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普通が好きなヒロインVS婚約者を押し付けたい悪役令嬢~ダメ男を押し付けてくるなよ、悪役令嬢!~

作者: 涙目
掲載日:2026/10/22

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 私は普通が好きだ。


 普通に勉強して、普通に働いて、普通に恋愛して、普通に結婚する。


 別に大金持ちになりたいわけでもないし、誰かに崇められたいわけでもない。


 美味しいものを食べて、好きなものを買って、たまの休日には昼まで寝る。


 そんな人生で十分幸せだと思っている。


 だから、王立学園に入学した。


 ここを優秀な成績で卒業すれば、王宮の事務職に就ける可能性がある。


 王宮勤めなら給料も安定しているし、福利厚生だって充実している。


 将来は適当な男性と結婚して、共働きでのんびり暮らす。


 完璧な人生設計だ。


 ……だったのに。


「アイリー嬢! 今日も美しいね!」


「……おはようございます、殿下」


 朝から現れたのは、この国の第二王子、アルフォンス殿下。


 金髪碧眼、整った顔立ち、高い身分。


 世間一般では理想の結婚相手らしい。


 ただし、女癖が悪い。


 非常に悪い。


 それも、婚約者がいるにもかかわらず、だ。


「今日は君のために花を用意したんだ!」


「ありがとうございます。ですが、お受け取りできません」


「遠慮することはないよ!」


「遠慮ではありません」


「ははは、君は本当に奥ゆかしいね!」


 ……人の話を聞け。


 私は差し出された花束を避け、その横を通り抜けた。


「ああ! 待ってくれ、アイリー嬢!」


 待たない。


 私は普通に学園生活を送りたいだけなのだ。


 王子様との恋愛なんて、これっぽっちも望んでいない。


 そもそも。


 婚約者がいる男に言い寄られて、喜ぶ女がどこにいる。


 ……いや、いるのかもしれないけど。


 少なくとも私は違う。


 お願いだから、放っておいてほしい。


◇


 その日の昼休み。


 私は学園の中庭で、一人の令嬢に呼び止められた。


「アイリーさん。少々お時間をいただけまして?」


「……はい?」


 目の前にいるのは、マリー・フォンテグラス公爵令嬢。


 アルフォンス殿下の婚約者である。


 銀色の髪に整った顔立ち、凛とした立ち姿。


 いかにも高位貴族のお嬢様といった雰囲気だ。


 そして、なぜか私を見つめる瞳が輝いている。


「単刀直入に申し上げますわ」


「はい」


「アルフォンス殿下をお譲りいたします」


「お断りします」


「……」


「……」


 沈黙。


 マリー様が瞬きをした。


「……まだ条件を申し上げておりませんわよ?」


「条件以前の問題です」


「王族との婚姻ですのよ?」


「だから嫌なんです」


「……はい?」


 私は小さくため息をついた。


「私、普通に暮らしたいんです。王族とか貴族とか、そういう面倒な世界には関わりたくありません」


「ですが、殿下はあなたに夢中ですわ」


「迷惑しています」


「それですわ!」


「……何がですか?」


 マリー様が私の両手を握った。


「あの方をあそこまで冷たくあしらえる女性など、初めて見ましたわ!」


「普通に嫌なだけですけど」


「素晴らしいですわ! あれを御せるのは、あなたしかいませんわ!」


「お断りします」


「ぜひ、あの方を引き取ってくださいませ!」


「いりません」


 ……なんだこれ。


 婚約者を奪うなと怒られるなら、まだ理解できる。


 でも、婚約者を引き取ってくれと頼まれるなんて、聞いたことがない。


「そもそも、マリー様の婚約者ですよね?」


「ええ。政略結婚ですわ」


「でしたら、大切になさってください」


「嫌ですわ」


 即答だった。


「……」


「……」


「私も嫌です」


「そこを何とか!」


「無理です」


 こうして、私とマリー様の奇妙な攻防が始まった。


◇


 数日後。


「アイリー。ちょっといいかしら?」


 帰宅すると、母が妙に嬉しそうな顔で待っていた。


「なに?」


「今日、フォンテグラス公爵家から使者の方がいらっしゃったのよ」


「……は?」


「あなた、第二王子殿下と親しくしているんですって?」


 ……あの女。


「それでね、将来的には王家に嫁ぐ可能性もあるから、今のうちに礼儀作法を学んではどうかって」


「お母さん」


「なあに?」


「あれと結婚するくらいなら、私、この家を出て外国で暮らすからね?」


「……え?」


「お父さんもお母さんも、真に受けないようにね?」


 私は真顔で告げた。


「そもそも平民と貴族が結婚って、普通に考えてありえないでしょ?」


