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境界線(戦後/新時代)

東アジアの鳳凰 再生の風

作者: 薙月 桜華

   東アジアの鳳凰 再生の風

             薙月 桜華


 とある刑務所の中、コンクリートに響く足音が聞こえる。スーツを着た男は職員に連れられて薄暗く冷たい道を歩いていた。

 職員は目の前に現れた鉄格子を開けて入っていく。その先には鉄格子で囲まれた部屋が幾つもあった。スーツを着た男は鉄格子で囲まれた部屋を順々に見ていく。みんな死んだような目で男を見ている。

「こちらがケビン・ブラウン。貴方が探している人物です。彼は先の戦争で……」

「君の説明は必要ない。さっさと出すんだ。」

 スーツを着た男が職員を急かしてケビンを鉄格子の部屋から出した。ケビンの髪の毛は伸びきっていて道端に転がしたら次の日には死んでいそうな姿だった。

「あんたらは誰だ。私に何の用だ。」

 ケビンはスーツの男に突っかかろうとするも職員に止められた。

「ケビン・ブラウン。身支度を済ませたまえ。話はそれからだ。」

 スーツの男は着た道を戻り始めた。ケビンは制服の男を連れてその後を歩いた。



 ケビンは身支度を済まされて、入る前に着ていたスーツを着る。何年も刑務所ぐらしであったが体型はさほど変わらないようだ。その後、刑務所の職員ある一室に通された。通されたのは刑務所の中でも面会室ではないもっと別の広い部屋だった。中には先にスーツを着た男が待っていた。

「やあ、ここの職員もなかなかやるね。昔の君を見ているようだ。」

 スーツを着た男はどうぞとケビンを目の前のソファに座らせた。

「これはどういうことだ。なんでこのスーツを着ている。それと、あんた誰なんだ。なぜ私の事を知っている。」

 ケビンが着ていたスーツは刑務所に入る前に好んで着ていたもの。もちろん仕事の時にも好んで着ていたものだ。

「おっと、紹介がまだだったね。私はミシマ。日本のとある政府機関の人間だ。君に相談があって来た。日本でも君の作った生物兵器は良く知られていたよ。兵器にされた動物たちがかわいそうだと思ったがね。」

 ケビンは先の戦争時に生物兵器を大量生産した。兵器の生産が中止された今も世界中にケビンが創りだした兵器が生息している。結果として、各国が黙っているわけもなく戦争後にケビンは複数の罪で捕まり刑務所に叩き込まれたのだ。

「私は君のした事は悪い事だと思っている。だから当然罰せられるべきだ。しかし、君の持つ新たな生物を創りだす技術は兵器では無くもっと有意義な事に使えるはずだ。」

 ケビンはミシマの言葉に頭を抱える。この男の言いたい事が分からない。

「本当に何の用なんだ。私に何をやらせたい。話が見えてこないぞ。」

 ミシマはケビンに何度か頷いている。彼自身も本題に移ったほうが良いのだろう。移るなら早くして欲しい。

「本題に入ろう。簡単に言えば、先の戦争で中国のあった地域に植林をしたいと思ってね。知らないと思うが毎年大陸から黄砂という面倒なものが日本に来ていてね。今ではその量が増えている。原因は大陸の大規模な砂漠化。遠い昔に我々は植林をしていたが、あの地域に住んでいた人間は植えた木々を引っこ抜き、代わりに緑のペンキで山を緑色にしていた。考えられるかい。山を緑色に染めて何になるんだか。」

 ミシマは大きくため息をついて続けた。

「このままでは毎年大量の黄砂が日本に来ることになる。だからあの地域を本物の緑で一杯にしたいと考えてね。そうすれば黄砂の量も減るだろう。それだけじゃない、緑を増やせば二酸化炭素の減少にも役立つ。木々を増やし森が出来れば冷えた空気が辺りを満たすだろう。」

「だから、それと私は何の関係があるんですか。」

 ケビンはミシマの説明に飽きてきて天井を見え上げた。さすがに我慢にも限界がある。

「そこで、君にお願いがある。中国の伝説の鳥に鳳凰が居る事は知っているかね。」

「鳳凰。ああ、中国のフェニックスですね。それが何か。まさか鳳凰を作れと言うんじゃないですよね。意味がわかりません。」

「君に鳳凰を作って欲しい。」

 ミシマの言葉にケビンは信じられず慌て始めた。

「鳳凰って。私にどうしろというんですか。私は服役中ですよ。作るための工場だってもう無いでしょうし。それに作ってどうするんですか。木々を植えた場所に放つ気ですか。話がよくわかりません。」

 ミシマは怪しい笑みを浮かべてケビンを見た。

 ミシマの話では木々を植えただけではまた誰かが木々を引きぬくだろうと思ったそうだ。故に木々を守る生物。また、森の冷えた空気をその地域外に送るために最適な生物として鳳凰が選ばれた。他の生物も考えたがまずは鳳凰ということだ。

