魔術師を呼び解毒系統の魔術をマテウスにかけようとする。
「ちょっとまてまて! どうしたんだ一体」
「クララはチャーミングを操る高位な悪魔です! マテウス殿にも魔法がかけられているやもしれません!」
「いや大丈夫。そう簡単にやられる俺じゃない。たぶん」
念のためと解毒を受けるマテウスにリナが疑問をぶつける。
「お二人はお知り合いなのですか?」
「ホセは魔術学校の後輩だ。世話になっていた」
「何を言うんですか! お世話になったのはこちらのほうですよ」
「卒業後は別々の国で仕官する事になったがな。プライベートのほうでは十年前までは親交があった友人だよ」
「マスターにも友人がいたんですね」
「泣くぞこら」
旧友との再会に戦闘中にも関わらず明るい雰囲気が本陣を満たしていた。
「出世したようだなホセ」
「おかげさまで。ようやく将軍となりました」
「お前の実力なら当然だな。なんにせよおめでとう」
リナはお互いを理解しあってるであろう二人に少しばかりの嫉妬心が芽生えつつもホセという人物を考察する。マテウスとは違い中距離遠距離を得意としてるであろう魔術師出身の将軍であると即座に見抜いた。ジロジロと観察する視線を浴び続けたホセはリナのほうへ向き挨拶を交わす。
「これは失礼しました。ホセ・ボレルと申します。あなたはもしやマテウス殿のご婦人様でしょうか?」
「はいそうです。リナ・デル・オルノと申します」
「しれっと嘘つくな。デル・オルノ言っちゃってるじゃねぇか。メイド兼副マスターだ」
「ギルドメンバーでしたか。という事はこの国に滞在しているのですか?」
「ああ。五年ほど前からな。お前の事には大分前から気づいていたが中々会いに行く機会がなかった」
「たしかに王宮住まいだと私のほうも外に出るのは見回りくらいですからね」
解毒が終わりましたと声を掛けられると本題に移った。
「で、クララを捕らえるために軍を引き連れてるんだな?」
「はい。捕らえるではなく抹殺ですが」
「罪状と懸賞額は?」
「国家転覆罪と金貨千五百枚です」
「そういう事か」
「?」
つまりあの依頼はクララ討伐の依頼だったのだ。そして『チャーミング・グランドピアノ』というアイテムはおそらくこの場所にはない。チャーミングはクララ自身の能力だ。魔人族と偽っていたが彼女は悪魔。悪魔ならチャーミングは使いこなせる。合点がいったマテウスはリナを連れて森へと引き返していく。
森の入口付近にて一人の魔人族が行く手を阻むように仁王立ちしていた。
「今度は全力でやろうか」
「是非」
アドリアーノの言葉にリナが答えた。