第4話
「なるほどねえ。ラスティーナさんの話を聞いてるだけでも、聖女の仕事って大変そうだし、『王族との婚約』という形で国に縛り付けて、一生働かせるつもりだったんだろうね。酷いなあ」
「そうよ、酷すぎるわ。そのくせ、『魔獣』とやらが召喚できるようになったら、私はもう『用済み』ってことで、あっという間に追放よ。ほんと、最っ低の国だわ。王族は言うまでもないけど、重臣や国民も、誰一人私を庇ってくれなかったし、あんな国、もう何があっても、絶対に戻ってやったりしないんだから。ああ、もうっ、思い出すだけで腹が立つっ」
「まあまあ、怒りながら飲むお酒は美味しくないよ。過去は忘れて、楽しく飲もうよ。それに、考えようによっては、良かったじゃない。そんな、酷い国と縁が切れてさ」
「それは、そうかもしれないけど、私がバグマルス王国のために捧げた十年は、返ってこないわ。行きたいところにも行かず、やりたいことも我慢して、ずっとずっと、みんなのためにって頑張ってきたのに……」
自分でもよく分かっていたつもりの事実だが、やはり言葉にすると、しみじみと悲しくなってくる。うつむき、溜息を洩らした私を慰めるように、アンディは明るく微笑んだ。
「過ぎてしまった時間は、どうしようもないよ。これから、行きたいところに行って、そして、我慢してたやりたいことを思う存分やって、楽しく生きればいいじゃないか。ラスティーナさんの人生、まだまだこれからなんだから」
「人生、まだまだこれからか……そうね……そのとおりね。いつまでも過去を引きずってても、幸せにはなれないものね」
「そうそう、前向きにいかなきゃ。笑顔で楽しく生きないと、幸せが逃げちゃうよ」
「アンディさん、あなたって、良い人ね。いつも冷たい態度を取ってた私を、こうして飲みに誘ってくれて、その上、大して面白くもない愚痴を、長々と聞いてくれて。私、こんなに話したの、ひさしぶり……ううん、生まれて初めてかもしれないわ」
「気晴らしになったのなら、良かったよ。ラスティーナさん、美人なのに、いつも眉間にしわを寄せて、ちょっと怖い顔してたから、心配でさ」
「私、そんなに怖い顔してた?」
「実を言うと、ちょっとじゃなくて、かなり」
「そっか……接客業なのに、怖い顔してちゃ、話にならないわよね。今まで、よくクビにされなかったと思うわ」
「親父もお袋も、ラスティーナさんの仕事ぶりは、ちゃんと評価してるからね。ふふ、『真面目でよく働くから、本当に助かってる。あとは、もうちょっと笑顔で客に対応してくれたら完璧なんだけど』って、いつも言ってるよ」
「そ、そうなんだ……」
ちょっと意外だった。
宿の旦那さんも、おかみさんも、私とはほとんど口をきかない(私が不愛想すぎるせいもあるのだが)ので、そこまで私のことを評価してくれているとは思ってなかったのだ。
頑張った分だけ、ちゃんと私を認めてくれる――
薄情なバグマルス王国の連中とは大違いだ。
私はおつまみを一口食べ、乾いた喉をお酒で潤してから、しみじみと言う。
「バグマルス王国を追放された後、初めて働いた場所が、あなたたちみたいに、優しくて誠実な人たちのいる宿屋で本当に良かったわ。……もし、また酷い扱いを受けていたら、私、一生人間を信じられなくなっていたかもしれないから」
「大げさだなあ。俺も、親父もお袋も、胸を張って『誠実』って言えるほどご立派な人格じゃないし、そこまで優しくもないよ」
「そんなことないわ。少なくとも、私にとってはね」
そのようなことを話しながら、酒場の夜はふけていった。
本当に、楽しい夜だった。
楽しすぎて、ぐでんぐでんに酔っぱらってしまった私は、もはや自分の足で歩くこともできず、アンディに抱きかかえられるようにして、自室のベッドまで運んでもらった。
……アンディは、自分のことを『誠実と言えるほどじゃない』と述べていたが、深い酔いで、何の抵抗も出来そうにない私に、少しも妙な気を起こしたりせず、優しく布団をかけると、枕元に水を置き、「おやすみ」と言って部屋を出て行こうとした。
その背中に向かって、私も小さく「おやすみなさい」と呟く。
誰かと就寝の挨拶を交わし合うなんて、どれだけぶりだろう。
……いや、もしかしたら、初めてかもしれない。孤児院にいた時だって、お互いに『おやすみ』と言い合えるような、優しい大人も、仲の良い友達も、一人だっていなかったから。
アンディは軽く振り返り、ニッコリと微笑んでから、今度こそ、本当に部屋を出て行った。
なんだか気恥ずかしくて、でも、心が温かくなるような、不思議な気持ちだった。この良い気分は、決してアルコールのせいだけではないだろう。私は瞳を閉じ、心中のぬくもりを反芻しながら、深い眠りについたのだった。
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翌日から、私は変わった。
流石に、昨日の今日で、劇的な変化とまではいかなかったが、これまでの不愛想な態度を改め、誰に対しても、努めて笑顔で接するように心がけることにしたのだ。
『笑顔で楽しく生きないと、幸せが逃げちゃうよ』
アンディは昨日、私にそう言った。
月並みといえば月並みな言葉だが、それでも、バグマルス王国を追放されて以来、ずっと苦虫をかみつぶしたような顔で生きてきた私にとっては、なんだか胸にしみる言葉だった。