「でも、殿下があなたを気に入っているって……」


「私が嫌ってるの」


「あら」


「それも、ものすごく」


 母は困ったように笑った。


「そうなのねぇ」


「そうなの」


「じゃあ、お断りしておくわ」


「お願い」


 父にも同じ話をしておいた。


 父は一言。


「王族と親戚になるなんて、胃が痛くなるからやめてくれ」


 ……お父さん。


 やっぱり私、お父さんの娘だわ。


◇


 翌日。


「……手強いですわね」


「もう諦めてくださいよー」


 中庭のベンチで、マリー様が頭を抱えていた。


 公爵令嬢が平民の私に相談している。


 なんとも不思議な光景だ。


「いえ、諦められませんわ! あなたのような人材、いえ、逸材を逃すわけにはいきませんの!」


「えー」


「あれが夫になり貴族になれば、美味しいものも毎日食べられますわよ!」


「自分で作りますし」


「毎日ぐーたらできますわよ!」


「平民でもできますね、仕事のない時は」


「お金に困ることはありませんわよ!」


「それはちょっと魅力的ですけど、それ以上にめんどくさいです」


「……」


「……」


 マリー様は深く息を吐いた。


「あなた、本当に欲がありませんのね」


「ありますよ?」


「どこにですの?」


「安定した収入と休日、それから美味しいご飯です」


「……小さすぎませんこと?」


「普通でいいんです」


 マリー様はしばらく考え込んだ。


 そして、何かを思いついたように顔を上げた。


「では、こういたしましょう!」


「嫌な予感しかしません」


「あなたが殿下と婚姻された暁には、我が公爵家から毎月お小遣いを差し上げますわ!」


「買収しないでください」


「金貨十枚!」


「いりません」


「二十枚!」


「お断りします」


「五十枚!」


「……」


 ちょっと心が揺れた。


 いやいやいや。


 金貨五十枚って、何年分の給料だろう。


 でも、あれと結婚するのは嫌だ。


「……無理です」


「今、少し迷いましたわね!?」


「迷いましたけど、無理なものは無理です」


「くっ……!」


 公爵令嬢が悔しそうに拳を握っている。


 ……この人、本当にあの王子が嫌なんだなぁ。


◇


 さらに数日後。


 学園中に妙な噂が広まった。


 私とアルフォンス殿下が恋仲である。


 殿下が婚約者を捨て、私を新たな妃に迎えようとしている。


 私が殿下を誘惑した。


 そんな話だった。


「アイリーさん、噂を聞きましたの?」


 廊下でマリー様に声をかけられた。


「聞きましたよ」


「まあ!」


「そうですか」


「……え?」


「知りません。どうでもいいです」


「……」


「それじゃ、授業があるので」


「お、お待ちなさい!」


 呼び止められた。


「気になりませんの!?」


「何がですか?」


「あなたと殿下の噂ですわ!」


「事実じゃありませんし」


「ですが、周囲はそう思っておりますのよ!」


「それで?」


「……それで?」


「噂で結婚が決まるわけじゃないでしょう?」


 マリー様が固まった。


「……確かに」


「それに、王宮への就職に支障が出るなら、正式に抗議しますから」


「……」


「じゃあ、失礼します」


 私はその場を離れた。


 背後から、小さな声が聞こえた。


「……本当に手強いですわ」


 だから諦めてくれ。


◇


 次の作戦は、さらに妙なものだった。


「アイリーさん!」


 放課後。


 人通りの多い廊下で、マリー様が突然声を張り上げた。


「あなた、また殿下に近づきましたわね!」


「……はい?」


「身の程を知りなさい!」


 周囲の生徒たちが足を止める。


 マリー様は扇子を広げ、いかにも悪役令嬢らしい表情を浮かべた。


「平民の分際で、王族に色目を使うなど!」


「……」


「恥を知りなさい!」


 ……あー。


 そういうことね。


「今度は何を企んでるんですか?」


「なっ、何を仰っておりますの!?」


「殿下に助けさせようとしてるんですよね?」


「……っ!」


 図星か。


 わかりやすいなぁ。


「それで私があれを好きになるとでも思ってます?」


「……」


 マリー様が目を逸らした。


「……思いませんわね」


「ですよねー。そういうことで」


 私は頭を下げて通り過ぎようとした。


 ところが。


「そこまでだ!」


 聞き覚えのある声。


 ……うわぁ。


 来たよ。


 アルフォンス殿下が、取り巻きを引き連れて現れた。


「マリー! またアイリーをいじめているのか!」


「……」


 マリー様が私を見る。


 私もマリー様を見る。


 ……どうするんですか、これ。


 マリー様が小さく頷いた。


 ……続けるの?


