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第2話

 その可愛げのない態度が不愉快だったのか、国王陛下は小さく「あっそう」とだけ言った。ウルナイト殿下が、くすくすと笑い、背を向けて歩き出した私に、さらに冷たい言葉を浴びせかける。


「ふふふ、ラスティーナさん。せっかくの父上のご厚意なんですから、金貨十枚、受け取っておいた方がいいと思いますけどね。あなたはこれから、無職になるわけですし。ふふ、ふふふ」


 私は、ウルナイト殿下を無視した。

 もうこの男と、口をききたくなかった。


 ウルナイト殿下は、黙って歩き続ける私の代わりに、ペラペラと語り続ける。


「しかし、あなたが就職活動をする場合、職務経歴書に、なんて書けばいいんでしょうね。『前職は聖女でした』なんて書いても、誰も信じず、きっと馬鹿にされるでしょうしね。ふふふふっ」


 ウルナイト殿下の笑いに合わせて、どっと湧き上がる嘲笑。

 王族だけではない、式典に出席していた重臣たちも、笑っているのだ。


 彼らも、ウルナイト殿下と同じく、国防を聖女一人が担っていた状況を、不愉快に思っていたのだろう。だから今日、私を国から追放することができて、嬉しくてたまらないのだ。


 ……悔しいっ。


 こんな奴らのために、十年間も必死になって、この国を守っていたなんて。


 私は悔しさに、唇を噛んだ。


 あまりにも強く噛みすぎて、血がにじんだが、それでも噛むのをやめられなかった。聖女の力が、防衛のための力ではなく、攻撃のための力だったなら、私は怒りと悔しさのあまり、この場にいる全員を攻撃していたかもしれない。


 嘲笑を浴びながら、式典会場を去ろうとする私の背に、ウルナイト殿下の刺すような言葉が飛んで来る。


「ああ、そうそう。僕とあなたとの婚約についてですが、まあ、今更くどくど言わなくても、もう理解していると思いますけど、当然、破棄させていただきますね。それでは、さようなら」


 私は相変わらず返事をせず、式典会場を出た。

 噛み続けた唇は、自らの血で、赤く染まっていた。



 私は身支度を整え、正門から国を出るために、表通りを歩いている。


 式典には記者も多く参加していたので、『聖女追放』の一報は瞬く間に国中を駆けめぐったが、私を庇ってくれる国民はいなかった。


 理由は、ハッキリしている。

 国民たちは、私の作る『聖女の結界』を、煩わしく思っていたのだ。


『聖女の結界』は、魔物の侵入を完璧に阻むが、その強固さゆえに、結界の中にいる人々も、自由に外に出られなくなってしまう、『究極の牢獄』とでも形容すべきものだった。


 私は、知っていた。


 国民たちが私のことを、表面上は『聖女様』と言って崇めているが、陰で色々と悪口を囁き合っていることを。……その悪口は、私が追放される今、一気に顕在化し、彼らは無遠慮に私を指さし、嘲った。


『おい、聖女が出ていくぞ』


『やったな、これで、自由に国の外に出られる』


『よかったわ。今まで、窮屈な暮らしだったものねぇ』


『見ろよ、あのしょぼくれた顔、石でも投げてやるか』


『無駄だよ、どうせあの鬱陶しい結界で、防がれちまうさ、あはは』


 男も女も、老いも若きも。

 ……小さな子供でさえも、そんなことを言い合い、笑っていた。


 そこで初めて、怒りや悔しさより、悲しみと寂しさが、私の心に溢れた。……王族に軽んじられ、国民から陰口をたたかれても、今まで、みんなのためにと頑張ってきたのに、その結果がこれか。


 失意――


 これを、失意というのだろう。


 涙がこぼれそうになったが、私は必死に、それをこらえた。

 追放される、惨めで哀れな聖女の、最後のプライドだった。



 バグマルス王国を追放されてから、半年後。


 私は今、隣国の小さな宿屋にて、住み込みで働いている。


 別に、宿屋で働きたかったわけではない。住み込みで働ける場所を探していて、たまたまこの宿屋が人手を募集していた……それだけのことだ。


 もともと孤児であった私には、帰る家もなく、出生地すら定かではない。当然、頼れるような親戚もいない。だから、自分一人の力で、生きていかなければならない。


 聖女とはいえ、体力は人並みだ。力を使うことが多い宿屋仕事を覚えるのは、とても大変だった。しかし、さすがに半年も働けば、力もついたし、仕事の要領も良くなる。……私にとって、もっとも困難だったのは、力仕事なんかより、接客の方だった。


 バグマルス王国の人間たちに受けた冷たい仕打ちにより、ちょっとした人間不信に陥っていた私は、愛想笑いを浮かべることができなくなっていた。


 宿のお客と接する際、笑わなければいけないと頭では分かっていても、どうしても、顔が笑顔にならない。それどころか、鏡に映った私の顔は、睨むようですらある。


 ……それはまるで、いじめられて捨てられた、犬のようだった。『もう二度といじめられてたまるか』と、必死に自分を守ろうとしているかのような、痛々しい顔。もしも人手不足でなかったら、愛想の悪い私なんて、簡単にクビにされていただろう。


 しかし、どうにか職を失うこともなく、今日も私は、必死に生きている。


 誰にも頼らず。

 誰にも甘えず。


 心の中に、他人をすべて拒絶するような、高い高い壁を作って。

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