バイオレンス妹Ⅱ -がんばれ兄妹編-
兄、高一
妹、中三
8ヶ月の沈黙を破り、しつこく返り咲いた兄と妹。
僕は兄だ。名前がないのは仕様だ。
兄。そう、僕は兄なのである。
兄という概念に、みなさんはどういったイメージをお持ちだろうか。
格好いい? イケメン? 頼りがいがある? 胸板が厚い? 財布の中には諭吉がぎっしり? クールガイ? ガテン系? 鬼畜眼鏡かつ妹からモテモテなのにちょっぴりツンデレ?
馬鹿野郎。ふざけ倒せ。そんなもんは全て貴様ら腐女子の淡い妄想だ。
誰も言わないなら僕が言ってやろう。本当の兄としてのあり方は、
「これだーっ」
「どうされたのですか兄さん。起き掛けからそんなお下品な奇声を張り上げて。朝はもっと優雅に迎えるものですよ」
「そう思うのなら、僕がもっと優雅な朝を迎えられるように妹にも協力してほしいものだ。なんだこの状況は。そしてなんだ妹、その右手に振り上げた物騒極まりない鉄塊は」
改めて兄です。休日です。起床しようと思っていたところ、しかしどうにも起きあがれない。
何故なら、妹が僕の上に馬乗りになっているからなのである。しかも、右手に持つ何かを天高く振りかざしていた。
まぁ、何かっていうか、トンカチなんだけどね。
「物騒極まりないだなんて。この男子高校生の頭蓋骨を完全破壊するために作られた武器、DKハンマーを前にして物騒極まりないとは。兄さん、今すぐこのDKハンマーに謝罪してください。さもなくば即座にこのハンマーを振りおろします」
「なんだそのピンポイトターゲットな武器は。どこの層に需要あるんだよ。商品開発ナメてんのか。いやいや待て待て、その前に男子高校生である僕には物騒極まりないことに変わりはないんですけど!」
「ここまでくどい突っ込みも中々ありませんね。その突っ込みを聞くあいだに、私はこのハンマーを38回振りおろせていましたよ」
「マリオも真っ青だな」
「今の兄さんのがよっぽど真っ青ですけど」
「だろうな。ところで妹よ。あらかたボケと突っ込みの応酬も済んだことだし、そろそろ退いてくれないかなぁ、なんて……」
無理矢理起きあがろうとするが、妹が中々手を離してくれない。妹は柔和な笑みを保ったまま、ちょこりと小首を傾げた。
「兄さん」
「どうした妹よ」
「そろそろぶちかましていいですか?」
「避けていい?」
「首を掴んだこの状況で避けられるのはアラレちゃんぐらいですよ?」
「じゃあ僕はこれよりアンドロイドの設定を付加してもらいますけど?」
「貴様は助かってもベッドは粉々だぁぁぁーッ!」
「何の前触れもなくガチでベジータ風にぶちかましてくるよこの妹うお危ねっ」
妹のトンカチが僕の顔面スレスレを逸れ、右耳もとの枕を叩き、ベッドごと貫通してしまった。ベッドがメキメキと音を立てる中、僕は死に物狂いで妹の手からエスケープする。
「避けましたね、兄さん」
「馬鹿め、貴様が外しただけだろうが愚妹よ」
「……」
「……」
ため息を吐き、常に笑顔な妹がショートカットの毛先を払う。
「さて、朝の準備体操はこれくらいでいいでしょうか、兄さん」
「そうだな妹よ。そろそろ朝飯でも食べるか」
なんやかんやで、僕と妹の一日が幕を明けた。
さて、今回は僕たちの休日を、ヒッキー姉で言うところの『茶飲み話回』風にご堪能していただきたいと思う。
え? ヒッキー姉を読んでること前提みたいなノリがうざい? またまた、世迷い言を。
ぶっちゃけるとこの短編小説、『バイオレンス妹』は、ヒッキー姉という長期連載におぶさるだけの、矮小なる金魚の糞に過ぎないのだ。
――午前8時12分
「しかし兄さん、まさか私たちが金魚の糞だなんて納得がいきませんね。どちらが金魚の糞なのか、今この場ではっきりと白黒つけませんか?」
「そうだな妹よ。ここは僕らの抜群なカリスマセンスで、やつらに一泡吹かせてやろうじゃないか。よし、ではまず何から取りかかろうか」
「兄さん、私にいい考えがあります。まず、私が金魚のコスプレをしますよね」
「ふむふむ」
「で、次に兄さんがウンコのコスプレをすればあっという間に――」
「ヒキ姉とじゃなくて僕ら二人の話!?」
