普通が好きなヒロインVS婚約者を押し付けたい悪役令嬢~ダメ男を押し付けてくるなよ、悪役令嬢!~
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
私は普通が好きだ。
普通に勉強して、普通に働いて、普通に恋愛して、普通に結婚する。
別に大金持ちになりたいわけでもないし、誰かに崇められたいわけでもない。
美味しいものを食べて、好きなものを買って、たまの休日には昼まで寝る。
そんな人生で十分幸せだと思っている。
だから、王立学園に入学した。
ここを優秀な成績で卒業すれば、王宮の事務職に就ける可能性がある。
王宮勤めなら給料も安定しているし、福利厚生だって充実している。
将来は適当な男性と結婚して、共働きでのんびり暮らす。
完璧な人生設計だ。
……だったのに。
「アイリー嬢! 今日も美しいね!」
「……おはようございます、殿下」
朝から現れたのは、この国の第二王子、アルフォンス殿下。
金髪碧眼、整った顔立ち、高い身分。
世間一般では理想の結婚相手らしい。
ただし、女癖が悪い。
非常に悪い。
それも、婚約者がいるにもかかわらず、だ。
「今日は君のために花を用意したんだ!」
「ありがとうございます。ですが、お受け取りできません」
「遠慮することはないよ!」
「遠慮ではありません」
「ははは、君は本当に奥ゆかしいね!」
……人の話を聞け。
私は差し出された花束を避け、その横を通り抜けた。
「ああ! 待ってくれ、アイリー嬢!」
待たない。
私は普通に学園生活を送りたいだけなのだ。
王子様との恋愛なんて、これっぽっちも望んでいない。
そもそも。
婚約者がいる男に言い寄られて、喜ぶ女がどこにいる。
……いや、いるのかもしれないけど。
少なくとも私は違う。
お願いだから、放っておいてほしい。
◇
その日の昼休み。
私は学園の中庭で、一人の令嬢に呼び止められた。
「アイリーさん。少々お時間をいただけまして?」
「……はい?」
目の前にいるのは、マリー・フォンテグラス公爵令嬢。
アルフォンス殿下の婚約者である。
銀色の髪に整った顔立ち、凛とした立ち姿。
いかにも高位貴族のお嬢様といった雰囲気だ。
そして、なぜか私を見つめる瞳が輝いている。
「単刀直入に申し上げますわ」
「はい」
「アルフォンス殿下をお譲りいたします」
「お断りします」
「……」
「……」
沈黙。
マリー様が瞬きをした。
「……まだ条件を申し上げておりませんわよ?」
「条件以前の問題です」
「王族との婚姻ですのよ?」
「だから嫌なんです」
「……はい?」
私は小さくため息をついた。
「私、普通に暮らしたいんです。王族とか貴族とか、そういう面倒な世界には関わりたくありません」
「ですが、殿下はあなたに夢中ですわ」
「迷惑しています」
「それですわ!」
「……何がですか?」
マリー様が私の両手を握った。
「あの方をあそこまで冷たくあしらえる女性など、初めて見ましたわ!」
「普通に嫌なだけですけど」
「素晴らしいですわ! あれを御せるのは、あなたしかいませんわ!」
「お断りします」
「ぜひ、あの方を引き取ってくださいませ!」
「いりません」
……なんだこれ。
婚約者を奪うなと怒られるなら、まだ理解できる。
でも、婚約者を引き取ってくれと頼まれるなんて、聞いたことがない。
「そもそも、マリー様の婚約者ですよね?」
「ええ。政略結婚ですわ」
「でしたら、大切になさってください」
「嫌ですわ」
即答だった。
「……」
「……」
「私も嫌です」
「そこを何とか!」
「無理です」
こうして、私とマリー様の奇妙な攻防が始まった。
◇
数日後。
「アイリー。ちょっといいかしら?」
帰宅すると、母が妙に嬉しそうな顔で待っていた。
「なに?」
「今日、フォンテグラス公爵家から使者の方がいらっしゃったのよ」
「……は?」
「あなた、第二王子殿下と親しくしているんですって?」
……あの女。
「それでね、将来的には王家に嫁ぐ可能性もあるから、今のうちに礼儀作法を学んではどうかって」
「お母さん」
「なあに?」
「あれと結婚するくらいなら、私、この家を出て外国で暮らすからね?」
「……え?」
「お父さんもお母さんも、真に受けないようにね?」
私は真顔で告げた。
「そもそも平民と貴族が結婚って、普通に考えてありえないでしょ?」
