三
ヴァルダンとミッシェルの出会いは、彼らがルーキーだった時代の作品“トゥー・トリップス・イン・ヴァケイション”の撮影だった。
当時若手俳優として名が売れ始めていたヴァルダンに対しミッシェルは無名のスタントマンだ。
当然二人に面識など無い。
ヴァルダンはベテラン俳優のゴードン・ペプラーと共にダブル主演を張ることとなっていた。
ヴァルダンの役はゴードン演じるダメ探偵ウィルソンの優秀な助手キンケーという役柄だ。
ミッシェルはマフィアのチンピラの役だった。
。
この話をする前にまずゴードン・ペプラーがどのような男であったかを話さなくてはならない。
ゴードン・ペプラーはハリウッドの礎を作った男だ。
映画といえば西部劇と言われる時代に彼はロマンスをもたらした。
ゴードン以前のかっこいい俳優像は隆々とした筋肉に太く凛々しい眉、短い髪に日に焼けた肌が定石だった。
男らしい男、それが理想像だったのである。
対してゴードンはその逆であった。
彼の体はスレンダーで眉も細く整えられている。髪は長髪で女性と同じようにパーマを当てて髪をセットしている。
ファッションも奇抜だった。
彼は大きくストライプの入ったダブルのスーツをいつも着崩していた。
ベストのボタンは止めず、ベルトも幅の大きく、金具の目立つものを愛用した。
従来服のズレを抑える道具であったベルトを彼はファッションとして用いたのだ。
彼のように派手なスーツをあえて着崩すファッションはゴードンスタイルと称されて若者達の中で爆発的な流行となる。
彼は男にも女性のように着飾り、ファッションを楽しめると思っていた。
彼はそれを映画を通して伝えたのだ。
男性の世界に女性的なスタイルをもたらした、それが彼がハリウッドの礎と言われる所以である。
彼によってハリウッドの世界に二枚目俳優という存在が生まれたのだ。
彼は自身のもたらしたスタイルに確固とした心情を抱いていた。
故に彼には二枚目俳優という存在に特別な拘りを持っていた。
ヴァルダンはその日ゴードンとの始めての撮影だった。
ヴァルダンも性質は異なるが、ゴードンと同じ女性的スタイルを取り込んだ俳優だ。
ゴードンはヴァルダンに対して特に厳しい目を向けていた。
ヴァルダンが大御所であるゴードンに挨拶をしに、彼の座る椅子へと近づいた時だった。
ゴードンはヴァルダンの顔を見て手に持ったコーヒーをいきなり引っ掛けた。
意味の解らぬヴァルダンはゴードンにその場で謝罪をするが、さらに激怒したゴードンは撮影があるにも関わらず、自宅へ帰ってしまった。
自身の不注意が原因で撮影を潰してしまったヴァルダンはその時俳優として生きるのを諦めたという。
絶望する彼に手を差し伸べたのが、ミッシェル・リーであった。
彼はゴードンの信奉者であった。
彼の容姿は決して女性的ではない。
スタントマンである彼の身体は筋肉が隆起する、実に男性的な肉体だ。
顔も決して良いとは言えない。
しかし彼は今時の若者らしく新しいスタイルに憧れを抱き、そのスタイルの創立者であるゴードンを信奉していた。
ミッシェルは絶望に打ちひしがれるヴァルダンに近づき、顔を上げさせた。
そして顔をよく観察してこう言ったのだ。
「あんた眉が整えられて無いじゃねえか!今すぐ直して謝りに行くぞ!」
彼はメイクを呼び、眉を整えさせた後ヴァルダンを自身の運転するバイクに乗せて自宅まで謝りに行った。
ヴァルダンが自身の間違いに気付き、間違いを正して謝りに来たことに感心したゴードンはヴァルダンを許し、以降ヴァルダンの後ろ立てとして彼の俳優人生を支えて行った。
女性的なスタイルを自身に要求するゴードンは、自身の後を行く後輩達に普段から容姿を整えることを要求した。
ゴードンにとって眉を整えないことは美にとっての侮辱、俳優としての怠惰だった。
だからこそゴードンはヴァルダンに激怒した。
ミッシェルはゴードンの思想を知り尽くしていたからこそ、瞬時にヴァルダンの誤りを指摘出来たのだ。
話は逸れてしまったが、その事件以降ヴァルダンとミッシェルは無二の友人なのである。