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第2章1

 人間になった星火(シンフォ)は、一目散に目的の里へと向かった。

 春になったばかりの優しい風が吹く中、自分もまるでその風の一部になったような気分で。

 ひとの姿を模すことはあまりしていなかったから、星火にとって二本の足で走ることは初めてだった。

 慣れぬうちは何度か転んだが、その痛みも、今の星火には喜びだった。

 そうして、息を切らしてたどり着いた一軒の家。

 だが、そこの住人たちは出かけているらしく、中から人の気配はしなかった。

 星火は家の前にしゃがみこむと、住人たちの帰りを待っていた。

 早く会いたい。

 会ったら、何て言おう。

 どうやって自分の気持ちを伝えよう。

 考えるだけで、星火はわくわくしていた。

 彼らは喜んでくれるかしら。

 それとも驚いてくれるかしら。

 優しい彼らは自分を見て、何と言ってくれるかしら。

 星火はこれからのことを考えて、心の中が温かくなっていた。しかし、待ち人はなかなか戻ってこない。そのうち、星火の心のようなぽかぽかとした陽気のなか、ここまで駆けてきたこともあってか、星火はうつらうつらとし始めてしまった。

(少し……だけ……)

 ゆっくりとまぶたを閉じる。

 こぎつねだったときのように、星火は軒先でこてんと横になると、そのまま眠ってしまった。

「坊、坊」

 肩を揺すられて星火は、はっと目を開けた。

 ごしごしと目を擦って見上げれば、そこには待ちわびた人間たちがいた。

「あ……」

 胸がいっぱいになって、思うように言葉が出てこない。

「どうした、坊?」

「ここでは見かけない子だねえ」

 年老いた二人の夫婦。

 彼らは星火の顔を覗き込み、次いで辺りを見回した。

(やっぱり、ぼくがあのときのきつねだってこと、わからないんだ……)

 当たり前のことではあったけれど、星火はちょっぴり残念に思った。このひとたちなら、ひょっとしたら自分があのきつねだということに気付いてくれるのではないかと、淡い期待をしていたから。

「坊、おかあはどうした?」

 ぶんぶんと首を横に振る。

「じゃあ、おとうか?」

 これまたぶんぶんと首を横に振る。

「困ったのう……」

「坊、誰ときた?」

 星火は人差し指を立てる。

「まさか、坊ひとりできたのか?」

 こくこくとうなずく。

「この里では見かけない子だねえ」

「うちはどこだ?」

 森、と答えようとしたが、それはあまりにも怪しすぎるような気がした。ではいったい何と答えたらいいのだろうと迷い、小首を傾げた。

 それを老夫婦は「わからない」という意思表示なのだと受け取ってしまったようだ。

「おやまあ……」

 二人は顔を見合わせる。

「ひょっとしたら……」

 何か思い当たることがあったようだが、二人ともそれ以上は何も言わなかった。

「坊、おいで。おとうとおかあが迎えに来るまでここにいたらええ」

 ぱっと星火の顔が明るくなる。

 こくこくとうなずくと、ぎゅっと二人に抱きついた。

「おやまあ」

 老婆は嬉しそうに笑うと、ぎゅっと星火を抱き返してくれた。

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