「でも、殿下があなたを気に入っているって……」
「私が嫌ってるの」
「あら」
「それも、ものすごく」
母は困ったように笑った。
「そうなのねぇ」
「そうなの」
「じゃあ、お断りしておくわ」
「お願い」
父にも同じ話をしておいた。
父は一言。
「王族と親戚になるなんて、胃が痛くなるからやめてくれ」
……お父さん。
やっぱり私、お父さんの娘だわ。
◇
翌日。
「……手強いですわね」
「もう諦めてくださいよー」
中庭のベンチで、マリー様が頭を抱えていた。
公爵令嬢が平民の私に相談している。
なんとも不思議な光景だ。
「いえ、諦められませんわ! あなたのような人材、いえ、逸材を逃すわけにはいきませんの!」
「えー」
「あれが夫になり貴族になれば、美味しいものも毎日食べられますわよ!」
「自分で作りますし」
「毎日ぐーたらできますわよ!」
「平民でもできますね、仕事のない時は」
「お金に困ることはありませんわよ!」
「それはちょっと魅力的ですけど、それ以上にめんどくさいです」
「……」
「……」
マリー様は深く息を吐いた。
「あなた、本当に欲がありませんのね」
「ありますよ?」
「どこにですの?」
「安定した収入と休日、それから美味しいご飯です」
「……小さすぎませんこと?」
「普通でいいんです」
マリー様はしばらく考え込んだ。
そして、何かを思いついたように顔を上げた。
「では、こういたしましょう!」
「嫌な予感しかしません」
「あなたが殿下と婚姻された暁には、我が公爵家から毎月お小遣いを差し上げますわ!」
「買収しないでください」
「金貨十枚!」
「いりません」
「二十枚!」
「お断りします」
「五十枚!」
「……」
ちょっと心が揺れた。
いやいやいや。
金貨五十枚って、何年分の給料だろう。
でも、あれと結婚するのは嫌だ。
「……無理です」
「今、少し迷いましたわね!?」
「迷いましたけど、無理なものは無理です」
「くっ……!」
公爵令嬢が悔しそうに拳を握っている。
……この人、本当にあの王子が嫌なんだなぁ。
◇
さらに数日後。
学園中に妙な噂が広まった。
私とアルフォンス殿下が恋仲である。
殿下が婚約者を捨て、私を新たな妃に迎えようとしている。
私が殿下を誘惑した。
そんな話だった。
「アイリーさん、噂を聞きましたの?」
廊下でマリー様に声をかけられた。
「聞きましたよ」
「まあ!」
「そうですか」
「……え?」
「知りません。どうでもいいです」
「……」
「それじゃ、授業があるので」
「お、お待ちなさい!」
呼び止められた。
「気になりませんの!?」
「何がですか?」
「あなたと殿下の噂ですわ!」
「事実じゃありませんし」
「ですが、周囲はそう思っておりますのよ!」
「それで?」
「……それで?」
「噂で結婚が決まるわけじゃないでしょう?」
マリー様が固まった。
「……確かに」
「それに、王宮への就職に支障が出るなら、正式に抗議しますから」
「……」
「じゃあ、失礼します」
私はその場を離れた。
背後から、小さな声が聞こえた。
「……本当に手強いですわ」
だから諦めてくれ。
◇
次の作戦は、さらに妙なものだった。
「アイリーさん!」
放課後。
人通りの多い廊下で、マリー様が突然声を張り上げた。
「あなた、また殿下に近づきましたわね!」
「……はい?」
「身の程を知りなさい!」
周囲の生徒たちが足を止める。
マリー様は扇子を広げ、いかにも悪役令嬢らしい表情を浮かべた。
「平民の分際で、王族に色目を使うなど!」
「……」
「恥を知りなさい!」
……あー。
そういうことね。
「今度は何を企んでるんですか?」
「なっ、何を仰っておりますの!?」
「殿下に助けさせようとしてるんですよね?」
「……っ!」
図星か。
わかりやすいなぁ。
「それで私があれを好きになるとでも思ってます?」
「……」
マリー様が目を逸らした。
「……思いませんわね」
「ですよねー。そういうことで」
私は頭を下げて通り過ぎようとした。
ところが。
「そこまでだ!」
聞き覚えのある声。
……うわぁ。
来たよ。
アルフォンス殿下が、取り巻きを引き連れて現れた。
「マリー! またアイリーをいじめているのか!」
「……」
マリー様が私を見る。
私もマリー様を見る。
……どうするんですか、これ。
マリー様が小さく頷いた。
……続けるの?
