『チャーミンググランドピアノ』その1
朝ベッドから起き上がると近くのテーブルにみかんが置かれていた。みかんが大好物な俺はさっそく手に取り皮を向く。
「リナのやつ気がきくじゃねぇか」
甘酸っぱい味を堪能して煙草に火を点ける。一日の始まりである。
ギルドホールの執務室にてマスター専用の席につく。椅子は豪華なものではない。本来のマスター専用椅子があるのだが腰が痛くなるからリナにあげた。きっと来訪者がここに入ってきたらリナがマスターだと思うだろう。そんなリナは先日の報酬でメイド服を仕立て直しに行っている。なんでも今日できるとか言って昨日からそわそわしていやがった。
「ごめんくださ~い」
おっと客だ。
「はぁい。今日もクールでかっこいいわね♪」
「なんだお前か。何か用か?」
「あら。用がなくちゃ来てはいけないのかしらぁん」
うぜぇ。こいつは俺の友人『ジョルディ・ゴメス』という男だ。お・と・こ。飲み仲間でもある。
「てかリナはどうした? お前のとこに仕立てた服をとりにいってるはずだが」
「もちろん一緒にきたわよ。今はお隣でお着替え中」
「じゃあなんでお前きたの?」
「もちろんリナちゃんの新メイド服をあなたにご紹介して堪能するのよ!」
変態である。だがこんな変態でも街一番の仕立て屋だ。リナのメイド服も楽しみじゃないといえば嘘になる。
「おまたせしました。マスター新しいメイド服です」
「きゃあ! 素敵! 最高よリナちゃん!」
「…………」
おっと少し気を失いかけていたようだ。谷間全開の胸元に太ももの七割くらいが露出してるミニスカを見て眩暈がしてしまった。いやわかる。すごくいい。セクシーなのは認めよう。たまに見る分にはいいんだが常にこの姿で執務をこなされていたら目のやり場に困る。
「マスター。御気に召しませんでしたか」
「いつもの服にしてこい」
「はぁ!? ちょっと何かまととぶってんのよ! あなたこういうの好きでしょう!?」
「お前俺をそんな風に思ってたのかよ……」
「仕方ないわね。いつものメイド服のほうも仕立ててあるから両方使いなさいな」
「ありがとうございますジョルディさん。では予定通り夜に使用させていただきます」
予定通りって何だよ……。
「あ、マスター。依頼も届いています」
「どれどれ~?」
「おい。部外者は見るなよ」
「いけずぅ」
アイテム名:『チャーミンググランドピアノ』
成功報酬:金貨1500枚
追記:アラクネ森で目撃情報あり。取得した際の移動手段はこちらにおまかせを
「ふむ……」
「これは大仕事になりそうですね」
「ジョルディ。情報売ってくれ」
「はいはい。チャーミンググランドピアノ。悪魔によってチャーミングの呪いをかけられたピアノね。ピアノ自体も魔界にしか繁殖していないという木から作られていて非常に耐久性に優れているそうよ」
「目撃情報の信憑性は?」
「ピアノ自体の目撃情報は私には入ってないわ。その時点でちょっと疑わしいけど。ただアラクネ森には最近になってモンスターの数が増加しているという情報ならあるのよね。それもかなり強力な部類の」
「どんな?」
「主に魔界にも生息しているタイプのモンスター」
「それはやっかいだな」
ジョルディは裏で情報屋もやっている。俺は俺で情報を集めるための手段があるんだがこいつには遠く及ばない。情報料を払おうとするとリナのメイド姿を堪能できたからいいわと帰っていった。
「さっそくアラクネ森へ?」
「あぁ。だが今日は様子見にしておこう。ピアノを発見してもすぐに近づくな」
「了解マスター」
「あ、あとアレも用意しておけ」
二日間。俺達が拠点としている街からアラクネ森まで徒歩でかかる日程である。その間にちょっとしたごたつきがあったのだが今回はおいておこう。それよりもだ。アラクネ森入口付近からすでに異様なオーラが充満しているんだが一体どうなってやがる。本来ここは果物なども豊富に実っている事が多く商人の出入りも多いはずだ。しかしこの雰囲気では一般人では立ち入る事は不可能だろう。
