お迎えは空からやってくる。【1】
朝。
上品にゆっくりと。
美青年で優秀なる私の自慢の執事――セバスが、カーテンを開いていく。
「おはようございます。お嬢様」
燦然と穏やかに降りそそぐ陽の光が、豪奢なこの部屋に色をもたらす。
それはまるで女神のみに与えられし特別な部屋であるかのように。
「お嬢様、それは気のせいでございます。お嬢様が女神を名乗っては女神に失礼でございます」
それは私の美しさに女神が嫉妬するという意味なのかしら?
セバスがフッと吐息を漏らす。
「どうやらこの部屋の鏡は全て不良品だったようですね。後で新しい物に換えておきますので、もう一度じっくりとご自分の顔をご覧になるとよろしいでしょう」
さすが私のセバス。鏡のあの小さな汚れに気付くとは、優秀な執事の証拠ですわ。
「それはとんでもない誤解でございます」
私は誉めているのよ。もっと喜びなさい。
「ありがとうございます。微妙な気持ちで喜びたいと思います」
それはそうと、セバス。
「はい」
ふぅ、と。
私は頬に手を当てて悩ましくため息をこぼす。
聞いてちょうだい、セバス。もしかしたら私は天の祝福を受けた【運命の女】なのかもしれません。
「それはひどい妄想ですね」
いえ、セバス。私は気付いてしまったのです。
生まれた頃から絶世の美女として生まれ、何不自由なくこの豪奢なこの家で暮らし、父にも母にも愛されて、周囲の皆が私を誉めちぎってとても甘やかしてくれる。
きっとこれは私がこの世の特別な存在であるからに違いありません。
「お嬢様。それは大きな誤解でございます」
そうかしら? いつもこうして裕福に暮らしていると、そのように思えてならないのです。ねぇセバス。何か私の出生ことで父や母から聞いていないかしら?
「そうですね。知っていることと言えば、お嬢様が普通に生まれてきたということでしょうか」
いいのよ、そんな嘘つかなくても。私は知っています。
昨夜、満月が私にこうささやいてきました。
――姫。あなたはもうじき月へと戻らなければならない、と。
「月に、ですか?」
えぇ。もうじき月より使者が私を迎えに来るのです。
「月の死者ですか。それは大変ですね」
えぇ。父にも母にもこのことはけして言えません。
セバス、私はどうしたら良いのでしょう。
「それは早急に追い返すべきです、お嬢様」
追い返すのですか? なぜそのようなことを?
「死者の迎えを望んではなりません」
そうですわね、セバス。あなたの言う通りですわ。【かぐや姫】の時も皆悲しんでいましたもの。追い返すべきですわね。
「警備のご予算は?」
そうですわね。やるならば盛大にやるべきですわ。
「盛大に、でございますか?」
えぇ。【かぐや姫】はどんな手を尽くしても連れて行かれてしまいましたから。
「では軍を手配しましょう。規模はどのくらいに?」
そうね。相手は月の使者ですもの。戦争規模でやりましょう。
「弾道ミサイルは必要ですか?」
えぇ。庭を埋め尽くすほども仕掛けてちょうだい。
「かしこまりました」
これなら夜も安心して眠れますわね。
※
――その後。
夜になれど月の使者が現れることもなく、翌朝、外出から戻ってきた父親と母親が庭いっぱいの軍隊と弾道ミサイルを見て腰を抜かしたことは言うまでもない。