「殿下! 私は婚約者として当然の注意を!」


「黙れ! アイリーは私が守る!」


 殿下が私の肩を抱こうとした。


 避けた。


「アイリー、怖かっただろう?」


「いえ、別に」


「もう大丈夫だ。私がいる」


「それが一番怖いんですけど」


「ははは、照れなくてもいいんだよ」


 ……聞けよ。


 私はマリー様を見た。


「ほら、こうなるじゃないですか」


「……申し訳ございません」


「次からやめてくださいね」


「……はい」


 殿下だけが満足そうに笑っていた。


 何一つ理解していないらしい。


◇


 そして、とうとう事件が起きた。


 放課後、私は教師に頼まれて備品を取りに行った。


 学園の裏手にある古い物置小屋だ。


 扉を開けると、なぜかアルフォンス殿下がいた。


「やあ、アイリー!」


「……」


 帰ろう。


 そう思った瞬間。


 バタン!


 背後の扉が閉まった。


 ガチャリ。


 鍵のかかる音。


 ……あの女ぁ。


「ふふ、二人きりになってしまったね」


 殿下が微笑んだ。


「気持ち悪いので近づかないでください」


「ひどい!」


「いや、本当に無理なんで。生理的に」


「……」


 殿下が黙った。


 私は物置小屋を見回す。


 窓は高い位置にある。


 扉は外から施錠されている。


 でも、問題ない。


「とりあえず、脱出しますか」


「え?」


 私は小屋の奥へ向かった。


 古い木箱をどかす。


 壊れた椅子を横にずらす。


 その奥に、壁の一部が崩れた穴があった。


「……なんだい、それは?」


「穴です」


「それは見ればわかる!」


「ここ、ずっと放置されてるんですよねー」


 以前、備品整理の手伝いをした時に見つけたものだ。


 修理申請は出されているはずだけど、予算が下りていないらしい。


 王立学園なのに。


 ……こういうところ、ちゃんとしてほしい。


「では、お元気で」


「ま、待ってくれ!」


 私は穴をくぐった。


 外に出る。


 服についた埃を払う。


 うん。


 問題なし。


「アイリー! 私も出たいのだが!」


 穴の向こうから声がした。


「どうぞ」


「狭くて通れない!」


「そうですか」


「助けてくれ!」


「先生を呼んできますねー」


 私はその場を離れた。


 もちろん、教師には事情を説明した。


 第二王子が物置小屋に閉じ込められている、と。


 ……私を閉じ込めた件についても、きっちり報告しておいた。


◇


 翌日。


「……なぜですの」


 マリー様が机に突っ伏していた。


「なぜ、あの状況から脱出できますの……」


「穴があったので」


「普通、ございませんわよ!?」


「ありましたよ?」


「……」


「それより、昨日の件、教師に報告しましたからね」


「……はい」


「下手したら大問題ですよ?」


「……承知しておりますわ」


 マリー様はしょんぼりしている。


 私は向かいの椅子に座った。


「もう諦めません?」


「……嫌ですわ」


「まだ言いますか」


「だって……」


 マリー様が顔を上げた。


「私は、あんな方と結婚したくありませんもの」


「私だって嫌ですよ」


「あなたなら、あの方を御せますわ」


「御したくありません」


「王族ですのよ?」


「だから嫌なんです」


「……」


「……」


 しばらく沈黙が続いた。


 マリー様が小さく呟く。


「……私、何か間違っておりますのかしら」


「いっぱい間違ってますね」


「……」


「そもそも、私が嫌がってるのに押し付けようとする時点でおかしいですし」


「……おっしゃる通りですわ」


「それに、殿下だって私の話を全然聞きませんし」


「昔からですの」


「婚約者を放置して女遊びって、普通に最低ですよね」


「本当に」


「それで、なんで私が引き取らないといけないんですか?」


「……」


 マリー様が黙った。


 私も黙った。


 そして、ふと思った。


「……なんで私たち、あんなのを押し付け合ってるんでしょうね?」


「……本当ですわね」


「捨てればいいだけでは?」


「そうしましょう」


 ……。


 …………。


 あれ?