「殿下! 私は婚約者として当然の注意を!」
「黙れ! アイリーは私が守る!」
殿下が私の肩を抱こうとした。
避けた。
「アイリー、怖かっただろう?」
「いえ、別に」
「もう大丈夫だ。私がいる」
「それが一番怖いんですけど」
「ははは、照れなくてもいいんだよ」
……聞けよ。
私はマリー様を見た。
「ほら、こうなるじゃないですか」
「……申し訳ございません」
「次からやめてくださいね」
「……はい」
殿下だけが満足そうに笑っていた。
何一つ理解していないらしい。
◇
そして、とうとう事件が起きた。
放課後、私は教師に頼まれて備品を取りに行った。
学園の裏手にある古い物置小屋だ。
扉を開けると、なぜかアルフォンス殿下がいた。
「やあ、アイリー!」
「……」
帰ろう。
そう思った瞬間。
バタン!
背後の扉が閉まった。
ガチャリ。
鍵のかかる音。
……あの女ぁ。
「ふふ、二人きりになってしまったね」
殿下が微笑んだ。
「気持ち悪いので近づかないでください」
「ひどい!」
「いや、本当に無理なんで。生理的に」
「……」
殿下が黙った。
私は物置小屋を見回す。
窓は高い位置にある。
扉は外から施錠されている。
でも、問題ない。
「とりあえず、脱出しますか」
「え?」
私は小屋の奥へ向かった。
古い木箱をどかす。
壊れた椅子を横にずらす。
その奥に、壁の一部が崩れた穴があった。
「……なんだい、それは?」
「穴です」
「それは見ればわかる!」
「ここ、ずっと放置されてるんですよねー」
以前、備品整理の手伝いをした時に見つけたものだ。
修理申請は出されているはずだけど、予算が下りていないらしい。
王立学園なのに。
……こういうところ、ちゃんとしてほしい。
「では、お元気で」
「ま、待ってくれ!」
私は穴をくぐった。
外に出る。
服についた埃を払う。
うん。
問題なし。
「アイリー! 私も出たいのだが!」
穴の向こうから声がした。
「どうぞ」
「狭くて通れない!」
「そうですか」
「助けてくれ!」
「先生を呼んできますねー」
私はその場を離れた。
もちろん、教師には事情を説明した。
第二王子が物置小屋に閉じ込められている、と。
……私を閉じ込めた件についても、きっちり報告しておいた。
◇
翌日。
「……なぜですの」
マリー様が机に突っ伏していた。
「なぜ、あの状況から脱出できますの……」
「穴があったので」
「普通、ございませんわよ!?」
「ありましたよ?」
「……」
「それより、昨日の件、教師に報告しましたからね」
「……はい」
「下手したら大問題ですよ?」
「……承知しておりますわ」
マリー様はしょんぼりしている。
私は向かいの椅子に座った。
「もう諦めません?」
「……嫌ですわ」
「まだ言いますか」
「だって……」
マリー様が顔を上げた。
「私は、あんな方と結婚したくありませんもの」
「私だって嫌ですよ」
「あなたなら、あの方を御せますわ」
「御したくありません」
「王族ですのよ?」
「だから嫌なんです」
「……」
「……」
しばらく沈黙が続いた。
マリー様が小さく呟く。
「……私、何か間違っておりますのかしら」
「いっぱい間違ってますね」
「……」
「そもそも、私が嫌がってるのに押し付けようとする時点でおかしいですし」
「……おっしゃる通りですわ」
「それに、殿下だって私の話を全然聞きませんし」
「昔からですの」
「婚約者を放置して女遊びって、普通に最低ですよね」
「本当に」
「それで、なんで私が引き取らないといけないんですか?」
「……」
マリー様が黙った。
私も黙った。
そして、ふと思った。
「……なんで私たち、あんなのを押し付け合ってるんでしょうね?」
「……本当ですわね」
「捨てればいいだけでは?」
「そうしましょう」
……。
…………。
あれ?
