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第3章2

「もう1年になるからねえ」 

星火(シンフォ)がきてから、それでも少しは明るくなったと思うがね」

 おばあに頼まれて、おつかいに出かけた帰りのこと。

 星火は「おまけよ」と里の女からおいしそうな梨の実をいくつかわけてもらった。

 梨の実は滅多に星火には口にすることなどできない。こういったものは、都の貴人のための食べ物なのだから。

 きつねであったときは、そんなこと、気にも留めることはなかった。

(ひとって、面倒なところもあるんだなあ……)

 空を見上げなから歩いていた星火の耳に、自分の名前が入ってきた。

 立ち止まって辺りを見れば、里の女たちが立ち話をしている。

 どうやら老夫婦の話のようだった。

 気になった星火は、女たちの話がはっきり聞こえる位置まで、物陰に隠れながら移動した。

「でも、何でなくなったんだい?」

 一人の若い女が訊ねた。

「ああ、そうか。あなたは隣りの里からきたから知らないんだったね」

「実はね、きつねの祟りらしいんだよ」

 恰幅のよい女が声を潜めて答えた。

(きつねの……祟り?)

「そんなもの、本当にあるのかい?」

「あるさあ。現にあそこの息子さん夫婦はきつねの祟りで亡くなったんだから」

 女の話はこうだった。

 老夫婦には息子夫婦がいた。ちょうど一年前に一緒になった息子夫婦はそれはよく働く親孝行者と、里でも評判だった。

 息子のところに嫁にきた娘は、少し離れた里から来た者だったが、これまた働き者で、老夫婦は恵まれていると、周りの者からもずいぶんとうらやましがられていた。

 そんなある日、事件は起こった。

 里の男たちが数人で狩りに行き、みごとに仕留めてきた動物たちを、この夫婦が少し大きな里まで売りに行くことになったのだった。

 二人はまだ夜も明けきらないうちに里を出た。

 仲良く二人で荷を分かちあい、毛皮を背にしょって。

 ところが、里から出て間もないところにある渓谷でのこと。

 それまで青く澄んでいた空が、突然黒雲に覆われ、大雨が振り出した。

 大切な毛皮をぬらしてはならぬと二人は慌てて避難しようとしたが、そのとき、頭上からの落石に巻き込まれて命を落としてしまったのだ。

「二人が運んでいた毛皮のなかにね、それはみごとなものがあったんだよ」

「そうそう、真っ白なきつねの毛皮でねえ。私も今までいろんな毛皮を見てきたけれど、あれほど立派なものは見たことないからねえ」

 事情を知っていると思われる女たちはみな、大きく頷いた。

「だから、みんな大騒ぎしたんだよ。あれはきっと森の主だったに違いねえって」

「きつねの祟りだ、ってねえ」

「そんなことあるもんかい」

 いいや、と女は首を横に振る。

「そのあと、この里じゃあ、火事は起こるわ、不作にはなるわでたいへんだったんだよ」

「それもきつねのせい?」

「そうに決まってるだろう」

(きつねの……せい?)

 自分の……せい?

 そうか……。

 星火はすべてが合点がいった。

 老夫婦はきつねのせいで、大切な人たちを失っていたのだ。

 だから、二人は星火の「きつねがきらい?」という質問に困ったような顔をしたのか……。

(おじいもおばあも、きつねがきらい……)

 ずきんと心が痛んだ。

 そうであれば、絶対に二人にばれてはいけない。

 自分がきつねだったということを。

 もしばれてしまったら、二人から嫌われてしまう。もう、ここにいることは許されなくなってしまう。

 ――絶対に自分がきつねだったことは、ばれてはいけない……。絶対に口にしてはいけない。

 星火は心に固く決めたのだった。

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