――午前9時4分。
それにしても暇だ。
リビングでだらだらとテレビを観つつ、あーだこーだ言うだけなのは件の連載と丸かぶりなので、僕は妹にある提案をしてみた。
「妹よ、ちょっと外へ出かけてみようか」
「お出かけですか。屋外はネタの宝庫ですからね。いい提案ですよ兄さん。ではまずこの首輪を――」
「いや付けないよ! なぁ妹よ、そういう風に焦ってキャラを全面に押し出すだけなのは安直だぞ。その辺に蔓延する、ツンデレの名を冠するだけのSM暴力女キャラに成り下がってしまうからな」
「腹立つくらい冷静ですね兄さん。うっかりぶん殴りたくなるほどムカつくボケ殺しですね兄さん。しかし、小指の二、三本はへし折りたくなるくらい合理的で未来的な配慮であることは確かです。殺したいですけど」
「どんだけ今のアドバイスに殺意抱くんだ妹よ。まぁいいや、出かける前に髪型セットしようっと」
まずは身だしなみをばっちり決めなければ、センスなど生まれてくるはずもない。というわけで、僕はさっそく洗面台に立った。
「あれ、ワックスがないな。おーい妹よ、ワックスどこだっけ?」
「ワックスならここにありますよ兄さん。私が代わりにつけてさしあげます」
「すまないな、頼む。いやーそれにしても、こうして罵りあいつつも、兄妹間の仲を良好に保つのはとてもいい兆し――」
ヌトォ、みたいな感触が頭に。しかもなんかいい匂い。このまま頭わしゃわしゃやったら髪がサラサラになりそうな感じの……
「ってこれラックスね! シャンプーで有名なあれね! でもお兄ちゃん朝シャンしないタイプだからね!?」
「え、じゃあこれですか? この強烈な酸味とハードな噛みごたえで刺激たっぷりの……」
「シゲキックスだね! はいはい、あれおいしいよねー、昔と比べたら酸味落ちたけど癖になるんだよねー、でも違うからね!?」
「えっと、じゃあクルマのことなら……」
「オートバックスだわ! クルマのことならオートバックスだわ! 車検から修理、各種サービスやキャンペーンも充実してるわ! 全国展開だからメンバー会員になると旅行先でも便利だわ! でもワックスだから! ワックスだっつってんだろワックス!」
「……はっ」
「どうした妹よ、激烈にピンときたような顔して」
「セッ」
「言わせねーよ!?」
「……」
「……」
「アナルセッ」
「もう結構言っちゃってるけど言わせねーよ!?」
――午前9時11分。
「兄さん、さっきの突っ込み……」
「すみません完全に我が家(芸人)ぱくりました……」
――午前10時19分。
妹を連れて閑静な住宅街をてくてく歩く。天気もいいし、春だし、いやぁ、実に気持ちがいい。
「結局お散歩に落ち着きましたね。兄さんとのんびり出来るなんて、愚妹は世界一幸せな愚妹です。あ、兄さん、そこに犬の糞がありますよ」
「あるな、妹よ」
「ありますよ、兄さん」
「先を急ぐか、妹よ」
「いや早く踏めよ」
「口調がぶれてるぞ妹よ。だが、お前もまだまだ甘いな。お兄ちゃん、妹がそう言ってくると思って、すでに靴の裏にくっつけてあるんだぞ、犬の糞。ほら見て。べったりだよべったり。ほらほら見て。お兄ちゃんすごくね? 昨日学校帰りに必死で探し回ったからね?」
「いや顔で踏めよ」
「顔で!?」
――午前10時50分。
公園に着いた。僕と妹はベンチに並んで座り、ぼーっと小学生っ子たちの遊ぶ姿を眺めていた。
「鬱蔵ちゃんまてまてー!」
「サクラー! ピェピェピェ! ココマデオイデ!」
可愛らしい女子小学生と、無駄に喋る青い鳥が追いかけっこをしていた。微笑ましい限りである。
「兄さん」
「なんだ妹よ」
「あのJSと鳥、早く拉致ってきてください」
「色んな意味でヨソのうちの子だから駄目!」
――午後4時15分。
さて、散歩も終え、家に戻ってきた。明日は学校だし、今のうちに宿題を片づけねば。
と、ここで我が可愛い妹が背中に乗しかかってきた。
「兄さん。勉強ばかりしてないで、たまには私にも構ってくださいよ」
「構ってあげるのはいいけど、なんか首絞めてない? 完全に技キマってる気がするんだけど」