「金貨1500枚。リナはどう思った?」
「家計簿を書くのが楽しみになりました」
「いやそうじゃなくて……金額設定だよ」
「ピアノは高価なものだと思ったので特になんとも」
「そうか」
ピアノはたしかに高価だがせいぜい金貨200枚ってところだ。特注品で1000枚に到達するかどうか。だが今回の『チャーミング・グランドピアノ』は魔界のピアノだ。魔界の品はこの大陸でもたまに出回るが平均相場の二十倍は下らない。それがピアノともなるとおそらくだが……1500枚というのは安すぎる。
そして目の前に広がる光景。森の入口には魔人族の行列ときた。魔人族ってのは見た目は人間と変わらないが悪魔の上位種である。戦闘力は人間の数倍は高い。知能も変わらない。ここは退くか。
「人間。この森になにか用か?」
げ。魔人に声を掛けられてしまった。こいつらとは争いたくない。魔人族は敵対しなければ人間の街でも普通に暮らしていたりするくらい温厚な種族だ。通りかかっただけ。そう言えば特になにも起こらないだろうが……。
「チャーミング・グランドピアノを探しています。ご存知ありませんか?」
ちょ!? リナァァァァァァ!!
「あ? お前らもピアノが目的の人間か。やれやれ。これで何人目だ」
うわ。目つきが変わりやがった。まずいな。
「よし。俺と戦って勝てたら姉御に会わせてやる。どうだ? ちょっと戦闘から遠ざかっていてな」
「姉御と言う御仁にお会いできればピアノについて情報を得られるのでしょうか?」
「まぁな。お嬢ちゃんがやるかい?」
リナ。お前何勝手に話し進めているんだよ。俺の目配らせに気づけよ。ひ・く・ぞ。
「嬢ちゃんの度胸は大したもんだが連れの兄ちゃんは怖気づいてるようだぜ?」
「そうですね。きっとあなた達の心配をしているのかと」
「ほう。言うねぇ。嬢ちゃん将来大物になるな」
「いざ」
あーあ。勝手に始めちゃったよ。まぁあいつならリナで問題ないか。今回は武器ももってきてるしな。
「俺は魔人族のアドリアーノ。嬢ちゃんの名前を聞いておこうか」
「リナ・デル・オルノ」
「いい名前だ。さぁかかってきな!!」
リナは背負っていた大きな物の布を投げる。中からは大鎌が姿を現す。自身の身長の倍はある大きさだ。それをリナは片手で掴み、まるで槍を扱うかのように構える。
アドリアーノの目つきがそこで本気モードへと移る。手加減したら死ぬ。瞬時に判断した彼は魔人族特有の魔力を体に充満させる。薄黒いオーラがほとばしる姿を見たほかの魔人族たちが続々と観客と化した。
「ダークファイヤ!!」
アドリアーノが両手から黒い炎を纏わせ火炎放射器のようにリナに向けて放たれる。どう回避するか。
否。
リナは避けない。
鎌を一振り。突風が森の一部を吹き飛ばす。アドリアーノが放った炎は吹き飛ばされ消えていた。
「な、なんだ今の一撃は……」
アドリアーノは胸のあたりに薄っすらと切り傷を負っていることに気づく。
「今、一度あなたを殺しました」
リナの体からはアドリアーノとは比べ物にならないほどドス黒くいびつなオーラを放っていた。その姿に魔人族たちは思った。
(アドリアーノ……お前いいやつだったよ)
(かわいそうに。喧嘩売った相手が悪かったのね)
(さようなら。来世で会いましょう)
「嬢ちゃん。そんな力を人間の身でどうやって……」
リナは胸の谷間に押し込んでいたネックレスを取り出す。それをみたアドリアーノは全てを察した。
「そうゆう事かい……」
「そうゆう事です。ではさようなら」
リナが大鎌をアドリアーノに首に引っ掛ける。首を飛ばすまでもう数秒もない。その時である。
