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わたしに勇気をください

作者: 椎野 千洋

 どこまでも青い深海に沈みゆく夢……不安、希望。



 その日最初に耳にしたのは、朝の到来を祝福しているような鳥達のシンフォニーで、最初に目にした光景は、開いた窓から吹く春のそよ風に踊る透明なカーテンだった。


 わたしはベッドの上で軽く背を伸ばし、誰も存在し得ない真っ白な家具で統一された部屋に声をかける。


「おはよう、今日はお休みだね、何をしようかな?」


 今日はお休みの日。実はもう予定を決めていたりして、わたしは意味もなく自身の問いかけに笑顔で答える。


「今日はこれから近くの土手に、四葉のクローバーを探しにゆこうと思います」


 わたしはベッドから降りて寝起きでふらつく足取りに注意を払いつつ、そのままバスルームへと向かった。バスルームはガラス張りで、いつでも光沢が出るように洗面台は掃除を怠らないのが自慢。鏡に曇りもない。


 そんな鏡に映るわたしは寝癖で左の髪の毛が跳ねていて、目は眠いせいでなんだか糸のように細い。でもかまわないよね、今日はお休みの日。


 そう思いながらも、蛇口をひねって出した水でおもいっきり顔を洗う。そして丁寧に歯を磨いて朝の基本はバッチリ。もちろん寝癖も水をつけて直す。


 それからすぐにパジャマを着替える。服装はあまりお洒落をしないことにした。細いデニムをはいて、上は白地のTシャツだけ。髪は後ろに束ねてポニーテールにした。


 朝ごはんはいらない。わたしの四葉のクローバー探しは早朝でないと意味が無い。つまり時間があまり無いんだ。それにお休みの日は朝ごはんなんて食べない事が多いし。


 わたしは着替えを終えて、財布も携帯も持たずに玄関へと向かった。お気に入りの赤いスニーカーを履くには、人差し指を靴べら代わりにしないといけないのが少し面倒で、それでもお気に入りに変わりはなくって、それを履いてわたしは家を出た。




                             *




 土手に着いて、そこは早朝の涼やかな風が吹いていて、その風が生い茂った緑の草々を愛でているようにわたしは感じた。川の水が耳に心地の良い音色を届けてくれるのが、なんだかとても春っぽくてうれしかった。


 わたしはクローバの生い茂った場所を見つけ、そこに軽く腰掛けるように足を曲げつつ、四葉のクローバーを探し始めた。


 地面のクローバーに顔を近づけると、クローバーの水々しい香りがして少し気持ちが落ち着く。と言うのも、わたしは緊張していたりするのだ。


 わたしには願いがあって、それを叶えてほしくって、四葉のクローバーを探してるんだ。


「わたしに勇気をください……」


 お休みの日、早朝の土手、わたしはいつもここで四葉のクローバーをさがしてる。でも中々見つかってくれない。もう時間が無いな。


 段々と日差しが強くなり、土手には多くの出会いを生むように人々が通りかかる。かわいいトイプードルを散歩しているおじいさんや、新聞配達のお兄さんなどが次々と通り過ぎて、そしてまたいつもの様に彼が来る。


 休みの日になると彼はきまってスウェットでこの土手をジョギングしてて、とても涼しそうな顔で挨拶をしてくれる。今日も同じ。対岸から架かっている橋を渡って、どんどんその姿が大きくなってゆく。


「急がないと……」


 わたしは慌てて足元を探るようにように四葉のクローバーを探した。でもいつも見つかってはくれない。今日もわたしに幸せは訪れないのかな。でもいいんだ。


 彼がわたしを上から見下ろせる位置で足を止める。


「おはよう! 今日も早いね、四葉のクローバーは見つかった?」


 わたしの中で何かが高揚するのがわかる。


「今日も見つからないです」


 彼はにこやかに微笑み、


「見つかるといいね! それじゃあ僕は行くね、がんばって!」


 そう言って彼はわたしから離れるように走り出す。どんどん姿が小さくなって、いつものように見えなくなる。


「みつかったらいいね……」


 お休みの日、わたしは土手で四葉のクローバーを探すの。そしてもし見つかったら、わたしに勇気をください。


 今日も見つからなかった、でもいいの。わたしは春が好き。こうやって涼しい風に吹かれながら、ゆっくりと流れる時間に身を任せて、少しづつ勇気をたくわえて、そして想いを伝えたい。きっとその為に四葉のクローバーは見つからないんだ。


 だからきっかけが欲しいだけ。


「わたしに勇気をください」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 後味のいい作品ですね。 主人公を応援したくなります。
2010/03/03 10:45 退会済み
管理
[一言] 伸びやかなストーリーでした。 これからも頑張ってください。
[一言]  とても爽やかな読後感です。ちりばめられた室内やお気に入りの靴の描写もすてきでした。
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