表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

第1章2

「どういうつもりだ?」

「どういうつもりとは?」

 学然(シュエラン)はふうと大仰に息をついた。

「おまえ、なんであいつを人間にした?」

 学然が何を言いたいのかは、雲隠(ユンイン)も充分過ぎるほどわかっている。

「傷つくのはあいつだ」

 ――わかっている……。

 人と獣の間には、越えようと思っても越えられないものがある。

 それは月芳を見ればわかるというもの。

 人間同士でさえ、他人との間には大きな壁ができてしまうことだってあるのだ。

 そう簡単にいくわけはない。

 それでも、雲隠はかけてみたいと思った。

 あの純粋な心を持った幼子なら、きっと人と通じ合える、と。

「おまえは甘すぎる」

「あなたも充分甘いと思いますけれどね」

 あの後、幼いきつね――彼は星火(シンフォ)と名乗った――は、なぜ人になりたいのかを、二人に話してくれた。

 彼は微力ながらも、妖力を持っていた。それはどうやら母親譲りのものらしかったが、せいぜいできて人の姿を模すくらいのことのようだった。

 通常、妖力を持つきつねは長い年月を生きることができる。星火もああ見えて、すでに数十年生きているが、妖力を持つきつねの中ではまだまだ子どもなのだと教えてくれた。

「だから、妖力、とても未熟。ぼく、完全なひとの姿にはなれない。耳と尾が残ってしまう」

 彼は頭の耳を両手で押さえる。

「ひとの里に行くことができない」

「ひとの……里?」

「おまえ、まさか人間のところにいきたいのか?」

 学然の強い問いかけに、星火は一瞬、びくりと身体をこわばらせた。

「学然……怯えさせてどうするんです……」

「だって、おまえ、よりによって……」

「まずは星火の話を聞くのが先です」

 ぴしゃりと言って、学然を黙らせる。

 その後、星火は慣れない人間の言葉でぽつりぽつりと語った。

 困ったときに助けてくれた親切なひとがいるということ、そのひとたちに恩返しがしたいことを。そのためにはきつねのままではだめなのだ、と。だから、ひとになりたいと。

「本当にいいのですか? もうきつねには戻れませんよ?」

 星火はそれでもかまわないと答えた。

 学然が小さく隣りで息をつくのがわかった。

 彼はきっと、星火が人間になることを快く思っていないのだろう。

 それもそうだろう。彼はそれだけ多くのことを、この庵に来てから見ているのだから。

 この先、目の前のこぎつねに起こるであろうことを予測して、辛い気持ちになっているに違いない。

 だが、雲隠には彼を訪ねてきた者の願いを叶える義務がある。彼のもとに行き着いた、ということは、その者にはそれだけの強い願いがあるということなのだから。

 たとえ、その願いの先に悲しみが待っているかもしれないとしても――。

 雲隠は再度二つだけと、星火に注意を告げる。

 1つ。ひとになったら、もう二度ときつねには戻れないということ。1つ。ひとになっても、きつねの心に強く共鳴してしまったときには、きつねにもどってしまう恐れがあること。

「それでもかまいませんね?」

 こくりと星火は深くうなずいた。

 彼の決心は固い。だからこそ、雲隠は星火の願いを叶えた。

 雲隠は窓から見える青空を見上げる。

 あの純粋な幼子の願いが無事叶えられることを祈りながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