 なんだ。


 簡単な話じゃないか。


「じゃあ、王妃様に相談しましょうか」


「……え?」


「殿下のお母様ですよね?」


「ええ」


「婚約者を放置して女遊びして、平民に付きまとって、挙げ句の果てには物置小屋に閉じ込めるような人ですよ?」


「……」


「親に言えばいいじゃないですか」


 マリー様が目を見開いた。


「……その手がございましたわ!」


 いや。


 なんで今まで思いつかなかったんですか。


◇


 数日後。


 私とマリー様は王宮にいた。


 目の前には王妃陛下。


 美しい金髪を結い上げた、気品あふれる女性だ。


 ……怖い。


 ものすごく怖い。


 私は平民です。


 こんなところに来る予定なんて、人生設計にありませんでした。


「それで?」


 王妃様が静かに口を開いた。


「二人揃って、何の相談かしら?」


 マリー様が一礼する。


「王妃陛下。アルフォンス殿下との婚約について、ご相談がございます」


「続けなさい」


「私は、殿下との婚約を解消したく存じます」


 王妃様の眉がわずかに動いた。


「理由は?」


「殿下の度重なる女性問題にございます」


「……」


「婚約者である私を顧みず、複数の女性に言い寄り、現在はアイリーさんに執着しております」


 王妃様が私を見る。


「アイリーさん。それは事実ですか?」


「はい」


「あなたは息子をどう思っていますか?」


「……正直に申し上げてもよろしいでしょうか?」


「構いません」


「気持ち悪いです」


「……」


 王妃様が固まった。


 マリー様も固まった。


 ……あ。


 言いすぎた?


「……続けなさい」


「婚約者がいらっしゃるのに、私に何度も言い寄ってこられます。断っても聞いていただけません」


「……」


「それから、先日は物置小屋に閉じ込められました」


「……何ですって?」


 空気が変わった。


 私は慌てて説明する。


「いえ、正確には殿下と二人で閉じ込められたんですけど」


「誰が閉じ込めたのです?」


「……」


 私はマリー様を見た。


 マリー様が視線を逸らした。


 王妃様が微笑んだ。


「マリーさん?」


「……私でございます」


「……」


「……」


 沈黙。


 長い沈黙。


「……最初から、全て説明なさい」


 ……あ。


 これ、怒られるやつだ。


◇


 私たちは全てを話した。


 マリー様が婚約者を押し付けようとしたこと。


 私の両親に根回ししたこと。


 噂を流したこと。


 いじめを演じたこと。


 最後には、二人を物置小屋に閉じ込めたこと。


 そして、アルフォンス殿下が私に言い寄り続けていること。


 全部。


 包み隠さず。


 王妃様は最後まで黙って聞いていた。


 そして。


「……なるほど」


 にこり。


 笑った。


 ……怖い。


「マリーさん」


「は、はい!」


「あなたには、後ほど別途お話がございます」


「……はい」


「アイリーさん」


「はい!」


「息子が大変なご迷惑をおかけしました」


 王妃様が頭を下げた。


 ……え。


 王妃様が?


 平民の私に?


「い、いえ! お顔をお上げください!」


「いいえ。親として謝罪させてください」


 私は慌てて頭を下げた。


 ……なんでこうなるの。


 普通に暮らしたいだけなのに。


 王妃様は侍女を呼んだ。


「アルフォンスを連れてきなさい」


「かしこまりました」


 侍女が退出する。


 王妃様は静かにお茶を飲んだ。


 ……。


 …………。


 怖い。


 ものすごく怖い。


◇


「母上! お呼びでしょうか!」


 しばらくして、アルフォンス殿下が現れた。


 私を見つけた瞬間、顔を輝かせる。


「アイリー! 君も来ていたのか!」


「……」


「まさか、私との婚姻について相談に来たのかい!?」


「違います」


「ははは、照れなくてもいいんだよ!」


 ……。


 王妃様。


 見ました?