 ケビンをこの計画に参加させるにあたり、超法規的措置として彼の服役の一時中断を要請した。監視下ではあるが計画に参加できるそうだ。工場については第一工場が昔のまま閉鎖されているらしい。工場で働く研究者については足りない場合応援もあるそうだ。

「最後に成功報酬だが。服役中の君にはお金は意味無いだろう。だから、成果により恩赦をしてくれるようにこの国に掛け合っておいた。後のことは終わってからにしよう。これが契約書だ。二枚ある。」

 ケビンの前に出された二枚の契約書。一つは今回の鳳凰を作る事を日本側と約束すること。もう一つはケビンの服役等に関する事が書かれた契約書。

 この二つの契約書を書いた時点で刑務所から一時的に出られるらしい。ケビンは文面を読んでサインをした。

「さて、早速だが今から始めてもらおう。植林については我々が進めておく。何か必要なものがあれば伝えてくれ。以上だ。」

 ミシマはそれだけ言うと、それ以上ケビンの質問に答えず無言で部屋を出て行った。しっかり、サインされた二枚の契約書を持って行ったようだ。

 ケビンは大きく息を吐くと背伸びをした。面倒な事が始まってしまった。

 しばらくして数人の職員が部屋に入ってきた。ケビンは言われるまま付いて行くと刑務所の外へ出た。外には車が止めてありまた別の人たちが居る。そこでケビンの身柄引き渡しが行われるようだ。彼は車に乗って刑務所を離れた。ケビンの隣には黒服の男が居る。何も言わずまっすぐ前を見つめるその姿は何も言うなと言っているようだ。



 飛行機、鉄道を乗り継ぎ、車で郊外の静かな場所まで来た。

「ここに見覚えはありますか。」

 運転手が車を止め、突然口を開いた。目の前に見えるは枯れた山々。ケビンにとって初めて見た場所だった。何も言わないケビンに運転手は納得すると再び車は走りだした。

 細い道を入り、枯れ木の間を進んでいく。舗装されていない道のためか土煙が舞い上がり視界茶色くなった。

「何処に向かっているんだ。」

「あなたの知っている場所ですよ。」

 ケビンの独り言のように呟いた言葉に彼の隣に居る男が答えた。

「さあ、見えてきましたよ。」

 運転手の声でケビンは窓から外を見る。そこに見えたのは何時か見た大きな白い建物。ここはケビンが初めて生物兵器を創りだした場所だった。

 車が停車すると、ケビンはゆっくりと降り立った。昔青々とした木々の中に存在した異様な白い建物。今や建物は進入禁止の紐でぐるぐる巻きになっているようだ。また、建物が枯れ木の中に存在するために異様さはさらに増していた。

「まさかまたここに来るとは思っていなかった。」

 車で隣に乗っていた男は進入禁止の紐を切ると入り口の扉を開けた。鍵が開いているようだ。

「どうぞ。みなさんがお待ちです。」

 「みなさん」とはどういうことか。ケビンは扉に駆け寄り中を見た。

 建物の中は既に明かりが付いていた。昔見たあの時と同じだった。

「社長。お久しぶりです。」

 現れたのは眼鏡を掛けた青年。光に当たった姿からエリックだとわかった。昔ケビンの部下だった男だ。馴染みのある研究者もその後ろに居た。みんなケビンの逮捕時に散り散りになってしまった者たちだ。男の話ではケビンのように逮捕され刑務所に居た者もいるそうだ。ケビンは懐かしさのあまり目に涙を浮かべた。しかし、そんな気持ちに浸っている時間は無い。急いで溜まった涙を拭きとった。

「戦争が終わった今。もうここは生物兵器工場では無い。それを理解した上でここに集まってくれたみんなには感謝するよ。」

 生物兵器を創りはじめたとき、彼らは「神を冒涜する者たち」と呼ばれた。自然界に存在しない生物たちを、兵器となる生物たちを創りだしたからだ。

「さてと早速始めようか。今回の相手は鳳凰だ。施設の清掃及び点検と資料の収集を手分けして行ってくれ。」

 聞き入れた研究者たちは階段を降りて地下の施設に戻っていく。

 ケビンたちは今も昔も変わらないのだ。ただ兵器として創るか、この世界に新たに招き入れる生物として創るかの違いである。だが、我々が昔してきたことは消せない。

「我々は戻る。ミシマに何か用があればここに連絡してくれ。」

 車で一緒に来た男は一枚の紙をケビンに渡すと建物を出て行った。

 ケビンはゆっくりと階段を降りて地下の施設に入った。照明だけが辺りを照らし、目の前にずらりと並んだ無数の透明なビン。あの頃と同じだ。彼はその中を通って鳥類エリアに入った。大小様々な鳥かごが並び、今はそのすべてが空だ。通路の突き当たりのドアを開けた先には巨大な鳥かご。昔はこの中を大きな鳥が飛んでいた。人々を殺すために創られた鳥たちが。