「リナ。ストップだ。ここまででいい」
「了解マスター」
マテウスからの待ったの声が掛かる。九死に一生を得たアドリアーノに駆け寄ったマテウスはピアノについての情報を聞き出し始める。
「つまり魔人族の美女が森の中に廃棄されていたピアノで演奏会を開いてるわけか」
「そうだ。彼女の奏でる旋律には誰しもが惹かれてしまうんだ。チャーミング系統の魔法は使っていない。ピアノも呪われていない。単純に彼女のピアニストとしての実力なんだ」
「モンスターが集まっているのもその影響か」
チャーミング・グランドピアノ。この場所には存在していなかったという事になる。依頼人の勘違いということなのだろうか。
「とりあえず姉御に紹介しよう。付いて来てくれ」
俺とリナがアドリアーノの後ろをついていくこと三十分。広場に行き当たった。その中央にはグランドピアノが一台。レトロな椅子に一人の女性が腰掛けていた。
美しい。
ただ一言美しい女性だった。手足がすらっと長く黒髪のロングに白のドレスを纏った魔人族だ。その容姿だけでもうチャーミングの魔法が完成しているようなものだった。
「初めまして。わたくしはクララ・バラオーナと申します」
「マテウスだ」
「リナ・デル・オルノ」
三人は簡単に挨拶を交わす。
「早速なんだが、俺たちはチャーミング・グランドピアノを手に入れてこいと依頼を受けて来た者だ」
「まぁ。では力ずくでも奪っていかれるおつもりなのでしょうか」
「いや。金を提示する。それでだめなら諦めるさ」
「いくら積まれてもこのピアノは手放せません。なぜならわたくしの命よりも大切なピアノなのです」
「そうか。なら一曲リクエストしてもいいか?」
「もちろんですわ。どの曲を?」
「まかせる」
俺とリナはアドリアーノが用意してくれた椅子に座り演奏を聴く。
クララが演奏を開始する。曲目は――――
『永遠の愛と絆』
俺の故郷でも有名な曲だ。バラードである。作曲者はたしか『ホアキン・バラオーナ』という超有名な作曲家だ。
バラオーナ?
時間にして約八分程の演奏が終わる。俺は無意識のうちに立ち上がり拍手を送っていた。リナは無表情のままクララを見ていた。
「いい演奏だった」
「ありがとうございます」
「それだけの実力があるならプロのピアニストとして王都や帝都で活躍できるんじゃないか?」
「あらお上手ですわ。そこまでの実力はありませんのことよ」
そうだろうか。俺には芸術のかけらもわからないがピアノがこんなにいいものだと思ったのは初めてだ。こんな俺でも感動するくらいなのだから相当すごいんじゃないかと思うんだがな。
「そうだ一つ聞きたいんだが」
「はい。どうぞ」
ホアキン・バラオーナを直接知っているのかと聞こうとした時である。突然甲高い音が鳴り響き広場付近に爆発が生じた。
「何事だ!!」
アドリアーノが叫ぶ。すると別の魔人族が全速力で走ってきてこう言った。
「人間の軍勢がこの森に攻撃を開始しました! 魔術師が多く対応に苦戦しています!」
「魔術師だと!?」
アドリアーノが俺達を敵視するような視線を向ける。
「お前達の差し金か?」
「違う」
「違います」
「そ、そうか」
気迫を込めて否定した二人にアドリアーノは信じる以外なく気圧され気味になる。
「最近。人間が接触してくる事が多かったのですがやはりピアノが目的ですわね」
「そうみたいだな」
「マテウス様。リナ様。早々にお逃げください。この場所が最も危険地帯となるでしょう」
クララは逃げろと促す。さて。俺の辞書に逃げるという単語は登録されていない。さっき退こうとしただろって? 気のせいさ。
とりあえず。
「コンサートホール入場料払っていくか」
「はい」
通貨価値:胴一枚=百円 銀一枚=千円 金一枚=一万円
マテウスの毎月のお小遣いが金貨15枚ほど