 今の。


 王妃様は微笑んでいた。


「アルフォンス」


「はい、母上!」


「座りなさい」


「はい!」


 殿下が椅子に座る。


「あなた、婚約者がいることを理解していますか?」


「もちろんです!」


「では、なぜ他の女性に言い寄っているのです?」


「それは、真実の愛を見つけたからです!」


 ……うわぁ。


 王妃様の笑顔が深まった。


「真実の愛?」


「はい!」


「相手の気持ちは確認しましたか?」


「もちろんです!」


「アイリーさん」


「はい」


「息子を愛していますか?」


「一切ございません」


「……」


 殿下が固まった。


「ア、アイリー?」


「嫌いです」


「……え?」


「できれば二度と関わりたくありません」


「……」


 殿下の顔から血の気が引いた。


 王妃様が頷く。


「なるほど。これが真実の愛ですか」


「ち、違います! アイリーは照れているだけで!」


「アルフォンス」


 静かな声。


 殿下の肩が跳ねた。


「私はあなたに何度申し上げましたか?」


「……え?」


「女性の話を聞きなさい」


「……」


「婚約者を大切になさい」


「……」


「王族としての責務を果たしなさい」


「……」


「全て、幼い頃から教えてまいりました」


 王妃様は優雅に立ち上がった。


「なるほど」


 にこり。


「私の教育が足りなかったようですね」


「は、母上?」


「もう一度、最初から教育いたしましょう」


「……え?」


「王族としての礼儀作法、政治、経済、外交、歴史、倫理」


「……」


「全てです」


「そ、そんな!」


「加えて、当面の外出を禁止します」


「母上!?」


「女性との私的な交流も禁止です」


「そ、それでは!」


「何か問題が?」


「……」


 殿下が震えた。


 王妃様は微笑んだまま続ける。


「それから、マリーさんとの婚約については、正式に解消の手続きを進めます」


「なっ!?」


 マリー様が目を見開いた。


「王妃陛下……!」


「あなたにも非はあります。ですが、そもそもの原因は息子の不誠実な行動です」


「……ありがとうございます」


「ただし」


 王妃様の視線が鋭くなる。


「他人を巻き込んで問題を解決しようとするのは、おやめなさい」


「……はい」


「アイリーさんに対して、正式に謝罪なさい」


 マリー様が私に向き直った。


「アイリーさん。このたびは大変なご迷惑をおかけしました」


「……まあ、もういいですよ」


「本当に申し訳ございませんでした」


「次からは、普通に相談してくださいね」


「……はい」


 マリー様が小さく笑った。


 私も笑った。


 ……長かった。


 本当に長かった。


◇


 それから数週間。


 学園は平和になった。


 アルフォンス殿下は王宮で再教育中。


 毎日朝から晩まで勉強漬けらしい。


 ……ご愁傷様。


 いや、同情はしないけど。


 マリー様との婚約も正式に解消された。


 公爵家と王家の関係については、別の形で調整されるらしい。


 貴族って大変だなぁ。


 私はというと。


「アイリーさん!」


 今日も中庭で昼食を食べていると、マリー様がやってきた。


「ご一緒してもよろしくて?」


「どうぞー」


 マリー様が隣に座る。


 以前より、ずいぶん柔らかい表情をするようになった。


「本日は何を召し上がっておりますの?」


「卵サンドです」


「まあ、美味しそうですわね!」


「一つ食べます?」


「よろしいの?」


「どうぞ」


 マリー様が一口食べる。


「……美味しいですわ!」


「でしょう?」


「これ、ご自分で?」


「はい」


「素晴らしいですわね!」


 ……大げさだなぁ。


 でも、悪い気はしない。


 しばらく二人で昼食を楽しんだ。


 そして、マリー様がふと思い出したように口を開く。


「そういえば、アイリーさん」


「はい?」


「私、先日新しい縁談のお話をいただきましたの」


「へぇ。良かったですね」


「ええ。今度は誠実な方だそうですわ」


「それは何よりです」


「ただ……」


 マリー様が少し考え込む。


「お相手には弟君がいらっしゃるそうで」


「……」


「その方も、とても優秀な貴族のご子息だとか」


「……」


「アイリーさん。よろしければ、一度お会いになってみませんこと?」


「お断りします」


「まだ何も申し上げておりませんわよ!?」


「貴族は嫌です」


「今度こそ素敵な方ですわ!」


「いりません」


「とても誠実で、将来有望だそうですわよ!」


「普通の平民がいいです」


「……手強いですわね」


「もう諦めてくださいよー」


 マリー様が楽しそうに笑った。


 私もため息をつきながら笑った。


 ……まあ。


 今度は押し付けられる心配もないだろう。


 たぶん。


 きっと。


 ……ないよね?


 私は普通が好きだ。


 普通に勉強して、普通に働いて、普通に恋愛して、普通に結婚する。


 それだけでいい。


 だからお願い。


 もう男を押し付けてこないでください!

お読み頂き、ありがとうございます。

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