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第9話


 バグマルス王国が危機に瀕していることを知ってから、一ヶ月の時が流れた。


『もう何があろうとあんな国には戻らない』と決意した私だったが、やはり故郷の行く末は気になるもので、新聞にバグマルス王国の情報が載ると、必ず目を通している。


 結論から言うと、バグマルス王国は、この世から消滅した。


 ウルナイト王子をはじめ、王族が全員死亡し、実際に政治を動かしていた大臣たちも全滅したからだ。民衆たちも、実に三分の二が死んでしまった。……しかし、三分の一の民衆は、生き残ることができた。


 生き残った民衆の話によると、破壊神のごとく暴れ狂っていた魔獣が、突然話しかけてきて、バグマルス王国に生きる人々の、身勝手で欲深い生き方を責めたのだという。


 その魔獣の責めに聞く耳を持たなかったり、言い訳がましいことを言ったものは、皆ことごとく殺されてしまったそうだ。表面上は従順に頭を下げて魔獣を欺こうとしたものも、すぐに心の内を見透かされ、殺されたとのことである。


 そして、生き残った人たちが、心の底から悔い改め、『自分たちの生き方が間違っていました』と平伏すると、魔獣は『思いやりを持ち、正しく生きなさい』と、それだけ言って、霧のように姿を消してしまったらしい。


 ひとまず危機が去ったことで、生き残った人たちは安堵したが、同時に、新たなる危機に気がついた。……それは、バグマルス王国の周囲にはびこっている、凶悪な魔物たちの存在だ。


 聖女の結界がなく、魔獣の守護もない今、魔物たちは、いつ攻め込んできてもおかしくない。自分たちはいまだ、大いなる惨禍の中にいる。危機はまだまだ去ってはいない――


 そう思い、震えあがった民衆たちだったが、泣きわめいたり、誰かに助けを乞うばかりではなかった。彼らは皆、手作りの武器や鎧で武装し、民兵となって、魔物の襲来に備えたのである。『思いやりを持ち、正しく生きなさい』という魔獣の言いつけを守り、老人も、病人も、子供も、誰一人見捨てることなく、手を取り合って。


 その民兵をまとめ上げたのは、もうずっと昔にバグマルス王国を追放された、あのハーディン隊長だ。……しかし、いかにハーディン隊長が指揮をとっても、凶悪な魔物が一度に襲来すれば、民兵の力では太刀打ちできるはずもない。


 民兵たちも、その現実を分かっていたが、逃げ出す者はいなかった。


 魔獣によって国そのものが裁かれたことも、国を守護する存在がいなくなってしまったのも、すべては自分たちの身勝手さが招いたことだと理解し、その結果、魔物に襲われて死ぬのなら、それもまた神の与える罰だと、受け入れることにしたのだ。


 しかし、彼らの覚悟に反して、魔物はいつまでたっても攻めてはこなかった。


 偵察を出し、周囲を探ると、そこには、おびただしい数の魔物の死骸があった。……死骸には、魔獣の爪や牙の痕が、深々と残されていた。……どうやら魔獣が、バグマルス王国周辺の魔物を、全て殺してしまったらしい。


 これは私の推測だが、魔獣は、自らの罪を受け入れ、悔い改めた民衆たちを助けるために、魔物を全滅させたのではないだろうか?


 もしも民衆たちが、『思いやりを持ち、正しく生きなさい』という魔獣の教えを無視し、自分だけ助かろうと弱いものを蹴落としたり、過去の身勝手さを反省せず、他国に逃亡しようとしたなら、こうはならなかった気がする。


 私は、今思った通りのことを、アンディに話した。


 アンディは、いつか酒場で語り合ったときのように、異論を挟んだりはせず、ただ静かに相槌を打ち、そして、最後に口を開く。


「悔い改めたものは助け、身勝手で欲深いものには罰を与える……か。まるで、神様の使いだね」


 私は頷き、言う。


「実際、生き残った民衆たちも、ハーディン隊長も、魔獣は神の使いだって言っているそうよ」


「そっか……でも、良かったね、ラスティーナ。バグマルス王国自体は滅んでしまったけど、少なくない数の人々が生き残ることができて」


「えっ? い、いや、わ、私、もう別に、あんな国に住んでる人たちのことなんて、どうなろうと、気にもしてないけど……」


「またまた。気になるから、バグマルス王国の記事を、ずっと読み込んでたんだろう?」


「そ、それは……」


 その通りだった。

 アンディにはいつも、心の中を見透かされてしまう。


 傲慢なバグマルス王家の人間はともかく、民衆たちに対しては、私は少しだけ罪悪感を抱いていた。私のことを顧みず、勝手な人たちばかりだったが、それでも、全員が全員、心の底からの悪人なわけではないだろうと思っていたからだ。


 その、悪人じゃない人たちを見捨てたと思うと、胸が痛み、やっぱり彼らを救いに戻るべきだったのではないかと、何度も自問自答していたのである。


 そんな私を慰めるように、アンディは静かに、そして、優しく言う。


「きみは優しい人だから、『国には二度と戻らない』って決めた後も、人々のことを心配して、色々と悩んでいたよね。でも結局、民衆たちは、魔獣の暴走をきっかけに、自分たちの意思で悔い改め、自分たちの力で生まれ育った場所を守る道を選んだ。誰にも頼らずに」


「…………」


「死んでしまった人たちは気の毒だけど、反省するチャンスがあったのにそうしなかったのだから、ある意味自業自得とも言える。だから、きっと、これで良かったんだよ」


 そう言って私の肩に手を置くアンディ。私はゆっくりと頷くと、もう何もしゃべらず、黙って彼の手に、自分の手を重ねるのだった。

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