なんだ。
簡単な話じゃないか。
「じゃあ、王妃様に相談しましょうか」
「……え?」
「殿下のお母様ですよね?」
「ええ」
「婚約者を放置して女遊びして、平民に付きまとって、挙げ句の果てには物置小屋に閉じ込めるような人ですよ?」
「……」
「親に言えばいいじゃないですか」
マリー様が目を見開いた。
「……その手がございましたわ!」
いや。
なんで今まで思いつかなかったんですか。
◇
数日後。
私とマリー様は王宮にいた。
目の前には王妃陛下。
美しい金髪を結い上げた、気品あふれる女性だ。
……怖い。
ものすごく怖い。
私は平民です。
こんなところに来る予定なんて、人生設計にありませんでした。
「それで?」
王妃様が静かに口を開いた。
「二人揃って、何の相談かしら?」
マリー様が一礼する。
「王妃陛下。アルフォンス殿下との婚約について、ご相談がございます」
「続けなさい」
「私は、殿下との婚約を解消したく存じます」
王妃様の眉がわずかに動いた。
「理由は?」
「殿下の度重なる女性問題にございます」
「……」
「婚約者である私を顧みず、複数の女性に言い寄り、現在はアイリーさんに執着しております」
王妃様が私を見る。
「アイリーさん。それは事実ですか?」
「はい」
「あなたは息子をどう思っていますか?」
「……正直に申し上げてもよろしいでしょうか?」
「構いません」
「気持ち悪いです」
「……」
王妃様が固まった。
マリー様も固まった。
……あ。
言いすぎた?
「……続けなさい」
「婚約者がいらっしゃるのに、私に何度も言い寄ってこられます。断っても聞いていただけません」
「……」
「それから、先日は物置小屋に閉じ込められました」
「……何ですって?」
空気が変わった。
私は慌てて説明する。
「いえ、正確には殿下と二人で閉じ込められたんですけど」
「誰が閉じ込めたのです?」
「……」
私はマリー様を見た。
マリー様が視線を逸らした。
王妃様が微笑んだ。
「マリーさん?」
「……私でございます」
「……」
「……」
沈黙。
長い沈黙。
「……最初から、全て説明なさい」
……あ。
これ、怒られるやつだ。
◇
私たちは全てを話した。
マリー様が婚約者を押し付けようとしたこと。
私の両親に根回ししたこと。
噂を流したこと。
いじめを演じたこと。
最後には、二人を物置小屋に閉じ込めたこと。
そして、アルフォンス殿下が私に言い寄り続けていること。
全部。
包み隠さず。
王妃様は最後まで黙って聞いていた。
そして。
「……なるほど」
にこり。
笑った。
……怖い。
「マリーさん」
「は、はい!」
「あなたには、後ほど別途お話がございます」
「……はい」
「アイリーさん」
「はい!」
「息子が大変なご迷惑をおかけしました」
王妃様が頭を下げた。
……え。
王妃様が?
平民の私に?
「い、いえ! お顔をお上げください!」
「いいえ。親として謝罪させてください」
私は慌てて頭を下げた。
……なんでこうなるの。
普通に暮らしたいだけなのに。
王妃様は侍女を呼んだ。
「アルフォンスを連れてきなさい」
「かしこまりました」
侍女が退出する。
王妃様は静かにお茶を飲んだ。
……。
…………。
怖い。
ものすごく怖い。
◇
「母上! お呼びでしょうか!」
しばらくして、アルフォンス殿下が現れた。
私を見つけた瞬間、顔を輝かせる。
「アイリー! 君も来ていたのか!」
「……」
「まさか、私との婚姻について相談に来たのかい!?」
「違います」
「ははは、照れなくてもいいんだよ!」
……。
王妃様。
見ました?
