表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

第4話

「なるほどねえ。ラスティーナさんの話を聞いてるだけでも、聖女の仕事って大変そうだし、『王族との婚約』という形で国に縛り付けて、一生働かせるつもりだったんだろうね。酷いなあ」


「そうよ、酷すぎるわ。そのくせ、『魔獣』とやらが召喚できるようになったら、私はもう『用済み』ってことで、あっという間に追放よ。ほんと、最っ低の国だわ。王族は言うまでもないけど、重臣や国民も、誰一人私を庇ってくれなかったし、あんな国、もう何があっても、絶対に戻ってやったりしないんだから。ああ、もうっ、思い出すだけで腹が立つっ」


「まあまあ、怒りながら飲むお酒は美味しくないよ。過去は忘れて、楽しく飲もうよ。それに、考えようによっては、良かったじゃない。そんな、酷い国と縁が切れてさ」


「それは、そうかもしれないけど、私がバグマルス王国のために捧げた十年は、返ってこないわ。行きたいところにも行かず、やりたいことも我慢して、ずっとずっと、みんなのためにって頑張ってきたのに……」


 自分でもよく分かっていたつもりの事実だが、やはり言葉にすると、しみじみと悲しくなってくる。うつむき、溜息を洩らした私を慰めるように、アンディは明るく微笑んだ。


「過ぎてしまった時間は、どうしようもないよ。これから、行きたいところに行って、そして、我慢してたやりたいことを思う存分やって、楽しく生きればいいじゃないか。ラスティーナさんの人生、まだまだこれからなんだから」


「人生、まだまだこれからか……そうね……そのとおりね。いつまでも過去を引きずってても、幸せにはなれないものね」


「そうそう、前向きにいかなきゃ。笑顔で楽しく生きないと、幸せが逃げちゃうよ」


「アンディさん、あなたって、良い人ね。いつも冷たい態度を取ってた私を、こうして飲みに誘ってくれて、その上、大して面白くもない愚痴を、長々と聞いてくれて。私、こんなに話したの、ひさしぶり……ううん、生まれて初めてかもしれないわ」


「気晴らしになったのなら、良かったよ。ラスティーナさん、美人なのに、いつも眉間にしわを寄せて、ちょっと怖い顔してたから、心配でさ」


「私、そんなに怖い顔してた?」


「実を言うと、ちょっとじゃなくて、かなり」


「そっか……接客業なのに、怖い顔してちゃ、話にならないわよね。今まで、よくクビにされなかったと思うわ」


「親父もお袋も、ラスティーナさんの仕事ぶりは、ちゃんと評価してるからね。ふふ、『真面目でよく働くから、本当に助かってる。あとは、もうちょっと笑顔で客に対応してくれたら完璧なんだけど』って、いつも言ってるよ」


「そ、そうなんだ……」


 ちょっと意外だった。


 宿の旦那さんも、おかみさんも、私とはほとんど口をきかない(私が不愛想すぎるせいもあるのだが)ので、そこまで私のことを評価してくれているとは思ってなかったのだ。


 頑張った分だけ、ちゃんと私を認めてくれる――


 薄情なバグマルス王国の連中とは大違いだ。


 私はおつまみを一口食べ、乾いた喉をお酒で潤してから、しみじみと言う。


「バグマルス王国を追放された後、初めて働いた場所が、あなたたちみたいに、優しくて誠実な人たちのいる宿屋で本当に良かったわ。……もし、また酷い扱いを受けていたら、私、一生人間を信じられなくなっていたかもしれないから」


「大げさだなあ。俺も、親父もお袋も、胸を張って『誠実』って言えるほどご立派な人格じゃないし、そこまで優しくもないよ」


「そんなことないわ。少なくとも、私にとってはね」


 そのようなことを話しながら、酒場の夜はふけていった。

 本当に、楽しい夜だった。


 楽しすぎて、ぐでんぐでんに酔っぱらってしまった私は、もはや自分の足で歩くこともできず、アンディに抱きかかえられるようにして、自室のベッドまで運んでもらった。


 ……アンディは、自分のことを『誠実と言えるほどじゃない』と述べていたが、深い酔いで、何の抵抗も出来そうにない私に、少しも妙な気を起こしたりせず、優しく布団をかけると、枕元に水を置き、「おやすみ」と言って部屋を出て行こうとした。


 その背中に向かって、私も小さく「おやすみなさい」と呟く。

 誰かと就寝の挨拶を交わし合うなんて、どれだけぶりだろう。


 ……いや、もしかしたら、初めてかもしれない。孤児院にいた時だって、お互いに『おやすみ』と言い合えるような、優しい大人も、仲の良い友達も、一人だっていなかったから。


 アンディは軽く振り返り、ニッコリと微笑んでから、今度こそ、本当に部屋を出て行った。


 なんだか気恥ずかしくて、でも、心が温かくなるような、不思議な気持ちだった。この良い気分は、決してアルコールのせいだけではないだろう。私は瞳を閉じ、心中のぬくもりを反芻しながら、深い眠りについたのだった。



 翌日から、私は変わった。


 流石に、昨日の今日で、劇的な変化とまではいかなかったが、これまでの不愛想な態度を改め、誰に対しても、努めて笑顔で接するように心がけることにしたのだ。


『笑顔で楽しく生きないと、幸せが逃げちゃうよ』


 アンディは昨日、私にそう言った。


 月並みといえば月並みな言葉だが、それでも、バグマルス王国を追放されて以来、ずっと苦虫をかみつぶしたような顔で生きてきた私にとっては、なんだか胸にしみる言葉だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