「あら、絞まってます? でも、これは仕方のないことですよ。兄さんが今まで、自分で自分の首を絞め続けた結果なのですからねぇ!」
「だから全然上手くないよ! 顔見えないけどお前いま絶対ドヤ顔してるだろ! ちょ、苦しい苦しい」
「完全に決まった裸絞めからは絶対に逃げられません。どうですか兄さん。こうしていると、昔を思い出しませんか?」
「あ、たしかに。なんだか遠い過去が走馬燈のように……ってあれ? お祖母ちゃん!? お祖母ちゃんが川の向こうから手招きしてるぅ!」
「そうですか。向こうでお祖母さまに再会したら、こうお伝えください。お祖母さま、あなた昔、『おばあちゃんのぽたぽた焼きはアタシが作ったんやで』って嘘ついただろ! このしわくちゃやろー! つってね。……あら?」
「……」
「もういっちゃったんですか?」
「……」
「そんなぁ、あんまりです。いくらなんでも早すぎますよ。だって兄さん、いつもはもっと、遅ろ」
「だから言わせねーよ!?」
「さすがです兄さん」
――午後6時20分。
「兄さん。今晩のメニューなんですけれど、ゴキブリ団子定食と、刃物&爆竹盛り合わせ定食のどちらがよろしいですか?」
「ゴキブリ団子定食食わせる気まんまんだな妹よ」
ゴキブリ団子も中毒症状を起こしてしまうので、よい子は絶対に食べちゃダメだぞ。
――午後7時35分。
「兄さーん、お風呂干上がりましたよー」
「干上がっちゃったんだ! 僕もうお風呂入れないんだ!」
――午後8時9分。
よし、ようやく風呂にお湯張ったぞ。これでやっと一日の疲れもとれる……。
「兄さーん、お背中削りにきましたよー」
「削っちゃうんだ! 洗うんじゃなくて削るんだ! その紙やすりで背中ゴリゴリやっちゃうんだ!?」
――午後9時20分。
「兄さーん、お布団引き裂いておきましたよー」
「引き裂いちゃったんだ! 敷くんじゃくて裂くんだ! 今晩は眠れない夜を過ごしちゃうわけだ!?」
――午後10時3分。
「兄さーん、愚妹が添い寝殺しにきましたよー」
「添い寝じゃなくて添い寝殺し……って添い寝殺しってなんだよ!」
――午後11時53分。
「兄さーん、もうすぐ深夜のゲロ番組が始まりますよー」
「ゲロ番組なんだ! エロじゃなくてゲロなんだ! 言っとくけどお兄ちゃんエロにしか興味ないからね!?」
「兄さん、そろそろ、その突っ込みウザいです」
「ごめん」
――午前1時。
さぁ。日にちも変わったところで、リビングで妹と牛乳を飲みつつまったりすることにした。本日の反省会である。
「どうだった妹よ。僕ら、完全にヒキ姉超えただろう」
「超えたかどうかは分かりませんが、私は兄さんという突っ込み役が激しく腑に落ちません。兄さんの突っ込みは、はっきり言って出しゃばり過ぎです。兄さんのお腹くらい出しゃばり過ぎです」
「上手いか下手か以前に、お兄ちゃんのお腹出てないからね? そこんとこ誤解されるからいい加減なこと言うの止めようね? ただでさえこれ台詞9割小説だからね?」
「というか、兄さんの突っ込みは大概ダサイです。あちらの弟さんの突っ込みを見習ってください。イケメンで家事万能の上、冷静なクール突っ込みですよ? それに引き換え、兄さんの突っ込みは何なんですか? ていうか、なんで兄さん生きてるんですか? 大変口が過ぎるようで申し訳ないのですが、もしよろしければ死んではいただけないでしょうか?」
「止めよう妹よ。そういう丁寧過ぎる死の申し出は止めよう。それじゃあお兄ちゃんもうっかり、『そこまで言うなら死んでやらないこともないかな?』とか思っちゃうから。つーか、お前こそなんだ。下ネタがきつ過ぎるんだよ。お兄ちゃん、突っ込むのも恥ずかしいから。そういうの耐性ないから」
「童貞だからですか?」
「うむ、童帝だからだ」
「そうやって文字の作りをひねってネタ的に格好良くしようとするところが更に童貞くさいですね兄さん」
「……」
「……」
「……あー、死にたい」
「ええ、さっさと死んでくださ……あっ、兄さんがいなければ私が困りますよぉ! 私、これから誰を虐めればいいって言うんですかぁ!」
「キャラ忘れてんじゃねーよ愚妹」