 後に調査チームから送られてきた情報によると、鳳凰は鳳と凰の対の鳥であることがわかった。しかし、姿形についてはどうもまとまりが付かないらしい。各国の資料にそれぞれ違う事が書かれているためだ。伝説上の生物であるから仕方が無いとはいえこの中から選び出す作業が始まった。



 資料が揃うと、今度は鳳凰そのものを作り始めた。毎日複数の鳥かごから鳴き声が聞こえ始めた。

 研究者たちの話し合いで決めた通りに既存の鳥の遺伝子を組み替えて近づけていく。色のない鳥に白い色を付け、色鮮やかな羽を付けていく。最後に尾を魚の尾ひれのように伸ばすことで指定通りの鳳と凰が完成した。鳳と凰の違いは鳴き声の違いと雄が少し派手な姿をしている以外には差はつけていない。森に放すということで、食べ物や繁殖するかどうかについても実験が行われた。食べ物については竹の実が好ましいが既存の鳥と同じものを捕って食べるようにした。また、繁殖に付いては時間が掛かったものの一応の成功を見せている。

 ケビンたちは既に一年以上も鳳凰を創り続けていた。何も売らず研究ばかりしていれば会社ならとっくに破産しているだろう。ミシマからの援助があってこそだ。

 ある日、ミシマが直接工場に訪ねてきた。

「どうかね。鳳凰は出来たかね。」

 ケビンはミシマを鳥かごに案内する。既に六羽の鳳と凰が巨大な鳥かごの中を飛んでいる。一羽の体長はおよそ三メートル。一羽では寂しいが六羽も集まれば見た目も美しく賑やかだ。

「大きいな。これぞ鳳凰だ。よし、これで良いだろう。これを連れていこう。」

 ミシマの話では鳳凰創りの裏で植林を進めていて現地の準備は出来ているそうだ。

 ケビンたちは鳥かごの中に居る鳳凰を眠らせて順々に檻に入れてヘリで輸送を開始した。

 鳳凰を眠らせたものの眠ったまま現地に到着するわけもなく所々で餌を与えながら運んでいった。

「着いたよ。ここが目的の地だ。」

 ヘリから見下ろした先には大きな森が見えた。目的の地は荒廃した木々の無い元中国じゃなかったのか。ケビンは驚きミシマを見る。

「驚いたかい。人間やる気になれば何でも出来るものさ。」

 目の前に広がる森は一年で出来たものらしい。冷たい風が体に触れたような気がした。しかし、ヘリの中なのでそんな事は起こりえない。

「檻を下ろしてくれ。」

 ケビンの指示で檻が下ろされる。地面にゆくりと着くと同時に檻は開かれ中から鳳凰が出て行った。檻を回収するとケビンとミシマは近くの町に降り立った。これから先は鳳凰があの森に順応するかどうかに掛かっている。それからミシマは植林を、ケビンたちは鳳凰やその他動物たちの様子を見るために森に入っていた。



 ある日、ケビンたちが森の中を歩いていると森の奥から冷たい風が吹いてきた。ケビンはとっさに走りだした。

「ちょっと待ってください。危険です。」

 同伴者が止めようとしたが止められない。ケビンの背後から同伴者が追いかけてくる事は確認できた。

 ケビンは走れば走るほど風が強くなっているような気がした。微かに聞こえる鳴き声。鳴き声を頼りにさらに走った。

 走り疲れ立ち止まったケビン。その時、大きな風が体にぶつかった。危うく倒れそうになるのを堪えながら前を見る。ケビンは目の前の光景に目を見開いた。

 ケビンから少し離れた森の中を鳳凰が羽ばたかせながら飛んでいた。

「あっ、ああ……。」

 言葉にならずその場に立ち尽くすケビン。次に気がついたときには腕をむりやり引っ張られていた。引っ張ったのは同伴者だ。

「戻りましょう。危険で……。」

 一際大きな風が体にぶつかる。まるで台風の中に居るような風の中、ゆっくりとケビンたちに近づいてくる鳳凰。

「戻ろう。もういい。」

 ケビンたちは鳳凰の風に押し出されるように急いで森の終りに向かって走った。背後から聞こえてくる鳴き声。

 生みの親も結果はこんな待遇である。しかし、それが生物であるということだろう。小さな機械を使っておとなしくしても所詮は無理やりおとなしくさせているに過ぎない。

 ケビンたちは森を抜けて明るい太陽のもとに出た。ケビンは荒い息を整えながら再び森を見る。

 我々は彼らと分かり合えるほどやさしくはないのだ。

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