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第4章2

「今なら、きつねになることができますよ」

 卓についた雲隠(ユンイン)は開口一番そう言った。

 星火(シンフォ)はもちろんのこと、学然(シュエラン)さえも目を見開いた。

「どういうことだ?」

「これが最後。願いを叶えて差し上げましょう」

 雲隠は星火の頭を優しくなでた。

「ただ……これが最後です。それに、私ができるのは力あるきつねではなく、『ただの』きつねにしてあげることだけ。そして、あなたがここできつねになりたいと願うのなら、もう二度と人には戻れません。人のままでいいのであれば――それもまた同じ。もう二度ときつねに戻ることはできません」

 そして、ひと呼吸おいて訊ねた。

「あなたの本当の願いは何ですか?」

 星火は迷わず、まっすぐ雲隠の瞳を見つめて、自分の心を正直に告げた。

「きつねに戻りたい」

「おまえ……」

 学然にとっては予想外の答えだったのだろう。「いいのか」というように星火を見た。

 だが、雲隠はふわりと微笑んだ。

「それがあなたの答えなのですね?」

 こくりとうなずく。

「あなたは今度こそ、今までのように力あるきつねではなくなってしまいますよ?」

 こくりと再びうなずく。

「わかりました。あなたの願いを叶えましょう」

「――でも、きつねに戻ってどうするつもりだ? 森に帰るのか?」

「帰らない」

 学然の眉間に皺がよる。

「帰らないって、おまえ、じゃあどうするつもりだ?」

「行くよ」

「行くって、また……里に行くつもりなのか!? だっておまえ…」

「学然」

 ぴしゃりと学然の言葉を遮る。

「星火が決めたことです」

「だけど!」

「学然、ありがとう」

 星火はにっこりと笑んだ。

「でも、ぼくはやっぱりあのひとたちのところにいたい。たとえ嫌われてもそばにいたい」

 声を震わせながら、こぎつねは己の決心を告げた。

 自分はひとの姿にさえなれば、すべてがうまくいくと思っていた。でも、それは違った。

 ここでひとの姿になって、また二人のもとにいっても、きっとうまくはいかないだろう。

 何よりも里の者たちが、自分がそばにいることを許してはくれない。

 正体がばれてしまった今、彼らにとって自分は異質の存在なのだ。さすがに星火でもそれはわかる。彼らが、ひとの姿となった自分を受け入れてくれることは、もうありえない。

 悲しいけれど、それが現実。

(ぼくはどうやったら幸せになれる?)

 母の言葉を心の中で反芻する。

 ぼくの幸せは何?

 ぼくはどうしたいの?

 何度考えても、出る結論は同じだった。

(ぼくはやっぱり、おじいとおばあのところにいたい。本当の姿で――)

 たとえ今までのように、同じ家の中で二人の「子ども」としてそばにいられなくてもいい。

 自分本来のきつねの姿となり、陰から二人を見守っていたい。そして、彼らと同じように、限りある短い命を精一杯生き抜きたい。

「お行きなさい。もう、あなたは立派にきつねですよ」

 雲隠の言葉に、こーんとひと声啼く。その星火の声はもう雲隠たちの耳にはひとの言葉には聞こえなかった。

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