今の。
王妃様は微笑んでいた。
「アルフォンス」
「はい、母上!」
「座りなさい」
「はい!」
殿下が椅子に座る。
「あなた、婚約者がいることを理解していますか?」
「もちろんです!」
「では、なぜ他の女性に言い寄っているのです?」
「それは、真実の愛を見つけたからです!」
……うわぁ。
王妃様の笑顔が深まった。
「真実の愛?」
「はい!」
「相手の気持ちは確認しましたか?」
「もちろんです!」
「アイリーさん」
「はい」
「息子を愛していますか?」
「一切ございません」
「……」
殿下が固まった。
「ア、アイリー?」
「嫌いです」
「……え?」
「できれば二度と関わりたくありません」
「……」
殿下の顔から血の気が引いた。
王妃様が頷く。
「なるほど。これが真実の愛ですか」
「ち、違います! アイリーは照れているだけで!」
「アルフォンス」
静かな声。
殿下の肩が跳ねた。
「私はあなたに何度申し上げましたか?」
「……え?」
「女性の話を聞きなさい」
「……」
「婚約者を大切になさい」
「……」
「王族としての責務を果たしなさい」
「……」
「全て、幼い頃から教えてまいりました」
王妃様は優雅に立ち上がった。
「なるほど」
にこり。
「私の教育が足りなかったようですね」
「は、母上?」
「もう一度、最初から教育いたしましょう」
「……え?」
「王族としての礼儀作法、政治、経済、外交、歴史、倫理」
「……」
「全てです」
「そ、そんな!」
「加えて、当面の外出を禁止します」
「母上!?」
「女性との私的な交流も禁止です」
「そ、それでは!」
「何か問題が?」
「……」
殿下が震えた。
王妃様は微笑んだまま続ける。
「それから、マリーさんとの婚約については、正式に解消の手続きを進めます」
「なっ!?」
マリー様が目を見開いた。
「王妃陛下……!」
「あなたにも非はあります。ですが、そもそもの原因は息子の不誠実な行動です」
「……ありがとうございます」
「ただし」
王妃様の視線が鋭くなる。
「他人を巻き込んで問題を解決しようとするのは、おやめなさい」
「……はい」
「アイリーさんに対して、正式に謝罪なさい」
マリー様が私に向き直った。
「アイリーさん。このたびは大変なご迷惑をおかけしました」
「……まあ、もういいですよ」
「本当に申し訳ございませんでした」
「次からは、普通に相談してくださいね」
「……はい」
マリー様が小さく笑った。
私も笑った。
……長かった。
本当に長かった。
◇
それから数週間。
学園は平和になった。
アルフォンス殿下は王宮で再教育中。
毎日朝から晩まで勉強漬けらしい。
……ご愁傷様。
いや、同情はしないけど。
マリー様との婚約も正式に解消された。
公爵家と王家の関係については、別の形で調整されるらしい。
貴族って大変だなぁ。
私はというと。
「アイリーさん!」
今日も中庭で昼食を食べていると、マリー様がやってきた。
「ご一緒してもよろしくて?」
「どうぞー」
マリー様が隣に座る。
以前より、ずいぶん柔らかい表情をするようになった。
「本日は何を召し上がっておりますの?」
「卵サンドです」
「まあ、美味しそうですわね!」
「一つ食べます?」
「よろしいの?」
「どうぞ」
マリー様が一口食べる。
「……美味しいですわ!」
「でしょう?」
「これ、ご自分で?」
「はい」
「素晴らしいですわね!」
……大げさだなぁ。
でも、悪い気はしない。
しばらく二人で昼食を楽しんだ。
そして、マリー様がふと思い出したように口を開く。
「そういえば、アイリーさん」
「はい?」
「私、先日新しい縁談のお話をいただきましたの」
「へぇ。良かったですね」
「ええ。今度は誠実な方だそうですわ」
「それは何よりです」
「ただ……」
マリー様が少し考え込む。
「お相手には弟君がいらっしゃるそうで」
「……」
「その方も、とても優秀な貴族のご子息だとか」
「……」
「アイリーさん。よろしければ、一度お会いになってみませんこと?」
「お断りします」
「まだ何も申し上げておりませんわよ!?」
「貴族は嫌です」
「今度こそ素敵な方ですわ!」
「いりません」
「とても誠実で、将来有望だそうですわよ!」
「普通の平民がいいです」
「……手強いですわね」
「もう諦めてくださいよー」
マリー様が楽しそうに笑った。
私もため息をつきながら笑った。
……まあ。
今度は押し付けられる心配もないだろう。
たぶん。
きっと。
……ないよね?
私は普通が好きだ。
普通に勉強して、普通に働いて、普通に恋愛して、普通に結婚する。
それだけでいい。
だからお願い。
もう男を押し付けてこないでください!
お読み頂き、ありがとうございます。




